古典ライブラリー

大鏡 第37章

挙賢・義孝兄弟の死

伊尹の子の挙賢・義孝の兄弟は、父の死から三年後、天延二年の疱瘡で、兄は朝に、弟は夕べに同じ日に亡くなった。道心深い義孝は「法華経を読み終えるまで生き返るから、普通の葬儀をしないでくれ」と遺言したが、母は取り乱して枕を返してしまい、義孝は戻れなかった。のちに母や僧賀縁、実資の夢に現れて、極楽に生まれたことを告げた。生前の義孝が夜、世尊寺で紅梅の下に額づいて往生を祈った姿は、世継自身が見たという。

  1. 1男君をとこぎみ男君をとこぎみおとこぎみ達たち達たちたちはははののの親王しんわう親王しんわうしんのうののの御女おほんむすめ御女おほんむすめおおんむすめのののはらにはらにはらに。。。藏人くらうど藏人くらうどくろうど前少將さきのせうしやう前少將さきのせうしやうさきのしょうしょう後少將のちのせうしやう後少將のちのせうしやうのちのしょうしょうとてとてとて花はな花はなはなをををおりおりおり給たま給たまたまししし君達きんだち君達きんだちきんだちののの。。。殿どの殿どのどのうせうせうせ給たま給たまたまててて三年さんねん三年さんねんさんねん計はか計はかはかありてありてありて天延てんえん天延てんえんてんえん二年にねん二年にねんにねん甲戌きのえいぬ甲戌きのえいぬきのえいぬのとしのとしのとし。。。
  2. 2給たま給たまたまててて。。。前少將さきのせうしやう前少將さきのせうしやうさきのしょうしょうはははあしたにあしたにあしたにうせうせうせ給たま給たまたま。。。後少將のちのせうしやう後少將のちのせうしやうのちのしょうしょうはははゆふべにかくれゆふべにかくれゆうべにかくれ給たま給たまたまひしぞかしひしぞかしいしぞかし。。。一日ついたち一日ついたちついたちがががうちにうちにうちに二人ふたり二人ふたりふたりののの子こ子ここうしなひうしなひうしない給たま給たまたまへりしへりしえりし母はゝ母はゝはは北きた北きたきた方かた方かたかたののの御心みこころ御心みこころみこころちいかなりけむちいかなりけむちいかなりけむ。。。
  3. 3いとこそかなしくうけいとこそかなしくうけいとこそかなしくうけ給たま給たまたまはははりしかりしかりしか。。。後少將のちのせうしやう後少將のちのせうしやうのちのしょうしょうははは義孝よしたか義孝よしたかよしたかとぞきこえしとぞきこえしとぞきこえし。。。御おん御おんおんかたちいとめでたくおはしかたちいとめでたくおはしかたちいとめでたくおわし。。。としごろきとしごろきとしごろきはははめたるめたるめたるにぞおはしけるにぞおはしけるにぞおわしける。。。
  4. 4やまひおもくなるまゝにやまひおもくなるまゝにやまいおもくなるままに。。。いくいくいくべうべうべうもおぼえもおぼえもおぼえ給たま給たまたまはざりければはざりければわざりければ。。。はゝうへにはゝうへにはほうえに申給まうしたま申給まうしたまもうしたまけるやうけるやうけるよう。。。をのれしにをのれしにおのれしに侍はべ侍はべはべぬともぬともぬとも。。。とかくれいのやうにせさせとかくれいのやうにせさせとかくれいのようにせさせ給たま給たまたまななな。。。
  5. 5しばししばししばし法花經ほけきやう法花經ほけきやうほけきょう誦ず誦ずずじじじ奉たてまつ奉たてまつたてまつらんのらんのらんの本意ほい本意ほいほい侍はべ侍はべはべればればれば。。。かならずかへりまうでくべしとのたまうてかならずかへりまうでくべしとのたまうてかならずかえりもうでくべしとのたもうて。。。をををよみよみよみ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり給たま給たまたまてぞてぞてぞうせうせうせ給たま給たまたまけるけるける。。。そのそのその遺言ゆいごん遺言ゆいごんゆいごんををを母はゝ母はゝはは北きた北きたきた方かた方かたかたわすれわすれわすれ給たま給たまたまふべきにあらねどふべきにあらねどうべきにあらねど。。。
  6. 6ものもおぼえでおはしければものもおぼえでおはしければものもおぼえでおわしければ。。。おもふにおもふにおもうに人ひと人ひとひとのしたてまつりてけるにやのしたてまつりてけるにやのしたてまつりてけるにや。。。。。。れいのやうなるありさまどもにしてければれいのやうなるありさまどもにしてければれいのようなるありさまどもにしてければ。。。
  7. 7えかへりえかへりえかえり給たま給たまたまはずなりにけりはずなりにけりわずなりにけり。。。のちにのちにのちに母はゝ母はゝはは北きた北きたきた方かた方かたかたののの御夢みいめ御夢みいめみいめににに見み見みみえええ給たま給たまたまけるけるける。。。
