古典ライブラリー

更級日記 第12章

長恨歌と姉の死

七夕に長恨歌の物語を借りる歌を贈り、月夜には姉と荻の葉を呼ぶ笛の音に歌を詠み交わす。翌年の火事で姫君の猫は焼け死に、手狭な家に移った作者は隣の梅の香に昔の家を恋う。五月、姉が子を産んで亡くなり、残された幼子を左右に寝かせて泣く。姉と乳母の死を悼む歌がやりとりされる。

  1. 1世よ世よよののの中なか中なかなかにににととといふいふいう文ふみ文ふみふみををを物語ものがたり物語ものがたりものがたりにににかきかきかきてててあるあるある所ところ所ところところあんあんあんなりなりなりととと聞き聞ききくくくににに、、、いみじくいみじくいみじくゆかしけれゆかしけれゆかしけれどどどえええ言い言いいひひいよらよらよらぬぬぬににに、、、さるさるさるべきべきべきたよりたよりたよりをををたづねたづねたずねててて七月ふみづき七月ふみづきふみづき七日なぬか七日なぬかなぬかいひいひいいやるやるやる、、、
  2. 2「「「ちぎりちぎりちぎりけむけむけんむかしむかしむかしののの今日けふ今日けふきょうのののゆかしさゆかしさゆかしさににに天あま天あまあまののの川がは川がはがわ浪なみ浪なみなみうちうちうち出い出いいづるづるずるかなかなかな」」」。。。
  3. 3かへしかへしかへし、、、
  4. 4「「「たちたちたちいづるいづるいずる天あま天あまあまののの河邊かはべ河邊かはべかわべのののゆかしさゆかしさゆかしさににに常つね常つねつねはははゆゝしきゆゝしきゆゆしきことことこともももわすれわすれわすれぬぬぬ」」」。。。
  5. 5そのそのその十三日じふさんにち十三日じふさんにちじゅうさんにちののの夜よ夜よよ、、、月つき月つきつきいみじくいみじくいみじく隈くま隈くまくまなくなくなくあかきあかきあかきににに、、、皆人みなひと皆人みなひとみなひとももも寢ね寢ねねたるたるたる夜中よなか夜中よなかよなかばかりばかりばかりににに椽えん椽えんえんににに出い出いいででで居ゐ居ゐいててて、、、姉あね姉あねあねなるなるなる人ひと人ひとひと空そら空そらそらをををつくづくつくづくつくづくながめながめながめててて「「「唯今ただいま唯今ただいまただいまゆくへゆくへゆくえなくなくなく飛と飛ととびびび失う失ううせせせなななばばばいかゞいかゞいかが思おも思おもおもふふうべきべきべき」」」ととと問と問ととふふうににに、、、なまなまなまおそろしおそろしおそろしととと思おも思おもおもへへえるるる氣色けしき氣色けしきけしきををを見み見みみててて、、、ことことこと事ごと事ごとごとにににいひいひいいなしなしなしててて笑わら笑わらわらひひいなどなどなどしししてててきけきけきけばばば、、、
  6. 6かたはらかたはらかたわらなるなるなる所ところ所ところところにににさきさきさきおふおふおう車くるま車くるまくるまとまりとまりとまりててて「「「荻をぎ荻をぎおぎののの葉は葉はは荻をぎ荻をぎおぎののの葉は葉はは」」」ととと呼よ呼よよばばばすれすれすれどどど、、、答こた答こたこたへへえざざざなりなりなり。。。呼よ呼よよびびびわづらひわづらひわずらいててて笛ふえ笛ふえふえををををかしくをかしくおかしく吹ふ吹ふふきききすましすましすましててて過す過すすぎぎぎぬぬぬなりなりなり。。。
  7. 7「「「笛ふえ笛ふえふえののの音ね音ねねのののたゞたゞただ秋あき秋あきあきかぜかぜかぜととときこゆるきこゆるきこゆるににになどなどなど荻をぎ荻をぎおぎののの葉は葉ははのののそよそよそよとととこたへこたへこたえぬぬぬ」」」
