大鏡 第39章
朝成の怨霊
伊尹の一族は蔵人頭を争って敵を作った。藤原朝成は伊尹と同時に頭の候補となり、「今回は譲ってほしい」と頼んで承諾を得たのに、伊尹が結局頭になったので恨んだ。のちに伊尹の家人に無礼をしたことを詫びに行ったが、暑い夏の日に中門の外で夕暮れまで立たされ、怒りのあまり笏を折り、「この一族を末代まで祟る」と誓って死んだ。その怨霊は代々恐れられ、行成も夢に朝成が立つのを見て、身を慎んだ。
- 1大方大方おおかた此此この御御おんぞぞぞうのとうのとうのとうあらそひにかたきうあらそひにかたきうあらそいにかたきをををつぎつぎつぎ給給たまへばへばえば。。。これもいかゞおはすべからんこれもいかゞおはすべからんこれもいかがおわすべからん。。。皆人皆人みないとしろしめしたることなれどしろしめしたることなれどしろしめしたることなれど。。。中納言中納言ちゅうなごんととと一條攝政一條攝政いちじょうのせっしょうとおなじおりのとおなじおりのとおなじおりの殿上人殿上人てんじょうびとにてにてにて。。。
- 2ほどこそほどこそほどこそ一條殿一條殿いちじょうどのとととひとしからねひとしからねひとしからね。。。身身みのざえよおぼえやむごとなきのざえよおぼえやむごとなきのざえよおぼえやむごとなき人人ひとなりければなりければなりければ。。。頭頭かしらになるべきになるべきになるべき次第次第しだいいたりたるにいたりたるにいたりたるに。。。又又またこのこのこの一條殿一條殿いちじょうどのさうなくだうりのさうなくだうりのそうなくどうりの人人ひとにておはしましけるにておはしましけるにておわしましけるををを。。。
- 3このあさなりこのあさなりこのあさなり君君きみ申給申給もうしたまけるやうけるやうけるよう。。。殿殿どのはははならせならせならせ給給たまはずともはずともわずとも人人ひとわろくわろくわろく思思おもひひい申申もうべきにあらずべきにあらずべきにあらず。。。のち〳〵のち〳〵のちのちにもにもにも御心御心みこころににに任任まかせさせせさせせさせ給給たまへりへりえり。。。をのれをのれおのれははは此此このたびまかりたびまかりたびまかりはははづれなばづれなばずれなば。。。
- 4いみじうからかるべきいみじうからかるべきいみじゅうからかるべき事事ことにてなんにてなんにてなん侍侍はべるべきるべきるべきををを。。。のかせのかせのかせ給給たまなんやとなんやとなんやと申給申給もうしたまければければければ。。。こゝにもさこゝにもさここにもさ思思おもふふう事事こと也也なり。。。さらばさりまさむとのさらばさりまさむとのさらばさりまさむとの給給たまふふうををを。。。いといといとうれしとおもはれけるにうれしとおもはれけるにうれしとおもわれけるに。。。
- 5いかにおぼしなりにけるいかにおぼしなりにけるいかにおぼしなりにける事事ことにかにかにか。。。やがてやがてやがて事事こともなくなりもなくなりもなくなり給給たまふにければふにければうにければ。。。かくかくかく計計はか給給たまふべしやふべしやうべしやはははととと。。。いみじういみじういみじゅうやましとやましとやましと思思おもひまされけるひまされけるいまされけるほどにほどにほどに。。。
- 6御御おん中中なかよからぬよからぬよからぬ事事ことにてすぎにてすぎにてすぎ給程給程たまうほどににに。。。このこのこの一條殿一條殿いちじょうどのののの御御おんつかうまつるつかうまつるつこうまつる人人ひととかやのためになめきことしたまひたりけるとかやのためになめきことしたまひたりけるとかやのためになめきことしたまいたりけるををを。。。ほいなしなどほいなしなどほいなしなど計計はかはははおもふともいかにおもふともいかにおもうともいかに事事ことにににふれてわれなどふれてわれなどふれてわれなどをばをばをばかくなめげにもてなすぞとむづかりかくなめげにもてなすぞとむづかりかくなめげにもてなすぞとむずかり給給たまふときゝてふときゝてうとききて。。。
- 7あやまたぬよしもあやまたぬよしもあやまたぬよしも申申もうさむとてまいられたりけるにさむとてまいられたりけるにさむとてまいられたりけるに。。。さやうのさやうのさようの人人ひとははは我我われよりたかきところにまうでゝよりたかきところにまうでゝよりたかきところにもうでてははは。。。こなたへとなきかぎりこなたへとなきかぎりこなたえとなきかぎりははは。。。うへにものぼらでうへにものぼらでうえにものぼらで。。。
