大鏡 第40章
行成の才覚
行成は何事にも整った人だが、和歌は少し苦手で、殿上で歌の知識比べがあったとき「難波津に咲くやこの花」の下の句を問われて「知らない」と答え、皆に笑われた。しかし機転の利く人で、幼い一条天皇に遊び道具を献上するときは、皆が金銀で飾り立てる中、行成は独楽を奉って帝を夢中にさせた。扇の献上でも、骨は漆を塗っただけで、紙に楽府を見事に書いた扇を奉り、帝の宝物とされた。競馬の日に鼓を打ち損じた源明理を嘲った随身の話も語られる。
- 1此此この大納言大納言だいなごん殿殿どのよろづにとゝのよろづにとゝのよろずにととのひひひ給給たまへるへるえるををを。。。和歌和歌わかのかたやすこしおくれのかたやすこしおくれのかたやすこしおくれ給給たまへりけんへりけんえりけん。。。殿上殿上てんじょうににに事事こといできていできていできて。。。そのみちのそのみちのそのみちの人〳〵人〳〵ひとびといかゞもだうすべきなどいかゞもだうすべきなどいかがもどうすべきなど。。。
- 2歌歌うたのがくもんよりのがくもんよりのがくもんよりほかのほかのほかの事事こともなきにもなきにもなきに。。。このこのこの大納言大納言だいなごんはもはもはものもののもののもの給給たまはざりければはざりければわざりければ。。。いかなることぞとていかなることぞとていかなることぞとて。。。にににさくやさくやさくやこのこのこの花花はな冬冬ふゆごもりいかにとごもりいかにとごもりいかにと聞聞きこえさせえさせえさせ給給たまければければければ。。。
- 3とばかりとばかりとばかり物物ものものものもの給給たまはははででで。。。いみじうおぼしあんずるさまにもてなしていみじうおぼしあんずるさまにもてなしていみじゅうおぼしあんずるさまにもてなして。。。えしらずとこたへさせえしらずとこたへさせえしらずとこたえさせ給給たまへりけるにへりけるにえりけるに。。。人々人々ひとびとわらひてとさめわらひてとさめわらいてとさめ侍侍はべりにけりりにけりりにけり。。。
- 4すこしいたらぬすこしいたらぬすこしいたらぬ事事ことにもにもにも御御おんたましゐたましゐたましいふかくおはしてふかくおはしてふかくおわして。。。しくなししくなししくなし給給たまけるけるける御本上御本上ごほんじょうにてにてにて。。。御御みかどかどかどかど一條一條いちじょうおさなくおはしましておさなくおはしましておさなくおわしまして。。。人人人人ひとびとにあそびものまいらせよとおほせられければにあそびものまいらせよとおほせられければにあそびものまいらせよとおおせられければ。。。
- 5さま〴〵さま〴〵さまざまこがねしろがねなどこがねしろがねなどこがねしろがねなど心心こころをををつくしてつくしてつくして。。。いかなることいかなることいかなることをををがながながなとととをををしいでゝもてまいりあひたるにしいでゝもてまいりあひたるにしいでてもてまいりあいたるに。。。このこのこの殿殿どのはははにににのののをををつけてつけてつけて奉奉たてまつりりり給給たまへりければへりければえりければ。。。
- 6あやしのものゝさまやあやしのものゝさまやあやしのもののさまや。。。こここはははなにぞとゝはせなにぞとゝはせなにぞととわせ給給たまければければければ。。。しか〴〵しか〴〵しかじかののの物物ものになんとになんとになんと申申もう。。。まはしてまはしてまわして御御ごらんじおはしませらんじおはしませらんじおわしませ。。。けうあるものになどまうされければけうあるものになどまうされければきょうあるものになどもうされければ。。。
