大鏡 第42章
花山院の修行と奇行
出家した花山院は熊野などで厳しく修行し、比叡山の験比べでは念じただけで護法をつけた法師を引き寄せたほどの験力を得た。一方で物の怪のせいか奇行も多く、冷泉院の南院が焼けた夜には鏡を入れた笠をかぶって馬で駆けつけ、父院は車から神楽歌を歌った。賀茂祭の帰りには柑子の数珠を垂らして見物し、従者が検非違使に捕らえられかけて逃げ帰り、太上天皇の名をとがめられた。それでも和歌は優れ、冷泉院と筍に寄せた歌を交わした。
- 1花山院花山院かざんいんののの御出家御出家ごしゅっけののの本意本意ほいありいみじうおこなはせありいみじうおこなはせありいみじゅうおこなわせ給給たまひひい修行修行しゅぎょうせさせせさせせさせ給給たまはぬところなしはぬところなしわぬところなし。。。さればくまのゝさればくまのゝさればくまのの道道みちにににといふところにてといふところにてというところにて御心御心みこころちそこなはせちそこなはせちそこなわせ給給たまへればへればえれば。。。
- 2濱濱はまづらにづらにずらに石石しのあるのあるのあるををを御枕御枕みまくらにておほとのごもりたるににておほとのごもりたるににておおとのごもりたるに。。。いとちかくあまのしほやくいとちかくあまのしほやくいとちかくあまのしおやく煙煙けぶりのたちのぼるのたちのぼるのたちのぼる心心こころぼそさぼそさぼそさ。。。げにいかにあはれにおぼされけんなげにいかにあはれにおぼされけんなげにいかにあわれにおぼされけんな。。。
- 3たびのたびのたびの空空そら夜夜よはははのけぶりとのぼりなばのけぶりとのぼりなばのけぶりとのぼりなばあまのあまのあまの火火ひたくかとやみむたくかとやみむたくかとやみむ。。。
- 4かゝるかゝるかかるほどにほどにほどに御驗御驗みしるしもいみじうつかせもいみじうつかせもいみじゅうつかせ給給たまててて。。。中堂中堂ちゅうどうにのぼらせにのぼらせにのぼらせ給給たまへるへるえる夜夜よくらべしけるくらべしけるくらべしけるををを。。。こゝろみむとおぼしめしてこゝろみむとおぼしめしてこころみむとおぼしめして。。。御心御心みこころののの内内うちににに念念ねんじおはしましければじおはしましければじおわしましければ。。。
- 5つきたるつきたるつきたる法師法師ほうしおはしますにおはしますにおわしますに御屏風御屏風おおんびょうぶのつらにのつらにのつらにひきつけられてつふとひきつけられてつふとひきつけられてつうとうむきもせずうむきもせずうむきもせず。。。あまりあまりあまりひさしくひさしくひさしくなればなればなれば。。。いまいまいまはははゆるさせゆるさせゆるさせ給給たまおりぞつけつるおりぞつけつるおりぞつけつるををを。。。
- 6そうどものがりそうどものがりそうどものがりをををどりいぬるどりいぬるどりいぬるををを。。。はやうはやうはよう院院いんののの御御おん護法護法ごほうのののひきとるにこそありけれとひきとるにこそありけれとひきとるにこそありけれと人々人々ひとびとあはれにあはれにあわれに見見み奉奉たてまつつるつるつる。。。それさることにそれさることにそれさることに侍侍はべりりり。。。前生前生ぜんしょうのののににに又又また國王位國王位こくおういをををすてすてすて給給たまへるへるえる出家御功德出家御功德しゅっけおおんくどくかぎりなきかぎりなきかぎりなき御御おん事事ことにこそおはしますらめにこそおはしますらめにこそおわしますらめ。。。
