更級日記 第6章
宮仕えのはじめ
隠居した老父に代わって家を支えるため、作者は祐子内親王家に出仕する。物語ばかり読んで世間を知らない身には、宮仕えは夢うつつのようで、局で眠れぬ夜を過ごす。宮中で天照御神を祀る内侍所に参り、梅壺の女御の参上を聞いて亡き中宮をしのぶ。
- 1十月十月かんなづきににになりなりなりててて京京きょうにににうつろふうつろふうつろう。。。母母はは尼尼あまににになりなりなりててて同同おなじじじ家家いえののの內內うちなれなれなれどどどかたかたかたことことことににに住住すみみみ離離はなれれれてててありありあり。。。てゝてゝててははは唯唯ただ我我わをををおとなおとなおとなにににしししすゑすゑすえててて我我わははは世世よにににもももいでいでいでまじらはまじらはまじらわずずず、、、蔭蔭かげにににかくれかくれかくれたらたらたらむむんやうやうようにににててて居居いたるたるたるををを見見みるるるももも賴賴たのもしげもしげもしげなくなくなく心細心細こころぼそくくく覺覺おぼゆるゆるゆるににに、、、
- 2聞聞きこしめすしめすしめすゆかりゆかりゆかりあるあるあるににに「「「何何なにとなくとなくとなく徒然徒然つれづれににに心細心細こころぼそくくくてててあらあらあらむむんよりよりよりははは」」」ととと召召めすすすををを「「「こだいこだいこだいのののおやおやおやははは宮仕人宮仕人みやづかえびとはははいといといと憂憂うきききことことことなりなりなりととと思思おもひひいてててすぐさすぐさすぐさするするするををを、、、今今いまののの世世よののの人人ひとはははさささのみのみのみこそこそこそはははいでいでいでたてたてたて。。。さてもさてもさてもおのづからおのづからおのずからよきよきよきためしためしためしもももありありあり。。。さてもさてもさても試試こころみよみよみよ」」」ととといふいふいう人々人々ひとびとありありありててて、、、しぶしぶしぶしぶしぶしぶにににいだしいだしいだしたてたてたてらるらるらる。。。
- 3まづまづまず一夜一夜ひとよまゐるまゐるまいる。。。菊菊きくののの濃濃こくくく薄薄うすききき八八やつつつばかりばかりばかりににに濃濃こききき搔練搔練かいねりををを上上うえににに着着きたりたりたり。。。
- 4さささこそこそこそ物語物語ものがたりにににのみのみのみ心心こころををを入入いれれれてててそれそれそれををを見見みるるるよりよりより外外ほかににに行行ゆききき通通かよふふうるゐるゐるいしぞくしぞくしぞくなどなどなどだにだにだにことことことににになくなくなく、、、こだいこだいこだいののの親親おやどもどもどものののかげかげかげばかりばかりばかりにににててて、、、月月つきをををももも花花はなをををももも見見みるるるよりよりより外外ほかののの事事ことはははなきなきなきならひならひならいににに立立たちちちいづるいづるいずる程程ほどのののこゝちこゝちここち、、、あれあれあれにににもももあらあらあらずずず現現うつつとととももも覺覺おぼえええででで曉曉あかつきにににはははまかでまかでまかでぬぬぬ。。。
- 5里里さとびたるびたるびたる心心こころちちちにににははは、、、なかなかなかなかなかなか定定さだまりまりまりたらたらたらむむん里里さとずみずみずみよりよりよりはははをかしきをかしきおかしきことことことをををももも見見み聞聞ききききててて心心こころももも慰慰なぐさみみみやややせせせむむんととと思思おもふふうをりをりをりをりおりおりありありありしししををを、、、いといといとはしたなくはしたなくはしたなく悲悲かなしかるしかるしかるべきべきべき事事ことにににこそこそこそあべかめれあべかめれあべかめれととと思思おもへへえどどどいかゞいかゞいかがせせせむむん。。。
- 6しはすしはすしわすににになりなりなりててて又又また參參まいるるる。。。局局つぼねしししてててこのこのこの度度たびははは日日ひごろごろごろ侍侍さぶらふふう。。。うへうへうえにににははは時々時々ときどき夜々夜々よるよるももものぼりのぼりのぼりててて知知しらららぬぬぬ人人ひとののの中中なかにににうちうちうち臥臥ふしししてててつゆつゆつゆまどろままどろままどろまれれれずずず。。。
