大鏡 第34章
師輔の百鬼夜行と双六
高光は出家前も沈んだ様子はなく、誇らしげで朗らかな人柄であった。父の師輔は、夜更けに内裏から帰る途中、阿波野の辻で百鬼夜行に出会い、車を止めさせて尊勝陀羅尼を唱えて難を逃れた。また村上天皇の庚申の夜、懐妊中の安子の子が男子ならと念じて双六の賽を振ると、一度で願いどおりの目が出た。同席していた元方民部卿は顔色を失い、のちに霊となって「その夜胸に釘を打たれた」と語ったという。
- 1さりとてさりとてさりとて御御おんけしきもなかりけりけしきもなかりけりけしきもなかりけり。。。人人ひとよりことによりことによりことにほこりかにほこりかにほこりかに心心こころちよげなるちよげなるちよげなる人人ひとがらにてぞおはしけるがらにてぞおはしけるがらにてぞおわしける。。。このこのこの九條九條くじょう殿殿どのはははにあはせにあはせにあわせ給給たまへるへるえるははは。。。
- 2何何なにほどとほどとほどと云云い事事ことはははえうけえうけようけ給給たまはははらずらずらず。。。いみじういみじういみじゅう夜更夜更ようててて内内うちよりよりより出出いださせさせさせ給給たまににに。。。大宮大宮おおみやよりみなみざまへおはしますによりみなみざまへおはしますによりみなみざまえおわしますに。。。はははのゝつじののゝつじのののつじのほどにてほどにてほどにて。。。
- 3御車御車みくるまうしもかきうしもかきうしもかきをををろせ〳〵ろせ〳〵ろせろせといそぎおほせらるればといそぎおほせらるればといそぎおおせらるれば。。。あやしとおもへどかきおろしつあやしとおもへどかきおろしつあやしとおもえどかきおろしつ。。。御隨身御隨身みずいじん御前御前おまえどもゝいかなることのおはしますぞとどもゝいかなることのおはしますぞとどももいかなることのおわしますぞと。。。
- 4御車御車みくるまのもとにちかくまいりたればのもとにちかくまいりたればのもとにちかくまいりたれば。。。御御おんしたすだれしたすだれしたすだれうるはしくうるはしくうるわしくひきたれてひきたれてひきたれて。。。御御おんさくとりてさくとりてさくとりてうつぶさせうつぶさせうつぶさせ給給たまへるけしきへるけしきえるけしきををを。。。人人ひとにかしこまりにかしこまりにかしこまり申申もうさせさせさせ給給たまへるさまにておはしますへるさまにておはしますえるさまにておわします。。。
- 5御車御車みくるまははは。。。たゞずいじんどもたゞずいじんどもただずいじんどもははは左右左右さゆう。。。いとちかくいとちかくいとちかく候候そうろうてさきてさきてさきをををたかくたかくたかくをををへへへ。。。ざうしきどもざうしきどもぞうしきども。。。こゑせさすなこゑせさすなこえせさすな。。。
- 6御前御前おまえどもゝちかくあれとおほせられてどもゝちかくあれとおほせられてどももちかくあれとおおせられて。。。をををいみじういみじういみじゅう讀讀よたてまつらせたてまつらせたてまつらせ給給たま。。。うしうしうしをばをばをば御車御車みくるまのかくれのかたにのかくれのかたにのかくれのかたにひきたてさせひきたてさせひきたてさせ給給たまへりへりえり。。。
- 7さてさてさてばかりありてぞばかりありてぞばかりありてぞ御御おんすだれあげさせすだれあげさせすだれあげさせ給給たまててて。。。今今いまははは御御おん牛牛うしかけてやれとかけてやれとかけてやれと仰仰おおせられけれどせられけれどせられけれど。。。つゆつゆつゆ御御おおんとものとものともの人々人々ひとびとははは心心こころゑざりけりゑざりけりえざりけり。。。のち〳〵のち〳〵のちのちにににしか〳〵しか〳〵しかしかのとのありしなどのとのありしなどのとのありしなど。。。
- 8さるべきさるべきさるべき人〳〵人〳〵ひとびとにこそにこそにこそはしのびてかたりはしのびてかたりはしのびてかたり申申もうさせさせさせ給給たまけめどけめどけめど。。。さるめづらしきさるめづらしきさるめずらしき事事ことはははをををのづからちりのづからちりのずからちり侍侍はべけるにこそけるにこそけるにこそははは。。。
