古典ライブラリー

大鏡 第42章

花山院の修行と奇行

出家した花山院は熊野などで厳しく修行し、比叡山の験比べでは念じただけで護法をつけた法師を引き寄せたほどの験力を得た。一方で物の怪のせいか奇行も多く、冷泉院の南院が焼けた夜には鏡を入れた笠をかぶって馬で駆けつけ、父院は車から神楽歌を歌った。賀茂祭の帰りには柑子の数珠を垂らして見物し、従者が検非違使に捕らえられかけて逃げ帰り、太上天皇の名をとがめられた。それでも和歌は優れ、冷泉院と筍に寄せた歌を交わした。

  1. 1花山院くわさんゐん花山院くわさんゐんかざんいんののの御出家ごしゆつけ御出家ごしゆつけごしゅっけののの本意ほい本意ほいほいありいみじうおこなはせありいみじうおこなはせありいみじゅうおこなわせ給たま給たまたまひひい修行しゆぎやう修行しゆぎやうしゅぎょうせさせせさせせさせ給たま給たまたまはぬところなしはぬところなしわぬところなし。。。さればくまのゝさればくまのゝさればくまのの道みち道みちみちにににといふところにてといふところにてというところにて御心みこころ御心みこころみこころちそこなはせちそこなはせちそこなわせ給たま給たまたまへればへればえれば。。。
  2. 2濱はま濱はまはまづらにづらにずらに石し石ししのあるのあるのあるををを御枕みまくら御枕みまくらみまくらにておほとのごもりたるににておほとのごもりたるににておおとのごもりたるに。。。いとちかくあまのしほやくいとちかくあまのしほやくいとちかくあまのしおやく煙けぶり煙けぶりけぶりのたちのぼるのたちのぼるのたちのぼる心こころ心こころこころぼそさぼそさぼそさ。。。げにいかにあはれにおぼされけんなげにいかにあはれにおぼされけんなげにいかにあわれにおぼされけんな。。。
  3. 3たびのたびのたびの空そら空そらそら夜よ夜よよはははのけぶりとのぼりなばのけぶりとのぼりなばのけぶりとのぼりなばあまのあまのあまの火ひ火ひひたくかとやみむたくかとやみむたくかとやみむ。。。
  4. 4かゝるかゝるかかるほどにほどにほどに御驗みしるし御驗みしるしみしるしもいみじうつかせもいみじうつかせもいみじゅうつかせ給たま給たまたまててて。。。中堂ちゆうだう中堂ちゆうだうちゅうどうにのぼらせにのぼらせにのぼらせ給たま給たまたまへるへるえる夜よ夜よよくらべしけるくらべしけるくらべしけるををを。。。こゝろみむとおぼしめしてこゝろみむとおぼしめしてこころみむとおぼしめして。。。御心みこころ御心みこころみこころののの内うち内うちうちににに念ねん念ねんねんじおはしましければじおはしましければじおわしましければ。。。
  5. 5つきたるつきたるつきたる法師ほふし法師ほふしほうしおはしますにおはしますにおわしますに御屏風おほんびやうぶ御屏風おほんびやうぶおおんびょうぶのつらにのつらにのつらにひきつけられてつふとひきつけられてつふとひきつけられてつうとうむきもせずうむきもせずうむきもせず。。。あまりあまりあまりひさしくひさしくひさしくなればなればなれば。。。いまいまいまはははゆるさせゆるさせゆるさせ給たま給たまたまおりぞつけつるおりぞつけつるおりぞつけつるををを。。。
  6. 6そうどものがりそうどものがりそうどものがりをををどりいぬるどりいぬるどりいぬるををを。。。はやうはやうはよう院ゐん院ゐんいんののの御おん御おんおん護法ごほふ護法ごほふごほうのののひきとるにこそありけれとひきとるにこそありけれとひきとるにこそありけれと人々ひとびと人々ひとびとひとびとあはれにあはれにあわれに見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつつるつるつる。。。それさることにそれさることにそれさることに侍はべ侍はべはべりりり。。。前生ぜんしやう前生ぜんしやうぜんしょうのののににに又また又またまた國王位こくわうゐ國王位こくわうゐこくおういをををすてすてすて給たま給たまたまへるへるえる出家御功德しゆつけおほんくどく出家御功德しゆつけおほんくどくしゅっけおおんくどくかぎりなきかぎりなきかぎりなき御おん御おんおん事こと事ことことにこそおはしますらめにこそおはしますらめにこそおわしますらめ。。。
  7. 7驗げん驗げんげんもしなによるもしなによるもしなによる事こと事ことことなればいみじきおこなひなればいみじきおこなひなればいみじきおこない人ひと人ひとひと也なり也なりなりともともとも。。。いかでかならびたてまつらむいかでかならびたてまつらむいかでかならびたてまつらむ。。。ゆくすゑまでもさばかりにならせゆくすゑまでもさばかりにならせゆくすえまでもさばかりにならせ給たま給たまたまなんなんなん御心みこころ御心みこころみこころにけにけにけ懈怠けだい懈怠けだいけだいせさせせさせせさせ給たま給たまたまべきべきべき事こと事ことことかかかはははななな。。。
