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大鏡 第15章

筑紫の道真

大宰府に着いた道真は、夕べの煙、漂う雲、明るい月に寄せて、悲しみと潔白を訴える歌を詠む。都府楼の瓦と観音寺の鐘を詠んだ詩、前年の重陽の宴で帝から賜った御衣を捧げ持って詠んだ詩は、人々を感動させた。世継はそれを語りながら涙ぐみ、聞く人も感じ入る。道真は延喜三年に筑紫で亡くなり、のちに北野に神として祀られた。

  1. 1つくしにおはしましつきてつくしにおはしましつきてつくしにおわしましつきて。。。あはれにあはれにあわれに心こころ心こころこころぼそくおぼさるゝゆふべぼそくおぼさるゝゆふべぼそくおぼさるるゆうべ。。。所々ところどころ所々ところどころところどころけぶりたつけぶりたつけぶりたつををを御ご御ごごらんじてらんじてらんじて。。。
  2. 2夕ゆふ夕ゆふゆうさればさればされば野の野ののにもにもにも山やま山やまやまにもたつけぶりなげきよりこそもえまさりけれにもたつけぶりなげきよりこそもえまさりけれにもたつけぶりなげきよりこそもえまさりけれ
  3. 3又また又またまた雲くも雲くもくものののうきてたゞよふうきてたゞよふうきてただようををを御ご御ごごらんじてもらんじてもらんじても。。。
  4. 4山やま山やまやまわかれとびゆくわかれとびゆくわかれとびゆく雲くも雲くもくものかへりくるかげのかへりくるかげのかえりくるかげ見み見みみるときるときるときはははをををたのまれぬたのまれぬたのまれぬ
  5. 5さりともとよさりともとよさりともとよをををおぼしめされけるなるべしおぼしめされけるなるべしおぼしめされけるなるべし。。。月つき月つきつきのあかきのあかきのあかき夜よ夜よよ。。。
  6. 6うみならずたゞよふうみならずたゞよふうみならずただよう水みづ水みづみずのそこまでもきよきのそこまでもきよきのそこまでもきよき心こころ心こころこころははは月つき月つきつきぞてらさむぞてらさむぞてらさむ
  7. 7これいとかしこくあそばしたりかしこれいとかしこくあそばしたりかしこれいとかしこくあそばしたりかし。。。げにげにげに月日つきひ月日つきひつきいこそこそこそはははてらしてらしてらし給たま給たまたまはははめとこそめとこそめとこそはははあめれあめれあめれ。。。
  8. 8まことにまことにまことにしきことしきことしきことはははさるさるさる物もの物ものものにてにてにて。。。かくやうのかくやうのかくようのうたやうたやうたや詩し詩ししなどなどなどをををさへさへさへ。。。いとなだらかにいとなだらかにいとなだらかにしういひつゞけたまふとしういひつゞけたまふとしゅういいつづけたまうと。。。見み見みみきくきくきく人ひと人ひとひとめもあやにあさましくあはれにもまもりゐたりめもあやにあさましくあはれにもまもりゐたりめもあやにあさましくあわれにもまもりいたり。。。
  9. 9物もの物ものもののゆへしりたるのゆへしりたるのゆえしりたる人ひと人ひとひとなどもなどもなども。。。むげにちかくゐよりてむげにちかくゐよりてむげにちかくいよりて。。。見み見みみきくけしきどもきくけしきどもきくけしきどもをををみてみてみて。。。いよ〳〵いよ〳〵いよいよへてへてへて物もの物ものものをををくりいだすやうにいひつゞくるくりいだすやうにいひつゞくるくりいだすようにいいつづくるほどぞまことにけうなるやほどぞまことにけうなるやほどぞまことにきょうなるや。。。しげきなみだしげきなみだしげきなみだをををのごひつゝけうじゐたりのごひつゝけうじゐたりのごいつつきょうじいたり。。。
  10. 10つくしにおはしますつくしにおはしますつくしにおわします所ところ所ところところのみかどもかためておはしますのみかどもかためておはしますのみかどもかためておわします。。。のゐどころのゐどころのいどころははははるかなれどもはるかなれどもはるかなれども。。。樓ろう樓ろうろうのののうへのかはらなどのうへのかはらなどのうえのかわらなどの心こころ心こころこころにもあらずにもあらずにもあらず御ご御ごごらんじやられけるにらんじやられけるにらんじやられけるに。。。
  11. 11又また又またまたいとちかくいとちかくいとちかくといふといふという寺じ寺じじのありければのありければのありければ。。。かねのかねのかねの聲こゑ聲こゑこえをををきこしめしてつくらせきこしめしてつくらせきこしめしてつくらせ給たま給たまたまへるへるえる詩し詩ししぞかしぞかしぞかし。。。
