古典ライブラリー

更級日記 第9章

物詣での夢と父の帰京

古風な母は遠い寺への物詣でを恐れ、作者は清水寺に籠るが、夢で僧に叱られても気にとめない。母は鏡を鋳させて僧を初瀬に代参させ、僧は鏡に泣き伏す影と華やかな影とが映る夢を見た。天照御神を念ぜよという勧めもうわの空で聞く。やがて常陸から父が帰り、西山の家で再会を喜び合う。

  1. 1かうかうこうてててつれづれつれづれつれづれとととながむるながむるながむるににに、、、などなどなどかかかものものものまうでまうでもうでもももせせせざりざりざりけむけむけん。。。母はは母ははははいみじかりいみじかりいみじかりししし古代こだい古代こだいこだいののの人ひと人ひとひとにににててて、、、にににはははあなあなあなおそろしおそろしおそろし、、、奈良坂ならざか奈良坂ならざかならざかにににててて人ひと人ひとひとにににとらとらとられれれなななばばばいかゞいかゞいかがせせせむむん、、、石山いしやま石山いしやまいしやま關山せきやま關山せきやませきやま越こ越ここえええててていといといと恐おそ恐おそおそろしろしろし、、、鞍馬くらま鞍馬くらまくらまはははさるさるさる山やま山やまやまゐゐいててて出い出いいでででむむんいといといとおそろしおそろしおそろしややや、、、親おや親おやおやのぼりのぼりのぼりてててともかくもともかくもともかくもとととさしさしさしはなちはなちはなちたるたるたる人ひと人ひとひとのののやうやうようににに煩わづら煩わづらわずらはしがりはしがりわしがりててて、、、僅わづか僅わづかわずかににに淸水きよみづ淸水きよみづきよみずにににゐゐいててて籠こも籠こもこもりりりたりたりたり。。。
  2. 2それそれそれにににももも例れい例れいれいのののくせくせくせはははまことしかべいまことしかべいまことしかべいことことことももも思おも思おもおもひひい申まう申まうもうささされれれずずず。。。彼岸ひがん彼岸ひがんひがんのののほどほどほどにににててていみじういみじういみじゅう騒さわ騒さわさわがしうがしうがしゅう怖おそ怖おそおそろしきろしきろしきまでまでまで覺おぼ覺おぼおぼえええてててうちうちうちまどろみまどろみまどろみ入い入いいりりりたるたるたるににに、、、御帳みちやう御帳みちやうみちょうのののかたかたかたののの犬いぬ犬いぬいぬふせぎふせぎふせぎのののうちうちうちににに、、、靑あを靑あをあおききき織物おりもの織物おりものおりものののの衣ころも衣ころもころもををを着き着ききててて錦にしき錦にしきにしきををを頭かしら頭かしらかしらにににもももかづきかづきかずき足あし足あしあしにににもももはいはいはいたるたるたる僧そう僧そうそうののの別當べつたう別當べつたうべっとうとととおぼしきおぼしきおぼしきががが寄よ寄よよりりり來き來ききててて、、、ゆくさきゆくさきゆくさきののの哀あはれ哀あはれあわれならならならむむんももも知し知ししらららずずず、、、さもさもさもよしなしよしなしよしなし事ごと事ごとごとをををのみのみのみとととうちうちうちむつがりむつがりむつがりててて御帳みちやう御帳みちやうみちょうののの內うち內うちうちににに入い入いいりりりぬぬぬととと見み見みみてててももも、、、うちうちうち驚おどろ驚おどろおどろきききてててもももかくかくかくなむなむなん見み見みみえええつるつるつるとととももも語かた語かたかたらららずずず、、、心こころ心こころこころにににももも思おも思おもおもひひい留とど留とどとどめめめででで罷まか罷まかまかでででぬぬぬ。。。
  3. 3母はは母はははは一尺いつしやく一尺いつしやくいっしゃくののの鏡かがみ鏡かがみかがみををを鑄い鑄いいさせさせさせててて「「「えええゐゐいててて參まゐ參まゐまいらせらせらせぬぬぬかはりかはりかわりににに」」」とてとてとて僧そう僧そうそうををを出いだ出いだいだしししたてゝたてゝたてて初瀨はつせ初瀨はつせはつせににに詣まう詣まうもうでででさすさすさすめりめりめり。。。「「「三日みか三日みかみか侍さぶら侍さぶらさぶらひひいてててこのこのこの人ひと人ひとひとのののあべからあべからあべからむむんさまさまさま夢ゆめ夢ゆめゆめににに見み見みみせせせ給たま給たまたまへへえ」」」などなどなどいひいひいいててて詣まう詣まうもうでででさするさするさするなめりなめりなめり。。。そのそのその程ほど程ほどほどははは精進さうじ精進さうじそうじせせせさすさすさす。。。