  8. 8ととといひいひいいたれたれたればばば「「「げにげにげに」」」とてとてとて、、、
  9. 9「「「荻をぎ荻をぎおぎののの葉は葉ははののの答こた答こたこたふるふるうるまでまでまでももも吹ふ吹ふふきききよらよらよらでででたゞたゞただににに過す過すすぎぎぎぬるぬるぬる笛ふえ笛ふえふえののの音ね音ねねぞぞぞうきうきうき」」」。。。
  10. 10かやうかやうかようににに明あ明ああくるくるくるまでまでまで詠なが詠ながながめめめあひあひあいててて夜よ夜よよ明あ明ああけけけてててぞぞぞ皆人みなひと皆人みなひとみなひと寢ね寢ねねぬるぬるぬる。。。そのそのそのかへるかへるかえる年とし年としとし四月うづき四月うづきうづきののの夜中よなか夜中よなかよなかばかりばかりばかりににに火ひ火ひひののの事こと事ことことありありありててて、、、大納言だいなごん大納言だいなごんだいなごん殿との殿とのとのののの姫君ひめぎみ姫君ひめぎみひめぎみととと思おも思おもおもひひいかしづきかしづきかしずきししし猫ねこ猫ねこねこももも燒や燒ややけけけぬぬぬ。。。「「「大納言だいなごん大納言だいなごんだいなごん殿との殿とのとのののの姫君ひめぎみ姫君ひめぎみひめぎみ」」」ととと呼よ呼よよびびびしかしかしかばばば、、、聞き聞ききききき知し知ししりりり顏がほ顏がほがおににに泣な泣ななきききててて步あゆ步あゆあゆみみみ來き來ききなどなどなどせせせしかしかしかばばば、、、てゝてゝててなりなりなりししし人ひと人ひとひとももも「「「めづらかめづらかめずらかにににあはれあはれあわれなるなるなることことことなりなりなり。。。大納言だいなごん大納言だいなごんだいなごんににに申まう申まうもうさささむむん」」」などなどなどありありありししし程ほど程ほどほどにににいみじういみじういみじゅうあはれあはれあわれににに口惜くちを口惜くちをくちおしくしくしく覺おぼ覺おぼおぼゆゆゆ。。。
  11. 11ひろびろひろびろひろびろととと物もの物ものもの深ふか深ふかふかききき深山みやま深山みやまみやまのののやうやうようにににはははありありありながらながらながら、、、花はな花はなはな紅葉もみぢ紅葉もみぢもみじののの折をり折をりおりははは四方よも四方よもよもののの山邊やまべ山邊やまべやまべももも何なに何なになにならならならぬぬぬををを見み見みみならひならひならいたるたるたるににに、、、たとしへたとしへたとしえなくなくなくせばきせばきせばき所ところ所ところところののの、、、庭には庭にはにはのののほどほどほどもももなくなくなく木き木ききなどなどなどもももなきなきなきににに、、、いといといと心こころ心こころこころ憂う憂ううきききににに、、、向むか向むかむかひひいなるなるなる所ところ所ところところににに、、、梅うめ梅うめうめ紅梅こうばい紅梅こうばいこうばいなどなどなど咲さ咲ささききき亂みだ亂みだみだれれれててて風かぜ風かぜかぜにににつけつけつけてててかをりかをりかおり來く來くくるるるにににつけつけつけてててももも住す住すすみみみ馴な馴ななれれれししし古郷ふるさと古郷ふるさとふるさとかぎりなくかぎりなくかぎりなく思おも思おもおもひひい出い出いいでででらるらるらる。。。
  12. 12「「「にほひにほひにおいくるくるくるとなりとなりとなりののの風かぜ風かぜかぜををを身み身みみにににしめしめしめてててありありありししし軒端のきば軒端のきばのきばののの梅うめ梅うめうめぞぞぞこひしきこひしきこいしき」」」。。。
