更級日記 第11章
花橘と迷いこんだ猫
花橘を雪に見立て、深山のような庭の紅葉を誇る歌を詠む。物語に心を奪われ、夢で天照御神を念ぜよと告げられても気にとめない。春の夜、どこからか美しい猫が迷いこみ、姉の夢に、亡き侍従大納言の姫君の生まれ変わりだと名のる。
- 1五月五月さつき朔日朔日ついたちごろごろごろつまつまつま近近ちかききき花橘花橘はなたちばなのののいといといと白白しろくくく散散ちりりりたるたるたるをををながめながめながめててて、、、「「「時時ときならならならずずずふるふるふるゆきゆきゆきかかかとととぞぞぞながめながめながめましましまし花花はなたちばなたちばなたちばなのののかをらかをらかおらざりざりざりせせせばばば」」」。。。
- 2足柄足柄あしがらととといひいひいいししし山山やまののの麓麓ふもとにににくらがりくらがりくらがり渡渡わたりりりたりたりたりししし木木きのののやうやうようににに茂茂しげれれれるるる所所ところなれなれなればばば、、、十月十月かんなづきばかりばかりばかりののの紅葉紅葉もみじ四方四方よもののの山邊山邊やまべよりよりよりもももげにげにげにいみじくいみじくいみじくおもしろくおもしろくおもしろく錦錦にしきをををひけひけひけるるるやうやうようなるなるなるににに、、、ほかほかほかよりよりよりきたるきたるきたる人人ひとののの、、、「「「今今いま參參まいりりりつるつるつる道道みちににに、、、紅葉紅葉もみじのののいといといとおもしろきおもしろきおもしろき所所ところのののありありありつるつるつる」」」ととといふいふいうににに、、、ふとふとふと、、、
- 3「「「いづこいづこいずこにににもももおとらおとらおとらじじじものものものををを我我わががが宿宿やどののの世世よをををあきあきあきはつるはつるはつるけしきけしきけしきばかりばかりばかりははは」」」。。。
- 4物語物語ものがたりのののことことことををを晝晝ひるははは日日ひくらしくらしくらし思思おもひひいつゞけつゞけつづけ、、、夜夜よももも目目めのののさめさめさめたるたるたるかぎりかぎりかぎりはははこれこれこれをををのみのみのみ心心こころにににかけかけかけたるたるたるににに、、、夢夢ゆめににに見見みゆるゆるゆるやうやうよう、、、このこのこのごろごろごろ皇太后宮皇太后宮こうたいごうぐうのののののの宮宮みやののの御料御料ごりょうににに六角堂六角堂ろっかくどうにににやりやりやり水水みずをををなむなむなんつくるつくるつくるととといふいふいう人人ひとあるあるあるをををそそそはははいかにいかにいかにととと問問とへへへばばば、、、天天あまてるてるてる御神御神おおんかみををを念念ねんじじじませませませととといふいふいうととと見見みててて、、、人人ひとにににもももかたらかたらかたらずずず何何なにととともももおもはおもはおもわでででやみやみやみぬるぬるぬる、、、いといといといふかひなしいふかひなしいうかいなし。。。
- 5春春はるごとごとごとにににこのこのこの一品一品いっぽんののの宮宮みやをををながめながめながめやりやりやりつゝつゝつつ、、、
- 6「「「咲咲さくくくとととまちまちまち散散ちりりりぬぬぬとととなげくなげくなげく春春はるはははたゞたゞただわがわがわがやどがほやどがほやどがおににに花花はなををを見見みるるるかなかなかな。。。
- 7三月三月やよい晦日晦日つごもりがたがたがたつちいみつちいみつちいみににに人人ひとのののもともともとににに渡渡わたりりりたるたるたるににに、、、櫻櫻さくらののの盛盛さかりにににおもしろくおもしろくおもしろく今今いままでまでまで散散ちらららぬぬぬもももありありあり。。。かへりかへりかえりててて又又またののの日日ひ、、、
- 8「「「あかあかあかざりざりざりししし宿宿やどのののさくらさくらさくらををを春春はるくれくれくれててて散散ちりりりがたがたがたにににしもしもしもひとりひとりひとり見見みしかしかしかななな」」」
- 9ととといひいひいいやるやるやる。。。花花はなののの咲咲さきききちるちるちるをりをりおりごとごとごとににに乳母乳母めのとなくなくなくなりなりなりししし折折おりぞぞぞかしかしかしとととのみのみのみあはれあはれあわれなるなるなるににに、、、同同おなじじじをりをりおりなくなくなくなりなりなり給給たまひひいししし侍從侍從じじゆうののの大納言大納言だいなごんののの御女御女おおんむすめののの、、、ふみふみふみををを見見みつゝつゝつつすゞろすゞろすずろにににあはれあはれあわれなるなるなるににに、、、