  4. 4このこのこの僧そう僧そうそう歸かへ歸かへかえりりりててて「「「夢ゆめ夢ゆめゆめをををだにだにだに見み見みみででで詣まう詣まうもうでででなななむむんがががほいほいほいなきなきなきととと、、、いかゞいかゞいかが歸かへ歸かへかえりりりてててももも申まう申まうもうすすすべきべきべきととといみじういみじういみじゅうぬかづきぬかづきぬかずき行おこな行おこなおこなひひいてててねねねたりたりたりしかしかしかばばば、、、
  5. 5御帳みちやう御帳みちやうみちょうのののかたかたかたよりよりよりいみじういみじういみじゅうけだかうけだかうけだこう淸きよ淸きよきよげげげにににおはするおはするおわする女をんな女をんなおんなののの麗うるは麗うるはうるわしくしくしくさうぞきさうぞきそうぞき給たま給たまたまへへえるるるががが奉たてまつ奉たてまつたてまつりりりししし鏡かがみ鏡かがみかがみをををひきひきひきさげさげさげててて、、、このこのこの鏡かがみ鏡かがみかがみははは文ふみ文ふみふみやややそひそひそいたりたりたりしししととと問と問ととひひい給たま給たまたまへへえばばば、、、かしこまりかしこまりかしこまりててて、、、文ふみ文ふみふみもももさふらはさふらはそうらわざりざりざりききき、、、此こ此ここののの鏡かがみ鏡かがみかがみをををなむなむなん奉たてまつ奉たてまつたてまつれれれとととはべりはべりはべりしししととと答こた答こたこたへへえたてまつれたてまつれたてまつればばば、、、
  6. 6あやしかりあやしかりあやしかりけるけるける事こと事ことことかなかなかな、、、文ふみ文ふみふみそふそふそうべきべきべきものものものをををとてとてとて、、、このこのこの鏡かがみ鏡かがみかがみををを、、、こなたこなたこなたににに映うつ映うつうつれれれるるる影かげ影かげかげををを見み見みみよよよ、、、これこれこれををを見み見みみれれればばば哀あはれ哀あはれあわれににに悲かな悲かなかなしきしきしきぞぞぞとてとてとて、、、さめざめさめざめさめざめととと泣な泣ななききき給たま給たまたまふふうををを見み見みみれれればばばふしふしふしまろびまろびまろび泣な泣ななききき歎なげ歎なげなげきききたるたるたる影かげ影かげかげうつれうつれうつれりりり、、、このこのこの影かげ影かげかげををを見み見みみれれればばばいみじういみじういみじゅうかなしかなしかなしななな、、、これこれこれ見み見みみよよよとてとてとて、、、今いま今いまいま片かた片かたかたつつつ方かた方かたかたににに映うつ映うつうつれれれるるる影かげ影かげかげををを見み見みみせせせ給たま給たまたまへへえばばば、、、
  7. 7御簾みす御簾みすみすどもどもども靑あを靑あをあおやかやかやかににに几帳きちやう几帳きちやうきちょうおしおしおし出い出いいでででたるたるたる下した下したしたよりよりよりいろいろいろいろいろいろののの衣きぬ衣きぬきぬこぼれこぼれこぼれ出い出いいでゝでゝでて、、、梅うめ梅うめうめ櫻さくら櫻さくらさくらさきさきさきたるたるたるににに鶯うぐひす鶯うぐひすうぐいす木こ木ここづたひづたひづたい鳴な鳴ななきききたるたるたるををを見み見みみせせせてててこれこれこれををを見み見みみるるるははは嬉うれ嬉うれうれしししなどなどなどのたまふのたまふのたまうとととなむなむなん見み見みみえええししし」」」ととと語かた語かたかたるるるなりなりなり。。。
  8. 8いかにいかにいかに見み見みみえええけるけるけるぞぞぞとととだにだにだに耳みみ耳みみみみもももとゞめとゞめとどめずずず。。。「「「ものものものはかなきはかなきはかなき心こころ心こころこころにににももも常つね常つねつねににに天あま天あまあまてるてるてる御神おほんかみ御神おほんかみおおんかみををを念ねん念ねんねんじじじ申まう申まうもうせせせ」」」ととといふいふいう人ひと人ひとひとありありあり。。。