  8. 8それにいとあやしくならせそれにいとあやしくならせそれにいとあやしくならせ給たま給たまたまししし。。。御心みこころ御心みこころみこころあやまちもたゞあやまちもたゞあやまちもただ御物おほんもの御物おほんものおおんもののけのしたてまつりぬるにこそのけのしたてまつりぬるにこそのけのしたてまつりぬるにこそははは侍はべ侍はべはべるめりしかるめりしかるめりしか。。。
  9. 9中なか中なかなかにもにもにも冷泉院れいぜいゐん冷泉院れいぜいゐんれいぜいいんのののののの院ゐん院ゐんいんにおはしましゝにおはしましゝにおわしましし時とき時ときとき。。。燒亡せうまう燒亡せうまうしょうもうありしありしありし夜よ夜よよ。。。御おほん御おほんおおんとぶらひにまいらせとぶらひにまいらせとぶらいにまいらせ給たま給たまたまへりしありへりしありえりしあり樣さま樣さまさまこそこそこそふしぎにさぶらひしかふしぎにさぶらひしかふしぎにさぶらいしか。。。御親みおや御親みおやみおやののの院ゐん院ゐんいんははは御車みくるま御車みくるまみくるまにてにてにて二條町にでうまち二條町にでうまちにじょうまちしものつじにたゝせしものつじにたゝせしものつじにたたせ給たま給たまたまへりへりえり。。。
  10. 10このこのこの院ゐん院ゐんいんははは御馬みま御馬みまみまにてにてにて。。。いたゞきにかゞみいれたるかさいたゞきにかゞみいれたるかさいただきにかがみいれたるかさににに奉たてまつ奉たてまつたてまつりてりてりて。。。いづこにかおはしいづこにかおはしいずこにかおわします〳〵ます〳〵ますますととと御おん御おんおんてづからてづからてずから人ひと人ひとひとごとにたづねごとにたづねごとにたずね申まう申まうもうさせさせさせ給たま給たまたまへばへばえば。。。
  11. 11そこ〳〵そこ〳〵そこそこになむときかせたまひておはしましになむときかせたまひておはしましになむときかせたまいておわしまし所しよ所しよしょへへへちかくおりさせちかくおりさせちかくおりさせ給たま給たまたまぬぬぬ。。。御馬みま御馬みまみまのむちかいなにいれてのむちかいなにいれてのむちかいなにいれて。。。御車みくるま御車みくるまみくるまのまへにのまへにのまえに御袖そで御袖そでそでうちあはせてうちあはせてうちあわせて。。。
  12. 12いみじういみじういみじゅうつき〳〵つき〳〵つきつきしうゐさせしうゐさせしゅういさせ給たま給たまたまへりしへりしえりしははは。。。さるさるさる事こと事ことことやけやけやけ侍さぶらひ侍さぶらひさぶらいしとよしとよしとよ。。。それにそれにそれに又また又またまた冷泉院れいぜいゐん冷泉院れいぜいゐんれいぜいいんののの御車みくるま御車みくるまみくるまのののうちよりうちよりうちより。。。たかやかにたかやかにたかやかに歌うた歌うたうたをををうたはせうたはせうたわせ給たま給たまたましししははは。。。
  13. 13さま〳〵さま〳〵さまさまけうあることけうあることきょうあることをもをもをも見み見みみきくかなとおぼえきくかなとおぼえきくかなとおぼえ候さふら候さふらそうらしにしにしに。。。のののけけひけけひけけいいといといとまうまうもうなりやなりやなりやとのとのとの給たま給たまたまけるにこそけるにこそけるにこそ。。。萬人ばんにん萬人ばんにんばんにんえたへずわらひえたへずわらひえたえずわらい給たま給たまたまにけれにけれにけれ。。。
  14. 14さてさてさて又また又またまた花山院くわさんゐん花山院くわさんゐんかざんいんのののひとゝせまつりのかへさひとゝせまつりのかへさひととせまつりのかえさ。。。御ご御ごごらんぜしらんぜしらんぜし御おん御おんおんありさまありさまありさまはははたれもたれもたれも見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつりけんなりけんなりけんな。。。まへのまへのまえの日ひ日ひひことにいださせことにいださせことにいださせ給たま給たまたまへりしたびのことぞかしへりしたびのことぞかしえりしたびのことぞかし。。。
  15. 15さるさるさる事こと事ことことあらんあらんあらん時とき時ときとき。。。けふけふけうはははなななををを御おん御おんおんありきなどなくてもあるべきにありきなどなくてもあるべきにありきなどなくてもあるべきに。。。いみじきいみじきいみじき異樣いやう異樣いやういようをををはじめとしてはじめとしてはじめとして。。。御車みくるま御車みくるまみくるまのしりにのしりにのしりにうちむれおほくまいりしきそくどもいへばうちむれおほくまいりしきそくどもいへばうちむれおおくまいりしきそくどもいえばをををろかなりろかなりろかなり。。。
  16. 16なによりもなによりもなによりも御おん御おんおんずゞのいとけうありしずゞのいとけうありしずずのいときょうありし也なり也なりなり。。。ちいさきちいさきちいさきをををおおおほかたのたまにつらぬかせほかたのたまにつらぬかせほかたのたまにつらぬかせ給たま給たまたまててて。。。ははは大柑子おほかうじ大柑子おほかうじおおこうじをををしたるしたるしたる御おん御おんおんずゞいとずゞいとずずいと長なが長ながながくくく。。。