  13. 13そのそのその五月さつき五月さつきさつきのののついたちついたちついたちににに姉あね姉あねあねなるなるなる人ひと人ひとひと子こ子ここ產う產ううみみみてててなくなくなくなりなりなりぬぬぬ。。。よそよそよそののの事こと事ことことだにだにだにをさなくをさなくおさなくよりよりよりいみじくいみじくいみじく哀あは哀あはあわれれれととと思おも思おもおもひひい渡わた渡わたわたるるるににに、、、ましてましてましていはいはいわむむんかたかたかたなくなくなくあはれあはれあわれ悲かな悲かなかなしししととと思おも思おもおもひひいなげかなげかなげかるるる。。。
  14. 14母はは母ははははなどなどなどははは皆みな皆みなみななくなくなくなりなりなりたるたるたるかたかたかたにににあるあるあるににに、、、かたみかたみかたみにににとまりとまりとまりたるたるたる幼をさな幼をさなおさなききき人々ひとびと人々ひとびとひとびとををを左右さいう左右さいうさゆうにににふせふせふせたるたるたるににに、、、荒あ荒ああれれれたるたるたる板屋いたや板屋いたやいたやのののひまひまひまよりよりより月つき月つきつきのののもりもりもりきききてててちごちごちごののの顏かほ顏かほかおにににあたりあたりあたりたるたるたるががが、、、いといといとゆゝしくゆゝしくゆゆしく覺おぼ覺おぼおぼゆれゆれゆればばば、、、袖そで袖そでそでをををうちうちうちおほひおほひおおいててて今いま今いまいま一人ひとり一人ひとりひとりをををもももかきかきかきよせよせよせててて思おも思おもおもふふうぞぞぞいみじきいみじきいみじきややや。。。
  15. 15そのそのそのほどほどほど過す過すすぎぎぎてててししし族ぞく族ぞくぞくなるなるなる人ひと人ひとひとのののもともともとよりよりより、、、「「「昔むかし昔むかしむかしののの人ひと人ひとひとののの必かならず必かならずかならずもとめもとめもとめててておこせよおこせよおこせよとととありありありしかしかしかばばばもとめもとめもとめしししににに、、、そのそのその折をり折をりおりはははえええ見み見みみ出い出いいでででずずずなりなりなりにににしししををを、、、今いま今いまいましもしもしも人ひと人ひとひとのののおこせおこせおこせたるたるたるがががあはれあはれあわれににに悲かな悲かなかなしきしきしき事こと事ことこと」」」とてとてとて、、、かばねたづぬるみやかばねたづぬるみやかばねたずぬるみやととといふいふいう物語ものがたり物語ものがたりものがたりをををおこせおこせおこせたりたりたり。。。まことまことまことにににあはれあはれあわれなるなるなるややや。。。かへりごとかへりごとかえりごとににに、、、
  16. 16「「「うづもれうづもれうずもれぬぬぬかばねかばねかばねををを何なに何なになににににたづねたづねたずねけむけむけん苔こけ苔こけこけののの下した下したしたにににははは身み身みみこそこそこそなりなりなりぬれぬれぬれ」」」。。。
  17. 17乳母めのと乳母めのとめのとなりなりなりししし人ひと人ひとひと今いま今いまいまははは何なに何なになににににつけつけつけてててかかかなどなどなど、、、なくなくなくなくなくなくももも、、、とあるとあるとある所ところ所ところところにににかへりかへりかえりわたるわたるわたるににに、、、