  8. 8しかばかりちぎりしものしかばかりちぎりしものしかばかりちぎりしものをををはははかへるかへるかえるほどにほどにほどにはははわするべしやわするべしやわするべしやははは。。。
  9. 9とぞよみとぞよみとぞよみ給たま給たまたまへりけるへりけるえりける。。。いかなるいかなるいかなる心こころ心こころこころちしちしちし給たま給たまたまひけんなひけんないけんな。。。さてのちさてのちさてのちほどへてほどへてほどえて。。。ととと申まう申まうもう僧そう僧そうそうののの夢ゆめ夢ゆめゆめににに。。。此この此このこの君達きんだち君達きんだちきんだちふたりおはしけるがふたりおはしけるがふたりおわしけるが。。。あにのあにのあにの前少將さきのせうしやう前少將さきのせうしやうさきのしょうしょうはははいたうものおもへるさまにてみえいたうものおもへるさまにてみえいとうものおもえるさまにてみえ給たま給たまたま。。。
  10. 10此この此このこの後少將のちのせうしやう後少將のちのせうしやうのちのしょうしょうはははいといといと心こころ心こころこころちよげなるさまにてみえちよげなるさまにてみえちよげなるさまにてみえ給たま給たまたまければければければ。。。阿闍梨あざり阿闍梨あざりあざり。。。君きみ君きみきみはははなどなどなど心こころ心こころこころちよげにておはするちよげにておはするちよげにておわする。。。母はは母ははははうへうへうえははは君きみ君きみきみをををこそあにこそあにこそあに君きみ君きみきみよりよりよりはははいみじうこひきこえいみじうこひきこえいみじゅうこいきこえ給たま給たまたまめれときこえければめれときこえければめれときこえければ。。。いとあたはぬさまのけしきにていとあたはぬさまのけしきにていとあたわぬさまのけしきにて。。。
  11. 11しぐれとしぐれとしぐれとはははちぐさのちぐさのちぐさの花はな花はなはなぞちりまがふなにぞちりまがふなにぞちりまがうなにふるふるふる里さと里さとさとににに袖そで袖そでそでぬらすらんぬらすらんぬらすらん。。。
  12. 12などなどなどうちよみうちよみうちよみ給たま給たまたまけるけるける。。。さてのちさてのちさてのち小野宮をののみや小野宮をののみやおののみやのさねすけのおとゞののさねすけのおとゞののさねすけのおとどの御おん御おんおんゆめにゆめにゆめに。。。おもしろきおもしろきおもしろき花はな花はなはなのかげにおはしけるのかげにおはしけるのかげにおわしけるををを。。。うつゝにもかたらひうつゝにもかたらひうつつにもかたらい給たま給たまたまへりしへりしえりし御おん御おんおんなかにてなかにてなかにて。。。
  13. 13いかでかくいかでかくいかでかくはははいづくにてかなどゞいづくにてかなどゞいずくにてかなどどふらしがりふらしがりふらしがり申給まうしたま申給まうしたまもうしたまければければければ。。。御おん御おんおんいらへにかくなんいらへにかくなんいらえにかくなん。。。
  14. 14昔むかし昔むかしむかし契ちぎり契ちぎりちぎり萊萊萊宮みや宮みやみや裏裏裏月つき月つきつき。。。今いま今いまいま遊あそび遊あそびあそび極ごく極ごくごく樂樂樂界界界中なか中なかなか風かぜ風かぜかぜ。。。
  15. 15とぞのとぞのとぞの給たま給たまたまけるけるける。。。極樂ごくらく極樂ごくらくごくらくにむまれにむまれにむまれ給たま給たまたまへるにぞあなるへるにぞあなるえるにぞあなる。。。かやうにもゆめなどしめいかやうにもゆめなどしめいかようにもゆめなどしめい給たま給たまたまはずともはずともわずとも。。。このこのこの人ひと人ひとひとののの御おん御おんおんをををうたがひうたがひうたがい申まう申まうもうべきにあらずべきにあらずべきにあらず。。。
  16. 16よのつねのよのつねのよのつねの君達きんだち君達きんだちきんだちのやうにのやうにのようにうちわたりなどにてもうちわたりなどにてもうちわたりなどにても。。。をのづからをのづからおのずから女房にようばう女房にようばうにょうぼうとかたらひとかたらひとかたらい。。。はかなきことはかなきことはかなきことをををだにのたまはせざりけるにだにのたまはせざりけるにだにのたまわせざりけるに。。。いかなるおりにかありけんいかなるおりにかありけんいかなるおりにかありけん。。。
