古典ライブラリー

更級日記 第4章

富士の山から都へ

雪をいただき煙を上げる富士の山、清見が関、富士川の不思議な国司の名簿の話。遠江で病にかかりながらも浜名の橋、三河、尾張、美濃、近江と進み、十二月二日、約三か月の旅を終えて京の三条の宮の西に着く。

  1. 1富士ふじ富士ふじふじののの山やま山やまやまはははこのこのこの國くに國くにくになりなりなり。。。わがわがわが生お生おおひひい出い出いいでででししし國くに國くにくににににてててははは西面にしおもて西面にしおもてにしおもてににに見み見みみえええししし山やま山やまやまなりなりなり。。。そのそのその山やま山やまやまのののさまさまさまいといといと世よ世よよににに見み見みみえええぬぬぬさまさまさまなりなりなり。。。
  2. 2さまさまさまことことことなるなるなる山やま山やまやまのののすがたすがたすがたのののこんじやうこんじやうこんじょうををを塗ぬ塗ぬぬりりりたるたるたるやうやうようなるなるなるににに、、、雪ゆき雪ゆきゆきののの消き消ききゆるゆるゆる世よ世よよもももなくなくなく積つも積つもつもりりりたれたれたればばば、、、色いろ色いろいろ濃こ濃ここききききぬきぬきぬににに白しろ白しろしろききき袙あこめ袙あこめあこめきたらきたらきたらむむんやうやうようににに見み見みみえええててて、、、山やま山やまやまののの巓いただき巓いただきいただきのののすこしすこしすこし平たひら平たひらたいらぎぎぎたるたるたるよりよりより烟けぶり烟けぶりけぶりははは立た立たたちちちのぼるのぼるのぼる。。。夕暮ゆふぐれ夕暮ゆふぐれゆうぐれははは火ひ火ひひののの燃も燃ももえええ立た立たたつつつももも見み見みみゆゆゆ。。。
  3. 3淸見きよみ淸見きよみきよみががが關せき關せきせきははは片かた片かたかたつつつ方かた方かたかたははは海うみ海うみうみなるなるなるににに關屋せきや關屋せきやせきやどもどもども數多あまた數多あまたあまたありありありててて海うみ海うみうみまでまでまでくきぬきくきぬきくきぬきしししたりたりたり。。。烟けぶ烟けぶけぶりりりあふあふあうにににやややあらあらあらむむん淸見きよみ淸見きよみきよみががが關せき關せきせきののの浪なみ浪なみなみももも高たか高たかたかくくくなりなりなりぬぬぬべしべしべし。。。おもしろきおもしろきおもしろき事こと事ことことかぎりなしかぎりなしかぎりなし。。。
  4. 4田子たご田子たごたごののの浦うら浦うらうらははは浪なみ浪なみなみ高たか高たかたかくくくててて舟ふね舟ふねふねにににててて漕こ漕ここぎぎぎめぐるめぐるめぐる。。。大井川おほゐがは大井川おほゐがはおおいがわととといふいふいうわたりわたりわたりありありあり。。。みづみづみずののの世よ世よよののの常つね常つねつねならならならずずずすりこすりこすりこなどなどなどをををこくこくこくててて流なが流ながながしししたらたらたらむむんやうやうようににに白しろ白しろしろききき水みづ水みづみず早はや早はやはやくくく流なが流ながながれれれたりたりたり。。。
  5. 5富士川ふじがは富士川ふじがはふじがわととといふいふいうははは富士ふじ富士ふじふじののの山やま山やまやまよりよりより落お落おおちちちくるくるくる水みづ水みづみずなりなりなり。。。そのそのその國くに國くにくにののの人ひと人ひとひとののの出い出いいでゝでゝでて語かた語かたかたるるるやうやうよう「「「一歳ひととせ一歳ひととせひととせごろごろごろ物もの物ものものにににまかりまかりまかりたりたりたりしししにににいといといとあつかりあつかりあつかりしかしかしかばばば、、、このこのこの水みづ水みづみずのののつらつらつらににに休やす休やすやすみみみつゝつゝつつ見み見みみれれればばば、、、川上かはかみ川上かはかみかわかみののの方かた方かたかたよりよりより黄き黄ききなるなるなるものものもの流なが流ながながれれれきききててて物もの物ものものにににつきつきつきてててとゞまりとゞまりとどまりたるたるたるををを見み見みみれれればばばほぐほぐほぐなりなりなり。。。