- 9元方民部卿元方民部卿もとかたのみんぶきょう君君きみにておはするころにておはするころにておわするころ。。。みかどのみかどのみかどのせさせせさせせさせ給給たまににに。。。このこのこの民部卿民部卿みんぶきょうまいりまいりまいり給給たまへるさらなりへるさらなりえるさらなり。。。九條九條くじょう殿殿どのさぶらはせさぶらはせさぶらわせ給給たまててて。。。
- 10人々人々ひとびとあまたさぶらひあまたさぶらひあまたさぶらい給給たまててて。。。ごうたせごうたせごうたせ給給たまついでについでについでに。。。冷泉院冷泉院れいぜいいんのののはらまれおはしましたるはらまれおはしましたるはらまれおわしましたるほどにてほどにてほどにて。。。さらぬだによひとさらぬだによひとよひとくくくいかゞとおもひいかゞとおもひいかがとおもい申申もうたるにたるにたるに。。。
- 11九條九條くじょう殿殿どの。。。おほせらるゝまゝにおほせらるゝまゝにおおせらるるままに。。。このこのこのはらまれはらまれはらまれ給給たまへるみこおとこにおはすべくばへるみこおとこにおはすべくばえるみこおとこにおわすべくば。。。うろくいでことてうろくいでことてうろくいでことてうたせうたせうたせ給給たまけるにけるにけるに。。。
- 12たゞたゞただ一一ひとどにいでくるものかどにいでくるものかどにいでくるものか。。。ありとあるありとあるありとある人人ひと。。。めめめをををみかはしてかんじもてみかはしてかんじもてみかわしてかんじもてはやはやはやししし給給たま。。。わがわがわが御御おんみづからもいみじとおぼしたりけるにみづからもいみじとおぼしたりけるにみずからもいみじとおぼしたりけるに。。。このこのこの民部卿民部卿みんぶきょうのけしきいとあしうなりてのけしきいとあしうなりてのけしきいとあしゅうなりて。。。
- 13いろもいとあいろもいとあいろもいとあをををくこそなりたりけれくこそなりたりけれくこそなりたりけれ。。。さてのちにさてのちにさてのちに元元げん方方かたののの靈靈りょう。。。そのそのその夜夜よやがてむねにくぎやがてむねにくぎやがてむねにくぎはははうちてきとこそのうちてきとこそのうちてきとこその給給たまけれけれけれ。。。大大おおかたかたかた此此この九條九條くじょう殿殿どのいとたゞいとたゞいとただ人人ひとにににはははおはしまさぬにやおはしまさぬにやおわしまさぬにや。。。
- 14おぼしめしよるゆくすゑのおぼしめしよるゆくすゑのおぼしめしよるゆくすえの事事ことなどもかなはぬなどもかなはぬなどもかなわぬはははなくぞおはしましけるなくぞおはしましけるなくぞおわしましける。。。
現代語訳
そうかといって、(高光は出家前に)ふさぎこんだり、どうかしたりといったご様子もなかった。人よりとりわけ誇らしげで、朗らかなお人柄でいらっしゃった。
この九条殿が百鬼夜行にお遭いになったのは、いつのことかは承っておりません。たいそう夜が更けて内裏からお出になって、大宮大路から南の方へいらっしゃると、阿波野の辻のあたりで、「御車の牛も(轅を)下ろせ、下ろせ」と急いでおっしゃったので、妙だと思ったが(轅を)下ろした。御随身や前駆たちも、「どうなさったのか」と御車のそばに近く寄ったところ、御下簾をきちんと垂らして、笏を取ってうつぶしていらっしゃる様子は、誰か人にかしこまり申しなさっているようなさまでいらっしゃる。「御車は榻にかけるな。ただ随身どもは轅の左右の軛のもとにごく近く控えて、先払いの声を高く上げよ。雑色どもは声を立てさせるな。前駆たちも近くにいよ」とおっしゃって、尊勝陀羅尼をたいそう熱心にお読み申し上げなさる。牛は御車の陰の方に引き立てさせなさった。そうして一時ほどたってから御簾をお上げになって、「今は牛をかけて車をやれ」とおっしゃったけれど、お供の人々は少しも事情がわからなかった。のちのちに「しかじかのことがあった」などと、しかるべき人々には内密にお話しになったのでしょうが、そういう珍しいことは自然と広まったのでしょうよ。