  17. 17ほそどのにたちよりほそどのにたちよりほそどのにたちより給たま給たまたまへればへればえれば。。。れいならずめづらしくてれいならずめづらしくてれいならずめずらしくて物語ものがたり物語ものがたりものがたり聞きこ聞きこきこえさせけるにえさせけるにえさせけるに。。。やう〳〵やう〳〵ようよう夜中よなか夜中よなかよなかなどにもなりやしぬらんとおもふなどにもなりやしぬらんとおもふなどにもなりやしぬらんとおもうほどにたちのきほどにたちのきほどにたちのき給たま給たまたまををを。。。
  18. 18いづかたへかとゆかしうていづかたへかとゆかしうていずかたえかとゆかしゅうて。。。人ひと人ひとひとつけたてまつりてつけたてまつりてつけたてまつりて見み見みみせたりければせたりければせたりければ。。。北きた北きたきたののの陣ぢん陣ぢんじんよりいでよりいでよりいで給たま給たまたまけるけるける程ほど程ほどほどよりよりより。。。法花經ほけきやう法花經ほけきやうほけきょうをををいみじくたうとくいみじくたうとくいみじくとうとく誦ず誦ずずししし給たま給たまたま。。。
  19. 19大宮おほみや大宮おほみやおおみやのぼりにおはしてのぼりにおはしてのぼりにおわして。。。世尊寺せそんじ世尊寺せそんじせそんじにおはしましつきぬにおはしましつきぬにおわしましつきぬ。。。なななををを見み見みみればればれば東對ひがしのたい東對ひがしのたいひがしのたいのつまなるのつまなるのつまなる紅梅こうばい紅梅こうばいこうばいのいみじうさかりにさきたるしたにたせたまひてのいみじうさかりにさきたるしたにたせたまひてのいみじゅうさかりにさきたるしたにたせたまいて。。。
  20. 20ををを西にし西にしにしにむかひてあまたゝびつかせにむかひてあまたゝびつかせにむかいてあまたたびつかせ給たま給たまたまけりけりけり。。。かへりかへりかえり侍はべ侍はべはべててて御おん御おんおんありさまかたりければありさまかたりければありさまかたりければ。。。いと〳〵いと〳〵いといとあはれにきゝたてまつらぬあはれにきゝたてまつらぬあわれにききたてまつらぬ人ひと人ひとひとなしなしなし。。。
  21. 21このおきなもそのころこのおきなもそのころこのおきなもそのころ大宮おほみや大宮おほみやおおみやなるなるなる所ところ所ところところにやどりてにやどりてにやどりて侍はべ侍はべはべりしかばりしかばりしかば。。。御おん御おんおんこゑにこそおどろきていといみじうこゑにこそおどろきていといみじうこえにこそおどろきていといみじゅう承うけたまは承うけたまはうけたまわしかばしかばしかば。。。おきないでゝおきないでゝおきないでて見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつりしかばりしかばりしかば。。。
  22. 22空そら空そらそらはははかすみわたりたるにかすみわたりたるにかすみわたりたるに。。。月つき月つきつきはははいみじうあかくていみじうあかくていみじゅうあかくて。。。御おん御おんおんなななをををしのいとしろきにしのいとしろきにしのいとしろきに。。。こきこきこき御おん御おんおん。。。よいよいよいほどにほどにほどに御おん御おんおんくゝりあげてくゝりあげてくくりあげて。。。なにいろにかいろあるなにいろにかいろあるなにいろにかいろある御おん御おんおんぞどものゆたちよりおほくこぼれいでゝぞどものゆたちよりおほくこぼれいでゝぞどものゆたちよりおおくこぼれいでて侍はべ侍はべはべりしりしりし御おん御おんおんやうだいなどよやうだいなどよようだいなどよ。。。
  23. 23御おん御おんおんかほのかほのかおの色いろ色いろいろ月影つきかげ月影つきかげつきかげにににはははえていとしろうえていとしろうえていとしろう見み見みみえさせえさせえさせ給たま給たまたましにしにしに。。。びんくきのけちえむにめでたくこそまことにおはしましかびんくきのけちえむにめでたくこそまことにおはしましかびんくきのけちえむにめでたくこそまことにおわしましか。。。やがてみやがてみやがてみつぎ〳〵つぎ〳〵つぎつぎにおほんともにまいりてにおほんともにまいりてにおおんともにまいりて。。。
  24. 24御おん御おんおんぬかつかせぬかつかせぬかつかせ給たま給たまたましもしもしも見み見みみたてまつりたてまつりたてまつり侍し侍ししききき。。。いとかなしくあはれにこそいとかなしくあはれにこそいとかなしくあわれにこそ侍さぶらひ侍さぶらひさぶらいしかしかしか。。。御おほん御おほんおおんともにわらはともにわらはともにわらわひとりぞひとりぞひとりぞ候さふらふ候さふらふそうろうめりしめりしめりし。。。
