古典ライブラリー

大鏡 第17章

時平と笑いの話

時平の子で長生きしたのは、大臣らしいふるまいを控えて質素に暮らした顕忠だけで、ほかはみな四十前に亡くなった。世継はそれを道真を陥れた罪の報いとする。一方で時平は「大和魂」にすぐれ、醍醐天皇と示し合わせて、わざと華美な装束で参内して叱責を受け、世の贅沢をやめさせた。笑い上戸だった時平が、史の放屁に笑い崩れて政務を道真に任せた話、雷となった道真に太刀を抜いて向かった話も語られる。

  1. 1たゞたゞただ此この此このこの君きみ君きみきみだちのだちのだちの御おん御おんおん中なか中なかなかにににははは大納言だいなごん大納言だいなごんだいなごん昇のぼる昇のぼるのぼるののの卿きやう卿きやうきょう御女おほんむすめ御女おほんむすめおおんむすめのののはらのはらのはらのおとゞのみぞおとゞのみぞおとどのみぞ右大臣うだいじん右大臣うだいじんうだいじんまでまでまで成なり成なりなり給たま給たまたまへるへるえる。。。そのそのその位くらゐ位くらゐくらいにてにてにて六年ろくねん六年ろくねんろくねんおはせしかどおはせしかどおわせしかど。。。すこしおぼすすこしおぼすすこしおぼす所ところ所ところところやありけんやありけんやありけん。。。
  2. 2出で出ででてありきてありきてありき給たま給たまたまにもにもにも家いへ家いへいえのののうちにてもうちにてもうちにても。。。大臣だいじん大臣だいじんだいじんののの作法さほふ作法さほふさほうをををふるまひふるまひふるまい給たま給たまたまはずはずわず。。。御おん御おんおんありきのおりありきのおりありきのおりははは。。。おぼろげにておぼろげにておぼろげにて御おん御おんおん給たま給たまたまはずはずわず。。。まれ〳〵まれ〳〵まれまれもももほのかにぞまいりしほのかにぞまいりしほのかにぞまいりし。。。
  3. 3ごぜんつかひごぜんつかひごぜんつかい給たま給たまたまはずはずわず。。。はづかにかずくなにてぞさぶらひしはづかにかずくなにてぞさぶらひしはずかにかずくなにてぞさぶらいし。。。御車みくるま御車みくるまみくるまぞぞぞひひひ四人しにん四人しにんしにんつがはせつがはせつがわせ給たま給たまたまはざりきはざりきわざりき。。。又また又またまたんざうたらひにてんざうたらひにてんぞうたらいにて御手みて御手みてみてすまさずすまさずすまさず。。。
  4. 4寢殿しんでん寢殿しんでんしんでんのののひんがしのまにたなひんがしのまにたなひんがしのまにたなをををしてしてして。。。のつとめてごとにゆもてまいりていれければのつとめてごとにゆもてまいりていれければのつとめてごとにゆもてまいりていれければ。。。こおけにこおけにこおけにちいさきちいさきちいさきぐしてぐしてぐしてをををかれたればかれたればかれたれば。。。
  5. 5人ひと人ひとひとしてもかけさせしてもかけさせしてもかけさせ給たま給たまたまはずはずわず。。。われわれわれ出いだ出いだいださせさせさせ給たま給たまたまててて御手みて御手みてみてづからぞすましけるづからぞすましけるずからぞすましける。。。御おん御おんおんめしめしめし物もの物ものものはははうるはしくでどころにもまいりうるはしくでどころにもまいりうるわしくでどころにもまいり。。。すべてたゞすべてたゞすべてただ御おん御おんおん。。。
  6. 6。。。けんやくしけんやくしけんやくし給たま給たまたましもさるべきことのおりのしもさるべきことのおりのしもさるべきことのおりの御おん御おんおんざとざとざと。。。御おん御おんおん大臣だいじん大臣だいじんだいじんとととはははみえみえみえ給たま給たまたまししし。。。かくもてなしかくもてなしかくもてなし給たま給たまたましにやしにやしにや。。。
  7. 7此この此このこのおとゞのみぞおとゞのみぞおとどのみぞ御おん御おんおんぞぞぞうのうのうの中なか中なかなかににに六十ろくじふ六十ろくじふろくじゅう餘あまり餘あまりあまりまでおはせしまでおはせしまでおわせし。。。分わ分わわ一いち一いちいちのいへにてのいへにてのいえにて大饗だいきやう大饗だいきやうだいきょうししし給たま給たまたまへるへるえる人ひと人ひとひと也なり也なりなり。。。大臣だいじん大臣だいじんだいじんととと申まう申まうもうすすす。。。是これ是これこれよりよりより外ほか外ほかほかののの君きみ君きみきみだちみなだちみなだちみな卅みそぢ卅みそぢみそじよよよ四十しじふ四十しじふしじゅうにすぎにすぎにすぎ給たま給たまたまはずはずわず。。。
  8. 8其故そこゆゑ其故そこゆゑそこゆえはははたゞことにたゞことにただことにはははあらずあらずあらず。。。此この此このこの北野きたの北野きたのきたのののの御おん御おんおんなげきになむあるべきなげきになむあるべきなげきになむあるべき。。。今いま今いまいまののの三井寺みゐでら三井寺みゐでらみいでらののの別當べつたう別當べつたうべっとう僧都そうづ僧都そうづそうず。。。山階寺やましなでら山階寺やましなでらやましなでら權別當ごんのべつたう權別當ごんのべつたうごんのべっとう快公くわいこう快公くわいこうかいこう僧都そうづ僧都そうづそうずなどなどなど。。。顯忠あきただ顯忠あきただあきただ大臣だいじん大臣だいじんだいじん御子みこ御子みこみこしげすけのしげすけのしげすけの右衞門佐うゑもんのすけ右衞門佐うゑもんのすけうえもんのすけとておはせしがとておはせしがとておわせしが御子みこ御子みこみこ也なり也なりなり。。。