  18. 18「「「故郷ふるさと故郷ふるさとふるさとにににかくかくかくこそこそこそ人ひと人ひとひとはははかへりかへりかえりけれけれけれあはれあはれあわれいかなるいかなるいかなるわかれわかれわかれなりなりなりけむけむけん。。。昔むかし昔むかしむかしのののかたみかたみかたみにににはははいかでいかでいかでとととなむなむなん思おも思おもおもふふう」」」などなどなど書か書かかきききててて、、、「「「硯すずり硯すずりすずりののの水みづ水みづみずのののこほれこほれこおればばば皆みな皆みなみなとぢとぢとじられられられてててとゞめとゞめとどめつつつ」」」ととといひいひいいたるたるたるににに、、、
  19. 19「「「かきかきかき流なが流ながながすすすあとあとあとはははつらゝつらゝつららにににとぢとぢとじてててけりけりけり何なに何なになにををを忘わす忘わすわすれれれぬぬぬかたみかたみかたみとととかかか見み見みみむむん」」」
  20. 20ととといひいひいいやりやりやりたるたるたる返かへ返かへかえりりり事ごと事ごとごとににに、、、
  21. 21「「「なぐさむるなぐさむるなぐさむるかたかたかたもももなぎさなぎさなぎさののの濱千鳥はまちどり濱千鳥はまちどりはまちどり何なに何なになにかかかうきうきうき世よ世よよにににあとあとあともももとゞめとゞめとどめむむん」」」。。。このこのこの乳母めのと乳母めのとめのと墓所はかどころ墓所はかどころはかどころ見み見みみてててなくなくなくなくなくなくかへりかへりかえりたりたりたりししし、、、
  22. 22「「「のぼりのぼりのぼりけむけむけん野邊のべ野邊のべのべははは煙けぶり煙けぶりけぶりもももなかりなかりなかりけりけりけりいづこいづこいずこをををはかはかはかとととたづねたづねたずねてててかかか見み見みみししし」」」。。。これこれこれををを聞き聞きききききててて繼母ままはは繼母ままははままははなりなりなりししし人ひと人ひとひと、、、
  23. 23「「「そこはかとそこはかとそこはかと知し知ししりりりてててゆかゆかゆかねねねどどどさきさきさきにににたつたつたつ淚なみだ淚なみだなみだぞぞぞ道みち道みちみちのののしるべしるべしるべなりなりなりけるけるける」」」。。。かばねたづぬるみやかばねたづぬるみやかばねたずぬるみやおこせおこせおこせたりたりたりししし人ひと人ひとひと、、、
  24. 24「「「住す住すすみみみ馴な馴ななれれれぬぬぬ野邊のべ野邊のべのべののの笹原ささはら笹原ささはらささはらあとあとあとはかはかはかもももなくなくなくなくなくなくいかにいかにいかに尋たづ尋たづたずねねねわびわびわびけむけむけん」」」。。。これこれこれををを見み見みみてててせうとせうとしょうとははは、、、そのそのその夜よ夜よよおくりおくりおくりにににいきいきいきたりたりたりしかしかしかばばば、、、
  25. 25「「「見み見みみしししまゝまゝままににに燃も燃ももえええしししけぶりけぶりけぶりはははつきつきつきにににしししをををいかゞいかゞいかが尋たづ尋たづたずねねねししし野邊のべ野邊のべのべののの笹原ささはら笹原ささはらささはら」」」。。。雪ゆき雪ゆきゆきののの日ひ日ひひををを經へ經へへててて降ふ降ふふるるるころころころ、、、吉野山よしのやま吉野山よしのやまよしのやまににに住す住すすむむむ尼君あまぎみ尼君あまぎみあまぎみををを思おも思おもおもひひいやるやるやる、、、
  26. 26「「「ゆきゆきゆきふりふりふりてててまれまれまれののの人ひと人ひとひとめめめももも絕た絕たたえええぬぬぬらむらむらんよしよしよし野の野ののののの山やま山やまやまのののみねみねみねのののかげかげかげ道みち道みちみち」」」。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