  17. 17御おん御おんおんさしぬきにぐしていださせさしぬきにぐしていださせさしぬきにぐしていださせ給たま給たまたまへりしへりしえりしははは。。。さるさるさる見み見みみものやものやものやははは候さふら候さふらそうらしなしなしな。。。人〳〵ひとびと人〳〵ひとびとひとびと御車みくるま御車みくるまみくるまににに目め目めめをををつけつけつけ奉たてまつ奉たてまつたてまつりたりしにりたりしにりたりしに。。。。。。
  18. 18昨日きのふ昨日きのふきのうことにいだしたりしわらことにいだしたりしわらことにいだしたりしわらはべとらふべしといふこといできにけるものかはべとらふべしといふこといできにけるものかはべとらうべしということいできにけるものか。。。このごろのこのごろのこのごろの權大納言殿ごんだいなごんどの權大納言殿ごんだいなごんどのごんだいなごんどの又また又またまたそのころそのころそのころはははわかくおはしましゝわかくおはしましゝわかくおわしましし程ほど程ほどほどぞかしぞかしぞかし。。。
  19. 19人ひと人ひとひとはははしらせてしらせてしらせてかう〳〵かう〳〵こうこうののの事こと事ことこと候さふら候さふらそうら。。。とくかへらせとくかへらせとくかえらせ給たま給たまたまねとねとねと申まう申まうもうさせさせさせ給たま給たまたまへりしかばへりしかばえりしかば。。。そこらさぶらひつるものどもそこらさぶらひつるものどもそこらさぶらいつるものども。。。くものすくものすくものすををを風かぜ風かぜかぜのののふきはらふふきはらふふきはらうごとくごとくごとくにげぬればにげぬればにげぬれば。。。
  20. 20たゞたゞただ御車みくるま御車みくるまみくるまぞぞぞひのかぎりにてやらせてひのかぎりにてやらせてひのかぎりにてやらせて。。。見み見みみものものもの車くるま車くるまくるまのののうしろのかたよりおはしましゝこそうしろのかたよりおはしましゝこそうしろのかたよりおわしまししこそ。。。さすがにいとをしくかたじけなくおぼえおはしましゝかさすがにいとをしくかたじけなくおぼえおはしましゝかさすがにいとおしくかたじけなくおぼえおわしまししか。。。
  21. 21さてけびゐしつきやいといみじうからうせめられさてけびゐしつきやいといみじうからうせめられさてけびいしつきやいといみじゅうかろうせめられ給たま給たまたまててて。。。ののの御名みな御名みなみなはははながくくださせながくくださせながくくださせ給たま給たまたまにきにきにき。。。かゝればこそかゝればこそかかればこそ民部卿殿みんぶきやうどの民部卿殿みんぶきやうどのみんぶきょうどのののの御おん御おんおんいひといひといいとはははけげにとおぼゆれけげにとおぼゆれけげにとおぼゆれ。。。
  22. 22さすがにあそばしたるさすがにあそばしたるさすがにあそばしたる和歌わか和歌わかわかははわ。。。いづれもいづれもいずれも人ひと人ひとひとののの口くち口くちくちにのらぬなくにのらぬなくにのらぬなく。。。ゆふにこそゆふにこそゆうにこそうけうけうけ給たま給たまたまはれなはれなわれな。。。
  23. 23心こころ心こころこころ見み見みみにににほかのほかのほかの月つき月つきつきをもをもをもみてしがなみてしがなみてしがな我われ我われわれやどからのあはれなるかとやどからのあはれなるかとやどからのあわれなるかと。。。
  24. 24などなどなどははは。。。このこのこの御おん御おんおんありさまにおぼしめしよりけるありさまにおぼしめしよりけるありさまにおぼしめしよりける事こと事ことことどもおぼえずどもおぼえずどもおぼえず。。。こゝろぐるしうこそさぶらへこゝろぐるしうこそさぶらへこころぐるしゅうこそさぶらえ。。。さてまたさてまたさてまた冷泉院れいぜいゐん冷泉院れいぜいゐんれいぜいいん給たま給たまたまへるおりへるおりえるおりははは。。。
  25. 25世よ世よよののの中なか中なかなかにににふるかひもなきたけのこふるかひもなきたけのこふるかいもなきたけのこはははわがわがわがへんへんへんとしとしとしをををたてまつるなりたてまつるなりたてまつるなり。。。
  26. 26御返おほんかへし御返おほんかへしおおんかえしししし
  27. 27としとしとしへぬるへぬるへぬるたけのたけのたけのよはひよはひよわいははは返かへ返かへかえしてもこのしてもこのしてもこの世よ世よよをををながくなさむとぞおもふながくなさむとぞおもふながくなさむとぞおもう。。。
  28. 28かたじけなくおほせられたりとかたじけなくおほせられたりとかたじけなくおおせられたりと。。。御集おほんしふ御集おほんしふおおんしゅうににに侍はべ侍はべはべるこそあはれにるこそあはれにるこそあわれに候さふら候さふらそうらへへえ。。。まことにさるまことにさるまことにさる御心みこころ御心みこころみこころにもいはひにもいはひにもいわい申まう申まうもうさんとおぼしめしけんかなしさよさんとおぼしめしけんかなしさよさんとおぼしめしけんかなしさよ。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