- 7耻耻はずかしうかしうかしゅう物物もののののつゝましきつゝましきつつましきまゝまゝままににに忍忍しのびびびてててうちうちうちなかなかなかれれれつゝつゝつつ、、、曉曉あかつきにににははは夜夜よぶかくぶかくぶかくおりおりおりててて日日ひくらしくらしくらしててて、、、このこのこの老老おいいい衰衰おとろへへえてててわれわれわれををを子子ことととしししもももたのもしからたのもしからたのもしからむむんかげかげかげのののやうやうようににに、、、思思おもひひい賴賴たのみみみ向向むかひひい居居いたるたるたるににに、、、戀戀こいしくしくしく覺束覺束おぼつかなくなくなくのみのみのみ覺覺おぼゆゆゆ。。。口口くちをしをしおし。。。
- 8いかにいかにいかによしなかりよしなかりよしなかりけるけるける心心こころなりなりなりととと思思おもひひいしみしみしみはてゝはてゝはててまめまめしくまめまめしくまめまめしく過過すぐすぐすぐすとととならならならばばば、、、さてもさてもさてもありありありはてはてはてずずず。。。參參まいりりりそめそめそめししし所所ところにににもももかくかくかくかきかきかき籠籠こもりりりぬるぬるぬるををを、、、まことゝまことゝまこととももも思思おぼしめししめししめしたらたらたらぬぬぬさまさまさまににに人々人々ひとびともももつゆつゆつゆ絕絕たえええずずず、、、めしめしめしなどなどなどするするする中中なかにににもももわざとわざとわざと召召めしししててて、、、「「「わかいわかいわかい人人ひと參參まいらせよらせよらせよ」」」ととと仰仰おおせせせくだれくだれくだればばば、、、
- 9えええさらさらさらずずず出出いだしししたつるたつるたつるにににひかさひかさひかされれれててて又又また時々時々ときどき出出いでででたてたてたてどどど、、、過過すぎぎぎにににししし方方かたのののやうやうようなるなるなるあいなだのみあいなだのみあいなだのみののの心心こころおごりおごりおごりをををだにだにだにすすすべきべきべきやうやうようもももなくなくなくててて、、、さすがさすがさすがににに若若わかいいい人人ひとにににひかれひかれひかれててて、、、
- 10をりをりをりをりおりおり馴馴なれれれたるたるたる人人ひとははは、、、こよなくこよなくこよなく何事何事なにごとにににつけつけつけてててもももありありありつきつきつき顏顏がおににに、、、我我わはははいといといとわかうどわかうどわこうどにににあるあるあるべきべきべきにににもももあらあらあらずずず、、、又又またおとなおとなおとなにににせせせらるらるらるべきべきべき覺覺おぼえええもももなくなくなく、、、時々時々ときどきのののまらうどまらうどまろうどにににさしさしさしはなたはなたはなたれれれてててすゞろすゞろすずろなるなるなるやうやうようなれなれなれどどど、、、
- 11ひとへひとへひとえにににそなたそなたそなた一一ひとつつつををを賴賴たのむむむべきべきべきならならならねねねばばば我我わよりよりよりまさるまさるまさる人人ひとあるあるあるももも羨羨うらやましくしくしくもももあらあらあらずずず。。。なかなかなかなかなかなか心心こころ易易やすくくく覺覺おぼえええてててさるさるさるべきべきべきをりふしをりふしおりふしまゐりまゐりまいりててて、、、徒然徒然つれづれ慰慰なぐさむむむべきべきべき人人ひとととと物語物語ものがたりなどなどなどしししてててめでたきめでたきめでたきことことことどもどもども、、、をかしくをかしくおかしくおもしろきおもしろきおもしろきをりをりをりをりおりおりももも、、、
- 12我我わががが身身みはははかやうかやうかようににに立立たちちちまじりまじりまじりいたくいたくいたく人人ひとにににももも見見み知知しららられれれむむんにににもももはゞかりはゞかりはばかりあるあるあるべけれべけれべければばば、、、唯唯ただ大大おおかたかたかたののの事事ことにににのみのみのみ聞聞ききききつゝつゝつつすぐすすぐすすぐすににに、、、
- 13內內うちののの御供御供おおんともににに參參まいりりりたるたるたるをりをりおり有明有明ありあけののの月月つきいといといとあかきあかきあかきににに我我わががが念念ねんじじじ申申もうすすす天天あまてるてるてるははは內內うちにににぞぞぞおはしますおはしますおわしますなるなるなるかしかしかし。。。