元方民部卿の孫(広平親王)が儲けの君(東宮候補)でいらしたころ、帝が庚申の御遊びをなさったときに、この民部卿が参上なさったのは言うまでもない。九条殿もお控えになって、人々が大勢お控えになり、碁をお打たせになったついでに、冷泉院が(安子の御腹に)宿っていらしたころで、そうでなくてもみな「どうだろうか」と思い申し上げていたところに、九条殿が「今宵の双六を打ちましょう」とおっしゃるやいなや、「この宿っていらっしゃる御子が男でいらっしゃるはずなら、重六(六のぞろ目)出よ」と言ってお打ちになったところ、ただ一度で出たではないか。居合わせた人はみな目を見交わして感心しほめそやしなさる。ご自身もすばらしいとお思いになったが、この民部卿の顔色はひどく悪くなって、顔もたいそう青くなったのでした。そうして後に元方の霊が、「その夜すぐに胸に釘を打たれた」と言ったということです。だいたいこの九条殿は、まったく普通の人ではいらっしゃらなかったのでしょうか。思い寄りなさる将来のことなどもかなわないことはなくていらっしゃったのでした。
意訳
師輔の人並みはずれた力を示す二つの話が語られる。一つは百鬼夜行の話。夜更けに内裏から帰る途中、阿波野の辻で、従者たちには何も見えないのに、師輔だけは鬼の行列に気づいた。車を止めさせ、簾を垂らし、笏を取ってうつぶし、尊勝陀羅尼を唱え続けて、一時ほどしてようやく車を出させた。供の者は最後まで何が起きたのかわからなかったという。
もう一つは双六の話。村上天皇の庚申待ちの夜、安子は懐妊中だった。その場には、娘の産んだ広平親王を東宮にと望む元方もいた。師輔は「生まれる子が男子なら重六出よ」と念じて賽を振り、一度で願いどおりの目を出す。人々は感嘆し、元方は真っ青になった。のちに元方の霊は「あの夜、胸に釘を打たれた」と語ったという。生まれた男子が冷泉天皇であり、元方は失意のうちに死んで怨霊となった(第25章参照)。
世継は「九条殿は普通の人ではない、思ったことはすべてかなった」と言う。師輔の神秘的な力が、九条流の繁栄を約束したかのように語られている。
語釈・文法注
- くんじ
- 屈じ。気がふさぐこと。
- 百鬼夜行
- 夜中に鬼や妖怪が列をなして歩き回ること。出会うと命を落とすとされた。
- あはのゝつじ
- 阿波野の辻。所在未詳。大宮大路と二条大路の辻とする説がある。
- しぢ
- 榻(しじ)。牛車から牛を外したとき、轅を載せておく台。
- ながえ
- 轅。牛車の前に長く出た二本の棒。
- くびき
- 軛。轅の先に渡して牛の首にかける横木。
- 尊勝陀羅尼
- 仏頂尊勝陀羅尼。災難を除き寿命を延ばすとされた呪文。百鬼夜行を避けるのに唱えられた。
- 時中
- 一時(いっとき)ほど。約二時間。
- まうけの君
- 儲けの君。皇太子、またはその候補。ここでは元方の娘祐姫が産んだ村上天皇の第一皇子広平親王。
- 御庚申
- 庚申待ち。庚申の夜、眠ると体内の三尸の虫が天に上って罪を告げるとして、徹夜して遊んだ行事。
- すぐろく
- 双六。盤上で二つの賽を振って駒を進める遊び。賭け事や占いにも用いられた。
- てうろく
- 重六。二つの賽がともに六の目を出すこと。
文法
- えうけ給はらず
- 「え〜ず」は不可能。承ることができない、承っていない。
- かしこまり申させ給へるさま
- かしこまり申しなさっているような様子。
- かくな
- 「な」は禁止の終助詞。かけるな。
- かたり申させ給けめど
- 「けめ」は過去推量「けむ」の已然形。お話しになったのだろうが。
- いでくるものか
- 「ものか」は驚きを表す。出てくるではないか。
- うちてき
- 「てき」は完了「つ」の連用形+過去「き」。打たれてしまった。
解説
師輔が百鬼夜行に遭った話は、『今昔物語集』などにも類話がある。尊勝陀羅尼が百鬼夜行を退けるという信仰は平安時代に広く行われた。
双六の話は『大鏡』のほか『江談抄』などにも見える。元方の娘祐姫は村上天皇の更衣で、天暦四年(950)に広平親王を産んだが、同年に安子が憲平親王(冷泉天皇)を産み、生後二か月で東宮に立てられた。元方は天暦七年(953)に失意のうちに亡くなり、その怨霊が冷泉天皇やその子孫を悩ませたと伝えられる。
底本は庚申の夜を、冷泉院が「はらまれおはしましたるほど」とする。冷泉天皇は天暦四年五月の生まれである。
関連
出典
- 底本
- 経済雑誌社編『国史大系』第17巻(大鏡) 経済雑誌社、明治34年(1901)、544〜546頁(コマ288–289)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日