花山院は、ご出家の本意があって、たいそう修行なさり、修行なさらない所はない。熊野の道の千里の浜というところでご気分が悪くなられたので、浜辺に石があるのを枕にしてお休みになったところ、すぐ近くで海人が塩を焼く煙が立ちのぼる心細さ。本当にどんなにしみじみとお思いになったことでしょう。

旅の空夜半の煙とのぼりなば海人の藻塩火焚くかとや見む

そうしているうちに、御験力もたいそうおつきになって、(比叡山の)根本中堂にお上りになった夜、験比べをしていたのを、試してみようとお思いになって、お心の中で念じていらしたところ、護法のついた法師が、(院の)いらっしゃる御屏風のそばに引きつけられて、少しも身動きもしない。あまり長くなったので、もうお許しになろうという時に(護法が)離れたのを、僧たちが騒ぎ踊りながら去っていくのを、「なんと、院の御護法が引き取っていたのだったのだ」と、人々はしみじみと拝見した。それはもっともなことでございます。前世の戒の力に、また国王の位を捨てなさった出家の御功徳は限りないことでいらっしゃるでしょう。験力も家柄によることなので、たいへんな修行者であっても、どうして並び申し上げられましょう。将来までもそれほどにおなりになるはずのお心で、怠りなさるはずがありましょうか。それなのに、たいそう妙なことにおなりになったのも、お心の過ちもただ物の怪がおさせ申し上げたのでございましょう。

