大鏡 第31章
安子の人柄と為平親王
安子は嫉妬深い一面がありながら、心は広く、ほかの女御や身分の低い女官にまで心を配り、兄弟を親のように頼り、弟を子のように育んだので、その死は田舎の人々まで悲しんだ。帝の政治にも助言し、人の嘆きになることは改めさせた。安子の産んだ皇子のうち、為平親王は源高明の婿であったため、兄弟たちの策謀で弟の守平親王(円融天皇)に東宮の座を越された。為平親王はのちに娘を花山天皇に入れたが、その娘はさらに実資の妻となった。
- 1おほかたおほかたおおかたののの御心御心みこころはははいといといとひろくひろくひろく。。。人人ひとののの御御おんためなどにもおもひやりおはしましためなどにもおもひやりおはしましためなどにもおもいやりおわしまし。。。あああたり〳〵たり〳〵たりたりにににあるべきあるべきあるべきほど〳〵ほど〳〵ほどほどはすぐさせはすぐさせはすぐさせ給給たまはずはずわず御御おんかへりみありかへりみありかえりみあり。。。
- 2かたへのかたへのかたえの女御女御にょうごだちのだちのだちの御御おんためにもためにもためにも。。。且且かつははは情情なさけありありあり御御おんをををかかかはははさせさせさせ給給たまににに。。。心心こころよりよりより外外ほかにあまらせにあまらせにあまらせ給給たまぬるぬるぬる時時ときののの御物御物おおんもののののかたにやかたにやかたにや。。。いかゞおはしましけんいかゞおはしましけんいかがおわしましけん。。。
- 3此此この小一條小一條こいちじょうののの女御女御にょうごははは。。。いとかくいとかくいとかく御御おんかたちのめでたうおはすればにやかたちのめでたうおはすればにやかたちのめでとうおわすればにや。。。御御おんゆるされにすぎたるゆるされにすぎたるゆるされにすぎたるおり〳〵おり〳〵おりおりののの出出いでくるによりくるによりくるにより。。。かゝるかゝるかかる事事こともあるにこそもあるにこそもあるにこそ。。。
- 4其其その道道みちににに心心こころばへばへばえ侍侍はべるにもよらぬるにもよらぬるにもよらぬ事事ことにやなにやなにやな。。。かやうのかやうのかようの事事ことまでまでまでははは申申もうさじさじさじ。。。いとかたじけなしいとかたじけなしいとかたじけなし。。。大大おおかたかたかた殿上人殿上人てんじょうびと女房女房にょうぼうさるまじきさるまじきさるまじきまでもまでもまでも。。。さるべきおりのとぶらひさるべきおりのとぶらひさるべきおりのとぶらいをををせさせたまひせさせたまひせさせたまい。。。
- 5いかなるいかなるいかなるをををりもかならずみすぐしりもかならずみすぐしりもかならずみすぐしはははなたせなたせなたせ給給たまはずはずわず。。。御御ごらんじらんじらんじ入入いてかへりみさせてかへりみさせてかえりみさせ給給たま。。。ましてましてまして御御おんはははらからだちらからだちらからだちをばをばをばさらなりやさらなりやさらなりや。。。御御おんやのやうにたのみやのやうにたのみやのようにたのみ申申もうさせさせさせ給給たま。。。
- 6御御おんおとゝおとゝおととをばをばをば子子このごとくにのごとくにのごとくにはははぐゝみぐゝみぐくみ給給たまふふう御心御心みこころをををきてぞやきてぞやきてぞや。。。さればさればさればうせおはしましたりしうせおはしましたりしうせおわしましたりし。。。ことはりとことはりとことわりとはははいひながらいひながらいいながら。。。中中なかせかいまでこそせかいまでこそせかいまでこそ聞聞きこつぎたてまつりておしみかなしみつぎたてまつりておしみかなしみつぎたてまつりておしみかなしみ申申もうしかしかしか。。。
- 7御門御門みかどよろづのまつりごとよろづのまつりごとよろずのまつりごとをばをばをば聞聞きこえさせあはせてせさせえさせあはせてせさせえさせあわせてせさせ給給たまけるにけるにけるに。。。人人ひとのためなげきとあるべきのためなげきとあるべきのためなげきとあるべき事事ことをばをばをばなななをををさせさせさせ給給たま。。。よろこびになりぬべきよろこびになりぬべきよろこびになりぬべき事事ことをばをばをばそゝのかしそゝのかしそそのかし申申もうさせさせさせ給給たま。。。