  12. 12府府府樓樓樓纔纔纔看看看瓦瓦瓦色いろ色いろいろ。。。觀觀觀音ね音ねね寺寺寺只只只聽聽聽鐘鐘鐘聲こゑ聲こゑこえ。。。
  13. 13これこれこれははは文集もんじふ文集もんじふもんじゅう。。。愛あい愛あいあい寺じ寺じじ鐘かね鐘かねかね欹そばだ欹そばだそばだ枕まくら枕まくらまくら聽き聽きき。。。香か香かか爐ろ爐ろろ峯みね峯みねみね雪ゆき雪ゆきゆき撥はら撥はらはら簾す簾すす看み看みみといふといふという詩し詩ししにもまさざまにつくらしめにもまさざまにつくらしめにもまさざまにつくらしめ給たま給たまたまへりとこそへりとこそえりとこそ。。。むかしのむかしのむかしのはははかせどもかせどもかせども申まう申まうもうけれけれけれ。。。
  14. 14又また又またまたかのつくしにてかのつくしにてかのつくしにて九月くぐわつ九月くぐわつくがつ十日とをか十日とをかとおか花はな花はなはなををを御ご御ごごらんじけるついでにらんじけるついでにらんじけるついでに。。。まだまだまだ京きやう京きやうきょうにおはしましゝにおはしましゝにおわしましし時とき時ときとき。。。九月くぐわつ九月くぐわつくがつのこよひのこよひのこよい内裏だいり内裏だいりだいりにてにてにて菊きく菊きくきくのえむありしにのえむありしにのえむありしに。。。このおとゞつくらしめこのおとゞつくらしめこのおとどつくらしめ給たま給たまたまへりけるへりけるえりける詩し詩ししををを。。。
  15. 15みかどかしこくかんじみかどかしこくかんじみかどかしこくかんじ給たま給たまたまひてひていて。。。御衣みけし御衣みけしみけしたまはりたまはりたまわり給たま給たまたまへりしへりしえりしををを。。。つくしにもてくだらしめつくしにもてくだらしめつくしにもてくだらしめ給たま給たまたまへりければへりければえりければ御ご御ごごらんずるにらんずるにらんずるに。。。いとゞそのおりおぼしめしいでゝつくらせいとゞそのおりおぼしめしいでゝつくらせいとどそのおりおぼしめしいでてつくらせ給たま給たまたまけるけるける。。。
  16. 16去さ去ささ年年年今いま今いまいま夜よ夜よよ侍はべ侍はべはべ涼すず涼すずすず。。。秋あき秋あきあき思おも思おもおも詩し詩しし篇篇篇獨獨獨斷斷斷腸腸腸。。。
  17. 17恩おん恩おんおん賜賜賜御おん御おんおん衣衣衣今いま今いまいま在在在此此此。。。捧捧捧持も持もも每每每日ひ日ひひ拜拜拜餘あま餘あまあま香か香かか。。。
  18. 18このこのこの詩し詩ししいとかしこくいとかしこくいとかしこく人〳〵ひとびと人〳〵ひとびとひとびとかむじかむじかむじ申まう申まうもうされきされきされき。。。このこのこの事こと事ことことどもたゞどもたゞどもただちり〴〵ちり〴〵ちりじりなるにもあらずなるにもあらずなるにもあらず。。。かのつくしにてつくりあつめさせかのつくしにてつくりあつめさせかのつくしにてつくりあつめさせ給たま給たまたまへりけるへりけるえりけるををを。。。
  19. 19かきあつめかきあつめかきあつめ一ひと一ひとひと巻まき巻まきまきとせしめとせしめとせしめ給たま給たまたまててて集しふ集しふしゅうとなづけられたりとなづけられたりとなずけられたり。。。又また又またまたおり〳〵おり〳〵おりおりののの歌うた歌うたうたかきかきかきをををかせかせかせ給たま給たまたまへりけるへりけるえりけるををを。。。をのづからよにちりきこえしなりをのづからよにちりきこえしなりおのずからよにちりきこえしなり。。。よつぎがわかうよつぎがわかうよつぎがわこう侍はべ侍はべはべりしりしりし時とき時ときときこのこのこの事こと事ことことのせめてあはれにかなしくのせめてあはれにかなしくのせめてあわれにかなしく侍はべ侍はべはべりしかばりしかばりしかば。。。
  20. 20大學だいがく大學だいがくだいがくののの衆しう衆しうしゅうどもどもどものののにににはははいますかりしいますかりしいますかりしををを。。。とひたづねかたらとひたづねかたらといたずねかたらひとりてひとりてひとりて。。。うじてうじてうじて。。。うちぐしてまかりつゝならうちぐしてまかりつゝならうちぐしてまかりつつならひとりてひとりてひとりて侍はべ侍はべはべりしかどりしかどりしかど。。。