  25. 25又また又またまた殿上てんじやう殿上てんじやうてんじょう侍はべ侍はべはべりしときさらなりりしときさらなりりしときさらなり。。。ことことこと人ひと人ひとひとはははみなみなみな心〳〵こころごころ心〳〵こころごころこころごころにかりさうぞくめでたうせられたりけるににかりさうぞくめでたうせられたりけるににかりそうぞくめでとうせられたりけるに。。。このこのこの殿どの殿どのどのはははいたうまたれたまひていたうまたれたまひていとうまたれたまいて。。。
  26. 26しろきしろきしろき御おん御おんおん。。。うすうすうす色いろ色いろいろののの御おん御おんおんかりばかまかりばかまかりばかま。。。はなやかならぬあはひにてさしいではなやかならぬあはひにてさしいではなやかならぬあわいにてさしいで給たま給たまたまひけるこそひけるこそいけるこそ。。。中〳〵なかなか中〳〵なかなかなかなか心こころ心こころこころをををつくしたるつくしたるつくしたる人ひと人ひとひとよりよりよりはははいみじうおはしけれいみじうおはしけれいみじゅうおわしけれ。。。
  27. 27つねのつねのつねの御おん御おんおん事こと事ことことなればなればなれば法花經ほけきやう法花經ほけきやうほけきょう御おん御おんおんくちにつぶやきてくちにつぶやきてくちにつぶやきて。。。ののの御おん御おんおんずゞのずゞのずずの水精すいしやう水精すいしやうすいしょうのののさうぞくしたるさうぞくしたるそうぞくしたるひきかくしてひきかくしてひきかくしてもちもちもち給たま給たまたまへりけりへりけりえりけり。。。御用意ごようい御用意ごよういごよういなどのゆうにこそおはしましけれなどのゆうにこそおはしましけれなどのゆうにこそおわしましけれ。。。
  28. 28おおおほかたほかたほかた一生精進いつしやうしやうじん一生精進いつしやうしやうじんいっしょうしょうじんはははじめじめじめ給たま給たまたまへるへるえる。。。まづまづまず有あり有ありありがたきがたきがたき事こと事ことことぞかしぞかしぞかし。。。なを〳〵なを〳〵なおなおおなじおなじおなじ事こと事ことことのやうにのやうにのように侍はべ侍はべはべれどいみじとれどいみじとれどいみじと見み見みみ給たま給たまたまへへえ。。。きゝきゝききをををきつるきつるきつる事こと事ことことははは申まう申まうもうさまほしくてさまほしくてさまほしくて。。。
  29. 29此この此このこの殿どの殿どのどのははは御おん御おんおんかたちのありがたくかたちのありがたくかたちのありがたく。。。すゑのよにもさるすゑのよにもさるすえのよにもさる人ひと人ひとひとやいでおはしましがたからんとまでこそやいでおはしましがたからんとまでこそやいでおわしましがたからんとまでこそ見み見みみたまへりしかたまへりしかたまえりしか。。。ゆきのいみじうゆきのいみじうゆきのいみじゅうふりたりしふりたりしふりたりし日ひ日ひひ。。。
  30. 30にまいらせにまいらせにまいらせ給たま給たまたまててて。。。御前おまへ御前おまへおまえののの梅うめ梅うめうめののの木き木ききににに雪ゆき雪ゆきゆきのいたうつもりたるのいたうつもりたるのいとうつもりたるををををををりてりてりてうちふらせうちふらせうちうらせ給たま給たまたまへりしかばへりしかばえりしかば。。。御おん御おんおんうへにうへにうえにはら〳〵はら〳〵はらはらとかゝりたりしとかゝりたりしとかかりたりしををを。。。
  31. 31御おん御おんおんなななをををしのしのしのうらのうらのうらの花はな花はなはななりけるがなりけるがなりけるが。。。かへりていとまだらになりてかへりていとまだらになりてかえりていとまだらになりて侍さぶらひ侍さぶらひさぶらいしにしにしに。。。もてもてもてはやはやはやされさせされさせされさせ給たま給たまたまへりしへりしえりし御おん御おんおんかたちこそいとめでたくおはしましゝかかたちこそいとめでたくおはしましゝかかたちこそいとめでたくおわしまししか。。。
  32. 32御おん御おんおんあにのあにのあにの少將せうしやう少將せうしやうしょうしょうもいとよくおはしきもいとよくおはしきもいとよくおわしき。。。このおとゞこのおとゞこのおとど殿どの殿どのどののかくあまりにのかくあまりにのかくあまりにうるはしくおはしましゝうるはしくおはしましゝうるわしくおわしまししをもをもをもどきてどきてどきて。。。人ひと人ひとひとにてぞおはせしにてぞおはせしにてぞおわせし。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

