大鏡 第26章
さびれる東宮御所
若侍が語る東宮退位の真相。三条院の死後、東宮御所には人も寄りつかず、庭は草が茂るほどさびれた。「道長は孫の三の宮を東宮に立てたがっていて、いずれ無理に退けられる」という噂を聞いた東宮は、奪われるより自分から退こうと思う。道長の娘寛子を東宮に嫁がせるという噂にも心は動かず、東宮は道長の子の能信を密かに呼び出した。能信は父に相談し、道長は娘の縁談の話だろうと考えて能信を東宮のもとへ行かせる。
- 1ににに思思おもひたればひたればいたれば。。。事事ことのやうだいのやうだいのようだいははは三條院三條院さんじょういんのおはしましけるかぎりこそあれのおはしましけるかぎりこそあれのおわしましけるかぎりこそあれ。。。うせうせうせ給給たまにけるのちにけるのちにけるのちははは。。。よのつねのよのつねのよのつねの東宮東宮とうぐうののの御御おんやうにもなくやうにもなくようにもなく。。。
- 2殿上人殿上人てんじょうびとなどまいりてなどまいりてなどまいりて御御おんあそびせさせあそびせさせあそびせさせ給給たまややや。。。もてなしかしづきもてなしかしづきもてなしかしずき申申もう人人ひとなどもなくなどもなくなどもなく。。。いといといとつれ〴〵つれ〴〵つれづれにまぎるゝかたなくおぼしめされけるまゝににまぎるゝかたなくおぼしめされけるまゝににまぎるるかたなくおぼしめされけるままに。。。
- 3心心こころやすかりしやすかりしやすかりし御御おんありさまのみありさまのみありさまのみ戀戀こいしくしくしく。。。しきまでおぼえさせしきまでおぼえさせしきまでおぼえさせ給給たまけれどけれどけれど。。。三條院三條院さんじょういんおはしましつるかぎりおはしましつるかぎりおわしましつるかぎりははは。。。院殿院殿いんどの上人上人しょうにんなどもまいりやなどもまいりやなどもまいりや。。。
- 4御御おんつかひもしげくまいりかよひなどするにつかひもしげくまいりかよひなどするにつかいもしげくまいりかよいなどするに。。。人人ひとめもしげくよろづなぐさめさせめもしげくよろづなぐさめさせめもしげくよろずなぐさめさせ給給たまををを。。。院院いんうせおはしましてうせおはしましてうせおわしましてははは。。。世世よののの中中なかのものおそろしくのものおそろしくのものおそろしく。。。
- 5おほぢのみちかゐもいかゞとのみわづらはしくおほぢのみちかゐもいかゞとのみわづらはしくおおじのみちかいもいかがとのみわずらわしくふるまひにくきによりふるまひにくきによりふるまいにくきにより。。。などだにもまいりつかうまつるなどだにもまいりつかうまつるなどだにもまいりつこうまつる事事こともかたくなりゆけばもかたくなりゆけばもかたくなりゆけば。。。ましてげすのましてげすのましてげすの心心こころはははいかゞいかゞいかがはははあらんあらんあらん。。。
- 6。。。あさぎよめつかうまつるあさぎよめつかうまつるあさぎよめつこうまつる事事こともなければもなければもなければ。。。にわのくさもしげりまさりつゝにわのくさもしげりまさりつゝにわのくさもしげりまさりつつ。。。いとかたじけなきいとかたじけなきいとかたじけなき御御おんすみかにておはしますすみかにておはしますすみかにておわします。。。
- 7まれ〳〵まれ〳〵まれまれ參參まいりよるよるよる人〳〵人〳〵ひとびとはははよにきこゆるよにきこゆるよにきこゆる事事こととてとてとて。。。かくておはしますかくておはしますかくておわしますををを。。。心心こころぐるしくぐるしくぐるしく殿殿どのももも大宮大宮おおみやももも思思おもひひい申申もうさせさせさせ給給たまににに。。。もしもしもしうちにうちにうちにおとこおとこおとこ宮宮みやもいでおはしましなばいかゞあらんもいでおはしましなばいかゞあらんもいでおわしましなばいかがあらん。。。
- 8さわらぬさきにさわらぬさきにさわらぬさきに東宮東宮とうぐうにたてたてまつらばやとなんおぼせらるなりにたてたてまつらばやとなんおぼせらるなりにたてたてまつらばやとなんおぼせらるなり。。。さればさればさればをををしてとられさせしてとられさせしてとられさせ給給たまへるなりなどのみへるなりなどのみえるなりなどのみ申申しんををを。。。まことにしもあらざらめどまことにしもあらざらめどまことにしもあらざらめど。。。