- 8しもにたてるしもにたてるしもにたてる事事ことにてなんありけるにてなんありけるにてなんありけるををを。。。これこれこれははは六七月六七月しちがつのいとあつくたへがたきころかくとまさせてのいとあつくたへがたきころかくとまさせてのいとあつくたえがたきころかくとまさせて。。。いいいまや〳〵まや〳〵まやまやとととにたちてまつにたちてまつにたちてまつ程程ほどににに。。。
- 9西日西日にしびもさしかゝりてあつくたえがたしともさしかゝりてあつくたえがたしともさしかかりてあつくたえがたしとはははおろかなりおろかなりおろかなり。。。心心こころちもそこなはれぬべきにちもそこなはれぬべきにちもそこなわれぬべきに。。。はやうこのはやうこのはようこの殿殿どのははは我我われをををあぶりころさんとおぼすにこそありけれあぶりころさんとおぼすにこそありけれあぶりころさんとおぼすにこそありけれ。。。
- 10やくなくもまいりにけるかなとおもふにやくなくもまいりにけるかなとおもふにやくなくもまいりにけるかなとおもうに。。。はははおろかなりおろかなりおろかなり。。。よるになるよるになるよるになる程程ほどさてあるべきならねばさてあるべきならねばさてあるべきならねば。。。ををおゝさへてたちければゝさへてたちければおさえてたちければ。。。
- 11はたうとおれけるはたうとおれけるはとうとおれける。。。いかばかりいかばかりいかばかり心心こころをををおこされにけるにかおこされにけるにかおこされにけるにか。。。さてさてさて家家いえにかへりてこのぞにかへりてこのぞにかえりてこのぞうながくたゝんうながくたゝんうながくたたん。。。もしおのこゞもおんなごもありとももしおのこゞもおんなごもありとももしおのこごもおんなごもありとも。。。
- 12はか〴〵はか〴〵はかばかしくてしくてしくてはははあらせじあらせじあらせじ。。。あはれといふあはれといふあわれという人人ひともあらばもあらばもあらば。。。それそれそれをもをもをもうらみむなどちかひてうらみむなどちかひてうらみむなどちかいてうせうせうせ給給たまにければにければにければ。。。だい〳〵だい〳〵だいだいののの御御おんはははなりたまひたれなりたまひたれなりたまいたれ。。。
- 13さればましてこのさればましてこのさればましてこの殿殿どのちかうおはしませばいとおそろしちかうおはしませばいとおそろしちこうおわしませばいとおそろし。。。殿殿どのののの御夢御夢みいめににに。。。ののの御御おん後後のちのとのもとのとのもとのとのもと。。。かならずかならずかならず人人ひとのまいるにたつところよなのまいるにたつところよなのまいるにたつところよな。。。
- 14そこにそこにそこに人人ひとのたちたるのたちたるのたちたるををを。。。たれぞとたれぞとたれぞと見見みればればれば。。。かほかほかおははは見見みえずえずえず。。。あやしうてあやしうてあやしゅうてたぞ〳〵たぞ〳〵たぞたぞとあまたゝびとはれてとあまたゝびとはれてとあまたたびとわれて。。。
- 15あさなりにあさなりにあさなりに侍侍はべりといらふるにりといらふるにりといらうるに。。。夢夢ゆめのののうちにもいとおそろしけれどうちにもいとおそろしけれどうちにもいとおそろしけれど。。。ねんじてなどかくてねんじてなどかくてねんじてなどかくてはははたちたちたち給給たまたるとゝひたるとゝひたるととい給給たまければければければ。。。頭頭かしら。。。のまいらるゝのまいらるゝのまいらるるをををまちまちまち侍侍はべるるる也也なりといふとといふとというと見見み給給たまておどろきてておどろきてておどろきて。。。
- 16けふけふきょうははは公事公事くじあるあるある日日ひなればとくまいるらんなればとくまいるらんなればとくまいるらん。。。ふびんなるわざかなとてふびんなるわざかなとてふびんなるわざかなとて。。。夢夢ゆめににに見見みえええ給給たまつることあるつることあるつることあるををを。。。けふけふけうははは御御おんやまひやまひやまい申申もうなどもしてなどもしてなどもして。。。いみかたくしてなにかまいりいみかたくしてなにかまいりいみかたくしてなにかまいり給給たま。。。
- 17こまかにこまかにこまかにはははみづからとかきていそぎみづからとかきていそぎみずからとかきていそぎ奉奉たてまつりりり給給たまへとちかひていといとくまいりへとちかひていといとくまいりえとちかいていといとくまいり給給たまにけりにけりにけり。。。まもりのこはくやおはしけんまもりのこはくやおはしけんまもりのこわくやおわしけん。。。れいのやうにれいのやうにれいのようにはははあらであらであらで。。。