  6. 6取と取ととりりりあげあげあげててて見み見みみれれればばば黄き黄ききなるなるなる紙かみ紙かみかみににににににしししてててこくこくこく麗うるは麗うるはうるわしくしくしくかゝれかゝれかかれたりたりたり。。。怪あや怪あやあやしくしくしくててて見み見みみれれればばば、、、來年らいねん來年らいねんらいねんあくあくあくべきべきべきにににもももかみかみかみなくなくなくててて、、、またまたまたそへそへそえててて二人ふたり二人ふたりふたりをををなしなしなしたりたりたり。。。あやしあやしあやしあさましあさましあさましととと思おも思おもおもひひいてててとりとりとり上あ上ああげげげてててほしほしほしてててをさめをさめおさめたりたりたりしししををを、、、
  7. 7かへるかへるかえる年とし年としとしのののににに、、、このこのこの文ふみ文ふみふみにににかゝれかゝれかかれたりたりたりししし一ひと一ひとひとつつつたがはたがはたがわずずず、、、このこのこの國くに國くにくにののの守かみ守かみかみとととありありありしししまゝまゝままなるなるなるををを、、、三月みつき三月みつきみつきのののうちうちうちににになくなくなくなりなりなりててて、、、又また又またまたなりなりなりかはりかはりかわりたるたるたるもももこのこのこの傍かたはら傍かたはらかたわらににに書か書かかきききつけつけつけられられられししし人ひと人ひとひとなりなりなり。。。
  8. 8かゝるかゝるかかることことことなむなむなんありありありししし。。。來年らいねん來年らいねんらいねんののの司召つかさめし司召つかさめしつかさめしなどなどなどははは、、、今年ことし今年ことしことしこのこのこの山やま山やまやまにににそこばくそこばくそこばくののの神々かみがみ神々かみがみかみがみ集あつま集あつまあつまりりりてててないないない給たま給たまたまふふうなりなりなりけりけりけりととと見み見みみ給たま給たまたまへへえししし。。。めづらかめづらかめずらかなるなるなることことことにににさふらふさふらふそうろう」」」とととかたるかたるかたる。。。
  9. 9沼尻ぬまじり沼尻ぬまじりぬまじりととといふいふいうところところところもももすがすがすがすがすがすがととと過す過すすぎぎぎててていみじくいみじくいみじくわづらひわづらひわずらい出い出いいでゝでゝでて遠江とほたふみ遠江とほたふみとおとうみにににかゝるかゝるかかる。。。小夜さや小夜さやさやののの中山なかやま中山なかやまなかやまなどなどなど越こ越ここえええけむけむけん程ほど程ほどほどももも覺おぼ覺おぼおぼえええずずず。。。
  10. 10いみじくいみじくいみじく苦くる苦くるくるしけれしけれしければばば天龍てんりゆう天龍てんりゆうてんりゅうととといふいふいう川かは川かはかはのののつらつらつらににに假屋かりや假屋かりやかりや造つく造つくつくりりり設まう設まうもうけけけたりたりたりけれけれければばば、、、そこそこそこにににててて日ひ日ひひごろごろごろ過す過すすぐるぐるぐる程ほど程ほどほどにににぞぞぞやうやうやうやうようようをこたるをこたるおこたる。。。
  11. 11冬ふゆ冬ふゆふゆ深ふか深ふかふかくくくなりなりなりたれたれたればばば河風かはかぜ河風かはかぜかわかぜ烈はげ烈はげはげしくしくしく吹ふ吹ふふききき上あ上ああげげげててて堪た堪たたへへえがたくがたくがたく覺おぼ覺おぼおぼえええけりけりけり。。。そのそのそのわたりわたりわたりしししつゝつゝつつ濱名はまな濱名はまなはまなののの橋はし橋はしはしににについついついたりたりたり。。。濱名はまな濱名はまなはまなののの橋はし橋はしはし下くだ下くだくだりりりししし時とき時ときときははは黑木くろき黑木くろきくろきををを渡わた渡わたわたしししたりたりたりししし。。。このこのこの度たび度たびたびははは跡あと跡あとあとだにだにだに見み見みみえええねねねばばば舟ふね舟ふねふねにににててて渡わた渡わたわたるるる。。。入江いりえ入江いりえいりえににに渡わた渡わたわたせせせししし橋はし橋はしはしなりなりなり。。。