- 9げにことのさまもよもとおぼえぬとなればにやげにことのさまもよもとおぼえぬとなればにやげにことのさまもよもとおぼえぬとなればにや。。。きかせきかせきかせ給給たま御心御心みこころちちちははは。。。いとゞうきたちたるやうにおぼしめされていとゞうきたちたるやうにおぼしめされていとどうきたちたるようにおぼしめされて。。。ひたぶるにとられんよりひたぶるにとられんよりひたぶるにとられんよりはははわれとやのきなましとおぼしめすにわれとやのきなましとおぼしめすにわれとやのきなましとおぼしめすに。。。
- 10又又また松松まつ給給たまててて。。。殿殿どののののはははなやかにもてなしたてまつらせなやかにもてなしたてまつらせなやかにもてなしたてまつらせ給給たまふべかなりとてふべかなりとてうべかなりとて。。。れいのれいのれいの事事ことなればなればなれば。。。よのよのよの人人ひとさま〴〵さま〴〵さまざまさだめさだめさだめ申申しんををを。。。
- 11皇后宮皇后宮こうごうぐうきかせきかせきかせ給給たまててて。。。いみじうよろこばせいみじうよろこばせいみじゅうよろこばせ給給たまををを。。。東宮東宮とうぐうはははいとよかるべきことなれどいとよかるべきことなれどいとよかるべきことなれど。。。さだにあらばいとゞさだにあらばいとゞさだにあらばいとど我我われおもふおもふおもう事事ことえせじえせじえせじ。。。なななをををかくてえあるまじくおぼしめされてかくてえあるまじくおぼしめされてかくてえあるまじくおぼしめされて。。。
- 12御母御母みわわ宮宮みやにににしか〳〵しか〳〵しかしかなんおもふとなんおもふとなんおもうと聞聞きこえさせえさせえさせ給給たまへばへばえば。。。さらなりやさらなりやさらなりやいと〳〵いと〳〵いといとあるまじきあるまじきあるまじき御御おん事事こと也也なり。。。みくしげどのゝみくしげどのゝみくしげどのの御御おんことことことをををこそこそこそ。。。まことならばすゝみきこえさせまことならばすゝみきこえさせまことならばすすみきこえさせ給給たまはははめめめ。。。
- 13さささらに〳〵らに〳〵らにらにおぼしめしよるまじきおぼしめしよるまじきおぼしめしよるまじき事事ことなりとなりとなりと聞聞きこえさせえさせえさせ給給たまててて。。。御御おんものゝけのするなりとものゝけのするなりともののけのするなりと。。。御御おんいのりどもせさせいのりどもせさせいのりどもせさせ給給たまへどへどえど。。。さらにおぼしめしとゞまらぬさらにおぼしめしとゞまらぬさらにおぼしめしとどまらぬ御心御心みこころのののうちうちうちををを。。。いかでかよひともきゝけんいかでかよひともきゝけんいかでかよいともききけん。。。
- 14さてなんみくしげさてなんみくしげさてなんみくしげ殿殿どのまいらせたてまつりまいらせたてまつりまいらせたてまつり給給たまへへえ共共ともきこえさせきこえさせきこえさせ給給たまべかなるなどいふべかなるなどいふべかなるなどいう事事こと。。。殿殿どのののの方方かたにもきこゆればにもきこゆればにもきこゆれば。。。まことにさるおぼしゆるぎてのまことにさるおぼしゆるぎてのまことにさるおぼしゆるぎての給給たまはせばはせばわせば。。。
- 15いかゞすべからんなどおぼすいかゞすべからんなどおぼすいかがすべからんなどおぼす。。。さてさてさて東宮東宮とうぐうはははつるにおぼしめしたちぬつるにおぼしめしたちぬつるにおぼしめしたちぬ。。。さてのちにみくしげさてのちにみくしげさてのちにみくしげ殿殿どのののの御御おん事事こともいもいもいはははんにんにんに。。。中〳〵中〳〵なかなかそれそれそれはははなどかなからんなどなどかなからんなどなどかなからんなど。。。
- 16よきかたざまにおぼしめしけんよきかたざまにおぼしめしけんよきかたざまにおぼしめしけん。。。ふかくのふかくのふかくの事事ことなりやななりやななりやな。。。