- 14かゝるかゝるかかる折折おりににに參參まいりりりててて拜拜おがみみみ奉奉たてまつらららむむんととと思思おもひひいててて、、、四月四月うづきばかりばかりばかりののの月月つきのののあかきあかきあかきにににいといといと忍忍しのびびびててて參參まいりりりたれたれたればばば、、、はかせはかせはかせののの命婦命婦みょうぶはははしるしるしるたよりたよりたよりあれあれあればばば、、、燈燈とうろろろののの火火ひのののいといといとほのかほのかほのかなるなるなるにににあさましくあさましくあさましくおいおいおい神神かみさびさびさびててて、、、さすがさすがさすがにににいといといとようようよう物物ものなどなどなど言言いひひい居居いたるたるたるががが、、、人人ひとととともももおぼえおぼえおぼえずずず、、、神神かみのののあらはれあらはれあらわれ給給たまへへえるるるかかかとととおぼゆおぼゆおぼゆ。。。
- 15又又またののの夜夜よももも月月つきのののいといといとあかきあかきあかきににに藤壺藤壺ふじつぼのののひんがしひんがしひんがしののの戶戶とををを押押おしししあけあけあけててて、、、さるさるさるべきべきべき人々人々ひとびと物物ものがたりがたりがたりしししつゝつゝつつ月月つきををを詠詠ながむるむるむるににに、、、梅壺梅壺うめつぼののののぼらのぼらのぼらせせせ給給たまふふうなるなるなるおとなひおとなひおとないいみじういみじういみじゅう心心こころにくゝにくゝにくく優優ゆうなるなるなるにににももも、、、
- 16「「「のののおはしますおはしますおわします世世よならならならましかましかましかばばば、、、かやうかやうかようにににのぼらのぼらのぼらせせせ給給たまははわましましまし」」」などなどなど、、、人々人々ひとびと言言いひひいいづるいづるいずる、、、げにげにげにいといといとあはれあはれあわれなりなりなりししし。。。
- 17「「「天天あまののの戶戶とををを雲雲くもゐゐいながらながらながらもももよそよそよそににに見見みてててむかしむかしむかしのののあとあとあとををを戀戀こいふるふるうる月月つきかなかなかな」」」。。。
- 18冬冬ふゆににになりなりなりててて、、、月月つきなくなくなく雪雪ゆきももも降降ふらららずずずながらながらながら、、、星星ほしののの光光ひかりににに空空そらさすがさすがさすがににに隈隈くまなくなくなくさえさえさえわたりわたりわたりたるたるたる夜夜よのののかぎりかぎりかぎり。。。殿殿とのののの御御おおんかたかたかたにににさぶらふさぶらふさぶらう人々人々ひとびとととと物語物語ものがたりししし明明あかしししつゝつゝつつ、、、あくれあくれあくればばばたちたちたちやややあらあらあらましましまし。。。いといといといふかひなくいふかひなくいうかいなくまうでまうでもうで仕仕つかうまつるうまつるうまつることことこともももなくなくなくててて止止やみみみにににききき。。。
現代語訳
十月になって京に移る。母は尼になって、同じ家の中ではあるけれど、別の所に離れて住んでいる。父は、ただわたしを一家の主婦の座にすえて、自分は世間にも出て交わらず、物陰に隠れたようにしているのを見るのも、頼りなく心細く思われるうちに、
(わたしのことを)お聞きになった、縁故のある所(祐子内親王家)から、「なんとなく退屈で心細くしているよりは(出仕したら)」とお召しがあったのを、「昔気質の親は、宮仕えに出る人はたいそうつらいものだと思って、(娘を家で)過ごさせているが、今の世の人は、みなそうして宮仕えに出すものだ。そうすれば、おのずからよい運が開ける例もある。とにかく試してごらん」と言う人々がいて、(親は)しぶしぶ(わたしを)出仕させる。
まず一晩だけ参上する。菊の襲の、濃いのや薄いのを八枚ほど重ねた上に、濃い紅の搔練を着ていた。
あれほど物語にばかり熱中して、それを見るよりほかには、行き来する親類などさえとくになく、昔気質の親のもとでばかり過ごして、月や花を見るよりほかのことはない暮らしぶりだったので、宮仕えに出たときの気持ちは、自分が自分でないようで、現実とも思われず、明け方には退出してしまった。
