更級日記 第10章
源氏物語を手にする
上京するとすぐ物語を求め、継母が去り、乳母や侍従大納言の姫君の死に沈む。やがておばから『源氏物語』五十余巻と物語の一袋をもらい、几帳の内で昼も夜も読みふける。「后の位も何にかはせむ」。夢で僧に法華経を習えと告げられても気にとめず、夕顔や浮舟のようになる日を夢見る。
- 1ありもつかずありもつかずありもつかずいみじういみじういみじゅう物物もの騒騒さわがしけれがしけれがしけれどもどもどもいつしかいつしかいつしかととと思思おもひひいししし事事ことなれなれなればばば、、、三條三條さんじょうののの殿殿とののののにににしぞくしぞくしぞくなるなるなる人人ひとののの衞門衞門えもんののの命婦命婦みょうぶとてとてとて侍侍さぶらひひいけるけるける尋尋たずねねねててて文文ふみやりやりやりたれたれたればばば珍珍めずらしがりしがりしがりてててよろこびよろこびよろこびててて御前御前おまえのののをををおろしおろしおろしたるたるたるとてとてとて、、、わざとわざとわざとめでたきめでたきめでたき草紙草紙そうしどもどもども、、、硯硯すずりののの箱箱はこののの蓋蓋ふたににに入入いれれれててておこせおこせおこせたりたりたりししし嬉嬉うれしくしくしくいみじくいみじくいみじくててて、、、
- 2夜晝夜晝よるひるこれこれこれををを見見みるるるよりよりよりうちうちうち始始はじめめめ、、、またまたまたまたまたまたももも見見みまほしきまほしきまほしきににに、、、ありもつかぬありもつかぬありもつかぬ都都みやこのののはとりはとりはとりににに誰誰たれかかかははは物語物語ものがたりもとめもとめもとめ見見みするするする人人ひとのののあらあらあらむむん。。。
- 3繼母繼母ままははなりなりなりししし人人ひとははは宮仕宮仕みやづかえせせせしししががが下下くだりりりしししなれなれなればばば、、、思思おもひひいしししにににあらあらあらぬぬぬ事事ことどもどもどもなどなどなどありありありててて、、、世世よののの中中なかうらめしげうらめしげうらめしげにににてててほかほかほかににに渡渡わたるるるとてとてとて、、、五五いつつつつばかりばかりばかりなるなるなるちごちごちごどもどもどもなどなどなどしししててて「「「哀哀あわれなりなりなりつるつるつる心心こころのののほどほどほどなむなむなん忘忘わすれれれむむん世世よあるあるあるまじきまじきまじき」」」などなどなどいひいひいいててて梅梅うめののの木木きのののつまつまつま近近ちかくくくててていといといと大大おおきなるきなるきなるををを、、、「「「これこれこれががが花花はなののの咲咲さかかかむむんをりをりおりははは來來こむむんよよよ」」」ととと言言いひひいおきおきおきててて渡渡わたりりりぬるぬるぬるををを、、、心心こころのののうちうちうちににに戀戀こいしくしくしくあはれあはれあわれなりなりなりととと思思おもひひいつゝつゝつつ、、、忍忍しのびねびねびねをををのみのみのみ泣泣なきききてててそのそのその年年としももも歸歸かえりりりぬぬぬ。。。
- 4いつしかいつしかいつしか梅梅うめ咲咲さかかかなむなむなん、、、來來こむむんとととありありありしししをををさささやややあるあるあるととと目目めをををかけかけかけててて待待まちちちわたるわたるわたるににに、、、花花はなももも皆皆みな咲咲さきききぬれぬれぬれどどど音音おともももせせせずずず。。。思思おもひひいわびわびわびててて、、、花花はなををを折折おりりりてててやるやるやる。。。
- 5「「「たのめたのめたのめしししをををなほなほなおややや待待まつつつべきべきべき霜霜しもがれがれがれししし梅梅うめをををももも春春はるはははわすれわすれわすれざりざりざりけりけりけり」」」