世間に、『長恨歌』という漢詩を物語に書いて持っている所があると聞いて、たいそう読みたいけれど、頼みこむこともできないでいたが、しかるべきつてを探して、七月七日に(歌を)詠んでやる。

「(玄宗と楊貴妃が)愛を誓ったという昔の今日(七夕)が慕わしくて、天の川に波が立つように、お願いを口に出すことです」。

返歌、

「天の川のほとりにお出かけになる(お慕いくださる)お気持ちがうれしくて、ふだんは不吉なこととして避けていることも忘れてしまいました(お貸ししましょう)」。

その十三日の夜、月がたいそう隅々まで明るいので、みなも寝静まった夜中ごろに縁側に出て座っていると、姉がつくづくと空を眺めて、「今わたしが行方も知れず飛んで消えてしまったら、どう思う」とたずねるので、(わたしが)なんとなく恐ろしいと思っている顔つきを見て、(姉は)話をほかのことにそらして笑ったりして聞いていると、

隣の家に、先払いをさせた車が止まって、「荻の葉、荻の葉」と(供の者に)呼ばせるけれど、答えないようだ。呼びあぐねて、笛を趣深く吹き澄まして通り過ぎていったようだ。

「笛の音が、ただ秋風のように聞こえるのに、どうして荻の葉は、そよとも答えないのでしょう」

と(わたしが)詠むと、(姉は)「本当に」と言って、

「荻の葉が答えるまで吹き寄らないで、そのまま通り過ぎてしまう笛の音こそ、つれないことよ」。

このように、明け方まで(空を)眺め合って、夜が明けてから、みな寝たのだった。その翌年の四月の夜中ごろ、火事があって、大納言殿の姫君と思って大切にしていた猫も焼け死んでしまった。「大納言殿の姫君」と呼ぶと、聞き分けたような顔つきで鳴いて歩いて来たりしたので、父だった人も、「めずらしくしみじみとしたことだ。大納言に申し上げよう」などと言っていたところだったので、たいそうあわれで残念に思われる。

(前の家は)広々として、奥深い深山のようではあったが、花や紅葉のときは、まわりの山辺も問題にならないほど(美しいの)を見慣れていたのに、(今度の家は)たとえようもなく狭い所で、庭というほどの所もなく、木なども無いので、たいそうつらく思っていると、向かいの家に、梅や紅梅などが咲き乱れて、風に乗って香ってくるにつけても、住み慣れたもとの家が、この上なく思い出される。

「匂ってくる隣の風を身にしみて感じて、以前住んでいた家の軒端の梅が恋しいことだ」。

その五月の初めに、姉が子を産んで亡くなった。よその人の死でさえ、幼いころから、たいそう悲しいことと思ってきたのに、まして言いようもなく、悲しいと思い嘆かずにはいられない。

母などはみな、亡くなった姉のいる部屋にいるので、形見として残された幼い子たちを(わたしの)左右に寝かせていると、荒れた板ぶきの屋根の隙間から月の光がもれてきて、赤ん坊の顔にあたっているのが、たいそう不吉に思われるので、袖でおおって、もう一人も抱きよせて(亡き姉を)思うのは、何ともつらいことだ。

その時期が過ぎて、親類の人のもとから、「亡くなった人(姉)が、ぜひ探してよこしてくれと言っていたので探したのですが、そのときは見つけられないままになってしまったのを、今になって人がよこしてくれたのが、しみじみと悲しいことで」と言って、『かばねたづぬるみや(屍を尋ぬる宮)』という物語をよこしてくれた。本当にしみじみと悲しいことだ。返事に、

「(物語の宮は)埋もれていない屍を、どうして探し求めたのでしょう。(姉は)もう苔の下に埋もれる身となってしまいましたのに」。

(姉の子の)乳母だった人が、今は何を頼りに(ここにいられよう)などと言って、泣く泣く、もとの家に帰って行くので、

「(あなたは)もとの家にこうして帰って行くのですね。(姉とは)ああ、何という別れだったのでしょう。(姉の)昔の形見には、なんとかして(残ってほしい)と思います」などと書いて、「硯の水が凍るので、(筆も)すっかり閉じられて書きとどめました」と書いてやったところ、

「書き流す筆の跡(手紙)は、つららに閉じこめられてしまったのですね。何をあの方を忘れない形見として見ればよいのでしょう」

と(乳母が)詠んでよこした返事に、

「心を慰める方法もない、渚の浜千鳥のようなわたしが、どうしてつらいこの世に跡をとどめましょうか(ここにとどまってはいられません)」。(乳母は)この姉の墓所を見て、泣く泣く帰って来て、