中でも、冷泉院が南院にいらしたとき火事があった夜、お見舞いに参上なさったご様子は不思議でございました。御親の院(冷泉院)は御車で二条大路と町尻小路の下の辻にお立ちになっていた。この院(花山院)は馬で、頭頂に鏡を入れた笠を頭光のようにかぶって、「どこにいらっしゃるか、いらっしゃるか」と、ご自分で人ごとにお尋ねになるので、「そこそこに」とお聞きになって、いらっしゃる所の近くでお降りになった。御馬の鞭を腕に入れて、御車の前に袖を合わせて、たいそうかしこまって控えていらっしゃったのは、そんなことがございましたかなあ。それにまた、冷泉院が御車の中から高らかに神楽歌をお歌いになったのは、さまざまおもしろいことも見聞きするものだと思いましたが、明順のぬしが「気配がたいそう猛々しいことよ」とおっしゃったので、大勢の人がこらえきれずに笑ったのでした。

さてまた、花山院がある年、賀茂祭の帰りの行列をご覧になったご様子は、誰もが見申し上げたでしょうな。前の日にことさらに(行列を)出させなさったときのことですよ。そんなことがあった時は、今日はやはりお出歩きなどなさらなくてもよいのに、たいへん異様な者ども、高帽の頼勢をはじめとして、御車の後ろに群れをなして大勢参った装束どもは、言いようもない。何よりも御数珠がたいそうおもしろかったのです。小さい柑子をだいたいの玉に貫かせなさって、達磨(親玉)には大柑子をつけた御数珠をたいそう長く、指貫に添えて(車の外に)出していらっしゃったのは、あれほどの見物がございましたか。人々が紫野で御車に目をつけ申し上げていたところに、検非違使が参って、「昨日ことさらに(騒ぎを)起こした童たちを捕らえよ」ということになったではないか。今の権大納言殿(藤原公任か)も、そのころは若くていらしたころですよ。人を遣わして「これこれのことがあります。早くお帰りなさいませ」と申し上げさせなさったので、大勢控えていた者たちは、蜘蛛の巣を風が吹き払うように逃げてしまったので、ただ御車副だけで車をやらせて、見物の車の後ろの方からお帰りになったのは、さすがにお気の毒で恐れ多く思われました。そうして検非違使庁からたいそう厳しく責められなさって、太上天皇の御名は長くお下しになった(奪われた)のでした。こういうわけでこそ、民部卿殿(俊賢)のおことばは本当にそうだと思われます。

それでもやはり、お詠みになった和歌は、どれも人の口にのらないものはなく、優雅だと承りましたな。

こころみにほかの月をも見てしがなわが宿からのあはれなるかと

などは、このようなご様子でお思い寄りになったこととも思えず、お気の毒でございます。さてまた、冷泉院に筍を差し上げなさったときは、

世の中にふるかひもなき竹の子はわが経む年をたてまつるなり

御返し

年へぬる竹のよはひは返してもこの世をながくなさむとぞ思ふ

「恐れ多くもおっしゃってくださった」と(花山院が書き添えて)、御集にございますのはしみじみとしたことでございます。本当に、そういう(狂気の)お心でも、(父院の長寿を)祝い申し上げようとお思いになったとは、悲しいことよ。

意訳

退位後の花山院は、熊野などの霊場で厳しい修行を積んだ。千里の浜で石を枕に寝て、海人の藻塩の煙に自分の火葬の煙を重ねた歌には、出家者の孤独がにじむ。やがて院は強い験力を得て、比叡山の験比べでは心で念じただけで、護法をつけた法師を自分の屏風のもとに引きつけたという。

その一方で、花山院は奇行の多い人でもあった。父の冷泉院の御所が焼けた夜、頭に鏡を入れた笠を仏の頭光のようにかぶって馬で駆けつけ、うやうやしく控えたが、父院は車の中から高らかに神楽歌を歌った。親子そろっての奇妙な振る舞いに、人々は笑いをこらえられなかった。賀茂祭の見物では、柑子を貫いた長い数珠を車から垂らし、異様な従者を大勢引き連れて見物したため、前日の騒ぎの犯人を捕らえようとする検非違使に追われ、従者は散り散りに逃げた。院は太上天皇としての待遇を取り上げられたという。