- 10五月五月さつきばかりばかりばかり夜夜よ更更ふくるくるくるまでまでまで物語物語ものがたりををを讀讀よみみみててて起起おききき居居いたれたれたればばば、、、來來きつつつらむらむらん方方かたももも見見みえええぬぬぬににに猫猫ねこのののいといといと長長なごうううないないないたるたるたるををを驚驚おどろきききててて見見みれれればばばいみじういみじういみじゅうをかしげをかしげおかしげなるなるなる猫猫ねこありありあり。。。
- 11いづくいづくいずくよりよりより來來きつるつるつる猫猫ねこぞぞぞととと見見みるるるににに姉姉あねなるなるなる人人ひと「「「あなあなあなかまかまかま、、、人人ひとににに聞聞きかすかすかすななな。。。いといといとをかしげをかしげおかしげなるなるなる猫猫ねこなりなりなり。。。かはかはかはむむん」」」とととあるあるあるににに、、、いみじういみじういみじゅう人人ひと馴馴なれれれつゝつゝつつ傍傍かたわらにににうちうちうちふしふしふしたりたりたり。。。
- 12尋尋たずぬるぬるぬる人人ひとやややあるあるあるとととこれこれこれををを隱隱かくしししてててかふかふかうににに、、、凡凡すべててて下下げすすすのののあたりあたりあたりにににももも寄寄よらららずずずつとつとつと前前まえにににのみのみのみありありありててて、、、物物ものもももきたなげきたなげきたなげなるなるなるはははほかほかほかざまざまざまににに顏顏かおをををむけむけむけてててくはくはくわずずず。。。
- 13姉姉あねおとゝおとゝおととののの中中なかにににつとつとつとまとはれまとはれまとわれてててをかしがりをかしがりおかしがりらうたがるらうたがるろうたがる程程ほどににに、、、姉姉あねののの惱惱なやむむむ事事ことあるあるあるににに物物もの騷騷さわがしくがしくがしくててて、、、このこのこの猫猫ねこををを北面北面きたおもてにににのみのみのみあらせあらせあらせててて呼呼よばばばねねねばばばかしがましくかしがましくかしがましくなきなきなきのゝしれのゝしれののしれどもどもども、、、猶猶なおさるさるさるにににてててこそこそこそはははととと思思おもひひいてててあるあるあるににに、、、
- 14わづらふわづらふわずらう姉姉あね驚驚おどろきききててて「「「いづらいづらいずら、、、猫猫ねこはははこちこちこちゐゐいてててこここ」」」とととあるあるあるををを「「「などなどなど」」」ととと問問とへへへばばば「「「夢夢ゆめににに猫猫ねこののの傍傍かたわらににに來來きててて己己おのれははは侍從侍從じじゆうののの大納言大納言だいなごん殿殿とのののの御御おおんむすめむすめむすめのののかくかくかくなりなりなりたるたるたるなりなりなり、、、さるさるさるべきべきべきえんえんえんのののいさゝかいさゝかいささかありありありてててこのこのこの中中なかののの君君きみのののすゞろすゞろすずろににに哀哀あわれととと思思おもひひい出出いででで給給たまへへえばばば、、、唯唯ただ暫暫しばしししこゝこゝここにににあるあるあるををを、、、このこのこのごろごろごろ下下げすすすのののなかなかなかにににありありありててていみじういみじういみじゅうわびしきわびしきわびしき事事ことととといひいひいいててていみじういみじういみじゅう泣泣なくくくさまさまさまははは、、、あてあてあてにににをかしげをかしげおかしげなるなるなる人人ひとととと見見みえええてててうちうちうち驚驚おどろきききたれたれたればばば、、、このこのこの猫猫ねこののの聲聲こえにににてててありありありつるつるつるがががいみじくいみじくいみじくあはれあはれあわれなるなるなるなりなりなり」」」とととかたりかたりかたり給給たまふふうををを聞聞きくくくににに、、、いみじくいみじくいみじくあはれあはれあわれなりなりなり。。。