  21. 21おいのけのおいのけのおいのけのはははなななはははだしきとだしきとだしきとははは。。。みなこそわすれみなこそわすれみなこそわすれ侍さぶらひ侍さぶらひさぶらいにけれにけれにけれ。。。これこれこれはははたゞすこぶるおぼえたゞすこぶるおぼえただすこぶるおぼえ侍はべ侍はべはべるなりといへばるなりといへばるなりといえば。。。きくきくきく人〳〵ひとびと人〳〵ひとびとひとびとげに〳〵げに〳〵げにげにいみじきすきものにもものゝいみじきすきものにもものゝいみじきすきものにもものの給たま給たまたまひけるかなひけるかないけるかな。。。
  22. 22今いま今いまいまののの人ひと人ひとひとはははさるさるさる心こころ心こころこころありなんやとかむじあへりありなんやとかむじあへりありなんやとかむじあえり。。。またまたまた雨あめ雨あめあめのののふるふるふる日ひ日ひひうちながめうちながめうちながめ給たま給たまたまててて。。。
  23. 23雨あめ雨あめあめのしたかのしたかのしたかはははけるけるける程ほど程ほどほどのなければやのなければやのなければやきてしきてしきてしひるひるひるよしもなきよしもなきよしもなき
  24. 24やがてかしこにてやがてかしこにてやがてかしこにてうせうせうせ給たま給たまたまへるへるえる。。。よのよのよのうちにうちにうちに北野きたの北野きたのきたのにそこらのにそこらのにそこらの松まつ松まつまつをををおほさしめおほさしめおおさしめ給たま給たまたまててて。。。渡わた渡わたわたりすみりすみりすみ給たま給たまたまをををこそこそこそははは。。。たゞたゞただ今いま今いまいまののの宮みや宮みやみやととと申まう申まうもうてててあらあらあらにおはしますめれにおはしますめれにおわしますめれ。。。
  25. 25おほやけもおほやけもおおやけも行幸ぎやうかう行幸ぎやうかうぎょうこうせしめせしめせしめ給たま給たまたま。。。いとかしこくあがめいとかしこくあがめいとかしこくあがめ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり給たま給たまたまめりめりめり。。。つくしのおはしましつくしのおはしましつくしのおわしまし所ところ所ところところははは。。。といひておほやけよりといひておほやけよりといいておおやけより別當べつたう別當べつたうべっとう所ところ所ところところ司し司ししなどなさせなどなさせなどなさせ給たま給たまたまててて。。。
  26. 26いとやむごとなしいとやむごとなしいとやむごとなし。。。内裏だいり内裏だいりだいりやけてやけてやけてたび〳〵たび〳〵たびたびつくらしめつくらしめつくらしめ給たま給たまたまひしもひしもいしも圓融院ゑんゆうゐん圓融院ゑんゆうゐんえんゆういんののの御時おほんとき御時おほんときおおんときののの事こと事ことことなりなりなり。。。たくみどもたくみどもたくみどもをををいといといとうるはしくかなかきてまかりうるはしくかなかきてまかりうるわしくかなかきてまかり出い出いいつゝつゝつつ。。。
  27. 27又また又またまたのあしたにまいりてのあしたにまいりてのあしたにまいりて見み見みみるにるにるに。。。きのきのきのふのふのふのうらいたにうらいたにうらいたに物もの物ものもののすゝけてみゆるところのありければのすゝけてみゆるところのありければのすすけてみゆるところのありければ。。。はしにのぼりてみるにはしにのぼりてみるにはしにのぼりてみるに。。。よのよのよのうちにむしのうちにむしのうちにむしのはははめるなりけりめるなりけりめるなりけり。。。そのもじそのもじそのもじははは。。。
  28. 28つくるともつくるともつくるとも又また又またまたもやけなんすがはらやむねのいたまのあはむかぎりもやけなんすがはらやむねのいたまのあはむかぎりもやけなんすがわらやむねのいたまのあわむかぎりははは
  29. 29とこそありけれとこそありけれとこそありけれ。。。それもこのそれもこのそれもこの北野きたの北野きたのきたののあらはしのあらはしのあらわし給たま給たまたまへるとこそへるとこそえるとこそははは申まう申まうもうめりしかめりしかめりしか。。。かくてこのおとゞかくてこのおとゞかくてこのおとどはははつくしにおはしてつくしにおはしてつくしにおわして。。。延喜えんぎ延喜えんぎえんぎ三年さんねん三年さんねんさんねんみづのとのゐみづのとのゐみずのとのい二月にぐわつ二月にぐわつにがつ二十五日にじふごにち二十五日にじふごにちにじゅうごにちにににうせうせうせ給たま給たまたましぞかししぞかししぞかし。。。御歲おほんとし御歲おほんとしおおんとし五十九ごじふく五十九ごじふくごじゅうく。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