  9. 9此この此このこのきみだちこそきみだちこそきみだちこそははは物もの物ものものししし給たま給たまたまめれめれめれ。。。あつたゞのあつたゞのあつただの中納言ちゆうなごん中納言ちゆうなごんちゅうなごん御おん御おんおんおのこゞあまたおはしけるおのこゞあまたおはしけるおのこごあまたおわしける中なか中なかなかににに。。。兵衞佐ひやうゑのすけ兵衞佐ひやうゑのすけひょうえのすけなにがしのなにがしのなにがしの君きみ君きみきみとかやとかやとかや申まう申まうもうししし。。。其その其そのそのきみきみきみ出家しゆつけ出家しゆつけしゅっけししし給たま給たまたまひてひていて往生わうじやう往生わうじやうおうじょうししし給たま給たまたまにきとかにきとかにきとか。。。
  10. 10そのそのその僧そう僧そうそうののの御子みこ御子みこみこなりいはくらのなりいはくらのなりいわくらの僧都そうづ僧都そうづそうずははは。。。敦忠あつただ敦忠あつただあつただ公こう公こうこうののの御おん御おんおんむすめむすめむすめははは。。。はははののの大納言だいなごん大納言だいなごんだいなごんののの北きた北きたきたのかたにておはしきかしのかたにておはしきかしのかたにておわしきかし。。。あさましきあさましきあさましき惡事あくじ惡事あくじあくじををを申しん申しんしんをををこなひこなひこない給たま給たまたまへりしつみによりへりしつみによりえりしつみにより。。。此この此このこのおとゞのおとゞのおとどの御おん御おんおんすゑすゑすえはははおはせぬおはせぬおわせぬ也なり也なりなり。。。
  11. 11さるさるさるはははなどなどなどははは。。。いみじくおはしましたるいみじくおはしましたるいみじくおわしましたる物もの物ものものををを。。。延喜えんぎ延喜えんぎえんぎののの世間せけん世間せけんせけんののの作法さほふ作法さほふさほうしたゝめさせしたゝめさせしたためさせ給たま給たまたましかどしかどしかどをををえしづめさせえしづめさせえしずめさせ給たま給たまたまはざりしにはざりしにわざりしに。。。
  12. 12このこのこの殿どの殿どのどのせいせいせいをやをやをやぶりたるぶりたるぶりたる御おん御おんおんさうぞくのことのさうぞくのことのそうぞくのことの外ほか外ほかほかにめでたきにめでたきにめでたきをををしてしてして。。。うちにまいりうちにまいりうちにまいり給たま給たまたまててて殿上てんじやう殿上てんじやうてんじょうにさぶらひにさぶらひにさぶらい給たま給たまたまををを。。。御ご御ごごらんじてらんじてらんじて。。。
  13. 13御おん御おんおんけしきいとあしくならせけしきいとあしくならせけしきいとあしくならせ給たま給たまたまててて。。。職事しきじ職事しきじしきじをををめしてせけむのめしてせけむのめしてせけむの過差くわさ過差くわさかさのせいきびしきところにのせいきびしきところにのせいきびしきところに。。。左ひだり左ひだりひだりのおとゞののおとゞののおとどの一いち一いちいちののの人ひと人ひとひとといひながらといひながらといいながら。。。美麗びれい美麗びれいびれいことのことのことの外ほか外ほかほかにてまいれるにてまいれるにてまいれる便びん便びんびんなきとなきとなきと也なり也なりなり。。。
  14. 14すみやかにまかりいづべきよしおほせよとおほせられければすみやかにまかりいづべきよしおほせよとおほせられければすみやかにまかりいずべきよしおおせよとおおせられければ。。。うけうけうけ給たま給たまたまはるもいかなるはるもいかなるわるもいかなる事こと事ことことにかとおそれおぼえけれどにかとおそれおぼえけれどにかとおそれおぼえけれど。。。まいりてまいりてまいりて。。。わなゝく〳〵わなゝく〳〵わななくわななくしかじかのしかじかのしかじかの事こと事ことことととと申まう申まうもうければければければ。。。
  15. 15いみじくおどろきていみじくおどろきていみじくおどろきて。。。かしこまりかしこまりかしこまりうけうけうけ給たま給たまたまはははりてりてりて。。。御隨身みずいじん御隨身みずいじんみずいじんのみさきまいるもせいしのみさきまいるもせいしのみさきまいるもせいし給たま給たまたまててて。。。いそぎまかりいでいそぎまかりいでいそぎまかりいで給たま給たまたまへばへばえば。。。御前おまへ御前おまへおまえどもゝあやしとどもゝあやしとどももあやしと思おも思おもおもひてなむひてなむいてなむ。。。
  16. 16さてさてさて本院ほんゐん本院ほんゐんほんいんのみかどのみかどのみかど一月いちぐわつ一月いちぐわついちがつ程ほど程ほどほどさゝせてみすのとにもいでさゝせてみすのとにもいでささせてみすのとにもいで給たま給たまたまはずはずわず。。。人ひと人ひとひとなどのまいるともなどのまいるともなどのまいるとも。。。をもをもをもければとてあはせければとてあはせければとてあわせ給たま給たまたまはざりけりはざりけりわざりけり。。。さりしにこそよのさりしにこそよのさりしにこそよの中なか中なかなかににに過差くわさ過差くわさかさはははたいらぎたりしかたいらぎたりしかたいらぎたりしか。。。