  9. 9いづくいづくいずくにににおはしますおはしますおわします神佛かみほとけ神佛かみほとけかみほとけにににかかかはははなどなどなど、、、さささはははいへいへいえどどどやうやうやうやうようよう思おも思おもおもひひいわかわかわかれれれててて人ひと人ひとひとににに問と問ととへへへばばば「「「神かみ神かみかみにににおはしますおはしますおわします。。。伊勢いせ伊勢いせいせににに坐おは坐おはおわしますしますします。。。紀き紀ききののの國くに國くにくににににととと申まう申まうもうすすすはははこのこのこのおんおんおん神かみ神かみかみなりなりなり。。。さてさてさてはははにににすべらすべらすべら神がみ神がみがみとととなむなむなん坐おは坐おはおわしますしますします」」」ととといふいふいう。。。
  10. 10伊勢いせ伊勢いせいせののの國くに國くにくにまでまでまでははは思おも思おもおもひひいかくかくかくべきべきべきにににもももあらあらあらざざざなりなりなり。。。內侍所ないしどころ內侍所ないしどころないしどころにににもももいかでいかでいかでかかかははは參まゐ參まゐまいりりり拜をが拜をがおがみみみ奉たてまつ奉たてまつたてまつらららむむん。。。空そら空そらそらののの光ひかり光ひかりひかりををを念ねん念ねんねんじじじ申まう申まうもうすすすべきべきべきにににこそこそこそはははなどなどなどうきうきうきててておぼゆおぼゆおぼゆ。。。
  11. 11ししし族ぞく族ぞくぞくなるなるなる人ひと人ひとひと尼あま尼あまあまににになりなりなりててて、、、すすす學院がくゐん學院がくゐんがくいんににに入い入いいりりりぬるぬるぬるににに冬ふゆ冬ふゆふゆののの頃ころ頃ころころ、、、「「「なみだなみだなみださへさへさへふりふりふりはへはへはえつゝつゝつつぞぞぞ思おも思おもおもひひいやるやるやるあらしあらしあらし吹ふ吹ふふくくくらむらむらんふゆふゆふゆののの山里やまざと山里やまざとやまざと」」」。。。
  12. 12かへしかへしかへし、、、
  13. 13「「「わけわけわけてててとふとふとう心こころ心こころこころのののほどほどほどののの見み見みみゆるゆるゆるかなかなかな木こ木ここかげかげかげをぐらきをぐらきおぐらき夏なつ夏なつなつのののしげりしげりしげりををを」」」。。。
  14. 14あづまあづまあずまににに下くだ下くだくだりりりししし親おや親おやおや、、、辛から辛からからじてじてじてのぼりのぼりのぼりててて西山にしやま西山にしやまにしやまなるなるなる所ところ所ところところににに落お落おおちちちつきつきつきたれたれたればばば、、、そこそこそこににに皆みな皆みなみな渡わた渡わたわたりりりててて見み見みみるるるににに、、、いみじういみじういみじゅううれしきうれしきうれしきににに月つき月つきつきのののあかきあかきあかき夜よ夜よよひとひとひと夜よ夜よよ物語ものがたり物語ものがたりものがたりなどなどなどしししててて、、、
  15. 15「「「かゝるかゝるかかるよよよもももありありありけるけるけるものものものをををかぎりかぎりかぎりとてとてとて君きみ君きみきみににに別わか別わかわかれれれししし秋あき秋あきあきはははいかにいかにいかにぞぞぞ」」」
  16. 16ととといひいひいいたれたれたればばば、、、いみじくいみじくいみじくなきなきなきててて、、、
  17. 17「「「思おも思おもおもふふうことことことかなはかなはかなわずずずなぞなぞなぞととといとひいとひいといこしこしこし命いのち命いのちいのちのののほどほどほどももも今いま今いまいまぞぞぞうれしきうれしきうれしき」」」。。。
  18. 18これこれこれぞぞぞ別わかれ別わかれわかれののの門出かどで門出かどでかどでととと言い言いいひひい知し知ししらせらせらせししし程ほど程ほどほどののの悲かな悲かなかなしさしさしさよりよりよりははは平たひら平たひらたいらかかかににに待ま待ままちちちつけつけつけたるたるたるももも嬉うれ嬉うれうれしさしさしさももも限かぎり限かぎりかぎりなけれなけれなけれどどど、、、人ひと人ひとひとののの上うへ上うへうえにににてててももも見み見みみしししににに老お老おおいいい衰おとろ衰おとろおとろへへえててて世よ世よよにににいでいでいで交まじ交まじまじらひらひらいしししははは都みやこ都みやこみやこのののうちうちうちとととももも見み見みみえええぬぬぬ所ところ所ところところのののさまさまさまなりなりなり。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