- 7驗驗げんもしなによるもしなによるもしなによる事事ことなればいみじきおこなひなればいみじきおこなひなればいみじきおこない人人ひと也也なりともともとも。。。いかでかならびたてまつらむいかでかならびたてまつらむいかでかならびたてまつらむ。。。ゆくすゑまでもさばかりにならせゆくすゑまでもさばかりにならせゆくすえまでもさばかりにならせ給給たまなんなんなん御心御心みこころにけにけにけ懈怠懈怠けだいせさせせさせせさせ給給たまべきべきべき事事ことかかかはははななな。。。
- 8それにいとあやしくならせそれにいとあやしくならせそれにいとあやしくならせ給給たまししし。。。御心御心みこころあやまちもたゞあやまちもたゞあやまちもただ御物御物おおんもののけのしたてまつりぬるにこそのけのしたてまつりぬるにこそのけのしたてまつりぬるにこそははは侍侍はべるめりしかるめりしかるめりしか。。。
- 9中中なかにもにもにも冷泉院冷泉院れいぜいいんのののののの院院いんにおはしましゝにおはしましゝにおわしましし時時とき。。。燒亡燒亡しょうもうありしありしありし夜夜よ。。。御御おおんとぶらひにまいらせとぶらひにまいらせとぶらいにまいらせ給給たまへりしありへりしありえりしあり樣樣さまこそこそこそふしぎにさぶらひしかふしぎにさぶらひしかふしぎにさぶらいしか。。。御親御親みおやののの院院いんははは御車御車みくるまにてにてにて二條町二條町にじょうまちしものつじにたゝせしものつじにたゝせしものつじにたたせ給給たまへりへりえり。。。
- 10このこのこの院院いんははは御馬御馬みまにてにてにて。。。いたゞきにかゞみいれたるかさいたゞきにかゞみいれたるかさいただきにかがみいれたるかさににに奉奉たてまつりてりてりて。。。いづこにかおはしいづこにかおはしいずこにかおわします〳〵ます〳〵ますますととと御御おんてづからてづからてずから人人ひとごとにたづねごとにたづねごとにたずね申申もうさせさせさせ給給たまへばへばえば。。。
- 11そこ〳〵そこ〳〵そこそこになむときかせたまひておはしましになむときかせたまひておはしましになむときかせたまいておわしまし所所しょへへへちかくおりさせちかくおりさせちかくおりさせ給給たまぬぬぬ。。。御馬御馬みまのむちかいなにいれてのむちかいなにいれてのむちかいなにいれて。。。御車御車みくるまのまへにのまへにのまえに御袖御袖そでうちあはせてうちあはせてうちあわせて。。。
- 12いみじういみじういみじゅうつき〳〵つき〳〵つきつきしうゐさせしうゐさせしゅういさせ給給たまへりしへりしえりしははは。。。さるさるさる事事ことやけやけやけ侍侍さぶらいしとよしとよしとよ。。。それにそれにそれに又又また冷泉院冷泉院れいぜいいんののの御車御車みくるまのののうちよりうちよりうちより。。。たかやかにたかやかにたかやかに歌歌うたをををうたはせうたはせうたわせ給給たましししははは。。。
- 13さま〳〵さま〳〵さまさまけうあることけうあることきょうあることをもをもをも見見みきくかなとおぼえきくかなとおぼえきくかなとおぼえ候候そうらしにしにしに。。。のののけけひけけひけけいいといといとまうまうもうなりやなりやなりやとのとのとの給給たまけるにこそけるにこそけるにこそ。。。萬人萬人ばんにんえたへずわらひえたへずわらひえたえずわらい給給たまにけれにけれにけれ。。。
- 14さてさてさて又又また花山院花山院かざんいんのののひとゝせまつりのかへさひとゝせまつりのかへさひととせまつりのかえさ。。。御御ごらんぜしらんぜしらんぜし御御おんありさまありさまありさまはははたれもたれもたれも見見み奉奉たてまつりけんなりけんなりけんな。。。まへのまへのまえの日日ひことにいださせことにいださせことにいださせ給給たまへりしたびのことぞかしへりしたびのことぞかしえりしたびのことぞかし。。。