男君たちは、代明親王の御娘の腹に、蔵人の前少将挙賢・後少将義孝といって、花を折るように華やかだった君たちが、殿(伊尹)がお亡くなりになって三年ほどたった天延二年甲戌の年、疱瘡が流行ったのにかかりなさって、前少将は朝に亡くなり、後少将は夕べに亡くなったのですよ。一日のうちに二人の子を失いなさった母北の方のお気持ちはどんなだったでしょう。まことに悲しく承りました。

後少将は義孝と申し上げた。ご容貌がたいそうすばらしくていらして、長年きわめて道心の深い方でいらっしゃった。病が重くなるにつれて、生きられそうにもお思いにならなかったので、母上に申しなさったことには、「私が死にましても、あれこれ普通の(葬儀の)ようにはなさいますな。しばらく法華経を誦し申し上げたいという本意がございますので、必ず帰ってまいります」とおっしゃって、方便品を読み申し上げながらお亡くなりになった。その遺言を母北の方はお忘れになるはずもないが、何もわからなくなっていらしたので、思うに人がしてしまったのでしょうか、枕返しなどをしたのでしょうかと、普通のようなさまにしてしまったので、(義孝は)お帰りになれなくなってしまった。のちに母北の方の御夢にお見えになった(歌)。

しかばかり契りしものを渡り川かへるほどには忘るべしやは

とお詠みになったのでした。どんなお気持ちになったことでしょうな。

その後しばらくたって、賀縁阿闍梨という僧の夢に、この君たち二人がいらしたが、兄の前少将はひどく思い悩んでいる様子にお見えになる。この後少将はたいそう気持ちよさそうな様子にお見えになったので、阿闍梨が「あなたはどうして気持ちよさそうにいらっしゃるのか。母上はあなたのことをこそ兄君よりはひどく恋しがっていらっしゃるようですよ」と申し上げると、たいそう不満そうな様子で、

時雨とは千草の花ぞ散りまがふなにふるさとに袖濡らすらむ

などとお詠みになった。その後、小野宮の実資の大臣の御夢に、趣深い花の陰にいらしたのを、生前にも親しく語り合っていらしたお仲なので、「どうしてこのように。どこにいらっしゃるのですか」などと珍しがって申しなさったところ、お答えにこう(言った)。