  12. 12とととののの海うみ海うみうみはははいといといといみじくいみじくいみじく荒あ荒ああくくく浪なみ浪なみなみ高たか高たかたかくくくててて、、、入江いりえ入江いりえいりえのののいたづらいたづらいたずらなるなるなる洲す洲すすどもどもどもににに異こと異ことことものものものもももなくなくなく松原まつばら松原まつばらまつばらののの茂しげ茂しげしげれれれるるる中なか中なかなかよりよりより浪なみ浪なみなみのののよせよせよせかへるかへるかえるもももいろいろいろいろいろいろののの玉たま玉たまたまのののやうやうようににに見み見みみえええ、、、誠まこと誠まことまことににに松まつ松まつまつののの末すゑ末すゑすえよりよりより浪なみ浪なみなみははは越こ越ここゆるゆるゆるやうやうようににに見み見みみえええててていみじくいみじくいみじくおもしろしおもしろしおもしろし。。。
  13. 13それそれそれよりよりよりかみかみかみはははゐゐいののの鼻はな鼻はなはなととといふいふいう坂さか坂さかさかのののえええもももいはいはいわずずずわびしきわびしきわびしきをををのぼりのぼりのぼりぬれぬれぬればばば、、、三河みかは三河みかはみかわののの國くに國くにくにののの高師たかし高師たかしたかしののの濱はま濱はまはまととといふいふいう。。。ははは名な名ななのみのみのみしししててて橋はし橋はしはしのののかたかたかたもももなくなくなく何なに何なになにののの見み見みみ所どころ所どころどころもももなしなしなし。。。
  14. 14二村ふたむら二村ふたむらふたむらののの山やま山やまやまののの中なか中なかなかにににとまりとまりとまりたるたるたる夜よ夜よよ、、、大おほ大おほおおきなるきなるきなる柿かき柿かきかきののの木き木ききのののもともともとにににいほりいほりいおりをををつくりつくりつくりたれたれたればばば、、、夜一夜よひとよ夜一夜よひとよよひとよ庵いほ庵いほいおののの上うへ上うへうえににに柿かき柿かきかきののの落お落おおちちちかゝりかゝりかかりたるたるたるををを人々ひとびと人々ひとびとひとびと拾ひろ拾ひろひろひひいなどなどなどすすす。。。
  15. 15宮路みやぢ宮路みやぢみやじののの山やま山やまやまととといふいふいう所ところ所ところところ越こ越ここゆるゆるゆる程ほど程ほどほど十月かんなづき十月かんなづきかんなづき晦日つごもり晦日つごもりつごもりなるなるなるににに紅葉もみぢ紅葉もみぢもみじばばばちらちらちらでででさかりさかりさかりなりなりなり。。。「「「嵐あらし嵐あらしあらしこそこそこそ吹ふ吹ふふきききこここざりざりざりけれけれけれみやぢみやぢみやじ山やま山やまやままだまだまだもみぢもみぢもみじ葉ば葉ばばののの散ち散ちちらららでででのこれのこれのこれるるる」」」。。。
  16. 16三河みかは三河みかはみかわととと尾張をはり尾張をはりおわりとととなるなるなるしかすがしかすがしかすがののの渡わた渡わたわたりりり、、、げにげにげに思おも思おもおもひひい煩わづら煩わづらわずらひひいぬぬぬべくべくべくをかしをかしおかし。。。尾張をはり尾張をはりおわりののの國くに國くにくに鳴海なるみ鳴海なるみなるみののの浦うら浦うらうらををを過す過すすぐるぐるぐるににに、、、夕汐ゆふしほ夕汐ゆふしほゆうしおたゞたゞただみちみちみちにににみちみちみちててて今宵こよひ今宵こよひこよい宿やど宿やどやどからからからむむんもももちうげんちうげんちゅうげんににに潮しほ潮しほしおみちみちみちきききなななばばばこゝこゝここをををももも過す過すすぎぎぎじじじととと、、、あるあるある限かぎり限かぎりかぎり走はし走はしはしりりり惑まど惑まどまどひひいすぎすぎすぎぬぬぬ。。。
  17. 17美濃みの美濃みのみのののの國くに國くにくになるなるなる境さかひ境さかひさかいにににすのまたすのまたすのまたととといふいふいうわたりわたりわたりしししててて野上のがみ野上のがみのがみととといふいふいう所ところ所ところところにににつきつきつきぬぬぬ。。。そこそこそこにににあそびあそびあそびどもどもども出い出いいででで來き來ききててて夜一夜よひとよ夜一夜よひとよよひとよ歌うた歌うたうたうたふうたふうたうににに、、、足柄あしがら足柄あしがらあしがらなりなりなりししし思おも思おもおもひひい出い出いいでででられられられててて、、、哀あはれ哀あはれあわれににに戀こひ戀こひこいしきしきしきことことことかぎりなしかぎりなしかぎりなし。。。