  17. 17うち〳〵うち〳〵うちうちによくうけによくうけによくうけ給たま給たまたまはははりしりしりしははは。。。さてばかりぞしづまらむとてさてばかりぞしづまらむとてさてばかりぞしずまらむとて。。。みかどゝみかどゝみかどと御心みこころ御心みこころみこころあはせさせあはせさせあわせさせ給たま給たまたまへりけるとぞへりけるとぞえりけるとぞ。。。
  18. 18此この此このこの左大臣さだいじん左大臣さだいじんさだいじんものゝおかしさぞものゝおかしさぞもののおかしさぞ。。。えねむぜさせたまはざりけるえねむぜさせたまはざりけるえねむぜさせたまわざりける。。。わらひたゝせわらひたゝせわらいたたせ給たま給たまたまぬればぬればぬれば。。。すこぶるすこぶるすこぶる事こと事ことこともみだれけるがもみだれけるがもみだれけるが。。。北野きたの北野きたのきたのによによによをををまつりごたせまつりごたせまつりごたせ給たま給たまたまふあひだふあひだうあいだ。。。
  19. 19ひだうなるひだうなるひどうなる事こと事ことことおほせられければおほせられければおおせられければ。。。さすがにやむごとなくてせちにしさすがにやむごとなくてせちにしさすがにやむごとなくてせちにし給たま給たまたまふことふことうことをばをばをばいかゞいかゞいかがはははとおぼしてとおぼしてとおぼして。。。このおとゞのしたまふことなればこのおとゞのしたまふことなればこのおとどのしたまうことなれば。。。
  20. 20ふびんなりとみれどふびんなりとみれどふびんなりとみれど。。。いかゞすべからむとなげきいかゞすべからむとなげきいかがすべからむとなげき給たま給たまたまひけるひけるいけるををを。。。なにがしのなにがしのなにがしのがとにもがとにもがとにも侍はべ侍はべはべらずらずらず。。。をのれがかまへにてをのれがかまへにておのれがかまえにて。。。かのかのかの御おん御おんおん事こと事ことことをををとゞめとゞめとどめ侍はべ侍はべはべらんとらんとらんと申まう申まうもうければければければ。。。
  21. 21いとあるまじきいとあるまじきいとあるまじき事こと事ことこと。。。いかにしてかいかにしてかいかにしてかはははなんとのなんとのなんとの給たま給たまたまはせけるはせけるわせけるををを。。。たゞたゞただ御ご御ごごらんぜよとてらんぜよとてらんぜよとて。。。ざにつきてことにきびしくさだめのゝしりざにつきてことにきびしくさだめのゝしりざにつきてことにきびしくさだめののしり給たま給たまたまににに。。。このこのこの史さくわん史さくわんさかん。。。
  22. 22ふみふみふみはははさみてさみてさみて。。。ふるまひてふるまひてふるまいて。。。このおとゞにたてまつるとてこのおとゞにたてまつるとてこのおとどにたてまつるとて。。。いとたかやかにならしていとたかやかにならしていとたかやかにならして侍はべ侍はべはべりけるにりけるにりけるに。。。おとゞふみもえとらずしてわなゝきておとゞふみもえとらずしてわなゝきておとどうみもえとらずしてわななきて。。。
  23. 23やがてわらいてやがてわらいてやがてわらいて。。。けふけふきょうははは。。。右みぎ右みぎみぎのおとゞにまかせのおとゞにまかせのおとどにまかせ申まう申まうもうとだにいひやりとだにいひやりとだにいいやり給たま給たまたまはざりければはざりければわざりければ。。。それにこそすがはらのおとゞのそれにこそすがはらのおとゞのそれにこそすがわらのおとどの心こころ心こころこころのまゝにまつりごちのまゝにまつりごちのままにまつりごち給たま給たまたまけれけれけれ。。。
  24. 24またまたまたのかみにならせのかみにならせのかみにならせ給たま給たまたまててて。。。いとおそろしくいとおそろしくいとおそろしく神かみ神かみかみなりなりなりひらめきひらめきひらめき。。。せいりやうでんにおちかゝりぬとせいりやうでんにおちかゝりぬとせいりょうでんにおちかかりぬと見み見みみえけるにえけるにえけるに。。。本院ほんゐん本院ほんゐんほんいんのおとゞたちのおとゞたちのおとどたちをををぬきさげてぬきさげてぬきさげて。。。
  25. 25いきてもわがつぎにこそものしいきてもわがつぎにこそものしいきてもわがつぎにこそものし給たま給たまたましかしかしか。。。けふけふけう神かみ神かみかみとなりとなりとなり給たま給たまたまともともとも。。。此この此このこの世よ世よよにににはははわれにところおきわれにところおきわれにところおき給たま給たまたまべしべしべし。。。いかでかさらでいかでかさらでいかでかさらではははあるべきぞとにらみやりてのあるべきぞとにらみやりてのあるべきぞとにらみやりての給たま給たまたまひけるひけるいける。。。
  26. 26一いち一いちいちどどどはははしづまらせしづまらせしずまらせ給たま給たまたまへりけるとぞよのへりけるとぞよのえりけるとぞよの人申ひとまう人申ひとまうひともう侍さぶらひ侍さぶらひさぶらいししし。。。されどそれされどそれされどそれはははかのおとゞのいみじくおはするにかのおとゞのいみじくおはするにかのおとどのいみじくおわするにはははあらずあらずあらず。。。わうゐのかぎりなくおはしますによりてわうゐのかぎりなくおはしますによりておういのかぎりなくおわしますによりて。。。をををしめさせしめさせしめさせ給たま給たまたまへるなりへるなりえるなり。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