- 15そのそのその後後のちはははこのこのこの猫猫ねこををを北面北面きたおもてにににももも出出いださささずずず思思おもひひいかしづくかしづくかしずく。。。唯唯ただひとりひとりひとり居居いたるたるたる所所ところにににこのこのこの猫猫ねこががが對對むかひひい居居いたれたれたればばば、、、搔搔かいいい撫撫なでででつゝつゝつつ「「「侍從侍從じじゆう大納言大納言だいなごんののの姫君姫君ひめぎみのののおはするおはするおわするななな。。。大納言大納言だいなごん殿殿とのににに知知しらせらせらせ奉奉たてまつらららばばばややや」」」ととと言言いひひいかくれかくれかくればばば顏顏かおをををうちうちうちまもりまもりまもりつゝつゝつつ長長なごうううなくなくなくももも、、、心心こころののの思思おもひひいなしなしなし目目めのののうちつけうちつけうちつけににに、、、例例れいののの猫猫ねこにににはははあらあらあらずずず聞聞ききききしりしりしり顏顏がおににに哀哀あわれなりなりなり。。。
現代語訳
五月の初めごろ、軒近くの花橘がたいそう白く散っているのを眺めて、「季節はずれに降る雪かと思って眺めることだろう。花橘が香らなかったならば」。
(わたしの家は)足柄といった山の麓に暗く茂っていた木々のように、木の茂った所なので、十月ごろの紅葉は、まわりの山辺よりも本当にすばらしく、錦を敷いたようであるところに、よそから来た人が、「今来る途中の道に、紅葉のたいそう美しい所がありました」と言うので、ふと、
「どこにも劣らないだろうに。わが家の、世に飽きはてて(さびれた)秋の終わりの景色だけは」。
物語のことを、昼は一日じゅう思い続け、夜も目の覚めているかぎりは、これだけを心にかけていると、夢に見たことには、「このごろ皇太后宮の一品の宮の御料として、六角堂に遣水を作っている」と言う人がいるのを、「それはどうして」とたずねると、「天照御神をお祈りなさい」と言うと夢に見て、人にも話さず、何とも思わずに終わってしまったのは、まったくふがいないことだ。
春が来るたびに、この一品の宮のお邸の方を眺めやっては、
「(桜が)咲くのを待ち、散ってしまったと嘆く春は、ただ(よその桜を)自分の家の花のような顔をして見ることだ。
三月の末ごろ、土忌みのために人の家に移ったところ、桜が盛りで美しく、今まで散らないでいるのもある。帰って来て次の日、
「見飽きなかったお宅の桜を、春も暮れて散りぎわになって、ひとりで見たことです」
と詠んで送る。花が咲いて散るおりごとに、乳母が亡くなったときだったなあとばかりしみじみと悲しく思われ、同じころお亡くなりになった侍従の大納言の姫君の御筆跡を見ては、わけもなくしみじみとしているうちに、
五月ごろ、夜更けまで物語を読んで起きていると、どこから来たのかもわからないのに、猫がたいそうのどかに鳴いているのを、はっとして見ると、たいそうかわいらしい猫がいる。
どこから来た猫だろうと見ていると、姉が「しっ、人に聞かせないで。とてもかわいい猫ね。飼いましょう」と言うと、たいそう人に慣れていて、そばに寝そべった。
探す人がいるかもしれないと思って、これを隠して飼っていると、召使いたちのあたりにはまったく寄りつかず、じっと(わたしたちの)前にばかりいて、食べ物もきたならしいものは、よそを向いて食べない。
(わたしたち)姉妹の間にじっとまとわりついて、かわいがりいとしがっているうちに、姉が病気になることがあって、家の中が取りこんでいて、この猫を北側の部屋にばかり置いて呼ばないでいると、うるさく鳴きたてるけれど、やはり何かわけがあって(鳴くの)だろうと思っていると、
病気の姉が目を覚まして、「どこ、猫は。こちらへ連れて来て」と言うので、「どうして」とたずねると、「夢に、猫がそばに来て、『わたしは侍従の大納言殿の姫君が、このように生まれ変わったのです。そうなるはずの縁が少しあって、この中の君(妹)がわけもなくわたしをいとしく思い出してくださるので、ほんのしばらくここにいるのですが、このごろ召使いたちの中に置かれて、たいそうつらいのです』と言って、ひどく泣くようすは、上品で美しい人に見えて、目が覚めると、この猫の声だったのが、たいそうあわれなのです」とお話しになるのを聞くと、たいそうしみじみと心を打たれる。
その後は、この猫を北側の部屋にも出さず、大切に世話をする。わたしがただひとりでいる所に、この猫が向かい合って座っているので、なでながら、「侍従の大納言の姫君がいらっしゃるのね。大納言殿にお知らせ申し上げたいわ」と話しかけると、顔をじっと見つめながら、のどかに鳴くのも、気のせいか、ふと見ると、ふつうの猫ではなく、聞き分けているような顔つきで、しみじみと心を打たれる。
意訳