筑紫にお着きになって、しみじみと心細くお思いになる夕べ、遠くのあちこちに煙が立つのをご覧になって、

夕されば野にも山にも立つ煙なげきよりこそ燃えまさりけれ

また、雲が浮かんで漂うのをご覧になっても、

山別れ飛びゆく雲の帰り来るかげ見る時はなほたのまれぬ

それでもいつかは(許される)と、世をお思いになっていたのでしょう。月の明るい夜、

海ならずたたよふ水の底までも清き心は月ぞ照らさむ

これはたいそう見事にお詠みになったものですよ。まことに、月や日こそ(その清い心を)照らしてくださるだろうというのでしょう。

まったく、恐ろしいほどすばらしいことはもちろんとして、このような歌や詩などまでを、たいへんなめらかに、由緒ありげに語り続けなさるので、見聞きする人々は目もくらむほど驚き、しみじみと見守っていた。ものの道理をわきまえた人なども、すぐ近くまで寄ってきて、よそ見もせずに見聞きしている様子を見て、(世継は)ますます張り切って、ものを繰り出すように語り続けるさまは、まことにおもしろいことよ。繁樹は涙をぬぐいながら感じ入っていた。

「筑紫でお住まいの所は、門も閉ざしていらっしゃる。大弐の役所ははるか遠いけれども、楼の上の瓦などが、見るつもりもないのに自然とご覧になれたので、また、すぐ近くに観音寺という寺があったので、その鐘の音をお聞きになってお作りになった詩ですよ。

都府楼はわづかに瓦の色を看る 観音寺はただ鐘の声を聴く

これは白氏文集の白居易の「遺愛寺の鐘は枕をそばだてて聴き、香炉峰の雪は簾をかかげて看る」という詩よりもまさるようにお作りになったと、昔の博士たちは申しました。また、あの筑紫で九月十日に菊の花をご覧になったついでに、まだ京にいらしたとき、九月の今宵、内裏で菊の宴があったときに、この大臣がお作りになった詩を、帝がたいへん感心なさって、御衣をお与えになったのを、筑紫に持っていらしていたのをご覧になって、ますますそのときのことを思い出しなさってお作りになった(詩)。

去年の今夜清涼に侍す 秋思の詩篇ひとり腸を断つ

恩賜の御衣は今ここに在り 捧げ持ちて毎日余香を拝す

この詩はたいへん見事だと人々は感心申し上げました。これらのことは、ただばらばらにあるのではありません。あの筑紫で作り集めなさったものを、書き集めて一巻となさって、「後集」と名づけられたのです。また折々の歌を書き置きなさっていたのを、自然と世に散り広まったのです。世継が若うございましたとき、このことがむやみにしみじみと悲しく思われましたので、大学寮の学生たちで、少し事情に通じた人がいらしたのを、訪ね求めて話し相手にして、しかるべき餌袋や破子のようなもの(弁当)を用意して、それを持って通っては習い取りましたが、年老いてぼけがひどくなってからは、みな忘れてしまいました。これはただ、少しばかり覚えているのです」と言うと、聞く人々は「なるほど、なるほど、たいへんな風流人がものをおっしゃったものだな。今の人には、こんな心があるだろうか」と感心しあった。

(道真は)また、雨の降る日に、もの思いにふけりながら、

雨の下乾ける程のなければや着てし濡れ衣干るよしもなき

そのまま、かの地でお亡くなりになった(その霊が)、一夜のうちに北野にたくさんの松をお生やしになって、移り住みなさったのが、今の北野宮と申して、現人神でいらっしゃるようです。朝廷も行幸をなさる。たいへん丁重にあがめ申し上げていらっしゃるようです。筑紫のお住まいだった所は、安楽寺といって、朝廷から別当や所司などを任命なさって、たいへん尊いところです。