ただ、このお子たちの中では、大納言源昇卿の御娘の腹の顕忠公だけが右大臣までおなりになった。その位に六年いらしたが、少しお考えになるところがあったのだろうか、外出なさるときにも家の中でも、大臣としての作法をおふるまいにならなかった。外出のときは、並々ならぬ時でなければ前駆をおつけにならない。たまにつけても、ひかえめに先払いをした。御前(前駆の者)はお使いにならず、わずかに数少なくお仕えしていた。御車副は四人おつけにならなかった。また半挿や盥でお手をお洗いにならない。寝殿の東の間に棚を作って、仕丁が毎朝湯を持ってきて入れておくと、小桶に小さな提子を添えて置いてあるので、人にかけさせることもなさらず、ご自分で出てこられて、ご自分の手でお洗いになった。お召し上がり物は、きちんと台所にも参らせるが、すべてただ素焼きの器で、台なども用いず、折敷に取り据えて差し上げた。倹約をなさったが、しかるべき儀式のときの御座と御盤所とでだけは、大臣らしく見えなさった。

このようにふるまわれたからだろうか、この大臣だけが一族の中で六十余歳まで生きていらした。四分一の家で大饗をなさった人である。富小路の大臣と申し上げる。これ以外のお子たちはみな三十余り、四十を過ぎることがなかった。その理由はほかでもない。この北野の御嘆き(道真の恨み)のせいに違いない。今の三井寺の別当心誉僧都、山階寺の権別当快公僧都などは、顕忠大臣の御子で重輔の右衛門佐といった方のお子である。このお子たちこそは(今も)いらっしゃるようです。敦忠中納言には男のお子がたくさんいらした中で、兵衛佐なにがしの君とか申した方が、出家なさって往生なさったとか。その僧のお子で岩倉の文慶僧都という方(もいる)。敦忠公の御娘は、枇杷の大納言(延光)の北の方でいらっしゃったのですよ。あさましい悪事を申し行いなさった罪によって、この大臣(時平)の御子孫はいらっしゃらないのです。