里住みに慣れた心では、かえって決まりきった里の暮らしよりは、趣深いことも見聞きして、心も慰められるのではないかと思うおりおりもあったのに、(実際には)たいそうきまりが悪く、悲しいことにちがいないようだと思うけれど、どうしようもない。
十二月になって、また参上する。局をいただいて、このたびは何日もお仕えする。(宮の)御前には、ときどき夜も上がって、知らない人の中に横になって、少しも眠ることができない。
気恥ずかしく、何かと気づまりなままに、ひそかに泣いては、明け方にはまだ暗いうちに局に下がって日を暮らし、(家では)あの老い衰えた父が、わたしを頼もしい子として、頼りになる庇護者のように思って頼り、向かい合って暮らしていたのに(と思うと)、恋しく気がかりでならない。残念なことだ。
どんなにつまらない心だったのだろうと、すっかり思い知って、実直に暮らしていこうとするならば、そうしてもいられない(ほど心が揺れる)。初めて出仕した宮家でも、(わたしが)このように引きこもってしまったのを、本気だともお思いにならないようすで、人々も絶えず(便りをよこし)、お召しになる中でも、わざわざお召しになって、「若い人(姪)を参らせよ」とおっしゃるので、
断りきれず(姪を)出仕させるのに引かれて、(わたしも)またときどき出仕するけれど、以前のような、あてにならない期待に心をおごらせることもできるはずもなく、それでも若い人に引かれて、
いつも慣れている人は、何事につけてもこの上なく落ち着いて慣れたようすで、わたしはとても若い女房のようにふるまうわけにもいかず、かといって古参として扱われるだけの信望もなく、ときどきの客人のように扱われて、中途半端なようだけれど、
ひたすらその宮仕え一つを頼みにすべき身でもないので、自分よりまさる人がいてもうらやましくもない。かえって気楽に思われて、しかるべきおりおりに参上して、退屈を慰め合える人と語り合ったりして、すばらしいことや、趣深くおもしろいおりおりも、
わが身はこのように立ちまじって、あまり人に知られるのもはばかりがあるにちがいないので、ただ通りいっぺんのこととして聞きながら過ごしていると、
宮が内裏にお供して参上したおり、有明の月がたいそう明るいので、わたしがお祈り申し上げている天照御神は、内裏にいらっしゃるそうだ。
こういうおりに参って拝み申し上げようと思って、四月ごろの月の明るい夜に、たいそうひそかに参ったところ、博士の命婦は知り合いのつてがあるので(案内してもらうと)、灯籠の火がたいそうほのかなところに、驚くほど年老いて神々しく、それでもたいそう上手に話をしているのが、人とも思われず、神が姿を現しなさったのかと思われる。
次の夜も月がたいそう明るいので、藤壺の東の戸を押しあけて、しかるべき人々と語り合いながら月を眺めていると、梅壺の女御が(帝のもとへ)参上なさるらしい気配が、たいそう奥ゆかしく優雅であるにつけても、
「亡き中宮さまがご存命の世であったなら、このように参上なさっただろうに」などと、人々が言い出すのは、本当にたいそうしみじみと悲しいことだった。
「天の岩戸(宮中)を、雲の上にいながらも、よそごととして見て、(亡き中宮のいらした)昔の跡を恋い慕う月であることよ」。
冬になって、月もなく雪も降らないけれど、星の光で空はさすがに隅々まで冴えわたっている夜のかぎり、殿(頼通)の御方にお仕えする人々と語り明かしては、夜が明けると立ち……(以下、本文が乱れている)。(――ここから別の時期の記事)まったく情けないことに、参詣してお仕えすることもなくて終わってしまった。
意訳
父孝標は常陸から帰ると隠居し、家の切り盛りを娘に任せた。頼りにならない父のもとで心細くしていた作者に、祐子内親王家から出仕の誘いがある。昔気質の両親は渋ったが、「今の世の人はみな宮仕えに出す」という周囲の勧めに押されて、作者は三十二歳で初めて宮仕えに出る。
物語の世界に浸り、親の陰で月や花を眺めるだけの暮らしをしてきた作者には、宮仕えの世界はあまりにまぶしかった。初出仕の夜は夢うつつで、明け方には退出してしまう。華やかなことを見聞きして心が慰むかと思っていたのに、現実はきまりが悪く悲しいことばかりである。