- 17事事ことひがごとにあめりひがごとにあめりひがごとにあめり。。。故故こ三條院三條院さんじょういんたび〳〵たび〳〵たびたび申申もうさせさせさせ給給たましかどもしかどもしかども。。。とかくとかくとかく申申もうやりてたてまつらせざりしとこそきゝやりてたてまつらせざりしとこそきゝやりてたてまつらせざりしとこそきき侍侍さぶらいしかしかしか。。。さればさればされば故院故院こいんもさむばれなくとももさむばれなくとももさむばれなくとも。。。たてゞたてゞたてではははとておはしましゝとておはしましゝとておわしましし也也なり。。。
- 18しかるべきとしかるべきとしかるべきとはははをををのづからののづからののずからの事事ことををを申申もうさせてさせてさせて。。。皇后宮皇后宮こうごうぐうにもかくともにもかくともにもかくとも申申もうさせさせさせ給給たまはずはずわず。。。たゞたゞただ御心御心みこころのまゝにのまゝにのままに殿殿どのににに御御おんせうそくせうそくしょうそく聞聞きこえんとおぼしめすにえんとおぼしめすにえんとおぼしめすに。。。
- 19むつまじうさるべきむつまじうさるべきむつまじゅうさるべき人人ひともものしもものしもものし給給たまはははねばねばねば。。。ののの權權ごん太夫太夫たいう殿殿どののおはしますのおはしますのおわします四條四條しじょうのののととと。。。にしのにしのにしの洞院洞院とういんとととははは宮宮みやちかきぞかしちかきぞかしちかきぞかし。。。それそれそれ計計けいをををことことこと人人ひとよりよりよりはははとやおぼしめしよりけんとやおぼしめしよりけんとやおぼしめしよりけん。。。
- 20藏人藏人くろうどなにがしなにがしなにがしををを御御おんつかひにてあからさまにまいらせつかひにてあからさまにまいらせつかいにてあからさまにまいらせ給給たまへとあるへとあるえとあるををを。。。おぼしもかけぬおぼしもかけぬおぼしもかけぬ事事ことなればおどろかせなればおどろかせなればおどろかせ給給たまててて。。。なにしにめすぞとゝはせなにしにめすぞとゝはせなにしにめすぞととわせ給給たまへばへばえば。。。
- 21申申もうさせさせさせ給給たまべきべきべき事事ことのさぶらふにこそとのさぶらふにこそとのさぶらうにこそと申申しんををを。。。このきこゆるこのきこゆるこのきこゆる事事ことどもにやとおぼせどどもにやとおぼせどどもにやとおぼせど。。。のかせのかせのかせ給給たまべきべきべき事事ことにににはははさりともよにあらじさりともよにあらじさりともよにあらじ。。。みくしげみくしげみくしげ殿殿どのののの御御おん事事ことならんとおぼすならんとおぼすならんとおぼす。。。
- 22いかにもわがいかにもわがいかにもわが御御おんこころこころこころひとつにひとつにひとつにはははおもふべきおもふべきおもうべき事事ことならねばならねばならねば。。。おどろきながらまいりおどろきながらまいりおどろきながらまいり候候そうろうべきべきべきををを。。。おとゞにあないおとゞにあないおとどにあない申申もうてなんさぶらふべきとてなんさぶらふべきとてなんさぶらうべきと申申もうさせさせさせ給給たまててて。。。まづまづまず殿殿どのにまいりにまいりにまいり給給たまへりへりえり。。。
- 23東宮東宮とうぐうよりよりよりしか〳〵しか〳〵しかしかなんおほせられたりつるとなんおほせられたりつるとなんおおせられたりつると申申もうさせさせさせ給給たまへばへばえば。。。殿殿どのもおどろかせもおどろかせもおどろかせ給給たまててて。。。なになになに事事ことならんとおほせられながらならんとおほせられながらならんとおおせられながら。。。大夫殿大夫殿だいぶどのののの御御おんおなじやうにぞおぼしよられけるおなじやうにぞおぼしよられけるおなじょうにぞおぼしよられける。。。
- 24まことにみくしげまことにみくしげまことにみくしげ殿殿どのののの御御おん事事ことののの給給たまはせんはせんわせんををを。。。いなびいなびいなび申申もうさんもびんなしさんもびんなしさんもびんなし。。。まいりまいりまいり給給たまなばなばなば又又またさやうにおやしくてさやうにおやしくてさようにおやしくてはははあらせたてまつるべきならずあらせたてまつるべきならずあらせたてまつるべきならず。。。