- 18きたのきたのきたの陣陣じんよりよりよりふぢつぼふぢつぼふじつぼのののはざまよりとはざまよりとはざまよりとをををりてりてりて殿上殿上てんじょうにまいりにまいりにまいり給給たまへるにへるにえるに。。。こここはははいかにいかにいかに。。。御御おんせうそくせうそくしょうそく奉奉たてまつりつるりつるりつるははは御御ごらんぜざりつるからんぜざりつるからんぜざりつるか。。。
- 19かゝるかゝるかかる夢夢ゆめをををなんなんなん見侍見侍みわべりつるりつるりつる。。。とくいでさせとくいでさせとくいでさせ給給たまねときこえさせねときこえさせねときこえさせ給給たまければければければ。。。てててをををはははたとたとたとうちてうちてうちて。。。いかにぞとこまかにもとひまさせいかにぞとこまかにもとひまさせいかにぞとこまかにもといまさせ給給たまはずはずわず。。。
- 20またふたつものゝまたふたつものゝまたうたつものの給給たまはははででで出出い給給たまにけりにけりにけり。。。さてぞさてぞさてぞ御御おんいのりなどしいのりなどしいのりなどし給給たまててて。。。しばししばししばしはははうちへもまいりたまはざりけりうちへもまいりたまはざりけりうちえもまいりたまわざりけり。。。このものゝけのいへこのものゝけのいへこのもののけのいえははは。。。
- 21三條三條さんじょうよりよりより北北きた。。。西西にしののの洞院洞院とういんよりよりよりはははにしなりにしなりにしなり。。。今今いまににに一條殿一條殿いちじょうどのののの御御おんぞぞぞうあからさまにもいらぬうあからさまにもいらぬうあからさまにもいらぬ所所ところ也也なり。。。
現代語訳
だいたいこのご一族は、頭(蔵人頭)争いで恨みを受け継いでいらっしゃるので、これ(行成の任官)もどうなるはずだったのでしょう。みなさんご存じのことですが、朝成の中納言と一条摂政(伊尹)とは同じころの殿上人で、家柄の程度こそ一条殿と同じではないが、学才も世の評判も重々しい人だったので、頭になるべき順番が来ていたところに、またこの一条殿も文句なく道理にかなった人でいらしたのを、この朝成の君が申しなさったことには、「殿はおなりにならなくても、人が悪く思い申し上げることはないでしょう。後々にもお心のままにおなりになれましょう。私は今度外れたら、たいへんつらいことになりましょうから、お退きくださいませんか」と申しなさったので、「こちらもそう思っている。それならば退きましょう」とおっしゃるので、たいそううれしく思われたのに、どうお考えが変わったことか、そのまま何の挨拶もなく(伊尹が頭に)おなりになってしまったので、「こんなにまで(だまして)なさるべきことか」と、ひどく不愉快に思われていたうちに、お仲がよくない状態で過ぎていらしたが、この一条殿にお仕えする人とかに対して、(朝成が)無礼なことをなさったのを、「不本意だなどとだけ思うにしても、どうして何かにつけて私などをこのように無礼に扱うのか」と(伊尹が)お怒りだと聞いて、過ちのないことも申し上げようと参上されたところ、そのような(身分の)人は、自分より高い所に参っては、こちらから(中に)上がってとなきかぎりは、上にも上らず、下に立っていることになっていたのを、これは六、七月のたいそう暑くてたえがたいころに、(取り次ぎを)申させて、「今か今か」と中門に立って待つうちに、西日も差しかかって、暑くてたえがたいというどころではない。気分もそこなわれそうになるので、「さては、この殿は私を焼き殺そうとお思いなのだな。無益にも参ったものだ」と思うと、すっかり悪心が起こるどころではない。夜になるまで、そうしているわけにもいかないので、笏を押さえて立っていたところ、(笏が)はたと折れてしまった。どれほど心を起こされたことか。そうして家に帰って、「この一族を長く絶やしてやる。もし男の子も女の子もあっても、ろくなことにはさせまい。あわれと言う人があったら、それをも恨もう」などと誓って亡くなったので、代々のご悪霊となっていらっしゃるのです。