- 15さるさるさる事事ことあらんあらんあらん時時とき。。。けふけふけうはははなななををを御御おんありきなどなくてもあるべきにありきなどなくてもあるべきにありきなどなくてもあるべきに。。。いみじきいみじきいみじき異樣異樣いようをををはじめとしてはじめとしてはじめとして。。。御車御車みくるまのしりにのしりにのしりにうちむれおほくまいりしきそくどもいへばうちむれおほくまいりしきそくどもいへばうちむれおおくまいりしきそくどもいえばをををろかなりろかなりろかなり。。。
- 16なによりもなによりもなによりも御御おんずゞのいとけうありしずゞのいとけうありしずずのいときょうありし也也なり。。。ちいさきちいさきちいさきをををおおおほかたのたまにつらぬかせほかたのたまにつらぬかせほかたのたまにつらぬかせ給給たまててて。。。ははは大柑子大柑子おおこうじをををしたるしたるしたる御御おんずゞいとずゞいとずずいと長長ながくくく。。。
- 17御御おんさしぬきにぐしていださせさしぬきにぐしていださせさしぬきにぐしていださせ給給たまへりしへりしえりしははは。。。さるさるさる見見みものやものやものやははは候候そうらしなしなしな。。。人〳〵人〳〵ひとびと御車御車みくるまににに目目めをををつけつけつけ奉奉たてまつりたりしにりたりしにりたりしに。。。。。。
- 18昨日昨日きのうことにいだしたりしわらことにいだしたりしわらことにいだしたりしわらはべとらふべしといふこといできにけるものかはべとらふべしといふこといできにけるものかはべとらうべしということいできにけるものか。。。このごろのこのごろのこのごろの權大納言殿權大納言殿ごんだいなごんどの又又またそのころそのころそのころはははわかくおはしましゝわかくおはしましゝわかくおわしましし程程ほどぞかしぞかしぞかし。。。
- 19人人ひとはははしらせてしらせてしらせてかう〳〵かう〳〵こうこうののの事事こと候候そうら。。。とくかへらせとくかへらせとくかえらせ給給たまねとねとねと申申もうさせさせさせ給給たまへりしかばへりしかばえりしかば。。。そこらさぶらひつるものどもそこらさぶらひつるものどもそこらさぶらいつるものども。。。くものすくものすくものすををを風風かぜのののふきはらふふきはらふふきはらうごとくごとくごとくにげぬればにげぬればにげぬれば。。。
- 20たゞたゞただ御車御車みくるまぞぞぞひのかぎりにてやらせてひのかぎりにてやらせてひのかぎりにてやらせて。。。見見みものものもの車車くるまのののうしろのかたよりおはしましゝこそうしろのかたよりおはしましゝこそうしろのかたよりおわしまししこそ。。。さすがにいとをしくかたじけなくおぼえおはしましゝかさすがにいとをしくかたじけなくおぼえおはしましゝかさすがにいとおしくかたじけなくおぼえおわしまししか。。。
- 21さてけびゐしつきやいといみじうからうせめられさてけびゐしつきやいといみじうからうせめられさてけびいしつきやいといみじゅうかろうせめられ給給たまててて。。。ののの御名御名みなはははながくくださせながくくださせながくくださせ給給たまにきにきにき。。。かゝればこそかゝればこそかかればこそ民部卿殿民部卿殿みんぶきょうどのののの御御おんいひといひといいとはははけげにとおぼゆれけげにとおぼゆれけげにとおぼゆれ。。。
- 22さすがにあそばしたるさすがにあそばしたるさすがにあそばしたる和歌和歌わかははわ。。。いづれもいづれもいずれも人人ひとののの口口くちにのらぬなくにのらぬなくにのらぬなく。。。ゆふにこそゆふにこそゆうにこそうけうけうけ給給たまはれなはれなわれな。。。
- 23心心こころ見見みにににほかのほかのほかの月月つきをもをもをもみてしがなみてしがなみてしがな我我われやどからのあはれなるかとやどからのあはれなるかとやどからのあわれなるかと。。。