それでも世継は、院の和歌をたたえる。「こころみにほかの月をも見てしがな」の歌、冷泉院に筍を贈って「自分の残りの年を差し上げます」と詠んだ歌は、狂気とは思えないほど優しく、心を打つ。世継は院の奇行を物の怪のせいとし、本来の資質への同情をにじませている。

語釈・文法注

千里濱
紀伊国(和歌山県みなべ町)の海岸。熊野詣での途中の地。
もしほ火
藻塩火。海藻に海水を注いで焼き、塩をとる火。
驗くらべ
験比べ。修行者が祈禱の霊験を競うこと。
護法
修行者に仕える護法童子。また、修行者に乗り移って霊験を表す神霊。
戒力
前世で戒律を守った功徳の力。
冷泉院の南の院
冷泉院(冷泉天皇の御所)の南の院。寛弘三年(1006)に焼失した。
頭光
仏像の頭の後ろの光背。鏡を入れた笠をそれに見立てた。
かぐら歌
神楽歌。神事で歌う歌。
あきのぶのぬし
高階明順(?〜1009)。中宮定子の叔父。
からぼうのらいせい
高帽の頼勢。花山院に仕えた異様な風体の僧か。
柑子
小さな蜜柑の一種。
だつま
達磨。数珠の親玉。
むらさいの
紫野。賀茂祭の斎院の帰りの行列(還さ)を見物する場所。
けびゐし
検非違使。
太上天皇の御名
退位した天皇の称号。院としての待遇(御封など)を停止されたことをいうか。
たかんな
筍(たけのこ)。

文法

のぼりなば
「な」は完了「ぬ」の未然形。のぼったならば。
たくかとやみむ
「や」は疑問。焚いていると見るだろうか。
ならびたてまつらむ
「いかでか」と呼応して反語。並び申し上げられようか。
懈怠せさせ給べき事かはな
「かは」は反語。怠りなさるはずがあろうか。
見てしがな
「てしがな」は自己の願望。見てみたいものだ。
なさむとぞおもふ
「む」は意志。(あなたの)この世を長くしようと思う。

和歌・漢詩

たびの空夜はのけぶりとのぼりなばあまのもしほ火たくかとやみむ

作者
花山院
状況
熊野詣での途中、千里の浜で病み、石を枕に休んだときに詠んだ歌。『詞花集』に載る。旅の空で、もし私が夜半の煙となって(火葬されて)立ちのぼったなら、人は海人が藻塩火を焚いていると見るだろうか。

修辞

寓意
自分の火葬の煙を、海人の藻塩火の煙に重ねる。

心見にほかの月をもみてしがな我やどからのあはれなるかと

作者
花山院
状況
試しにほかの所の月も見てみたいものだ。私の住まいの格別さゆえに月がしみじみと見えるのかどうかと。『詞花集』に載る。

修辞

表現
月の美しさが、場所によるのか自分の心によるのかを問う。

世の中にふるかひもなきたけのこはわがへんとしをたてまつるなり

作者
花山院
状況
父の冷泉院に筍を贈ったときの歌。世の中に生きながらえるかいもない竹の子(私)は、自分が生きるはずの年を(父上に)差し上げるのです。

修辞

掛詞
「ふる」に「経る」と「節(ふし)」、「よ」に「世」と竹の「節(よ)」を響かせる。
見立て
「たけのこ」に、子である自分をかける。

としへぬるたけのよはひは返してもこの世をながくなさむとぞおもふ

作者
冷泉院
状況
花山院への返歌。年を経た竹(私)の齢は返してでも、(あなたの)この世を長くしようと思う。

修辞

掛詞
「よ」に竹の「節」と「世」をかける。

解説

花山院(968〜1008)は出家後、比叡山・熊野・書写山などで修行し、西国三十三所観音霊場を中興したという伝説も生まれた。一方で、長徳の変(996年)では伊周・隆家の従者に矢を射かけられるなど、奔放な行動でも知られる。

冷泉院の南院の火事は寛弘三年(1006)十月のこと。父子そろっての奇行は、元方の怨霊のしわざと考えられていた(第25章・第34章)。

「こころみにほかの月をも」の歌は、自邸の月をめでる院の風流心を示し、『大鏡』では奇行と和歌の才が対照的に語られている。

関連

出典

底本
経済雑誌社編『国史大系』第17巻(大鏡) 経済雑誌社、明治34年(1901)、565〜568頁(コマ298–300)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日