ですから、まして(行成の)この殿は近い(血筋)でいらっしゃるので、たいそう恐ろしい。殿の御夢に、紫宸殿の後ろの戸のもとで、必ず人が参るときに立つところですよ、そこに人が立っているのを、誰かと見ると、顔は戸の上に隠れていてよくも見えない。妙に思って「誰だ、誰だ」と何度も尋ねられて、「朝成でございます」と答えるので、夢の中でもたいそう恐ろしかったが、こらえて「どうしてこうして立っていらっしゃるのか」とお尋ねになったところ、「頭の弁(行成)が参られるのを待っているのです」と言うと見て、目を覚まして、「今日は公事のある日なので、早く参るだろう。気の毒なことだ」と言って、「夢でお見えになったことがあるので、今日はご病気と申すなどして、物忌みを堅くして、決して参内なさるな。くわしくは自分で」と書いて急いで差し上げなさったが、(使いと)行き違って、(行成は)たいそう早く参内してしまわれた。守りが強かったのでしょうか、いつものようではなくて、北の陣から藤壺と後涼殿の間を通って殿上に参上なさったところ、(殿が)「これはどうしたことか。お手紙を差し上げたのはご覧にならなかったのか。こういう夢を見たのです。早くお帰りなさいませ」と申し上げなさったので、(行成は)手をはたと打って、どうかとくわしくもお尋ねにならず、また二言とものもおっしゃらずに退出なさった。そうしてご祈禱などをなさって、しばらくは内裏へも参上なさらなかった。この物の怪の家は、三条大路より北、西洞院大路より西である。今も一条殿のご一族は、ちょっとでも入らない所である。
意訳
伊尹の一族に祟った藤原朝成の怨霊の話である。朝成は伊尹と同時期に蔵人頭の候補となり、伊尹に「今回は譲ってほしい」と頼んで承諾を得た。ところが伊尹はそのまま何も言わずに頭となった。これを恨んでいた朝成は、のちに伊尹の家人に無礼を働いたことを詫びに行ったが、真夏の昼、中門の外に夕方まで立たされた。「この殿は自分を焼き殺す気だ」と怒りがこみ上げ、握っていた笏が折れた。家に帰った朝成は、伊尹の子孫を末代まで祟ると誓って死んだ。
前章で語られた伊尹の息子たちの若死に、のちの義孝の子孫の不運なども、この朝成の怨霊のせいと考えられていた。世継は、伊尹の孫の行成さえも狙われたと語る。ある人(道長か)が夢で、紫宸殿の裏手に朝成が立って「頭の弁(行成)を待っている」と言うのを見て、急いで行成に参内をやめるよう知らせたが、行成はもう参内していた。知らせを聞いた行成は、何も言わずに退出し、しばらく籠もったという。
朝成の住んだ家は、三条北・西洞院西にあり、伊尹の一族は今も決して近づかないという。怨霊がいかに現実のものとして恐れられていたかを伝える話である。
語釈・文法注
- あさなりの中納言
- 藤原朝成(917〜974)。定方の子。中納言。笙の名手。死後、伊尹の一族に祟る怨霊となったとされる。
- しな
- 品。家柄、身分。
- とひ事
- 問ひ事。挨拶、断り。
- 心やましと
- 不快だ、腹立たしい。
- 中門
- 寝殿造の、東西の対屋から南へ延びる廊の中ほどにある門。
- あくしむ
- 悪心。人を恨み害しようとする心。
- さく
- 笏(しゃく)。束帯のとき右手に持つ細長い板。
- 御あくれう
- 悪霊。
- 南殿
- 紫宸殿。
- とのかみ
- 戸の上か。
- 頭。辨
- 頭の弁。蔵人頭で弁官を兼ねる者。ここでは行成。
- 物いみ
- 物忌み。凶事を避けるため、一定期間家にこもって身を慎むこと。
- 後涼殿
- 清涼殿の西にある殿舎。
文法
- いかゞおはすべからん
- どうなるはずだったのだろう。
- ひとしからね
- 「こそ」の結び(已然形)。等しくはないが。
- のかせ給なんや
- 「なむ」は他への願望、「や」は疑問。お退きくださいませんか。
- かく計給ふべしやは
- 「やは」は反語。こんなふうにだましてよいものか。
- あぶりころさんとおぼすにこそありけれ
- 焼き殺そうとお思いなのだったよ。
- あらせじ
- 「じ」は打消意志。ろくなことにはさせまい。
- まいり給なと
- 「な」は禁止。参内なさるなと。
解説
朝成と伊尹の蔵人頭争いの話は『古事談』などにも見える。朝成の怨霊は、伊尹の子の挙賢・義孝の早世や、孫の行成の子らの不運の原因とされた。
行成への夢の知らせを送ったのが誰かについて、底本は「殿」とだけ記す。道長とする説が多い。
「笏が折れた」というのは、怒りのあまり手に力が入ったことを示すと同時に、不吉の前兆でもある。朝成の怨念が呪いとなっていく過程が、具体的な情景とともに描かれている。
関連
出典
- 底本
- 経済雑誌社編『国史大系』第17巻(大鏡) 経済雑誌社、明治34年(1901)、559〜561頁(コマ295–296)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日