  18. 18雪ゆき雪ゆきゆきふりふりふり荒あ荒ああれれれ惑まど惑まどまどふふうににに物もの物ものものののの興きよう興きようきょうもももなくなくなくててて、、、不破ふは不破ふはふわののの關せき關せきせきあつみあつみあつみののの山やま山やまやまなどなどなど越こ越ここえええててて近江あふみ近江あふみおうみののの國くに國くにくにおきなかおきなかおきなかととといふいふいう人ひと人ひとひとののの家いへ家いへいえにににやどりやどりやどりててて四五日しごにち四五日しごにちしごにちありありあり。。。みつさかみつさかみつさか山やま山やまやまののの麓ふもと麓ふもとふもとににに夜晝よるひる夜晝よるひるよるひる、、、時雨しぐれ時雨しぐれしぐれ、、、霰あられ霰あられあられふりふりふり亂みだ亂みだみだれれれててて日ひ日ひひののの光ひかり光ひかりひかりもももさやかさやかさやかならならならずずず。。。いみじういみじういみじゅうものものものむづかしむづかしむずかし。。。
  19. 19そこそこそこををを立た立たたちちちててて犬上いぬかみ犬上いぬかみいぬかみ、、、神崎かむざき神崎かむざきかんざき、、、やすやすやす、、、くるもとくるもとくるもとなどなどなどいふいふいう所々ところどころ所々ところどころところどころ何なに何なになにとととなくなくなく過す過すすぎぎぎぬぬぬ。。。湖みづうみ湖みづうみみずうみのののおもておもておもてはるばるはるばるはるばるとととしししてててなでしまなでしまなでしま、、、竹生島ちくぶしま竹生島ちくぶしまちくぶしまなどなどなどいふいふいう所々ところどころ所々ところどころところどころ見み見みみえええたるたるたるいといといとおもしろしおもしろしおもしろし。。。勢多せた勢多せたせたののの橋はし橋はしはし皆みな皆みなみなくづれくづれくずれててて渡わた渡わたわたりりりわづらふわづらふわずらう。。。粟津あはづ粟津あはづあわづにににとゞまりとゞまりとどまりてててしはすしはすしわすののの二日ふつか二日ふつかふつか京きやう京きやうきょうににに入い入いいるるる。。。
  20. 20くらくくらくくらくいきいきいき着つ着つつくくくべしべしべし。。。申さる申さるさるののの時とき時ときときばかりばかりばかりににに立た立たたちちちててて行ゆ行ゆゆけけけばばば、、、關せき關せきせき近ちか近ちかちかくくくなりなりなりててて山やま山やまやまづらづらづらにににかりそめかりそめかりそめなるなるなるきりかけきりかけきりかけととといふいふいう物もの物ものものしししたるたるたるかみかみかみよりよりより、、、ののの佛ほとけ佛ほとけほとけのののいまだいまだいまだ荒あら荒あらあら作づく作づくづくりりりにににおはするおはするおわするががが、、、顏かほ顏かほかおばかりばかりばかり見み見みみやらやらやられれれたりたりたり。。。
  21. 21哀あはれ哀あはれあわれににに人ひと人ひとひとばなればなればなれててていづこいづこいずこととともももなくなくなくおはするおはするおわする佛ほとけ佛ほとけほとけかなかなかなとととうちうちうち見み見みみやりやりやりててて過す過すすぎぎぎぬぬぬ。。。こゝらこゝらここらののの國々くにぐに國々くにぐにくにぐにををを過す過すすぎぎぎぬるぬるぬるににに、、、駿河するが駿河するがするがののの淸見きよみ淸見きよみきよみががが關せき關せきせきととと逢坂あふさか逢坂あふさかおうさかののの關せき關せきせきとととばかりばかりばかりはははなかりなかりなかりけりけりけり。。。いといといと暗くら暗くらくらくくくなりなりなりててて三條さんでう三條さんでうさんじょうののの宮みや宮みやみやののの西にし西にしにしなるなるなる所ところ所ところところにににつきつきつきぬぬぬ。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