- 25又又またさてさてさてはははよのよのよの人人ひとのますなるやうにのますなるやうにのますなるように。。。春宮春宮とうぐうのかせのかせのかせ給給たまはんのはんのわんの御御おんおもひあるべきならずかしとおもひあるべきならずかしとおもいあるべきならずかしとはははおぼせどおぼせどおぼせど。。。しかわざとめさんにしかわざとめさんにしかわざとめさんにはははいかでかまいらでいかでかまいらでいかでかまいらではははあらんあらんあらん。。。
- 26いかにものいかにものいかにもの給給たまはせんことはせんことわせんことをををきくべきなりときくべきなりときくべきなりと申申もうさせさせさせ給給たまへばへばえば。。。
- 27まいらせまいらせまいらせ給給たまほどほどおど日日ひもくれぬもくれぬもくれぬ。。。陣陣じんににに殿殿どのののの御車御車みくるまややや。。。ごぜんどものあるごぜんどものあるごぜんどものあるをををなまむづかしとおぼせどなまむづかしとおぼせどなまむずかしとおぼせど。。。かへらせかへらせかえらせ給給たまべきならねばべきならねばべきならねば。。。殿上殿上てんじょうにのぼらせにのぼらせにのぼらせ給給たまてまいりたるよしけいせさせよとてまいりたるよしけいせさせよとてまいりたるよしけいせさせよと。。。
- 28藏人藏人くろうどにたまはすればにたまはすればにたまわすれば。。。おおおほいほいほい殿殿どのののの御御おんまへにさぶらはせまへにさぶらはせまえにさぶらわせ給給たまへばへばえば。。。たゞたゞただ今今いまはははえなんえなんえなん申申もう候候そうらはぬときこえさするはぬときこえさするわぬときこえさする程程ほど。。。みまみまみまはははさせさせさせ給給たまににに。。。庭庭にわののの草草くさもいともいともいと深深ふかくくく。。。
- 29殿上殿上てんじょうのありのありのあり樣樣さまももも東宮東宮とうぐうのおはしますとのおはしますとのおわしますとはははみえずあさましうかたじけなげみえずあさましうかたじけなげみえずあさましゅうかたじけなげ也也なり。。。おおおほいほいほい殿殿どのいでいでいで給給たまててて。。。かくとけいすればかくとけいすればかくとけいすれば。。。給給たまててて。。。
- 30めしあればまいりめしあればまいりめしあればまいり給給たまへりへりえり。。。いとちかくこちとおほせられていとちかくこちとおほせられていとちかくこちとおおせられて。。。ものせらるゝものせらるゝものせらるる事事こともなきにもなきにもなきに。。。あないするもあないするもあないするもはゞかりおはゞかりおはばかりおほかれどほかれどほかれど。。。
現代語訳
(侍は)得意げに思っていたので、(こう語った)。「事の次第は、三条院がご存命のあいだはまだよかったのです。(院が)お亡くなりになってのちは、普通の東宮のご様子でもなく、殿上人などが参って御遊びをなさるとか、お世話申し上げる人などもなく、たいそう退屈で気の紛れようもなくお思いになるにつれて、気楽だったころのご様子ばかりが恋しく、ぼんやりしてしまうほどに思われなさったが、三条院がいらっしゃったあいだは、院の殿上人なども参り、お使いもしきりに行き来などして、人目も多く何かと慰められなさっていたのに、院がお亡くなりになってからは、世の中が何となく恐ろしく、大路の道の行き来もどうかと気がかりで、ふるまいにくいので、宮司などでさえ参上してお仕え申し上げることもまれになっていくので、まして下々の者の心はどうでしょう。主殿寮の下部も朝の掃除をお仕え申し上げることもないので、庭の草も茂りまさって、まことに恐れ多いお住まいでいらっしゃる。