内裏が焼けて、たびたび造営させなさったのも、円融院の御時のことである。大工たちが裏板どもをたいそうきれいに鉋をかけて退出し、翌朝に参って見ると、昨日の裏板に何かすすけたように見えるところがあったので、はしごに上って見ると、一夜のうちに虫が食った(跡がある)のであった。その文字は、

造るともまたも焼けなむ菅原や棟の板間の合はむかぎりは

とあったのです。それもこの北野(の神)があらわしなさったのだと申したようです。こうしてこの大臣は筑紫にいらして、延喜三年癸亥二月二十五日にお亡くなりになったのですよ。御年五十九。

意訳

大宰府での道真の暮らしが、歌と詩によって語られる。夕べの煙を見れば自分の嘆きのほうが激しく燃えると詠み、空を漂う雲を見ればいつか都に帰れるかと期待し、明るい月には自分の清い心を照らしてほしいと訴える。無実の罪を晴らしたいという思いが、どの歌にも貫かれている。

世継は歌や詩をすらすらと暗誦してみせ、聞く人々は目を見張って聞き入る。繁樹は涙をぬぐう。世継は、若いころ道真の悲運に心を打たれ、弁当持参で大学寮の学生のところへ通って詩を習ったのだと打ち明け、人々は「今の人にこんな心があるだろうか」と感心する。語る場の熱気までが生き生きと描かれている。

「都府楼はわづかに瓦の色を看る」の詩は、門を閉ざして謹慎する道真の境遇を、白居易の名句をふまえて詠む。「恩賜の御衣」の詩は、前年の重陽の宴で醍醐天皇から賜った衣を毎日捧げ持って、残り香を拝するという、帝への変わらぬ忠誠を詠んだもので、後世ひろく愛誦された。最後に、道真が亡くなって北野天満宮に祀られ、内裏の再建のたびに虫食いの歌が現れたという話で、道真が神となって世を動かす存在になったことが示される。

語釈・文法注

をちかた
遠方。遠くのほう。
なをたのまれぬ
やはり(帰れるのではないかと)あてにしてしまう。「れ」は自発。
おどろ〳〵しき
恐ろしいほど大げさな、すさまじい。
ゆゑ〳〵しう
由緒ありげに。いかにも趣深く。
ほかめせず
よそ見をせず。
はへて
映えて。張り合いを感じて、張り切って。
大貳のゐどころ
大宰大弐の役所。大宰府の政庁。実務を執る次官の大弐が長官代わりだった。
都府樓
大宰府の政庁の楼門。
觀音寺
観世音寺。大宰府政庁の東にある寺。梵鐘が今も残る。
白居易
中唐の詩人(772〜846)。その詩文集『白氏文集』は平安貴族に広く愛読された。
遺愛寺
『白氏文集』の「香炉峰下新たに山居をトし…」の詩句。『枕草子』の「香炉峰の雪」の段でも知られる。
菊のえむ
菊の宴。九月九日の重陽の節会。
清涼
清涼殿。天皇の日常の御殿。
後集
『菅家後集』。道真が大宰府で作った詩を集めたもの。
なまふがう
生富豪か。少し事情に通じた者、ものをよく知っている者の意か。
ゑぶくろわりご
餌袋と破子(わりご)。食べ物を入れて持ち歩く袋と、仕切りのある弁当箱。
ぬれぎぬ
濡れ衣。無実の罪。
北野宮
北野天満宮。天暦元年(947)に社殿が造られ、のち天皇の行幸もあった。
あら人神
現人神。人の姿で現れた神。ここでは神として祀られた道真。
安樂寺
道真の墓所に建てられた寺。今の太宰府天満宮。
うらいた
裏板。屋根の裏に張る板。

文法

もえまさりけれ
「こそ〜けれ」の係り結び。燃えまさるのだなあ。
てらさむ
「む」は推量。照らすだろう。
てらし給はめとこそはあめれ
「め」は「む」の已然形(「こそ」の結び)。「あめれ」は「あるめれ」の撥音便の無表記。
ありなんや
「なん」は強意+推量、「や」は反語。あるだろうか、いやないだろう。
やけなん
「な」は強意、「ん」は推量。きっと焼けるだろう。