- 7南殿南殿なでんににに出出いださせさせさせ給給たまてまてまてまはははさせさせさせ給給たまににに。。。いといといとひろきひろきひろきとのゝうちにとのゝうちにとののうちに。。。のこらずくるべきあるけばのこらずくるべきあるけばのこらずくるべきあるけば。。。いみじうけうぜさせいみじうけうぜさせいみじゅうきょうぜさせ給給たまててて。。。是是これをををのみつねにのみつねにのみつねに御御ごらんじあそばせらんじあそばせらんじあそばせ給給たまへばへばえば。。。ことものどもことものどもことものどもはははこめられにけりこめられにけりこめられにけり。。。
- 8又又また殿上殿上てんじょうののの人〳〵人〳〵ひとびとあふぎどもしてまいらするにあふぎどもしてまいらするにあうぎどもしてまいらするに。。。ことことこと人〳〵人〳〵ひとびとはははほねにまきゑほねにまきゑほねにまきえをををししし。。。あるひあるひあるいはははこがねしろがねこがねしろがねこがねしろがね。。。。。。したんのしたんのしたんのほねになんすぢほねになんすぢほねになんすじをををいれいれいれ。。。
- 9ほりものほりものほりものをををししし。。。えもいはぬかみどもにえもいはぬかみどもにえもいわぬかみどもに人人ひとのなべてしらぬのなべてしらぬのなべてしらぬ歌歌うたややや詩詩しややや。。。又又また六十六十ろくじゅうよこくのよこくのよこくのまくらになあがりたるところどころなどまくらになあがりたるところどころなどまくらになあがりたるところどころなどをををかきつゝかきつゝかきつつ人々人々ひとびとまいらするにまいらするにまいらするに。。。
- 10れいのこのれいのこのれいのこの殿殿どのははは。。。ほねのほねのほねのうるしうるしうるし計計けいをををおかしげにぬりておかしげにぬりておかしげにぬりて。。。。。。ほのかにおかしきほのかにおかしきほのかにおかしきほどなるにほどなるにほどなるに。。。おもてのかたにおもてのかたにおもてのかたにはははををを。。。
- 11うらにうらにうらにははは御筆御筆おおんふでををを奉奉たてまつりりり給給たまへりければへりければえりければ。。。打返打返うちかえし〳〵し〳〵しうちかえし御御ごらんじてらんじてらんじて御手箱御手箱おおんてばこにいれさせにいれさせにいれさせ給給たまててて。。。いみじきいみじきいみじき御御おんたからとおぼしめしたりければたからとおぼしめしたりければたからとおぼしめしたりければ。。。
- 12ことことこと扇扇おうぎどもどもどもはははたゞたゞただ御御ごらんじけうずるらんじけうずるらんじきょうずる計計ばかりにてやみにてやみにてやみ侍侍はべりにけりりにけりりにけり。。。いづいづいずれも〳〵れも〳〵れもれも帝王帝王ていおうののの御御おんかんあるにますことやかんあるにますことやかんあるにますことやはははあるべきなあるべきなあるべきな。。。人人ひと也也なり。。。
- 13此此この院院いん日日ひ。。。つゞみつゞみつづみははは君君きみぞぞぞうちうちうち給給たまししし。。。一番一番いちばんにににはははなにがしなにがしなにがし二二に番番ばんにににはははかゞしなどかゞしなどかがしなど云云いしかどしかどしかど。。。
- 14そのそのその名名なこそおぼえねこそおぼえねこそおぼえね。。。かつべきかたのつゞみかつべきかたのつゞみかつべきかたのつづみをををあしくうちさげてまけになりければあしくうちさげてまけになりければあしくうちさげてまけになりければ。。。そのそのその隨身隨身ずいじんのやがてのやがてのやがて馬馬うまのののうへにのりながらうへにのりながらうえにのりながら。。。をををたちてたちてたちて見見みかへるまゝにかへるまゝにかえるままに。。。
- 15あなわざはひやあなわざはひやあなわざわいや。。。かばかりのことかばかりのことかばかりのことをををだにしそこなひだにしそこなひだにしそこない給給たまよよよ。。。かゝればかゝればかかれば明理行成明理行成あきまさゆきなりととと一一ひとさうにいはれさうにいはれそうにいわれ給給たまひしかどもひしかどもいしかども。。。一一いちののの大納言大納言だいなごんにていとやむよなくてさぶらひにていとやむよなくてさぶらひにていとやむよなくてさぶらい給給たまににに。。。