まれに参り寄る人々は、世間で噂されていることとして、「三の宮(敦良親王)がこうして(東宮でなく)いらっしゃるのを、気の毒に殿(道長)も大宮(彰子)もお思い申し上げていらっしゃるので、もし帝に男宮でもお生まれになったら、どうなるだろう。差し障りの出ないうちに東宮にお立て申し上げたいものだとお思いになっているそうだ。だから(いずれ東宮の位を)無理に取られなさるだろう」などとばかり申すのを、本当ではないだろうけれど、いかにもありそうなことにも思われたからでしょうか、お聞きになるお気持ちは、いっそう落ち着かないようにお思いになって、むやみに取られるよりは、いっそ自分から退こうかとお思いになるところに、
また「高松殿の御匣殿(寛子)を(東宮に)参らせなさって、殿(道長)が華やかにおもてなし申し上げなさるそうだ」と、いつものことで、世の人がいろいろと取り沙汰申し上げるのを、皇后宮(娍子)がお聞きになって、たいそうお喜びになるが、東宮は「それはたいへん結構なことだけれど、そうなれば、いっそう私の思うことはできなくなるだろう。やはりこうしてはいられそうにない」とお思いになって、御母宮に「これこれと思っています」と申し上げなさると、「言うまでもないこと、まったくあってはならないことです。御匣殿のことこそ、本当なら進んでお受け申し上げなさるべきです。決してお思い寄りになってはなりません」と申し上げなさって、物の怪のしわざだと言ってご祈禱などをおさせになったが、まったく思いとどまりなさらないお心のうちを、どうして世間の人が聞いたのでしょう。
そうして「御匣殿を参らせ申し上げなさいませ」とでも(東宮が)申し上げなさるらしい、などということが殿(道長)のほうにも聞こえたので、(道長は)「本当にそのように心が動いておっしゃるなら、どうしたものか」などとお思いになる。さて東宮は、ついに(退位を)お思い立ちになった。そうして後で御匣殿のことも言い出したら、かえってそれはどうして(うまくいか)ないことがあろうか、などと、都合のよいようにお思いになったのでしょう。まことに思慮の深いことでしたよ。
壺切(の太刀を東宮に渡さなかったこと)などのことは、間違いのようです。故三条院がたびたび(渡すように)申しなさったけれど、何やかやと言い逃れて差し上げなかったと聞きました。ですから故院も「それならなくても、(東宮は)立てずにはおくまい」といって(そのままに)していらしたのです。
「しかるべきこと」とは自然のなりゆきのことを申したまでで、(東宮は)皇后宮にもこうとも申し上げなさらず、ただご自分の考えのままに、殿(道長)にお便りを申し上げようとお思いになるが、親しくてしかるべき人もいらっしゃらないので、中宮権大夫殿(能信)のいらっしゃる四条の坊門と西洞院とは、(東宮の御所に)近いのですよ。それだけを(理由に)ほかの人よりは(頼みになる)とお思い寄りになったのでしょうか。蔵人なにがしを使いとして、「ちょっと参上なさいませ」とおっしゃるのを、(能信は)思いもかけないことなので驚きなさって、「何のためにお召しになるのか」とお尋ねになると、「申し上げなさりたいことがございますので」と申すのを、「この噂されていることどもだろうか」とお思いになるが、「(東宮の位を)お退きになることは、いくらなんでもまさかあるまい。御匣殿のことだろう」とお思いになる。「どちらにしても、自分の一存で考えるべきことではないので、驚きながら参上すべきところですが、父の大臣に事情を申し上げてから参上いたしましょう」と申し上げなさって、まず殿のところに参上なさった。
「東宮からこれこれとおっしゃってきました」と申し上げなさると、殿も驚きなさって、「何事だろう」とおっしゃりながら、大夫殿と同じように(御匣殿のことと)お思い寄りになった。「本当に御匣殿のことをおっしゃるのなら、お断り申し上げるのも不都合だ。参られたなら、またそのように親しくないままにしておき申し上げるわけにもいかない。また、それでは世の人が言っているように、東宮をお退きになるお気持ちなどあるはずもないことだ」とはお思いになるが、「そのようにわざわざお召しになるのに、どうして参上しないでいられよう。とにかく、おっしゃることを聞くべきだ」と申し上げなさると、