とはいえ、(時平は)大和魂などは、たいそうすぐれていらっしゃったのに。延喜の御代に世間の決まりを引き締めなさったが、贅沢をおさえることがおできにならなかったところ、この殿が、禁制を破った御装束で格別にすばらしいものを着て、内裏に参上なさって殿上に控えていらしたのを、帝が小蔀からご覧になって、ご機嫌がひどく悪くなられて、蔵人をお召しになって、「世間の贅沢の禁制が厳しいときに、左大臣が第一の人とはいえ、ことのほか華美な姿で参内したのは不都合である。すぐに退出するように申し伝えよ」とおっしゃったので、承った者も、どういうことかと恐ろしく思ったが、参って、震え震え「しかじかのことです」と申し上げたところ、(時平は)ひどく驚いて、恐縮してお受けして、御随身の先払いも止めなさって、急いで退出なさったので、御前の者どもも妙だと思ったのでした。そうして本院の門を一か月ほど閉ざして、御簾の外にもお出にならない。人などが参っても、「勅勘が重いので」と言ってお会いにならなかった。そうしてこそ世の中の贅沢はおさまったのでした。内々によく承ったところでは、そうしてこそおさまるだろうと、帝と示し合わせなさったことだということです。

この左大臣は、おかしいことにはこらえることがおできにならなかった。笑い出しなさると、まったく何事もめちゃくちゃになってしまったが、北野(道真)と世の政治を執っていらしたあいだ、(時平が)道理に合わないことを言い出されたので、(道真は)さすがに高貴な方が強く主張なさることをどうしたものかとお思いになって、この大臣のなさることなので、困ったことだと思うけれど、どうしたらよいだろうと嘆いていらしたのを、なにがしの史が、「なんでもございません。私の工夫で、あのことを止めてみせましょう」と申したので、「とんでもないこと。どうやってするのか」とおっしゃったが、「ただご覧ください」と言って、(時平が)座に着いて、ことのほか厳しく評定して大声で言い立てていらしたところ、この史が、文挟みに文書をはさんで、ことさらに仰々しくふるまって、この大臣に差し上げるといって、たいそう高らかに(屁を)鳴らしましたところ、大臣は文書も受け取れずに震えて、そのまま笑い出して、「今日はどうにもならない。右大臣にお任せ申す」とさえ言い終えることがおできにならなかったので、それでこそ菅原の大臣の思いどおりに政治をお執りになったのでした。

また、北野(の道真)が雷神におなりになって、たいそう恐ろしく雷が鳴りひらめき、清涼殿に落ちかかってきたと見えたときに、本院大臣は太刀を抜き放って、「生きているときも私の次の位でいらしたではないか。今日神におなりになっても、この世では私に遠慮なさるべきだ。どうしてそうでなくてよかろうか」と、にらみつけておっしゃった。(それで雷は)一度はおさまりなさったと、世の人は申しました。けれどもそれは、あの大臣が偉くていらっしゃるのではない。王威が限りなくいらっしゃるので、(時平が)理非をはっきりお示しになったのである。