「(姉が煙となって)上ったという野辺には、煙ももうありませんでした。どこを墓と探して見てきたのでしょう」。これを聞いて継母だった人が、

「どこと知って行くわけではないけれど、先に立つ涙が道案内だったのですね」。『かばねたづぬるみや』をよこした人は、

「住み慣れない野辺の笹原を、跡かたもなく、泣く泣くどんなに探しあぐねたことでしょう」。これを見て兄は、その夜(姉の)野辺送りに行ったので、

「見ているうちに燃えた煙は尽きてしまったのに、どうして探したのだろう、野辺の笹原を」。雪が何日も降り続くころ、吉野山に住む尼君を思いやって、

「雪が降って、まれな人の訪れも絶えてしまったことでしょう。吉野の山の峰の山陰の道は」。

意訳

『長恨歌』は、唐の玄宗皇帝と楊貴妃の悲恋を詠んだ白居易の長詩で、それを仮名の物語にした本があると聞き、少女は七夕に借りたいと歌を贈る。七夕は、玄宗と楊貴妃が永遠の愛を誓った日でもある。

月の明るい夜、姉は「今わたしが行方も知れず消えてしまったら」と問う。かぐや姫を思わせる不吉な問いに、少女はおびえる。隣で「荻の葉」という女性を呼ぶ男の笛を聞き、姉妹は歌を詠み交わす。仲のよい姉妹の最後の秋の夜である。

翌年、火事で家が焼け、大納言の姫君の生まれ変わりと思っていた猫も死ぬ。移った家は狭く、隣の梅の香に、木々の茂った前の家を恋しく思う。

五月、姉は子を産んで亡くなる。少女は姉の残した二人の幼子を左右に寝かせ、板屋の隙間からもれる月の光が赤子の顔にあたるのを不吉に感じて、袖でおおう。母のない姪たちは、のちに宮仕えのころまで作者のそばで育つ(第5章)。

姉が探していた物語『かばねたづぬるみや』が、亡くなってから届く。姉の乳母との贈答、姉の墓を訪ねた乳母の歌、継母や親類や兄の歌と、姉を悼む歌がつぎつぎにやりとりされる。家族と縁者の悲しみが、歌の連なりの中に浮かび上がる。

語釈・文法注

長恨歌
唐の白居易(白楽天)が、玄宗皇帝と楊貴妃の悲恋を詠んだ長編の漢詩。平安時代の人々に愛読され、『源氏物語』の桐壺の巻にも引かれる。ここではそれを仮名の物語にした本。

文法

「天の川浪うち出づるかな」
七夕に寄せて、願いを口に出すことを、天の川に波が立つことにたとえた。
「常はゆゝしきこともわすれぬ」
長恨歌は悲恋の話なので、ふだんは不吉として避けているが、それも忘れてお貸しするの意と解した。
「答へざなり」
「答へざるなり」の撥音便「答へざんなり」の撥音を表記しない形。「なり」は推定。答えないようだ。
「ゆゝしく覺ゆれば」
月の光が幼児の顔にあたるのを、不吉と感じたことをいう。
「かばねたづぬるみや」
今は伝わらない物語。死んだ人の亡骸を探し求める宮の話らしい。
「故郷にかく…思ふ」
底本は歌のあとに「」」を刷らず、手紙の文に続けている。
「せうと」
兄弟。ここでは作者の兄の菅原定義(1012〜1064)とされる。