- 6ととといひいひいいやりやりやりたれたれたればばば、、、あはれあはれあわれなるなるなる事事ことどもどもども書書かきききててて、、、
- 7「「「なほなほなおたのめたのめたのめ梅梅うめののの立枝立枝たちえはははちぎりちぎりちぎりおかおかおかぬぬぬおもひおもひおもいののの外外ほかののの人人ひともももとふとふとうなりなりなり」」」。。。
- 8そのそのその春春はる世世よののの中中なかいみじういみじういみじゅうさわがしうさわがしうさわがしゅうててて、、、まつざとまつざとまつざとのののわたりわたりわたりののの月月つきかげかげかげあはれあはれあわれににに見見みししし乳母乳母めのとももも、、、三月三月やよい朔日朔日ついたちににになくなくなくなりなりなりぬぬぬ。。。せむかたなくせむかたなくせんかたなく思思おもひひいなげくなげくなげくににに物語物語ものがたりのののゆかしさゆかしさゆかしさももも覺覺おぼえええずずずなりなりなりぬぬぬ。。。いみじくいみじくいみじく泣泣なきききくらしくらしくらしててて見見みいだしいだしいだしたれたれたればばば、、、夕日夕日ゆうひのののいといといと花花はなやかやかやかにににさしさしさしたるたるたるににに、、、櫻櫻さくらののの花花はなのののこりこりこりなくなくなく散散ちりりりみだるみだるみだる。。。
- 9「「「散散ちるるる花花はなもももまたまたまたこここむむん春春はるはははみみみもももやややせせせむむんやがてやがてやがてわかれわかれわかれししし人人ひとぞぞぞこひしきこひしきこいしき」」」。。。
- 10またまたまた聞聞きけけけばばば、、、侍從侍從じじゆうののの大納言大納言だいなごんのののなくなくなくなりなりなり給給たまひひいぬぬぬなりなりなり。。。殿殿とのののの中將中將ちゅうじょうのののおぼしおぼしおぼしなげくなげくなげくなるなるなるさまさまさま、、、我我わががが物物ものののの悲悲かなしきしきしき折折おりなれなれなればばばいみじくいみじくいみじく哀哀あわれなりなりなりととと聞聞きくくく。。。
- 11のぼりのぼりのぼりつきつきつきたりたりたりししし時時とき「「「これこれこれ手手て本本ほんにににせよせよせよ」」」とてとてとてこのこのこの姫君姫君ひめぎみののの御手御手おおんてををを取取とらせらせらせたりたりたりしししををを、、、「「「小夜小夜さよふけふけふけてててねざめねざめねざめざりざりざりせせせばばば」」」などなどなど書書かきききててて「「「鳥部山鳥部山とりべやま谷谷たににににけぶりけぶりけぶりののの燃燃もえええたゝたゝたたばばばはかなくはかなくはかなく見見みえええししし我我わととと知知しらららなむなむなん」」」ととといひいひいいしらしらしらずずずをかしげをかしげおかしげににに、、、めでたくめでたくめでたく書書かききき給給たまへへえるるるををを見見みててていとゞいとゞいとど涙涙なみだをををそへそへそえまさるまさるまさる。。。
- 12かくかくかくのみのみのみ思思おもひひいくんじくんじくんじたるたるたるををを、、、心心こころももも慰慰なぐさめめめむむんととと心心こころぐるしがりぐるしがりぐるしがりててて母母はは物語物語ものがたりなどなどなどもとめもとめもとめててて見見みせせせ給給たまふふうににに、、、げにげにげにおのづからおのづからおのずから慰慰なぐさみみみゆくゆくゆく。。。
- 13紫紫むらさきのののゆかりゆかりゆかりををを見見みてててつゞきつゞきつづきののの見見みまほしくまほしくまほしくおぼゆれおぼゆれおぼゆれどどど、、、人人ひとかたらひかたらひかたらいなどなどなどもももえええせせせずずず。。。されどされどされどいまだいまだいまだ都都みやこなれなれなれぬぬぬ程程ほどにににてててえええ見見みつけつけつけずずずいみじくいみじくいみじく心心こころもとなくもとなくもとなくゆかしくゆかしくゆかしく覺覺おぼゆるゆるゆるまゝまゝままににに「「「このこのこの源氏源氏げんじののの物語物語ものがたり一一いちのののまきまきまきよりよりよりしししててて皆皆みな見見みせせせ給給たまへへえ」」」ととと心心こころのののうちうちうちににに祈祈いのるるる。。。