こうしてぼんやりと物思いにふけっているのに、どうして物詣でもしなかったのだろう。母はひどく古風な人で、「初瀬は、ああ恐ろしい。奈良坂で人にさらわれたらどうしよう。石山は関山を越えて行くのでたいそう恐ろしい。鞍馬はあのような山で、連れて出るのはたいそう恐ろしい。親が(京に)上ってきてから、ともかくも」と、(わたしを)突き放した人のように面倒がって、わずかに清水寺に連れて籠った。

そこでも、例の(物語に夢中な)癖で、まともなことも祈る気になれない。彼岸のころで、たいそう騒がしく恐ろしいほどに思われて、うとうとと眠りこんだところ、御帳の方の犬防ぎの内側に、青い織物の衣を着て、錦を頭にもかぶり足にもはいた、別当と思われる僧が近寄って来て、「将来の哀れな身の上も知らないで、そんなつまらないことばかり(考えて)」と不機嫌そうに言って、御帳の中に入ってしまったと夢に見たが、目が覚めても、こういう夢を見たとも人に語らず、心にもとめないで退出した。

母が一尺の鏡を鋳させて、「(娘を)連れて参詣させられない代わりに」と言って、僧を送り出して初瀬に参詣させるようだ。「三日籠って、この人(娘)の将来のようすを夢に見せてください」などと言って、参詣させるらしい。その間は、(わたしにも)精進をさせる。

この僧が帰って来て、「夢さえ見ないで退出するのは本意ないことで、帰ってどう申し上げたらよいかと、熱心に額をついて勤行して寝ましたところ、

御帳の方から、たいそう気高く清らかでいらっしゃる女人が、きちんと装束をつけていらっしゃって、奉納した鏡を手に下げて、「この鏡には願文が添えてあったか」とおたずねになるので、かしこまって、「願文はございませんでした。この鏡を奉納せよとのことでございました」とお答え申し上げたところ、