意訳

時平の子孫のうち、ただ一人長生きしたのが顕忠である。大臣になっても前駆を控え、自分で手を洗い、素焼きの器で食事をした。世継はその質素なふるまいに長寿の理由を見る。そして、ほかの子孫が四十歳にもならずに亡くなったのは「北野の御なげき」のためだと断言する。道真を陥れた罪の報いが、時平の家系にふりかかったというのである。

しかし世継は、時平をただの悪人としては描かない。時平には「やまとだましひ」、つまり実務の才覚と機転があった。贅沢を禁じても世間が従わないので、醍醐天皇と相談のうえ、自分がわざと華美な装束で参内し、帝に叱られて一か月謹慎してみせた。最高位の大臣が叱られたのを見て、人々はたちまち贅沢をやめた。

一方で時平は笑い上戸で、道真と争って強引に事を進めようとしたとき、史の放屁に笑いが止まらず、「右大臣に任せる」とさえ言えないありさまになった。道真が雷神となって清涼殿に襲いかかったときには、太刀を抜いて「生前は私の次席だった」とにらみつけた。世継はこれを「時平が偉いのではなく、帝の威光があったからだ」と言い添える。ユーモアと批判をまじえた人物像が、時平の伝を締めくくる。

語釈・文法注

源昇
嵯峨源氏、源融の子。大納言。
顯忠
藤原顕忠(898〜965)。時平の次男。右大臣。富小路右大臣と呼ばれた。
御さき
前駆(さき)。貴人の行列の先に立って人払いをする者。
はんざうたらひ
半挿(はんぞう)と盥。半挿は湯水をつぐ器で、柄の半分が器の中に差し込まれている。
仕丁
雑役をする下男。
ひさげ
提子。湯や酒を入れる、つるの付いた器。
御かはらけ
土器。素焼きの器。
おしき
折敷。食器をのせる縁のついた盆。
御ばんどころ
盤所。食膳などを整える所。
四分一のいへ
一町の四分の一の広さの家。小さな邸。
とみのこうぢの大臣
富小路大臣。顕忠のこと。
心譽
心誉(957〜1029)。天台の僧。三井寺の長吏。
文慶
文慶(966〜1046)。天台の僧。岩倉の大雲寺に住んだ。
びはの大納言
源延光(927〜976)。代明親王の子。権大納言。枇杷大納言と呼ばれた。
やまとだましひ
大和魂。漢学の知識(才)に対して、実際の世の中で物事をうまく処理する知恵や才覚。
過差
身分を越えたぜいたく。
こじとみ
小蔀。清涼殿の殿上の間をのぞく小窓。天皇がここから殿上をご覧になった。
かむだう
勘当。天皇のおとがめ。
史
太政官の書記官(さかん)。文書の作成・記録をつかさどった。
ふむばさみ
文挟み。文書をはさんで貴人に差し出すための杖。
いちなく
仰々しく、ことさらに目立つように。
すぢなし
術なし。どうしようもない。
北のかみ
北野の神。雷神となった道真。
りひ
理非。道理と非道理。

文法

おぼす所やありけん
「や〜けん」は疑問の係り結び。お考えになるところがあったのだろうか。
なげとらせ給ひける
投げて取らせなさった。
なむあるべき
「なむ」は強意の係助詞。〜であるに違いない。
おはしましたる物を
「物を」は逆接・詠嘆。いらっしゃったのに。
えしづめさせ給はざりしに
「え〜ず」は不可能。おさえることがおできにならなかったのに。
えねむぜさせたまはざりける
こらえることがおできにならなかった。「ねんず」は我慢する。
いかでかさらではあるべきぞ
反語。どうしてそうでなくてよいことがあろうか。

解説

「大和魂」ということばは、『源氏物語』少女巻の「才を本としてこそ、大和魂の世に用ゐらるる方も強うはべらめ」が早い例で、漢才に対する実務的な才覚を言う。『大鏡』は時平を、漢才では道真に劣るが、大和魂にすぐれた人物として描いている。

贅沢の禁止をめぐる話は、延喜年間に醍醐天皇がたびたび出した過差の禁令を背景にしている。帝と大臣が示し合わせて芝居を打つという筋は、時平の政治家としての才覚を示す逸話として、後世にもよく引かれた。

時平が雷神となった道真に太刀を抜いたという話は、延長八年(930)の清涼殿落雷事件と結びつけて語られることがあるが、そのとき時平はすでに亡くなっていた。伝説として成長した話であろう。

関連

出典

底本
経済雑誌社編『国史大系』第17巻(大鏡) 経済雑誌社、明治34年(1901)、499〜502頁(コマ265–267)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日