(能信が)参上なさるころには日も暮れた。陣に左大臣殿(顕光)の御車や前駆どもがいるのを、何となく面倒だとお思いになったが、帰りなさるわけにもいかないので、殿上の間に上りなさって、「参上したことを申し上げさせよ」と蔵人におっしゃると、「大臣殿(顕光)が御前に控えていらっしゃるので、ただ今は申し上げられません」と申し上げるあいだ、見回しなさると、庭の草もたいそう深く、殿上の間の様子も東宮のいらっしゃる所とは見えず、あきれるほど恐れ多いありさまである。大臣殿が退出なさって、(蔵人が能信の参上を)申し上げると、(東宮は)朝餉の間の方にお出ましになって、お召しがあったので参上なさった。(東宮は)「ずっと近くにこちらへ」とおっしゃって、「(あなたは)ふだん来られることもないのに、案内するのも遠慮が多いけれど、
意訳
ここからは、それまで聞き役だった若侍が語り手となって、敦明親王の東宮辞退の内幕を詳しく語る。世継が「くわしい人がいれば聞きたい」と言ったのを受けたもので、語り手が交代する珍しい場面である。
三条院の死後、東宮の御所は火が消えたようになった。人々は道長の顔色をうかがって寄りつかず、宮司も来なくなり、掃除もされずに庭は草ぼうぼう。そこへ、道長は孫の敦良親王を東宮にしたがっている、いずれ東宮は位を奪われるだろう、という噂が届く。奪われるくらいなら自分から退こう、と東宮は考えはじめる。
道長の娘寛子を東宮の妃にするという話もあり、母の娍子は喜んだが、東宮は「そうなればますます自由がきかなくなる」と思う。東宮は、母にも言わず、近所に住む道長の子能信を使いにして、道長に意向を伝えようとする。能信も道長も、てっきり寛子の縁談の話だろうと思っていた。荒れ果てた東宮御所の殿上の間を見回す能信の目を通して、東宮の孤独が浮かび上がる。
語釈・文法注
- けうわりげ
- 興ありげ。得意そうに。
- ぼけ〳〵しき
- ぼんやりとして気が抜けたさま。
- 宮司
- 東宮坊の役人。
- とのもりづかさ
- 主殿寮。宮中の清掃・灯火などをつかさどる役所。
- 三宮
- 敦良親王。のちの後朱雀天皇。
- みくしげどの
- 御匣殿。ここでは道長の娘寛子(999〜1025)。母は源明子(高松殿)。のち小一条院の妃となる。
- たか松どの
- 高松殿。道長の妻源明子の邸、またその人。
- つぼきり
- 壺切の御剣。
- 中宮の權太夫殿
- 藤原能信(995〜1065)。道長の四男。母は源明子。中宮(威子)の権大夫。のちに後三条天皇の即位に尽力した。
- ばうもん
- 坊門。四条坊門小路。
- 左大臣殿
- 藤原顕光(944〜1021)。兼通の子。左大臣。娘の延子が敦明親王の妃であった。
- あさがれい
- 朝餉の間。清涼殿などで天皇・東宮が日常の食事をとる部屋。
文法
- おぼえさせ給けれど
- 「させ給ふ」の最高敬語は東宮に対するもの。
- いかゞはあらん
- 反語。どうであろうか。
- たてたてまつらばや
- 「ばや」は願望。お立て申し上げたいものだ。
- われとやのきなまし
- 「や〜まし」は、ためらいを含む意志。自分から退こうかしら。
- えせじ
- 「え〜じ」は不可能の推量。できないだろう。
- いかでかよひともきゝけん
- 「いかでか〜けん」は疑問。どうして世間の人が聞いたのだろう。
- いかでかまいらではあらん
- 反語。どうして参上しないでいられようか。
解説
敦明親王の東宮辞退の経緯は、『大鏡』のほか『栄花物語』巻十三「ゆふしで」にも詳しく、道長の日記『御堂関白記』や藤原実資の『小右記』にも記事がある。能信が使いとなったことは記録とも合う。
寛子は、敦明親王が東宮を退いて小一条院となったのち、その妃となった。道長は東宮を辞退させた代償として娘を嫁がせ、上皇に准じる待遇を与えた(第28章)。
「ふかくの事なりやな」の箇所は、底本が「さ」の字を「 」で囲んで衍字と示しているので、その字を除いて翻刻した。
関連
出典
- 底本
- 経済雑誌社編『国史大系』第17巻(大鏡) 経済雑誌社、明治34年(1901)、522〜525頁(コマ277–278)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日