「不思議なことだ。願文を添えるべきものなのに」と言って、「この鏡の、こちらに映っている影を見よ。これを見ると、哀れで悲しいことだ」と言って、さめざめとお泣きになるので見ると、伏しころんで泣き嘆いている影が映っていました。「この影を見ると、たいそう悲しいことだ。これを見よ」と言って、もう一方に映っている影をお見せになると、

御簾などが青々と新しく、几帳を押し出した下から色とりどりの衣の袖口がこぼれ出て、梅や桜が咲いているところに、鴬が木から木へと伝って鳴いているのを見せて、「これを見るのはうれしいことだ」などとおっしゃった、と夢に見ました」と語るのだった。(わたしは)どのように見えたのかとさえ、耳もとめなかった。

「たよりない心にも、いつも天照御神をお祈り申し上げなさい」と言う人がいる。

どこにいらっしゃる神か仏か(もわからない)などと思いながらも、さすがにだんだんと分別がついてきて人にたずねると、「神でいらっしゃいます。伊勢にいらっしゃいます。紀伊の国に紀の国造と申すのはこの御神です。それから、内侍所に皇神としていらっしゃいます」と言う。

伊勢の国までは思いをかけられそうにもないようだ。内侍所にも、どうして参って拝み申し上げられよう。空の光をお祈り申し上げればよいのだろうなどと、うわの空で思う。

親類の人が尼になって修学院に入ったので、冬のころ、「涙まで降らせながら、わざわざ思いやることです。嵐が吹いているでしょう、冬の山里を」。

返歌、

「わざわざ分け入って訪ねてくださるお心のほどがわかります。木陰の暗い夏の茂みを(冬の山里を思いやってくださるとは)」。

東国に下った父が、やっとのことで上京して、西山にある家に落ち着いたので、そこにみなで移って会うと、たいそううれしくて、月の明るい夜、一晩じゅう語り合ったりして、

「このような夜もあったのですね。これが最後と思って、父上とお別れしたあの秋は、どうだったでしょう」

と詠むと、(父は)ひどく泣いて、

「思うことがかなわないで、なぜ生きているのかと嫌ってきた命も、今となってはうれしいことだ」。

これが永の別れの門出だと言い聞かされたときの悲しさよりは、無事に帰りを待ち受けたうれしさもこの上ないけれど、(父は)「人の身の上でも見てきたが、老い衰えて世間に出て交わるのは……」と(言う)。(――ここから上京直後の記事)都の内とも思われない家のようすである。

意訳

古風な母は、遠い寺への物詣でを恐れて作者を連れ出さなかった。そのため作者は、物詣でをほとんどしないまま若い日を過ごした。晩年の作者は、母のせいだけにせず、物語に夢中だった自分の心を悔いている。

清水寺に籠った夜、作者は夢で僧に「将来の哀れも知らずに、つまらないことばかり考えて」と叱られる。それでも人にも語らず、心にもとめなかった。晩年にふり返れば、夢は確かなお告げだった。作者はそう書くことで、若い日の自分をいましめている。

母は鏡を鋳させて僧に初瀬へ代参させた。僧の夢の中で、女人が鏡の両面を見せる。片方には伏して泣く姿、もう片方には花の咲く御殿の華やかな姿。のちに夫を失った作者は、泣く影こそ自分の運命だったと思いあたる(第19章)。この鏡の夢は作品全体の伏線になっている。

天照御神を念ぜよという勧めにも、作者は伊勢か内侍所かと迷い、うわの空で聞いていた。この御神も、のちの宮仕えや晩年の述懐で再び出てくる。

父が常陸の任を終えて帰り、西山の家で再会する。別れの秋を思い出して詠む娘と、嫌ってきた命も今はうれしいと泣く父。四年ぶりの再会の喜びが、贈答の歌にあふれている。章の最後は錯簡で、上京直後の記事に戻る。