- 14親親おやのののうづまさうづまさうずまさににに籠籠こもりりり給給たまへへえるるるにににももも、、、ことことこと事事ごとなくなくなくこのこのこの事事ことををを申申もうしししててていでいでいでむむんまゝまゝままにににこのこのこの物語物語ものがたり見見みはてはてはてむむんととと思思おもへへえどどど見見みえええずずず。。。いといといと口口くちをしくをしくおしく思思おもひひいなげかなげかなげかるゝるゝるるににに、、、叔母叔母をばなるなるなる人人ひとののの田舍田舍いなかよりよりよりのぼりのぼりのぼりたるたるたる所所ところにににわたいわたいわたいたれたれたればばば「「「いといといとうつくしううつくしううつくしゅうおひおひおいなりなりなりにににけりけりけり」」」などなどなどあはれがりあはれがりあわれがり珍珍めずらしがりしがりしがりててて、、、
- 15歸歸かえるるるににに「「「何何なにをををかかか奉奉たてまつらららむむん。。。まめまめしきまめまめしきまめまめしきものものものはははまたまたまたなかりなかりなかりなななむむん。。。ゆかしくゆかしくゆかしくししし給給たまふふうなるなるなるものものものををを奉奉たてまつらららむむん」」」とてとてとて源氏源氏げんじののの五十五十ごじゅうよよよまきまきまき櫃櫃ひつににに入入いれれれながらながらながら在中將在中將ざいちゅうじょう、、、とほぎみとほぎみとおぎみ、、、芹川芹川せりかわ、、、しらゝしらゝしらら、、、あさうづあさうづあさうずなどなどなどいふいふいう物語物語ものがたりどもどもども一一ひと袋袋ふくろとりとりとり入入いれれれててて得得えててて歸歸かえるるる心心こころちちちののの嬉嬉うれしさしさしさぞぞぞいみじきいみじきいみじきややや。。。
- 16走走はしるるる走走はしるるる僅僅わずかににに見見みつゝつゝつつ心心こころもももえええずずず、、、心心こころもとなくもとなくもとなく思思おもひひい、、、源氏源氏げんじををを一一いちのののまきまきまきよりよりよりしししててて人人ひともももまじらまじらまじらずずず几帳几帳きちょうののの內內うちにににうちうちうち臥臥ふしししてててひきひきひき出出いでででつゝつゝつつ見見みるるるこゝちこゝちここち、、、后后きさきののの位位くらいももも何何なににににかかかはははせせせむむん。。。
- 17晝晝ひるははは日日ひくらしくらしくらしよるよるよるははは目目めののの覺覺さめめめたるたるたるかぎりかぎりかぎり火火ひををを近近ちかくくくともしともしともしてててこれこれこれををを見見みるるるよりよりより外外ほかののの事事ことなけれなけれなければばば、、、おのづからおのづからおのずからなどなどなどはははそらそらそらにににおぼえおぼえおぼえ浮浮うかぶぶぶををを、、、いみじきいみじきいみじき事事ことににに思思おもふふうににに、、、
- 18夢夢ゆめににに、、、いといといと淸淸きよげげげなるなるなる僧僧そうののの黄黄きなるなるなる地地じののの袈裟袈裟けさ着着きたるたるたるががが來來きててて、、、五卷五卷ごのまきををを疾疾とくくく習習ならへへえととといふいふいうととと見見みれれれどどど、、、人人ひとにににもももかたらかたらかたらずずず、、、習習ならははわむむんとととももも思思おもひひいかけかけかけずずず、、、物語物語ものがたりのののことことことをををのみのみのみ心心こころにににしめしめしめててて我我わはははこのこのこのごろごろごろわろきわろきわろきぞぞぞかしかしかし。。。