富士の山はこの国(駿河)にある。わたしが育った国(上総)では、西の方に見えた山である。その山のようすは、まったくこの世のものとは思えないようすである。

格別なようすの山の姿が、紺青を塗ったようであるところに、雪が消えるときもなく積もっているので、濃い色の衣の上に白い袙を着たように見えて、山の頂の少し平らになった所から、煙が立ちのぼっている。夕暮れには火が燃え立つのも見える。

清見が関は、片側は海で、関所の建物がたくさんあって、海まで柵を作ってある。(富士の)煙と(波のしぶきが)溶けあうのだろうか、清見が関の波も高くなるにちがいない。趣深いことこの上ない。

田子の浦は波が高くて、舟で漕いでまわって行く。大井川という渡し場がある。水がふつうとは違って、すり粉などを濃く溶いて流したように、白い水が速く流れている。

富士川というのは、富士の山から流れ落ちてくる川である。その国の人が出てきて語るには、「先年、用事で出かけたとき、たいそう暑かったので、この川のほとりで休みながら見ていると、川上の方から黄色いものが流れて来て、物にひっかかって止まったのを見ると、反故紙(書き損じの紙)でした。

拾い上げて見ると、黄色い紙に、丹(朱)で濃く、きちんと書いてありました。不思議に思って見ると、来年欠員になるはずの国々の守の名が書いてあって、またそれに添えて二人の名が書いてありました。不思議だ、驚いたことだと思って、取り上げて干してしまっておいたところ、

翌年の司召(国司の任命)で、この紙に書かれていたことと一つも違わず、この国(駿河)の守と書いてあったとおりの人がなったのですが、(その人は)三か月のうちに亡くなって、また代わりになった人も、その横に書きつけてあった人でした。