- 16くさりたるくさりたるくさりたるさぬきのぜんじさぬきのぜんじさぬきのぜんじかかかつゞみつゞみつづみうちそこなひてうちそこなひてうちそこないてははは。。。たちたまひたるぞかしとたちたまひたるぞかしとたちたまいたるぞかしとはははうごしたいまつりたるうごしたいまつりたるうごしたいまつりたるををを。。。大納言大納言だいなごん殿殿どのきかせきかせきかせ給給たまててて。。。
- 17あきまさのらんかうにおはするとてわらはせあきまさのらんかうにおはするとてわらはせあきまさのらんこうにおわするとてわらわせ給給たまければければければ。。。人人ひといみじうのいみじうのいみじゅうの給給たませたりとけうじせたりとけうじせたりときょうじ奉奉たてまつりてりてりて。。。そのころのいひごとにこそしそのころのいひごとにこそしそのころのいいごとにこそし侍侍さぶらいしかしかしか。。。
現代語訳
この大納言殿(行成)は何事にもそろっていらっしゃったが、和歌の方は少し劣っていらしたのでしょうか。殿上で「歌論議」ということが起こって、その道の人々が「どう問答しようか」などと、歌の学問のほかのことは何もない(騒ぎな)のに、この大納言はものもおっしゃらなかったので、「どういうことか」と言って、なにがし殿が「難波津に咲くやこの花冬ごもり(の続きは)どうか」と申し上げなさったところ、しばらくものもおっしゃらず、たいそう考えこんでいる様子をして、「わかりません」とお答えになったので、人々は笑って(論議は)やめになってしまったのでした。
少し行き届かないことにも、お心ばえが深くて、気の利いたようになさるご性分で、一条の帝が幼くていらして、「人々に遊び道具を差し上げよ」とおっしゃったので、さまざま金銀などで心を尽くして、どんなものがよいかと趣向をこらして持って参りあったのに、この殿は独楽に斑濃(むらご)の緒をつけて差し上げなさったので、「妙な物だな。これは何か」とお尋ねになると、「これこれの物でございます。回してご覧くださいませ。おもしろいものです」などと申されたので、紫宸殿にお出ましになって回させなさると、たいそう広い殿舎の中を、隅々まで回り歩くので、(帝は)たいそうおもしろがりなさって、これだけをいつもご覧になって遊びなさったので、ほかの物どもはしまいこまれてしまった。
また、殿上の人々が扇を作って差し上げたときに、ほかの人々は骨に蒔絵をし、あるいは金銀、沈香・紫檀の骨に筋を入れたり彫り物をしたり、言いようもない紙どもに、人がふつう知らない歌や詩や、また六十余国の歌枕に名の上がっている所々などを書いて差し上げたのに、例によってこの殿は、骨は漆だけを趣深く塗って、黄色の唐紙の下絵のほのかに趣あるものに、表には楽府をきちんと楷書で書き、裏には御筆を尽くして草書で見事に書いて差し上げなさったので、(帝は)何度もひっくり返してご覧になって、御手箱にお入れになって、すばらしい宝物とお思いになったので、ほかの扇はただご覧になって興じるだけで終わってしまいました。どれもこれも、帝王が感心なさることにまさることがありましょうか。たいへんな果報をお持ちの人である。
この高陽院殿で競馬があった日、鼓は讃岐の前司明理の君がお打ちになった。一番には誰それ、二番には誰それなどと言ったが、その名は覚えていない。勝つべき方の鼓を下手に打ち下げて負けになってしまったので、その随身がそのまま馬の上に乗ったまま、内腹を立てて振り返るやいなや、「ああ、災難だ。これくらいのことさえしくじりなさるとは。だから明理・行成と一対に言われなさったけれど、(行成は)一の大納言としてたいそう重々しくいらっしゃるのに、(こちらは)くさった讃岐の前司、古受領が鼓を打ちそこなって立っていらっしゃるのだよ」と嘲り申したのを、大納言殿(行成)がお聞きになって、「明理が乱行でいらっしゃる(とんだ目にあった)」とお笑いになったので、人々は「うまいことをおっしゃった」と興じ申し上げて、そのころの言いぐさにしたのでした。