- 19さかりさかりさかりにににならならならばばばかたちかたちかたちもももかぎりなくかぎりなくかぎりなくよくよくよく、、、髪髪かみもももいみじういみじういみじゅう長長ながくくくなりなりなりなななむむん。。。光源氏光源氏ひかるげんじののの夕顏夕顏ゆうがお、、、宇治宇治うじののの大將大將だいしょうののの浮舟浮舟うきふねののの女君女君おんなぎみのののやうやうようにににこそこそこそあらあらあらめめめととと思思おもひひいけるけるけるこゝろこゝろこころまづまづまずいといといとはかなくはかなくはかなくあさましあさましあさまし。。。
現代語訳
(新しい家に)落ち着きもせず、ひどくごたごたしているけれど、早く(物語を見たい)と思っていたことなので、三条の宮に親類の人で衛門の命婦といってお仕えしていた人を尋ねて手紙をやったところ、めずらしがって喜んで、宮さまのお下がりをいただいたものだといって、とくにすばらしい冊子などを、硯箱の蓋に入れてよこしてくれたのが、うれしくてたまらなくて、
夜も昼もこれを見ることから始めて、もっともっと見たいのに、落ち着きもしない都のはずれに、誰が物語を探して見せてくれる人があろうか。
継母だった人は、宮仕えをしていた人が(父の任国に)下ったので、思っていたのとは違うことなどがあって、夫婦仲を恨めしそうにして、よそへ移ることになって、五歳ほどの子どもなどを連れて、「やさしくしてくれたあなたの心のほどは、忘れるときはないでしょう」などと言って、軒先近くのたいそう大きな梅の木を(指して)、「この花が咲くころには来ますよ」と言い残して移ってしまったのを、心の中で恋しくしみじみと思いながら、声をしのんで泣いてばかりいて、その年も暮れて新しい年になった。
早く梅が咲いてほしい、来ると言っていたが本当だろうかと、じっと見守って待ち続けていると、花もすっかり咲いたのに、何の便りもない。思いあぐねて、花を折って送る。
「あてにさせたお言葉を、やはり待っていてよいのでしょうか。霜枯れていた梅をも、春は忘れずにやって来て(花を咲かせて)いますのに」
と詠んで送ると、しみじみとしたことを書いて、
「やはりあてにしていてください。梅の高く伸びた枝には、約束していない思いがけない人も訪ねて来るといいますから」。
その春、世の中に疫病がたいそうはやって、まつざとの渡しで月の光にあわれに見た乳母も、三月一日に亡くなってしまった。どうしようもなく思い嘆いていると、物語を読みたい気持ちもなくなってしまった。ひどく泣き暮らして外を眺めると、夕日がたいそう華やかに差しているところに、桜の花が残りなく散り乱れている。
「散る花も、また来る春には見ることもできるだろう。(だが)そのまま別れてしまった人が恋しいことだ」。
また聞くと、侍従の大納言の姫君がお亡くなりになったそうだ。殿の中将(夫君)がお嘆きになっているようすを、わたし自身も悲しいおりなので、たいそうお気の毒だと聞く。
(京に)上り着いたとき、「これを手本にしなさい」と言って、この姫君の御筆跡をもらっていたが、(それには)「小夜ふけてねざめざりせば」などと書いて、また「鳥部山の谷に煙が燃え立ったら、はかなく見えたわたしだと知ってほしい」と、言いようもなく趣深く、みごとにお書きになっているのを見て、ますます涙がこぼれる。
こうしてばかりふさぎこんでいるのを、心を慰めようと、母が気の毒がって、物語などを探して見せてくださるので、本当に自然と心が慰められてゆく。
(『源氏物語』の)紫の上にゆかりの巻々を見て、続きが見たく思われるけれど、人に頼むこともできない。(家の者は)誰もまだ都に慣れていないころなので、見つけることもできない。たいそうもどかしく読みたく思われるままに、「この源氏の物語を、一の巻から全部お見せください」と心の中で祈る。