こういうことがあったのです。来年の司召などは、今年この山にたくさんの神々が集まって、お決めになるのだったのだと拝見しました。めずらしいことでございます」と語る。

沼尻という所もすらすらと過ぎて、(わたしは)ひどく病気になって、遠江にさしかかる。小夜の中山などを越えたときのことも覚えていない。

たいそう苦しいので、天竜という川のほとりに仮屋を造って用意してあったので、そこで何日か過ごすうちに、だんだんと病気がよくなる。

冬も深くなったので、川風が激しく吹き上げて、たえがたく思われた。そのあたりを渡りながら、浜名の橋に着いた。浜名の橋は、(父の任国へ)下ったときには、皮のついたままの丸木を渡してあった。このたびは、橋の跡さえ見えないので、舟で渡る。入江に渡した橋である。

外海はたいそうひどく荒れて波が高くて、入江の何もない洲にはほかのものもなく、松原の茂る中から波が寄せては返すのも、色とりどりの玉のように見え、本当に松の梢の上から波が越えてくるように見えて、たいそう趣がある。

そこから先は、いのはなという坂の、言いようもなくつらいのを登ってしまうと、三河の国の高師の浜という所である。八橋は名ばかりで、橋のあともなく、何の見どころもない。

二村の山の中に泊まった夜、大きな柿の木の下に仮小屋を造ったので、一晩じゅう、小屋の上に柿の実が落ちかかってくるのを、人々は拾ったりする。

宮路の山という所を越えるころは、十月の末だというのに、紅葉は散らないで盛りである。「嵐はここまでは吹いて来なかったのだなあ。宮路山では、まだ紅葉の葉が散らないで残っている」。

三河と尾張との境にある「しかすが」の渡しは、本当に(その名のとおり、渡ろうかどうしようかと)思い悩みそうで、おもしろい。尾張の国の鳴海の浦を通るとき、夕潮がどんどん満ちてきて、今夜宿をとるにも中途半端で、潮が満ちてきたらここも通れないだろうと、一行は皆走りまどうように通り過ぎた。

美濃の国の境にある墨俣という渡しを渡って、野上という所に着いた。そこに遊女たちが出て来て、一晩じゅう歌をうたうにつけても、足柄山でのことが思い出されて、しみじみと恋しいことこの上ない。

雪が降り荒れて道に迷うので、何の興もなくて、不破の関、あつみの山などを越えて、近江の国のおきなかという人の家に泊まって四、五日過ごした。みつさか山の麓で、夜も昼も時雨や霰が降り乱れて、日の光もはっきりしない。たいそううっとうしい。

そこを出発して、犬上、神崎、野洲、くるもとなどという所々を、何ということもなく過ぎた。琵琶湖の湖面がはるばると広がって、なでしま、竹生島などという所々が見えているのは、たいそう趣がある。勢多の橋はすっかり崩れていて、渡るのに苦労する。粟津に泊まって、十二月二日に京に入る。

暗くなってから着くようにしよう(ということで)、申の時(午後四時ごろ)ごろに出発して行くと、逢坂の関の近くになって、山のそばに、仮ごしらえの切懸という板塀を作ってある上から、丈六の仏がまだ荒彫りのままでいらっしゃるのが、顔だけ見えた。

しみじみと、人里離れて、どこということもなくいらっしゃる仏だなあと見やって通り過ぎた。これほど多くの国々を過ぎてきたが、駿河の清見が関と逢坂の関ほどの所はなかった。たいそう暗くなってから、三条の宮の西にある家に着いた。

意訳

富士の山は、上総では西の空に見えていた山である。近くで見る富士は、紺青の山肌に雪をまとい、頂から煙を上げている。当時の富士山は活動期で、夕暮れには火も見えた。作者は衣の重ねの色にたとえて、その姿を描く。

富士川の話は、旅の途中で聞いた不思議な話である。川に流れてきた紙に、翌年の国司の名が書かれていて、そのとおりになったという。富士の山に神々が集まって人事を決めるという言い伝えで、受領の娘である作者にとって、司召は家の浮沈にかかわる切実なものだった。

遠江で作者は病にかかり、小夜の中山を越えたことも覚えていない。天竜川のほとりで養生してようやく回復する。浜名の橋は、下ったときにはあったのに、今は跡もない。四年の歳月を感じさせる。