意訳
能書家行成の人柄を伝える三つの逸話である。一つ目は、歌論議で「難波津に咲くやこの花冬ごもり」という、誰でも知っている歌の続きを問われて「知らない」と答えた話。和歌が苦手だったとも、くだらない論議をとぼけて終わらせたとも読め、行成の機知を感じさせる。
二つ目は、幼い一条天皇への献上品の話。ほかの人々が金銀で飾り立てた品を差し出す中、行成は独楽を献上した。広い紫宸殿で独楽が回り続けるのを見て、帝はすっかり夢中になり、ほかの品はしまわれてしまった。扇の献上でも、豪華な装飾を競う人々をよそに、行成は質素な骨に自筆の楽府を書いた扇を差し出し、帝の宝物とされた。豪華さではなく、相手の心をつかむ工夫と、自分の得意の書で勝負する行成の才覚が光る。
三つ目は、高陽院の競馬で鼓を打ち損じた源明理を、随身が「明理と行成は並び称されたのに、一方は一の大納言、一方は古受領」と嘲った話。行成がそれを笑いにしたことで、そのころの流行りことばになったという。
語釈・文法注
- うたろぎ
- 歌論議。和歌に関する知識を問答して競うこと。
- なにはづにさくやこの花
- 「難波津に咲くやこの花冬ごもり今は春べと咲くやこの花」。古今集仮名序で手習いの初めとされる、誰もが知っている歌。
- らう〳〵しく
- 労々じ。物慣れて気が利いているさま。
- こまつぶり
- 独楽。
- むらご
- 斑濃。一色で濃淡をまだらに染めたもの。
- ふりう
- 風流。趣向をこらした作り物。
- ぢん
- 沈香。香木。
- 歌まくら
- 歌枕。和歌に詠まれる名所。
- かうがみ
- 唐紙か。模様を刷り出した紙。
- 樂府
- 楽府。漢詩の一体。ここでは白居易の新楽府などか。
- しん
- 真(楷書)。
- さう
- 草(草書)。
- すく
- 宿(すく)。宿世、前世からの果報。
- かや院
- 高陽院。頼通の邸。
- くらべむま
- 競馬。二騎ずつ走らせて勝負を競う行事。
- あきまさ
- 源明理(?〜1035)。讃岐守。能書家としても知られた。
- ないばら
- 内腹か。腹の中で怒ること。
- ふるずらう
- 古受領。長く地方官を務めている者。軽んじたことば。
文法
- おくれ給へりけん
- 「けん」は過去推量。劣っていらっしゃったのだろうか。
- もだうすべき
- 問答すべき。
- えしらず
- わかりません。
- をかしげにぬりて
- 趣あるように塗って。
- ますことやはあるべきな
- 「やは」は反語。まさることがあろうか。
- しそこなひ給よ
- しくじりなさることよ。
解説
行成が一条天皇に独楽を献上した話は、華やかな宮廷で、あえて素朴な玩具で幼い帝の心をつかんだ機転として名高い。
扇の話は、行成の書が当時いかに珍重されたかを示す。表に楷書、裏に草書で書いたというのは、書家としての力量を存分に見せたものである。
底本の「やむよなく」は「やむごとなく」の、「はうごし」は「放言し」などの誤りか。いずれも底本のとおりに翻刻した。
関連
出典
- 底本
- 経済雑誌社編『国史大系』第17巻(大鏡) 経済雑誌社、明治34年(1901)、561〜563頁(コマ296–297)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
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