- 8をのづからおほやけきこしめしてをのづからおほやけきこしめしておのずからおおやけきこしめして。。。あしかりぬべきあしかりぬべきあしかりぬべき事事ことなどなどなど人人ひとののの申申しんをばをばをば。。。御御おんくちよりいださせくちよりいださせくちよりいださせ給給たまはずはずわず。。。かうやうのかうやうのこうようの御心御心みこころののの有有ありがたくおはしませばがたくおはしませばがたくおわしませば。。。
- 9御御おん祈祈いのともなりてながくさかへおはしますにこそあべかめれともなりてながくさかへおはしますにこそあべかめれともなりてながくさかえおわしますにこそあべかめれ。。。
- 10冷泉院冷泉院れいぜいいん。。。圓融院圓融院えんゆういん。。。ののの式部卿宮式部卿宮しきぶきょうのみやととと。。。女女おんな宮宮みや四人四人しにんとのとのとの御母御母みわわ后后きさきにてにてにて又又またならびなくおはしますならびなくおはしますならびなくおわします。。。みかどみかどみかど東宮東宮とうぐうととと申申もうももも。。。たゞこのたゞこのただこの九條九條くじょう殿殿どののののひとすぢにおはしますひとすぢにおはしますひとすじにおわします也也なり。。。
- 11おとこおとこおとこ宮宮みやだちのだちのだちの御御おんありさまありさまありさまははは。。。代々代々よよののの御門御門みかどののの御御おん事事ことなればなればなれば。。。返〳〵返〳〵かえすがえす又又またはははいかゞいかゞいかがははは申申もう侍侍はべ覽覽らん。。。
- 12此此この后后きさきののの御御おんはははらにらにらにははは。。。式部卿式部卿しきぶきょうののの宮宮みやこそこそこそははは冷泉院冷泉院れいぜいいんののの御御おんつぎにまづつぎにまづつぎにまず東宮東宮とうぐうにもたちにもたちにもたち給給たまべきにべきにべきに。。。殿殿どのののの御御おんむこにておはしますによりむこにておはしますによりむこにておわしますにより。。。御御おんおとゝのおとゝのおととの次次つぎののの宮宮みやにににひきこされさせひきこされさせひきこされさせ給給たまへるへるえる程程ほどなどのなどのなどの事事ことどもいといみじくどもいといみじくどもいといみじく侍侍はべ。。。
- 13そのゆへそのゆへそのゆえははは式部卿式部卿しきぶきょう爲平爲平ためいら。。。御門御門みかどにゐさせにゐさせにいさせ給給たまなばなばなば。。。西宮西宮にしのみや殿殿どのののの御御おんぞぞぞうによのうによのうによの中中なかうつりてうつりてうつりて。。。源氏源氏げんじののの御御おんさかへになりぬべければさかへになりぬべければさかえになりぬべければ。。。御御おんふかくふかくふかく。。。
- 14道道みちににに御御おんおとゝおとゝおととをばをばをばひきこしひきこしひきこし申申もうさせたてまつらせさせたてまつらせさせたてまつらせ給給たまへるぞかしへるぞかしえるぞかし。。。世世よののの中中なかにもにもにも宮宮みやののの中中なかにもにもにも殿殿とのばらのおぼしかまへけるばらのおぼしかまへけるばらのおぼしかまえけるをばをばをばいかでかはしらんいかでかはしらんいかでかわしらん。。。
- 15次第次第ついでのまゝにこそのまゝにこそのままにこそはははととと。。。式部卿宮式部卿宮しきぶきょうのみやののの御御おん事事ことををを思思おもひひい申申もうたりしにたりしにたりしに。。。俄俄にわかにににののの御御おんぐしかいけづりぐしかいけづりぐしかいけずり給給たまへなどへなどえなど御御おんめのとだちにおほせられてめのとだちにおほせられてめのとだちにおおせられて。。。大入道殿大入道殿おおにゅうどうどの御車御車みくるまにににうちのせたてまつりてうちのせたてまつりてうちのせたてまつりて。。。
- 16よりなんおはしましけるなどころよりなんおはしましけるなどころよりなんおわしましけるなどころ傳傳つたへへえうけうけうけ給給たまはははりしかりしかりしか。。。さればさればされば道理道理ことわりあるべきあるべきあるべき御御おんかたのかたのかたのひとだちひとだちひとだちはははいかゞいかゞいかがはははおぼされけんおぼされけんおぼされけん。。。そのそのその比比ごろ宮宮みやだちあまたおはせしかどだちあまたおはせしかどだちあまたおわせしかど。。。