花橘の歌は、香りがなければ雪と見まちがえるだろうと、白く散る花を雪に見立てる。紅葉の歌は、さびれた自分の家の秋の景色だけはどこにも劣らないと、ひそかな誇りを詠む。少女は日々の風景を、歌に詠むことで味わっている。
夢で「天照御神を念じませ」と告げられても、少女は人にも語らず心にもとめなかった。晩年の作者は「いといふかひなし」と書く。物語に心を奪われ、信仰をおろそかにした若い日への悔いが、くり返し書きこまれる。
猫の話は、『更級日記』の中でもっとも物語的な挿話である。夜更けまで物語を読んでいると、どこからか上品な猫が現れる。姉の夢で、猫は亡き侍従大納言の姫君の生まれ変わりだと名のり、少女が姫君を思うので縁あって来たと泣く。
少女は猫に「大納言殿にお知らせしたい」と話しかける。猫はじっと顔を見つめて鳴き、聞き分けているように見える。「心の思ひなし」と断りながらも、少女は物語の世界を現実の中に見いだしている。
語釈・文法注
- 一品の宮
- 皇太后宮(藤原彰子)のもとにいた一品の宮。一条天皇の皇女脩子内親王(三条の宮)を指すとする説が有力で、作者の家の東隣にあった。
文法
- 「かをらざりせば」
- 反実仮想「せば……まし」。香らなかったら、雪かと思って眺めるだろう。
- 「世をあきはつる」
- 「あき」に「秋」と「飽き」を掛ける。世に飽きはてた、秋の終わりの。
- 「念じませ」
- 「念じまゐらせよ」の略とも、「ませ」を尊敬の命令とも解される。お祈りなさい。
- 「わがやどがほに」
- 自分の家の物のような顔つきで。
- 「咲くとまち…花を見るかな。」
- 底本はこの歌の終わりに「」」を刷らない。
- 「つちいみ」
- 土忌み。土を動かす工事などのとき、土公神のたたりを避けるため、よそへ移ること。
- 「あなかま」
- しっ、静かに。人を制することば。
- 「下す」
- 下衆。召使いたち。
- 「姉おとゝ」
- 姉と妹。「おとと」は年下のきょうだい。
- 「中の君」
- 次女。ここでは作者のこと。
和歌
時ならずふるゆきかとぞながめまし花たちばなのかをらざりせば
- 詠者
- 作者(菅原孝標女)
- 状況
- 五月の初め、軒近くの花橘が白く散っているのを眺めて詠んだ歌。
修辞
- 見立て
- 白く散る花橘を雪に見立てる。
- 反実仮想
- 「せば……まし」で、香りがあるので花橘とわかると詠む。
- 倒置
- 条件の「花たちばなのかをらざりせば」を末尾に置く。
いづこにもおとらじものを我が宿の世をあきはつるけしきばかりは
- 詠者
- 作者(菅原孝標女)
- 状況
- よそから来た人が、途中の紅葉が美しかったと話したのに応じて、とっさに詠んだ歌。
修辞
- 掛詞
- 「あき」に「秋」と「飽き」を掛ける。
- 倒置
- 「けしきばかりは」を末尾に置いて強調する。
咲くとまち散りぬとなげく春はたゞわがやどがほに花を見るかな
- 詠者
- 作者(菅原孝標女)
- 状況
- 春ごとに、隣の一品の宮の邸の桜を眺めて詠んだ歌。
修辞
- 対句
- 「咲くとまち」「散りぬとなげく」を対にする。
あかざりし宿のさくらを春くれて散りがたにしもひとり見しかな
- 詠者
- 作者(菅原孝標女)
- 状況
- 三月末、土忌みで移った家の桜が盛りだったので、帰った翌日にその家の人に送った歌。
修辞
- 強意
- 「しも」で、春も暮れた散りぎわにこそ、と強める。
解説
上京後の数年、作者は物語を読み、歌を詠んで過ごした。一品の宮の邸は作者の家の隣で、その桜を自分の家の花のように眺める歌に、少女の暮らしぶりがうかがえる。
猫の話は治安三年(1023)ごろのことで、作者は十六歳。前の章で亡くなった侍従大納言(藤原行成)の姫君が猫に生まれ変わったという話は、物語好きの姉妹らしい想像でもあり、輪廻転生を信じた当時の人々の心でもある。この猫は第12章で火事に遭って死ぬ。
国文大観の本文では、この章は第10章に続いて、通行本文と同じ順である。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(更級日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、476–478頁(コマ250–251)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日