- 24などなどなどははは。。。このこのこの御御おんありさまにおぼしめしよりけるありさまにおぼしめしよりけるありさまにおぼしめしよりける事事ことどもおぼえずどもおぼえずどもおぼえず。。。こゝろぐるしうこそさぶらへこゝろぐるしうこそさぶらへこころぐるしゅうこそさぶらえ。。。さてまたさてまたさてまた冷泉院冷泉院れいぜいいん給給たまへるおりへるおりえるおりははは。。。
- 25世世よののの中中なかにににふるかひもなきたけのこふるかひもなきたけのこふるかいもなきたけのこはははわがわがわがへんへんへんとしとしとしをををたてまつるなりたてまつるなりたてまつるなり。。。
- 26御返御返おおんかえしししし
- 27としとしとしへぬるへぬるへぬるたけのたけのたけのよはひよはひよわいははは返返かえしてもこのしてもこのしてもこの世世よをををながくなさむとぞおもふながくなさむとぞおもふながくなさむとぞおもう。。。
- 28かたじけなくおほせられたりとかたじけなくおほせられたりとかたじけなくおおせられたりと。。。御集御集おおんしゅうににに侍侍はべるこそあはれにるこそあはれにるこそあわれに候候そうらへへえ。。。まことにさるまことにさるまことにさる御心御心みこころにもいはひにもいはひにもいわい申申もうさんとおぼしめしけんかなしさよさんとおぼしめしけんかなしさよさんとおぼしめしけんかなしさよ。。。
現代語訳
花山院は、ご出家の本意があって、たいそう修行なさり、修行なさらない所はない。熊野の道の千里の浜というところでご気分が悪くなられたので、浜辺に石があるのを枕にしてお休みになったところ、すぐ近くで海人が塩を焼く煙が立ちのぼる心細さ。本当にどんなにしみじみとお思いになったことでしょう。
旅の空夜半の煙とのぼりなば海人の藻塩火焚くかとや見む
そうしているうちに、御験力もたいそうおつきになって、(比叡山の)根本中堂にお上りになった夜、験比べをしていたのを、試してみようとお思いになって、お心の中で念じていらしたところ、護法のついた法師が、(院の)いらっしゃる御屏風のそばに引きつけられて、少しも身動きもしない。あまり長くなったので、もうお許しになろうという時に(護法が)離れたのを、僧たちが騒ぎ踊りながら去っていくのを、「なんと、院の御護法が引き取っていたのだったのだ」と、人々はしみじみと拝見した。それはもっともなことでございます。前世の戒の力に、また国王の位を捨てなさった出家の御功徳は限りないことでいらっしゃるでしょう。験力も家柄によることなので、たいへんな修行者であっても、どうして並び申し上げられましょう。将来までもそれほどにおなりになるはずのお心で、怠りなさるはずがありましょうか。それなのに、たいそう妙なことにおなりになったのも、お心の過ちもただ物の怪がおさせ申し上げたのでございましょう。
中でも、冷泉院が南院にいらしたとき火事があった夜、お見舞いに参上なさったご様子は不思議でございました。御親の院(冷泉院)は御車で二条大路と町尻小路の下の辻にお立ちになっていた。この院(花山院)は馬で、頭頂に鏡を入れた笠を頭光のようにかぶって、「どこにいらっしゃるか、いらっしゃるか」と、ご自分で人ごとにお尋ねになるので、「そこそこに」とお聞きになって、いらっしゃる所の近くでお降りになった。御馬の鞭を腕に入れて、御車の前に袖を合わせて、たいそうかしこまって控えていらっしゃったのは、そんなことがございましたかなあ。それにまた、冷泉院が御車の中から高らかに神楽歌をお歌いになったのは、さまざまおもしろいことも見聞きするものだと思いましたが、明順のぬしが「気配がたいそう猛々しいことよ」とおっしゃったので、大勢の人がこらえきれずに笑ったのでした。