語釈・文法注

初瀨
初瀬(長谷寺)。大和の国(今の奈良県桜井市)にある観音信仰の寺。京から遠く、奈良坂を越えて行く。
きのこくざう
紀の国造。紀伊の国の日前・国懸神宮の神官の家で、天照大神の神鏡を祀ると伝えられた。
內侍所
宮中の温明殿にあり、天照大神の御霊代とされる神鏡(八咫鏡の写し)を祀った所。内侍が奉仕した。

文法

「まことしかべいこと」
「まことしかるべきこと」の音便。まともな、本気の願いごと。
「ゆくさきの哀ならむも知らず」
将来が哀れな身の上になるのも知らないで。夢の僧の言葉。
「えゐて參らせぬかはりに」
娘を連れて参詣させることができない代わりに。
「詣でなむがほいなき」
底本は「詣でなむが」と書く。通行本文は「まかでなむが」で、退出するのが本意ないの意。訳は通行本文によった。
「うきておぼゆ」
浮きて思われる。うわの空で、本気にならない。
「す學院」
修学院。京の北東、比叡山のふもとにあった寺。
錯簡
底本は「世にいで交らひしは」のあと、上京直後の記事「都のうちとも見えぬ所のさまなり」に続く。通行本文では「世に出で交らひしは、をこがましく見えしかば、われはかくて閉ぢこもりぬべきぞ」(第5章の後半)と続き、そのあとに西山の住まいの記事が来る。

和歌

なみださへふりはへつゝぞ思ひやるあらし吹くらむふゆの山里

詠者
作者(菅原孝標女)
状況
親類の人が尼になって修学院に入ったので、冬のころに送った歌。

修辞

掛詞
「ふりはへ」に、涙の「降り」と、わざわざの意の「ふりはへ」を掛ける。

わけてとふ心のほどの見ゆるかな木かげをぐらき夏のしげりを

詠者
親類の尼
状況
作者の歌への返歌。返事は夏になって届いたらしい。

修辞

対比
作者の思いやった冬の山里を、今の夏の茂みに置きかえて応える。

かゝるよもありけるものをかぎりとて君に別れし秋はいかにぞ

詠者
作者(菅原孝標女)
状況
常陸から帰った父と、西山の家で月夜に語り明かしたときの歌。

修辞

掛詞
「よ」に「夜」と「世」を掛ける。
対比
再会の今夜と、別れたときの秋とを対比する。

思ふことかなはずなぞといとひこし命のほども今ぞうれしき

詠者
菅原孝標(作者の父)
状況
娘の歌への返歌。父はひどく泣いてこの歌を詠んだ。

修辞

係り結び
「ぞ……うれしき」で、今こそうれしいと強調する。

解説

作者の母は藤原倫寧の娘で、『蜻蛉日記』の作者の異母妹にあたる。古風で用心深い人だったらしく、遠い寺への物詣でを許さなかった。清水寺の夢、初瀬の鏡の夢は、晩年の作者がふり返って、若い日に信心を怠ったことを悔いる文脈の中で語られる。

初瀬の鏡の夢は、『更級日記』の構成の上で重要な夢である。泣き伏す影と華やかな影のうち、晩年の作者は「唯悲しげなりと見し鏡の影のみたがはぬ」(第19章)と、悲しい影だけが的中したと書く。

父孝標が常陸から帰京したのは長元九年(1036)で、作者は二十九歳だった。一家は西山(京の西)の家に住んだ。通行本文では、この再会のあと、第5章後半の父の隠居の言葉と西山の住まいの記事が続き、その後に宮仕えの記事(第6章)が来る。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(更級日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、471–473頁(コマ247–248)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日