- 17ことしもあれことしもあれことしもあれのみこのみこのみこをををさへせさせさへせさせさえせさせ給給たまへりしよへりしよえりしよ。。。みみみ給給たまへりけるへりけるえりける人人ひともあはれなるもあはれなるもあわれなる事事ことにこそにこそにこそ申申もうけれけれけれ。。。そのそのそのほどほどほど西宮西宮にしのみや殿殿とのなどのなどのなどの御心御心みこころちよなちよなちよな。。。
- 18いかゞおぼしけんさてぞかしいかゞおぼしけんさてぞかしいかがおぼしけんさてぞかし。。。おそろしくかなしきおそろしくかなしきおそろしくかなしき御御おん事事ことどもいできにしかばどもいできにしかばどもいできにしかば。。。かやうかやうかよう申申もうももも中〳〵中〳〵なかなかにににいと〳〵いと〳〵いといと事事ことおろかなりやおろかなりやおろかなりや。。。かくやうのかくやうのかくようの事事ことははは人人ひと中中なかにてげらうのにてげらうのにてげろうの申申もうににに。。。
- 19いとかたじけなしとゞめさぶらひなんいとかたじけなしとゞめさぶらひなんいとかたじけなしとどめさぶらいなん。。。されどなされどなされどなををを物物ものにておぼえにておぼえにておぼえ侍侍さぶらいにやにやにや。。。
- 20式部卿式部卿しきぶきょう宮宮みや爲平爲平ためいら。。。我我わ御身御身みみのくちをしうのくちをしうのくちおしゅうほいなきほいなきほいなきをををおぼしくづをおぼしくづをおぼしくずおれてもおはしまさでれてもおはしまさでれてもおわしまさで。。。なななをををすゑのよにすゑのよにすえのよにののの御門御門みかどははは。。。冷泉院冷泉院れいぜいいんのみこにおはしませばのみこにおはしませばのみこにおわしませば御御おんをををいぞかしいぞかしいぞかし。。。
- 21そのそのその御時御時おおんときににに御御おんむすめたてまつりむすめたてまつりむすめたてまつり給給たまててて。。。御御おんみづからもつねにまいりなどしみづからもつねにまいりなどしみずからもつねにまいりなどし給給たまけるこそけるこそけるこそ。。。さらでもありぬべけれさらでもありぬべけれさらでもありぬべけれ。。。よのよのよの人人ひともいみじうそしりもいみじうそしりもいみじゅうそしり申申もうけりけりけり。。。
- 22さりとてもさりとてもさりとても御御おんつぎなどのおはしまさばこそつぎなどのおはしまさばこそつぎなどのおわしまさばこそ。。。いにしへのいにしへのいにしえの御御おんほいのかなふべかりけるともみゆべきにほいのかなふべかりけるともみゆべきにほいのかなうべかりけるともみゆべきに。。。御門御門みかど出家出家しゅっけししし給給たまなどせさせなどせさせなどせさせ給給たまてのちてのちてのち。。。
- 23又又またこのいまのこのいまのこのいまの小野宮小野宮おののみや右大臣右大臣うだいじん殿殿どのののの北北きた方方かたにならせにならせにならせ給給たまへりしよへりしよえりしよ。。。いとあやしかりしいとあやしかりしいとあやしかりし御御おん事事ことどもぞかしどもぞかしどもぞかし。。。そのそのその殿殿どのにににははは中將中將ちゅうじょうののの君君きみももも御御おんせうそこせうそこしょうそこ聞聞きこえええ給給たまけるにけるにけるに。。。
- 24それそれそれはははさもなくてかのおとゞのまいりさもなくてかのおとゞのまいりさもなくてかのおとどのまいり給給たまにければにければにければ。。。中將中將ちゅうじょうののの申給申給もうしたまぞかしぞかしぞかし。。。
- 25うれしきうれしきうれしきはははいかばかりかいかばかりかいかばかりかはははおぼゆらむうきおぼゆらむうきおぼゆらむうきははは身身みにしむにしむにしむ心心こころちこそすれちこそすれちこそすれ。。。
- 26いまにいまにいまに人人ひとのくちにのくちにのくちに入入いりたるりたるりたる秀歌秀歌しゅうかにてにてにて侍侍しめりめりめり。。。
現代語訳