さてまた、花山院がある年、賀茂祭の帰りの行列をご覧になったご様子は、誰もが見申し上げたでしょうな。前の日にことさらに(行列を)出させなさったときのことですよ。そんなことがあった時は、今日はやはりお出歩きなどなさらなくてもよいのに、たいへん異様な者ども、高帽の頼勢をはじめとして、御車の後ろに群れをなして大勢参った装束どもは、言いようもない。何よりも御数珠がたいそうおもしろかったのです。小さい柑子をだいたいの玉に貫かせなさって、達磨(親玉)には大柑子をつけた御数珠をたいそう長く、指貫に添えて(車の外に)出していらっしゃったのは、あれほどの見物がございましたか。人々が紫野で御車に目をつけ申し上げていたところに、検非違使が参って、「昨日ことさらに(騒ぎを)起こした童たちを捕らえよ」ということになったではないか。今の権大納言殿(藤原公任か)も、そのころは若くていらしたころですよ。人を遣わして「これこれのことがあります。早くお帰りなさいませ」と申し上げさせなさったので、大勢控えていた者たちは、蜘蛛の巣を風が吹き払うように逃げてしまったので、ただ御車副だけで車をやらせて、見物の車の後ろの方からお帰りになったのは、さすがにお気の毒で恐れ多く思われました。そうして検非違使庁からたいそう厳しく責められなさって、太上天皇の御名は長くお下しになった(奪われた)のでした。こういうわけでこそ、民部卿殿(俊賢)のおことばは本当にそうだと思われます。
それでもやはり、お詠みになった和歌は、どれも人の口にのらないものはなく、優雅だと承りましたな。
こころみにほかの月をも見てしがなわが宿からのあはれなるかと
などは、このようなご様子でお思い寄りになったこととも思えず、お気の毒でございます。さてまた、冷泉院に筍を差し上げなさったときは、
世の中にふるかひもなき竹の子はわが経む年をたてまつるなり
御返し
年へぬる竹のよはひは返してもこの世をながくなさむとぞ思ふ
「恐れ多くもおっしゃってくださった」と(花山院が書き添えて)、御集にございますのはしみじみとしたことでございます。本当に、そういう(狂気の)お心でも、(父院の長寿を)祝い申し上げようとお思いになったとは、悲しいことよ。
意訳
退位後の花山院は、熊野などの霊場で厳しい修行を積んだ。千里の浜で石を枕に寝て、海人の藻塩の煙に自分の火葬の煙を重ねた歌には、出家者の孤独がにじむ。やがて院は強い験力を得て、比叡山の験比べでは心で念じただけで、護法をつけた法師を自分の屏風のもとに引きつけたという。
その一方で、花山院は奇行の多い人でもあった。父の冷泉院の御所が焼けた夜、頭に鏡を入れた笠を仏の頭光のようにかぶって馬で駆けつけ、うやうやしく控えたが、父院は車の中から高らかに神楽歌を歌った。親子そろっての奇妙な振る舞いに、人々は笑いをこらえられなかった。賀茂祭の見物では、柑子を貫いた長い数珠を車から垂らし、異様な従者を大勢引き連れて見物したため、前日の騒ぎの犯人を捕らえようとする検非違使に追われ、従者は散り散りに逃げた。院は太上天皇としての待遇を取り上げられたという。
それでも世継は、院の和歌をたたえる。「こころみにほかの月をも見てしがな」の歌、冷泉院に筍を贈って「自分の残りの年を差し上げます」と詠んだ歌は、狂気とは思えないほど優しく、心を打つ。世継は院の奇行を物の怪のせいとし、本来の資質への同情をにじませている。
語釈・文法注
- 千里濱
- 紀伊国(和歌山県みなべ町)の海岸。熊野詣での途中の地。
- もしほ火
- 藻塩火。海藻に海水を注いで焼き、塩をとる火。
- 驗くらべ
- 験比べ。修行者が祈禱の霊験を競うこと。
- 護法
- 修行者に仕える護法童子。また、修行者に乗り移って霊験を表す神霊。
- 戒力