昔は契りき蓬萊宮の裏の月に 今は遊ぶ極楽界の中の風に

とおっしゃった。極楽に生まれていらっしゃるのでしょう。このように夢などでお示しにならなくても、この人の往生を疑い申し上げるべきではない。世の常の君たちのように、内裏のあたりなどでも、自然と女房と語らい、ちょっとしたことさえおっしゃらなかったのに、どういう折であったか、細殿に立ち寄られたので、いつもと違って珍しいので(女房たちが)お話を申し上げたところ、だんだん夜中にもなっただろうかと思うころに立ち去りなさったのを、どこへ行かれるのかと知りたくて、人をつけ申し上げて見させたところ、北の陣をお出になったところから、法華経をたいそう尊くお誦しになる。大宮大路を北へいらして、世尊寺にお着きになった。なおも見ると、東の対の端にある紅梅がたいそう盛りに咲いている下にお立ちになって、「滅罪生善、往生極楽」という額づきを、西に向かって何度もなさった。(使いの者が)帰って様子を語ったので、まことにしみじみと聞き申し上げない人はいなかった。

この翁もそのころ大宮大路にある所に宿っておりましたので、お声に目を覚まして、たいへんすばらしく承りましたので、翁は出て拝見しましたところ、空は一面に霞んでいるのに、月はたいそう明るくて、白い直衣に濃い紫の指貫を、ほどよくくくり上げて、何色ともわからない色のあるお召し物の裾から、たくさんこぼれ出ておりましたお姿などよ。お顔の色は月光に映えて、たいそう白くお見えになったところに、鬢の黒さがくっきりと、まことにすばらしくいらっしゃった。そのまま見続けて、お供に参って、額づきなさるのも拝見しました。まことに悲しく、しみじみとしたことでございました。お供には童が一人お仕えしていたようでした。

また、殿上の逍遥(野遊び)がございましたときは言うまでもない。ほかの人々はみな思い思いに狩装束をすばらしく整えていらしたのに、この殿はたいそう待たれなさって、白いお召し物に香染めの狩衣、薄紫の狩袴という、華やかでない取り合わせで現れなさったのは、かえって心を尽くした人よりもすばらしくいらした。いつものことなので、法華経を口ずさんで、紫檀の数珠で水晶の飾りをつけたものを隠して持っていらした。お心づかいなどの優雅さよ。

だいたい一生精進をお始めになったこと(若くして生涯の精進を始めたこと)は、まずめったにないことですよ。やはり同じことのようでございますが、すばらしいと拝見し聞き置いたことは申し上げたくて。この殿はご容貌がめったにないほどで、後の世にもそういう人は出ていらっしゃるのは難しかろうとまで拝見しました。雪のたいそう降った日、一条左大臣殿(源雅信)のもとに参上なさって、御前の梅の木に雪がたくさん積もったのを折って振り落としなさったので、お体にはらはらとかかったのを、直衣の裏の花色が、かえってたいそうまだらになりましたのに、ひときわ映えなさったご容貌は、まことにすばらしくいらっしゃった。兄君の少将もたいそう美しくいらした。この大臣殿(弟の義孝)がこのようにあまりに端正でいらっしゃるのを非難して、少し横着でたちの悪い人でいらっしゃった。

意訳

伊尹の二人の息子、挙賢と義孝の悲劇が語られる。天延二年(974)、疱瘡(天然痘)が流行し、兄は朝に、弟は夕べに、同じ日に亡くなった。一日で二人の息子を失った母の悲しみは察するにあまりある。

義孝は若くして深く仏道を信仰していた。死を前に、「法華経を読み終えたいので、必ず生き返る。普通の葬儀はしないでほしい」と母に言い残したが、悲しみに取り乱した家人が枕を返すなどの死後の作法をしてしまい、義孝はこの世に戻れなかった。のちに母の夢に「あれほど約束したのに、三途の川から帰るまでの間に忘れてしまったのですか」と恨みの歌を詠む。

それでも義孝は極楽に往生した。僧の夢では、苦しげな兄とは対照的に晴れやかな顔で現れ、実資の夢では「昔は宮中の月の下で語り合ったが、今は極楽の風の中に遊ぶ」と漢詩で告げた。さらに世継は、若き日の義孝が夜ひそかに世尊寺の紅梅の下で西に向かって額づく姿を、自分の目で見たと語る。月光に映える白い顔、黒い鬢。世継のことばは、義孝の清らかな美しさへの讃嘆に満ちている。