親が太秦に籠っていらっしゃるときにも、ほかのことは祈らず、このことばかりお願い申し上げて、(寺を)出たらすぐにこの物語を読み終えようと思うけれど、見ることができない。たいそう残念に思い嘆いていると、おばにあたる人が田舎から上京している所に(母が)行かせたところ、「たいそうかわいらしく成長したこと」などと、あわれがりめずらしがって、
帰りぎわに、「何をさしあげましょう。実用的な物ではつまらないでしょう。読みたがっていらっしゃるという物をさしあげましょう」と言って、『源氏物語』の五十余巻を、櫃に入ったまま、ほかに『在中将』『とおぎみ』『せり川』『しらら』『あさうづ』などという物語類を一袋に入れてくれたのを、もらって帰る気持ちのうれしさは、たいへんなものだった。
(それまでは)胸をどきどきさせながら、わずかに見ては、筋もわからず、もどかしく思っていた『源氏物語』を、一の巻から、誰にもじゃまされず、几帳の内に横になって、一冊ずつ取り出しては見る気持ちは、后の位も何になろう(とても比べものにならない)。
昼は一日じゅう、夜は目の覚めているかぎり、灯火を近くにともして、これを見るよりほかのことはしないので、自然と(物語の文章が)そらで思い浮かぶのを、すばらしいことだと思っていると、
夢に、たいそう清らかな僧が、黄色い地の袈裟を着て来て、「法華経の第五巻を早く習え」と言うのを見たけれど、人にも話さず、習おうとも思わず、物語のことばかり心にしめて、「わたしは今はまだ器量がよくないのよ。
年ごろになったら、容貌もこの上なく美しく、髪もたいそう長くなるだろう。光源氏の(愛した)夕顔や、宇治の大将の(愛した)浮舟の女君のようになるのだわ」と思っていた心は、まず何ともたわいなく、あきれたものだった。
意訳
上京した少女が真っ先にしたのは、物語を探すことだった。親類の命婦が宮家のお下がりの冊子を届けてくれると、昼も夜も読みふける。それでもまだ足りない。
継母は、父の任国に下っていた女性で、京に戻ると夫婦仲がうまくいかなくなり、子を連れて家を出る。梅の花の咲くころには来ると言い残した継母を、少女は待ち続ける。梅の枝に歌を添えて送ると、継母は「思いがけない人も訪ねて来る」と、自分は来られないことを遠回しに伝える。少女に物語を語って聞かせた継母との別れである。
疫病のはやった春、旅の途中で別れた乳母が亡くなる。桜の散る夕暮れ、また来る春の花と、二度と会えない人とを比べる歌に、少女の悲しみがこもる。
手本にもらった筆跡の主、侍従大納言の姫君の死の知らせも届く。手本に書かれていた「鳥部山」の歌は、まるで自分の死を予言したようで、少女はいっそう涙にくれる。
母が気をつかって物語を探してくれ、少女は『源氏物語』の一部を読む。続きが読みたくてたまらず、太秦に籠る親に付き添ってもそのことばかり祈る。そこへおばが『源氏物語』五十余巻を櫃ごとくれる。
「后の位も何にかはせむ」は、この日記でもっとも知られた言葉の一つである。誰にもじゃまされずに『源氏物語』を一の巻から読む喜びは、皇后の位にも代えがたい。昼も夜も読みふけり、文章をそらで覚えるほどだった。
夢の僧の「法華経五の巻を早く習え」というお告げにも耳を貸さず、少女は年ごろになれば夕顔や浮舟のようになれると夢見る。それを「まづいとはかなくあさまし」と断じるのは、晩年の作者である。物語への陶酔の頂点と、それを悔いる老いた目とが、一つの文に重なっている。
語釈・文法注
- 三條の殿の宮
- 三条の宮。一条天皇の皇女脩子内親王(996〜1049)。作者の家はこの宮の西にあった。
- 侍從の大納言の御女