- 前世で戒律を守った功徳の力。
- 冷泉院の南の院
- 冷泉院(冷泉天皇の御所)の南の院。寛弘三年(1006)に焼失した。
- 頭光
- 仏像の頭の後ろの光背。鏡を入れた笠をそれに見立てた。
- かぐら歌
- 神楽歌。神事で歌う歌。
- あきのぶのぬし
- 高階明順(?〜1009)。中宮定子の叔父。
- からぼうのらいせい
- 高帽の頼勢。花山院に仕えた異様な風体の僧か。
- 柑子
- 小さな蜜柑の一種。
- だつま
- 達磨。数珠の親玉。
- むらさいの
- 紫野。賀茂祭の斎院の帰りの行列(還さ)を見物する場所。
- けびゐし
- 検非違使。
- 太上天皇の御名
- 退位した天皇の称号。院としての待遇(御封など)を停止されたことをいうか。
- たかんな
- 筍(たけのこ)。
文法
- のぼりなば
- 「な」は完了「ぬ」の未然形。のぼったならば。
- たくかとやみむ
- 「や」は疑問。焚いていると見るだろうか。
- ならびたてまつらむ
- 「いかでか」と呼応して反語。並び申し上げられようか。
- 懈怠せさせ給べき事かはな
- 「かは」は反語。怠りなさるはずがあろうか。
- 見てしがな
- 「てしがな」は自己の願望。見てみたいものだ。
- なさむとぞおもふ
- 「む」は意志。(あなたの)この世を長くしようと思う。
和歌・漢詩
たびの空夜はのけぶりとのぼりなばあまのもしほ火たくかとやみむ
- 作者
- 花山院
- 状況
- 熊野詣での途中、千里の浜で病み、石を枕に休んだときに詠んだ歌。『詞花集』に載る。旅の空で、もし私が夜半の煙となって(火葬されて)立ちのぼったなら、人は海人が藻塩火を焚いていると見るだろうか。
修辞
- 寓意
- 自分の火葬の煙を、海人の藻塩火の煙に重ねる。
心見にほかの月をもみてしがな我やどからのあはれなるかと
- 作者
- 花山院
- 状況
- 試しにほかの所の月も見てみたいものだ。私の住まいの格別さゆえに月がしみじみと見えるのかどうかと。『詞花集』に載る。
修辞
- 表現
- 月の美しさが、場所によるのか自分の心によるのかを問う。
世の中にふるかひもなきたけのこはわがへんとしをたてまつるなり
- 作者
- 花山院
- 状況
- 父の冷泉院に筍を贈ったときの歌。世の中に生きながらえるかいもない竹の子(私)は、自分が生きるはずの年を(父上に)差し上げるのです。
修辞
- 掛詞
- 「ふる」に「経る」と「節(ふし)」、「よ」に「世」と竹の「節(よ)」を響かせる。
- 見立て
- 「たけのこ」に、子である自分をかける。
としへぬるたけのよはひは返してもこの世をながくなさむとぞおもふ
- 作者
- 冷泉院
- 状況
- 花山院への返歌。年を経た竹(私)の齢は返してでも、(あなたの)この世を長くしようと思う。
修辞
- 掛詞
- 「よ」に竹の「節」と「世」をかける。
解説
花山院(968〜1008)は出家後、比叡山・熊野・書写山などで修行し、西国三十三所観音霊場を中興したという伝説も生まれた。一方で、長徳の変(996年)では伊周・隆家の従者に矢を射かけられるなど、奔放な行動でも知られる。
冷泉院の南院の火事は寛弘三年(1006)十月のこと。父子そろっての奇行は、元方の怨霊のしわざと考えられていた(第25章・第34章)。
「こころみにほかの月をも」の歌は、自邸の月をめでる院の風流心を示し、『大鏡』では奇行と和歌の才が対照的に語られている。
関連
出典
- 底本
- 経済雑誌社編『国史大系』第17巻(大鏡) 経済雑誌社、明治34年(1901)、565〜568頁(コマ298–300)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日