だいたいのお心はたいへん広く、人のためなどにも思いやりがおありで、周りの人々にも、それぞれの身分に応じて見過ごしになさらずにお世話をなさる。ほかの女御たちのためにも、一方では情けがあり、風流のおつきあいをなさっていたが、思いがけず度を越してしまったときの嫉妬の方面では、どうしていらしたのでしょう。この小一条の女御(芳子)は、たいへんこのように容貌がすばらしくていらっしゃるからでしょうか、(帝の)お許し以上の(ご寵愛の)折々が出てきたので、こういうこともあったのでしょう。その道(人柄)に心ばえがおありになることにも関係のないことでしょうよ。このようなことまでは申しますまい。たいそう恐れ多い。だいたい殿上人・女房・身分の低い女官までも、しかるべき折の見舞いをなさり、どんな折も必ず見捨てなさらず、心にかけてお世話をなさる。まして御兄弟たちは言うまでもないことよ。(兄たちを)親のように頼み申し上げなさり、弟たちを子のように育んでいらしたお心づかいですよ。ですからお亡くなりになったときは、当然のこととはいいながら、田舎の世界まで聞き伝え申して、惜しみ悲しみ申し上げたのでした。
帝がすべての政治をご相談になって行われたので、人のために嘆きとなりそうなことは改めさせなさる。喜びになりそうなことは勧め申し上げなさる。自然と朝廷がお聞きになって、悪くなりそうなことなどを人が申すのは、ご自分の口からはお出しにならない。このようなお心づかいがめったにないほどでいらっしゃったので、ご祈禱ともなって、(子孫が)長く栄えていらっしゃるのでしょう。
冷泉院・円融院・為平の式部卿宮と、女宮四人との御母后として、また並ぶ者もなくいらっしゃる。帝・東宮と申し上げるのも、ただこの九条殿のひと筋でいらっしゃるのである。男宮たちのご様子は、代々の帝のことなので、くり返してまたどうして申し上げましょう。
この后の御腹には、式部卿の宮(為平親王)こそが、冷泉院の次にまず東宮にもお立ちになるはずだったのに、西宮殿(源高明)の婿でいらっしゃったために、弟の次の宮(守平親王)に越されなさった時のことどもは、たいへんなことでございました。そのわけは、式部卿(為平)が帝の位にお即きになったら、西宮殿の一族に世の中が移って、源氏の栄えになってしまうだろうから、御叔父たち(伊尹・兼通・兼家)の知恵が深く、道理に背いて、弟の宮を(兄より先に)引き越させ申し上げなさったのですよ。世の中の人も宮の中の人も、殿方が計画していたことを、どうして知りましょう。順序のとおりにと、式部卿宮のことを思い申し上げていたところ、急に「若宮(守平親王)の御髪をとかしなさい」などと御乳母たちにおっしゃって、大入道殿(兼家)が御車にお乗せ申し上げて、北の陣からいらしたのだなどと伝え承りました。ですから、道理のあるはずの方(為平親王)の方々は、どうお思いになったことでしょう。そのころ宮たちは大勢いらしたけれど、よりによって威儀の親王までおさせになったとは。見ていた人も気の毒なことだと申しました。そのころの西宮殿などのお気持ちはどうでしょう。どうお思いになったことか、それからですよ、恐ろしく悲しいことども(安和の変)が起こったので。このように申すのも、かえってまったく言い足りないことですよ。このようなことは、人前で身分の低い者が申すのは、たいへん恐れ多いことです。やめておきましょう。けれども、やはり我ながら不都合な者に思われますかな。
式部卿宮為平は、ご自身の不運を残念に思って気落ちしていらっしゃるでもなく、やはりのちの世に花山院の帝は、冷泉院の皇子でいらっしゃるから甥ですよ、その御時に御娘を差し上げなさって、ご自身もいつも参上などなさったのは、そうでなくてもよかったでしょうに。世の人もひどく非難申し上げました。それにしても、お世継ぎなどがお生まれになったなら、昔の御本意がかなうはずだったとも見えるでしょうに、帝が出家などなさってのちは、またこの今の小野宮右大臣殿(実資)の北の方におなりになったことよ。たいそう不思議なことどもでしたよ。その女御殿には、道信中将の君もお便りを差し上げていたのに、そうはならずにあの大臣(実資)が参りなさったので、中将が詠み申しなさったのですよ。
うれしきはいかばかりかはおぼゆらむ憂きは身にしむ心地こそすれ
今でも人の口に上っている秀歌でございます。
意訳