和歌・漢詩

夕されば野にも山にもたつけぶりなげきよりこそもえまさりけれ

作者
菅原道真
状況
大宰府に着いた夕べ、遠くに立つ煙を見て詠んだ歌。夕方になると野にも山にも煙が立つ。その煙は、私の嘆きの「木」からこそ、いっそう燃え上がっているのだ。

修辞

掛詞
「なげき」に「嘆き」と「投げ木(薪)」をかける。
縁語
「けぶり」「なげき(投げ木)」「もえ」。

山わかれとびゆく雲のかへりくるかげ見るときはなをたのまれぬ

作者
菅原道真
状況
空を漂う雲を見て詠んだ歌。山を離れて飛んでいく雲が、また戻ってくる姿を見るときは、(自分も都に帰れるのではないかと)やはり期待してしまう。

修辞

寓意
山を離れても帰ってくる雲に、都へ帰る日を重ねる。

うみならずたゞよふ水のそこまでもきよき心は月ぞてらさむ

作者
菅原道真
状況
月の明るい夜に詠んだ歌。海よりも深くたたえた水の底までも、私の清い心は月が照らしてくれるだろう。自分の潔白を天が知っていると訴える。

修辞

寓意
「月」に、天、また帝の明察をたとえる。

都府樓纔看瓦色。觀音寺只聽鐘聲。

作者
菅原道真
状況
大宰府で門を閉ざして暮らすなかで詠んだ詩句(「不出門」の一節)。書き下しは「都府楼は纔(わづ)かに瓦の色を看る、観音寺は只鐘の声を聴く」。外に出ることもなく、都府楼はわずかにその瓦の色を見るだけ、観音寺はただその鐘の音を聞くだけだ。

修辞

対句
「都府楼」と「観音寺」、「看る」と「聴く」。
本歌取り
白居易の「遺愛寺鐘欹枕聴、香炉峰雪撥簾看」をふまえる。

去年今夜侍清涼。秋思詩篇獨斷腸。恩賜御衣今在此。捧持每日拜餘香。

作者
菅原道真
状況
大宰府で迎えた九月十日、前年の重陽の宴の翌日(後宴)に醍醐天皇から衣を賜ったことを思い出して詠んだ詩「九月十日」。書き下しは「去年の今夜清涼に侍す、秋思の詩篇独り腸を断つ。恩賜の御衣今此(ここ)に在り、捧持して毎日余香を拝す」。

修辞

対比
去年の宮中の栄誉と、今の配所の孤独。
表現
「余香を拝す」に、帝への変わらぬ忠誠をこめる。

雨のしたかはける程のなければやきてしぬれぎぬひるよしもなき

作者
菅原道真
状況
雨の降る日に詠んだ歌。天の下には乾いている所がないからだろうか、着せられた濡れ衣が、乾く手だてもない。

修辞

掛詞
「あめのした」に「雨の下」と「天の下(世の中)」、「ぬれぎぬ」に「濡れた衣」と「無実の罪」をかける。

つくるとも又もやけなんすがはらやむねのいたまのあはむかぎりは

作者
北野の神(菅原道真の霊)
状況
円融天皇の代、内裏を造営したとき、裏板に虫食いの跡となって現れたという歌。造っても、また焼けるだろう。菅原の(私の)胸の痛みが癒えないかぎりは。

修辞

掛詞
「すがはら」に「菅原」と「菅(すが)の原」、「むねのいたま」に「棟の板間」と「胸の痛ま(痛み)」、「あはむ」に「(板が)合はむ」と「(傷が)合はむ(ふさがる)」をかける。

解説

「都府楼は纔かに瓦の色を看る」の詩は『菅家後集』に「不出門」として収められ、『和漢朗詠集』にも採られた。白居易の香炉峰の詩をふまえながら、謹慎の身を表した名句として名高い。

「恩賜の御衣」の詩も『菅家後集』に載る。前年の昌泰三年(900)九月十日、重陽の後宴で道真が詠んだ「秋思」の詩に感じた醍醐天皇が御衣を与えた。その一年後、大宰府でこの詩を作ったのである。

道真は延喜三年(903)二月二十五日、大宰府で亡くなった。その後、都で落雷や疫病が相次ぎ、道真の怨霊のしわざと恐れられた。天暦元年(947)に北野に社殿が造られ、永延元年(987)には一条天皇の勅祭が行われるなど、朝廷から篤く崇敬された。

関連

出典

底本
経済雑誌社編『国史大系』第17巻(大鏡) 経済雑誌社、明治34年(1901)、494〜497頁(コマ263–264)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日