語釈・文法注

代明の親王
代明親王(904〜937)。醍醐天皇の皇子。その娘恵子女王が伊尹の妻となった。
擧賢
藤原挙賢(953〜974)。伊尹の子。前少将。
義孝
藤原義孝(954〜974)。伊尹の子。後少将。歌人で、『百人一首』の「君がため惜しからざりし命さへ長くもがなと思ひけるかな」の作者。行成の父。
もがさ
疱瘡。天然痘。天延二年(974)に大流行した。
道心者
仏道を求める心の深い人。
方便品
法華経の第二品。
まくらがへし
枕返し。死者の枕を北向きに直すこと。死後の作法を始めると、もう生き返れないと考えられた。
わたりがは
渡り川。三途の川。
賀緣阿闍梨
賀縁。天台宗の僧。
蓬萊宮
蓬萊宮。ここでは宮中のたとえ。
往生
死後、極楽浄土に生まれること。
滅罪生善往生極樂
罪を滅ぼし善を生じ、極楽に往生したいと唱える文句。
ぬか
額(ぬか)。額づくこと。拝礼。
御さしぬき
指貫。裾をくくった袴。
せうえう
逍遥。野遊び。
かうぞめ
香染め。丁子で染めた黄褐色。
紫檀
南方産の高級な木材。
一條左大臣殿
源雅信(920〜993)。宇多天皇の孫。左大臣。娘の倫子が道長の妻となった。
よこうがん
横着。わがままで不作法なこと。

文法

せさせ給な
「な〜そ」の「そ」を欠く形の禁止とも、「な」の終助詞とも。なさいますな。
かへりまうでくべし
「まうでく」は「来」の謙譲語。必ず帰ってまいります。
わするべしやは
「やは」は反語。忘れてよいものか。
ぬらすらん
「らむ」は現在の原因推量。どうして袖を濡らしているのだろう。
うたがひ申べきにあらず
疑い申し上げるべきではない。
いでおはしましがたからん
出ていらっしゃるのは難しいだろう。

和歌・漢詩

しかばかりちぎりしものをわたりがはかへるほどにはわするべしやは

作者
藤原義孝
状況
死後、母の夢に現れて詠んだ歌。『後拾遺集』哀傷に載る。あれほど約束したのに、三途の川から帰ってくるまでの間に、忘れてしまってよいものでしょうか。

修辞

表現
生き返るという約束を守らなかった母への恨みを、やさしく詠む。

しぐれとはちぐさの花ぞちりまがふなにふる里に袖ぬらすらん

作者
藤原義孝
状況
賀縁阿闍梨の夢に現れて詠んだ歌。(極楽では)時雨といえば、さまざまの花が散り乱れることなのです。どうして故郷(この世)で(私を思って)袖を濡らしているのでしょう。

修辞

掛詞
「ふる里」の「ふる」に「降る」と「古る」をかけ、「しぐれ」の縁語とする。
対比
極楽の花の時雨と、この世の涙の時雨。

昔契蓬萊宮裏月。今遊極樂界中風。

作者
藤原義孝
状況
実資の夢に現れて告げた詩句。書き下しは「昔は契りき蓬萊宮の裏の月に、今は遊ぶ極楽界の中の風に」。昔は宮中の月の下であなたと親しく語り合ったが、今は極楽の風の中に遊んでいる。

修辞

対句
「昔」と「今」、「蓬萊宮」と「極楽界」、「月」と「風」。

解説

挙賢と義孝が同じ日に亡くなったことは『日本紀略』などにも見え、天延二年(974)九月十六日のことである。義孝は二十一歳であった。

義孝の往生の話は、『大鏡』のほか『今昔物語集』『発心集』『宝物集』など多くの説話集に取られ、往生者の典型として語り継がれた。

世継が自分の目で義孝の姿を見たと語るところは、語り手の実体験として話の真実味を高めている。月光の下の義孝の姿の描写は、『大鏡』の中でも美しい場面の一つである。

関連

出典

底本
経済雑誌社編『国史大系』第17巻(大鏡) 経済雑誌社、明治34年(1901)、554〜557頁(コマ293–294)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
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