安子の人柄が、嫉妬の逸話と対照させてたたえられる。心が広く、身分の低い女官にまで目をかけ、兄を親のように、弟を子のように大切にした。帝の政治にも助言し、人が嘆くことは改めさせ、喜ぶことは勧めた。そのため彼女の死は地方の人々にまで惜しまれたという。そしてその徳が祈りとなって、子孫が長く栄えているのだと世継は言う。
安子の産んだ皇子の中で、悲運だったのが為平親王である。冷泉天皇の同母弟で、順序からいえば次の東宮になるはずだったが、妻が源高明の娘だったため、為平が即位すれば源氏が外戚として力を持つことを恐れた伊尹・兼通・兼家ら叔父たちが、弟の守平親王を東宮に立てた。ある日突然、守平親王の髪をとかさせ、兼家が車に乗せて内裏へ連れて行ったという。この事件がやがて安和の変へとつながる。
世継は「人前で下賤の者が申すのは恐れ多い」と言いながらも、この非道ぶりを批判せずにはいられない。為平親王はその後、娘を花山天皇に入内させたが、天皇は出家し、その娘は実資の妻となった。藤原道信がそれを嘆いて詠んだ歌(第20章にも見える)で、話が結ばれる。
語釈・文法注
- 御みやび
- 風流な交際、優雅なつきあい。
- 御物ねたみ
- 嫉妬。
- 女官
- 宮中に仕える身分の低い女性の役人。
- ゐ中せかい
- 田舎世界。都から離れた地方。
- 御心おもむけ
- 心の向け方、心づかい。
- 爲平の式部卿宮
- 為平親王(952〜1010)。村上天皇の第四皇子。母は安子。妻は源高明の娘。
- 西宮殿
- 源高明。醍醐天皇の皇子で臣籍に下った。左大臣。安和の変で大宰府に左遷された。
- たましひ
- 魂。ここでは知恵、才覚。
- 非道
- 道理に外れていること。
- 若宮
- 守平親王(959〜991)。のちの円融天皇。
- 北陣
- 内裏の北の門(朔平門)の衛士の詰め所。
- 威儀のみこ
- 威儀の親王。即位礼などで天皇の両脇に立つ役の親王。ここでは為平親王に守平親王立太子の儀の威儀の親王を務めさせたことか。
- ぶあひ
- 不合か。不都合、場違い。
- 花山院の御門
- 花山天皇。冷泉天皇の皇子で、為平親王の甥にあたる。
- その女御殿
- 婉子女王(972〜998)。為平親王の娘。花山天皇の女御となり、のち藤原実資の妻となった。
- 道信中將
- 藤原道信。為光の子。歌人。
文法
- すぐさせ給はず
- 見過ごしになさらない。
- いかゞおはしましけん
- どうしていらしたのだろう。
- 申さじ
- 申し上げまい。
- あべかめれ
- 「あるべかるめれ」の撥音便の無表記。あるのだろう。
- いかゞは申侍覽
- 反語。どうして申し上げましょうか。
- ひきこされさせ給へる
- 「れ」は受身。引き越されなさった。
- いかでかはしらん
- 反語。どうして知ろうか。
- ありぬべけれ
- 「こそ〜べけれ」の結び。よかったはずだ。
和歌・漢詩
うれしきはいかばかりかはおぼゆらむうきは身にしむ心ちこそすれ
- 作者
- 藤原道信
- 状況
- 思いを寄せていた婉子女王(花山院の女御)が実資の妻となったとき、実資に贈った歌。第20章にも見える(そこでは第三句を「おもふらむ」とする)。うれしいのはあなたで、どれほどうれしく思っていることでしょう。つらいのは私で、身にしみる思いがします。
修辞
- 対比
- 「うれしき」と「うき」。
解説
守平親王の立太子は康保四年(967)九月、冷泉天皇の即位の直後に行われた。為平親王は兄であり、村上天皇にも愛されていたが、外戚の藤原氏が源高明を警戒したためと考えられている。二年後の安和二年(969)、高明は為平親王を擁立しようとしたとして左遷された(安和の変)。
「威儀のみこ」については、立太子の儀で為平親王に威儀の役を務めさせたという意味に解する説などがあり、はっきりしない。
婉子女王は花山天皇の女御となったが、天皇の出家後、藤原実資の妻となった。その恋の経緯は、道信の歌とともに『大鏡』の第20章と、ここに重ねて語られている。
関連
出典
- 底本
- 経済雑誌社編『国史大系』第17巻(大鏡) 経済雑誌社、明治34年(1901)、536〜539頁(コマ284–285)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日