八橋は『伊勢物語』の業平がかきつばたの歌を詠んだ名所だが、名ばかりで見どころもない。物語の名所への期待と現実の落差が、ここでも書かれる。一方、宮路山の紅葉は盛りで、少女は散らずに残る紅葉を歌に詠む。

美濃の野上で遊女の歌を聞くと、足柄の夜が思い出される。旅のあいだに出会ったものが、少女の中に積み重なってゆく。

近江では雪や時雨に降りこめられ、琵琶湖の眺めを楽しみながら、ついに京に入る。逢坂の関の近くで見た荒彫りの丈六の仏は、のちに第16章で、完成した関寺の仏として再び見ることになる。三か月の旅の果て、少女は物語の都にたどり着いた。

語釈・文法注

司召
国司などの地方官を任命する儀式(県召の除目)。毎年春に行われた。受領(国司)の家にとっては、任官できるかどうかが暮らしを左右した。
八橋
三河の国の地名(今の愛知県知立市)。『伊勢物語』第九段で、業平が「から衣きつつなれにし」の歌を詠んだ所として名高い。
丈六
一丈六尺(約4.8メートル)の仏像。ここで見た仏は、のちに完成した関寺の弥勒仏とされる。

文法

「わが生ひ出でし國にては西面に見えし山なり」
「し」は過去の助動詞「き」の連体形で、自分が直接体験した過去を表す。上総から西の方に見えていた山。
「くきぬきしたり」
「くきぬき」は釘貫で、柱を並べて横木を通した柵。
「ににして」
底本は「黄なる紙ににして」と書く。通行本文は「丹にて」で、丹(朱の顔料)で書いたの意。底本のまま翻刻した。
「あくべきにもかみなくて」
底本のまま。通行本文はここに「来年なるべき国どもを、除目のごとみな書きて、この国来年あくべきにも、守なして」などとあり、底本は脱文があるとみられる。訳は通行本文によって補った。
「ない給ふ」
「なし給ふ」のイ音便。任命なさる。
「さふらふ」
会話の中の丁寧語「候ふ」。ございます。
「しかすがの渡り」
三河の国の渡し場の名。「しかすがに(そうはいうものの)」という語に掛けて、渡ろうか渡るまいかと思い悩みそうだと興じている。
「ちうげんに」
中間に。中途半端なさまで。

和歌

嵐こそ吹きこざりけれみやぢ山まだもみぢ葉の散らでのこれる

詠者
作者(菅原孝標女)
状況
十月の末、宮路山を越えるとき、紅葉がまだ散らずに盛りであるのを見て詠んだ歌。

修辞

係り結び
「こそ……けれ」で、嵐だけはここまで吹いて来なかったのだと強調する。
倒置
理由を上の句で述べ、目の前の景色を下の句で示す。

解説

駿河から近江までの旅は、東海道の名所を次々に過ぎてゆく。富士の山、清見が関、田子の浦、浜名の橋、八橋、宮路山、鳴海の浦、不破の関、琵琶湖と、歌枕が多く、作者の筆も名所への関心にあふれている。

富士の山の噴煙の描写は、平安時代の富士山の活動を伝える記録としても知られる。富士川の話は、司召(地方官の人事)を神々が決めるという不思議な話で、受領の家の娘らしい関心が表れている。

国文大観の本文は、富士川の話の途中に脱文があるとみられ、通行本文と字句の違う所もある。底本どおりに翻刻し、文法注に断った。

一行は寛仁四年(1020)十二月二日に京に入り、三条の宮(後一条天皇の姉の脩子内親王の邸)の西にある家に落ち着いた。「いと暗くなりて」とあるように、到着は夜であった。国文大観の本文では、この後に宮仕えのころの記事が続く(第5章)。これは古写本の頁の綴じ違い(錯簡)によるもので、通行本文では、ここに荒れた家のようすと物語を求める記事(第10章)が続く。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(更級日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、462–464頁(コマ243–244)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日