- 藤原行成(972〜1027)の娘。能書家の行成の娘らしく筆跡が美しかった。藤原道長の子の長家と結婚していたが、治安元年(1021)三月に亡くなった。「殿の中将」は長家。
- 法華經
- 妙法蓮華経。第五巻には、女性も成仏できることを説く提婆達多品があり、女性の信仰を集めた。
文法
- 「ありもつかず」
- 新しい住まいに落ち着きもせず。
- 「御前のをおろしたる」
- 宮さまのお手元の物をお下げ渡しいただいたもの。
- 「はとり」
- 端(はた)のあたり。都のはずれ。
- 「その年も歸りぬ」
- 年が改まった。「歸る」は年が新しくなること。
- 「せむかたなく」
- どうしようもなく。「む」は撥音で読む。
- 「小夜ふけてねざめざりせば」
- 『拾遺和歌集』の壬生忠見の歌「小夜ふけて寝覚めざりせばほととぎす人づてにこそ聞くべかりけれ」の上の句。
- 「紫のゆかり」
- 『源氏物語』の紫の上に関わる巻々。若紫の巻あたりを指すとされる。
- 「わたいたれば」
- 「わたしたれば」のイ音便。(母が娘を)行かせたところ。
- 「走る走る」
- 胸がどきどきするさま。
- 「何にかはせむ」
- 反語。何になろう、問題にもならない。
和歌
たのめしをなほや待つべき霜がれし梅をも春はわすれざりけり
- 詠者
- 作者(菅原孝標女)
- 状況
- 梅の咲くころに来ると言って家を出た継母が、花が咲いても来ないので、梅の枝を折って送った歌。
修辞
- 対比
- 霜枯れた梅をも忘れずに訪れる春と、約束しても来ない継母とを対比する。
なほたのめ梅の立枝はちぎりおかぬおもひの外の人もとふなり
- 詠者
- 継母
- 状況
- 作者の歌への返歌。しみじみとしたことを書き添えてあった。
修辞
- 本歌
- 平兼盛の「わが宿の梅の立枝や見えつらむ思ひのほかに君が来ませる」(拾遺集)をふまえる。
- 婉曲
- 思いがけない人が訪ねて来るだろうと言って、自分は行けないことを遠回しに伝える。
散る花もまたこむ春はみもやせむやがてわかれし人ぞこひしき
- 詠者
- 作者(菅原孝標女)
- 状況
- 乳母が亡くなった春、夕日の中で桜が散り乱れるのを見て詠んだ歌。
修辞
- 対比
- 来年また見られる花と、二度と会えない人とを対比する。
鳥部山谷にけぶりの燃えたゝばはかなく見えし我と知らなむ
- 詠者
- 侍従大納言の姫君(藤原行成の娘)
- 状況
- 作者が手本としてもらった姫君の筆跡に書かれていた歌。姫君の死後に見ると、自分の死を予感したかのように思われた。
修辞
- 見立て
- 鳥部山(京の東の火葬の地)の煙を、自分の亡骸を焼く煙と見る。
解説
上京した翌年の治安元年(1021)は、疫病(もがさ)が流行し、乳母や侍従大納言の姫君が亡くなった。十四歳の作者は、身近な人の死を続けて経験する。
『源氏物語』五十余巻を手に入れて読みふける場面は、『源氏物語』が書かれて十数年後の読者のようすを伝える貴重な記録でもある。「五十よまき」は、当時の『源氏物語』がすでに五十余巻の形で読まれていたことを示している。おばからもらった他の物語(『在中将』『とほぎみ』『せり川』『しらら』『あさうづ』)は、『在中将』(伊勢物語)のほかは今は伝わらない。
国文大観の本文では、この章は第9章の終わりの錯簡に続いて、上京直後の記事から始まる。通行本文では、第4章の京に着く記事のすぐあとに、この章の記事が続く。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(更級日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、473–476頁(コマ248–250)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日