十二月の二度目の出仕では、知らない人々の中で眠れずにひそかに泣き、家に残した老父を思う。その後、作者は家庭に入るが、宮家から姪の出仕を求められたのをきっかけに、ときどき出仕を続ける。若くもなく古参でもない、中途半端な立場を、作者はかえって気楽だと受けとめている。
内裏で天照御神を祀る内侍所に参る場面は、作者の信仰の一面を示す。灯籠の火に照らされた老女房の博士の命婦は、神の化身かと思われるほど神々しい。
月夜に梅壺の女御が帝のもとへ参上する気配を聞いて、人々は亡き中宮嫄子をしのぶ。祐子内親王の母である中宮が生きていたらと思う人々の嘆きに、作者も月の歌で応える。
語釈・文法注
- ゆかりある所
- 後朱雀天皇の皇女祐子内親王(1038〜1105)の家。母の中宮嫄子は長暦三年(1039)に亡くなり、内親王は藤原頼通のもとで育てられていた。作者が出仕したのは長久元年(1040)ごろとされる。
- 天てる御神
- 天照大神。宮中では内侍所(温明殿)に神鏡として祀られ、内侍たちが奉仕した。
- 梅壺の女御
- 藤原生子(1014〜1068)。藤原教通の娘で、後朱雀天皇の女御。梅壺(凝華舎)を局とした。
- 故宮
- 亡き中宮嫄子(1016〜1039)。祐子内親王の母。
文法
- 「おとなにしすゑて」
- 「おとな」は一家の主婦、家の切り盛りをする者。父が娘に家を任せて隠居したこと。
- 「行き通ふるゐしぞく」
- 「るゐしぞく」は類親族(親類)と解した。
- 「あれにもあらず」
- 自分が自分でないような、夢うつつの気持ち。
- 「あべかめれ」
- 「あるべかるめれ」の撥音便「あんべかんめれ」の撥音を表記しない形。あるにちがいないようだ。
- 「あいなだのみ」
- あてにならない期待。物語のような幸運を夢見ること。
- 「わかうど」
- 若人。若い女房。
- 「あくればたちやあらまし」
- 底本のまま。通行本文では「明くれば立ち別れ立ち別れしつつまかでしを思ひ出でければ」と続き、第14章の冒頭につながる。底本では錯簡のため、この後に別の記事「いといふかひなくまうで仕うまつることもなくて止みにき」が続く。
- 「あはれなりし」
- 底本は「あはれなりし」と書く。脇に異本の字の注記がある。
和歌
天の戶を雲ゐながらもよそに見てむかしのあとを戀ふる月かな
- 詠者
- 作者(菅原孝標女)
- 状況
- 梅壺の女御が帝のもとへ参上する気配を聞き、人々が亡き中宮嫄子をしのんで嘆いたときの歌。
修辞
- 掛詞・見立て
- 「天の戸」に宮中の戸を重ね、「雲ゐ」に空と宮中とを掛ける。
- 擬人
- 月が昔を恋うとして、亡き中宮をしのぶ人々の心を月に託す。
解説
作者が出仕した祐子内親王家は、後朱雀天皇と中宮嫄子のあいだの皇女の家で、関白藤原頼通が後見していた。作者が三十二歳ごろの長久元年(1040)のことである。物語の中の宮仕えにあこがれていた作者は、現実の宮仕えになじめず、まもなく橘俊通と結婚して家庭に入るが、その後も里居がちのままときどき出仕した。
この章の本文は、底本では第5章の錯簡のあとに続く。宮仕えの記事は、通行本文でもこの位置にあり、母が尼になり父が隠居したことから書き起こされる。章の終わりの「冬になりて」以下は、通行本文では第14章の「わかれわかれしつゝ」に続く文で、底本では錯簡のため途中で別の記事に移る。
天照御神は、作者がのちに夢で「天照御神を念じ申せ」と告げられ(第9章)、ここで内侍所に参るなど、作品の中でくり返し出てくる。晩年の作者は、その夢のお告げを、宮仕えで帝や后の乳母になる運命を示したものと解いていたと書く(第19章)。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(更級日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、465–468頁(コマ244–246)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日