和歌

ちぎりけむむかしの今日のゆかしさに天の川浪うち出づるかな

詠者
作者(菅原孝標女)
状況
長恨歌を物語にした本を持つ人に、借りたいと七月七日に贈った歌。

修辞

掛詞
「うち出づる」に、波が立つことと、願いを口に出すことを掛ける。
縁語
「天の川」「浪」「うち出づる」。

たちいづる天の河邊のゆかしさに常はゆゝしきこともわすれぬ

詠者
長恨歌の本の持ち主
状況
作者の歌への返歌。

修辞

言葉の受け
作者の「天の川」「ゆかしさ」を受けて返す。

笛の音のたゞ秋かぜときこゆるになど荻の葉のそよとこたへぬ

詠者
作者(菅原孝標女)
状況
七月十三日の夜、隣の家で「荻の葉」という女性を呼ぶ男が、答えがないので笛を吹いて去ったのを聞いて詠んだ歌。

修辞

掛詞
「荻の葉」に女性の名と植物の荻を掛ける。「そよ」に葉ずれの音と、「そうよ」という返事を掛ける。

荻の葉の答ふるまでも吹きよらでたゞに過ぎぬる笛の音ぞうき

詠者
作者の姉
状況
作者の歌に応じた姉の歌。

修辞

擬人
笛の音を、女の返事を待たずに去る男にたとえる。

にほひくるとなりの風を身にしめてありし軒端の梅ぞこひしき

詠者
作者(菅原孝標女)
状況
火事のあと移った狭い家で、向かいの家の梅の香が風に乗って匂ってくるのに、前の家を恋しく思って詠んだ歌。

修辞

掛詞
「しめ」に、香りを身に染みこませる意と、身にしみて感じる意を掛ける。

うづもれぬかばねを何にたづねけむ苔の下には身こそなりぬれ

詠者
作者(菅原孝標女)
状況
亡き姉が探していた物語『かばねたづぬるみや』を親類が届けてくれたことへの返事の歌。

修辞

対比
物語の宮が探した埋もれぬ屍と、苔の下に埋もれた姉とを対比する。

故郷にかくこそ人はかへりけれあはれいかなるわかれなりけむ

詠者
作者(菅原孝標女)
状況
姉の子の乳母が、もとの家に帰って行くときに贈った歌。

修辞

掛詞
「かへり」に、家に帰ることと、死者が土に帰ることを重ねる。

かき流すあとはつらゝにとぢてけり何を忘れぬかたみとか見む

詠者
姉の子の乳母
状況
作者の手紙に「硯の水が凍って」とあったのに応じた歌。

修辞

縁語
「かき流す」「つらゝ」「とぢ」と、水と氷にちなむ語を重ねる。

なぐさむるかたもなぎさの濱千鳥何かうき世にあともとゞめむ

詠者
作者(菅原孝標女)
状況
乳母の歌への返歌。

修辞

掛詞
「なぎさ」に「無き」と「渚」を、「あと」に足跡と筆跡を掛ける。
縁語
「なぎさ」「濱千鳥」「あと」。

のぼりけむ野邊は煙もなかりけりいづこをはかとたづねてか見し

詠者
姉の子の乳母
状況
姉の墓所を訪ねて泣く泣く帰って来て詠んだ歌。

修辞

掛詞
「はか」に「墓」と、「はか(目当て)」を掛ける。

そこはかと知りてゆかねどさきにたつ淚ぞ道のしるべなりける

詠者
継母
状況
乳母の歌を聞いて詠んだ歌。

修辞

擬人
涙を道案内にたとえる。

住み馴れぬ野邊の笹原あとはかもなくなくいかに尋ねわびけむ

詠者
親類の人(かばねたづぬるみやを届けた人)
状況
乳母の歌を見て詠んだ歌。

修辞

掛詞
「なくなく」に「無く」と「泣く泣く」を掛ける。

見しまゝに燃えしけぶりはつきにしをいかゞ尋ねし野邊の笹原

詠者
作者の兄
状況
姉の野辺送りに行った兄が、乳母の歌を見て詠んだ歌。

修辞

倒置
「野邊の笹原」を末尾に置く。

ゆきふりてまれの人めも絕えぬらむよし野の山のみねのかげ道

詠者
作者(菅原孝標女)
状況
雪が降り続くころ、吉野山に住む尼君を思いやって詠んだ歌。

修辞

名詞止め
「みねのかげ道」で結ぶ。

解説

万寿元年(1024)七月、作者十七歳の記事から始まる。翌万寿二年四月、家が火事に遭い、五月には姉が出産のあと亡くなった。物語に夢中だった少女に、身近な人の死が続く。

月夜に姉が「行方もなく飛び失せたら」と問う場面は、『竹取物語』のかぐや姫を思わせ、その翌年の姉の死を予感させる。作者は姉の残した二人の娘を育て、のちに宮仕えのころまで「母なくなりにしめひども、生まれしより一つにて」(第5章)と、そばに置いていた。

姉の死を悼む贈答は、家族や縁者が歌を通して悲しみを分かち合うようすを伝える。国文大観の本文では、この章は第11章に続いて、通行本文と同じ順である。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(更級日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、478–480頁(コマ251–252)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日