おくのほそ道 第42章
汐越の松
加賀と越前の境、吉崎の入江を舟で渡り、汐越の松を訪ねる。西行作と伝える「終宵嵐に波をはこばせて月をたれたる汐越の松」の一首を掲げ、この歌ですべての景色が言い尽くされている、それ以上何かを加えるのは無用の指を立てるようなものだと述べる。

現代語訳
越前との国境、吉崎の入江を舟で渡り、汐越の松を訪ねる。
終宵嵐に波をはこばせて月をたれたる汐越の松 西行(一晩じゅう吹く嵐に波を運ばせて、その波のしずくに月の光をしたたらせている汐越の松よ)
この一首で、この地の数々の景色は言い尽くされている。もし一言でもつけ加える者があれば、それは五本の指にもう一本無用の指を立てるようなものだ。
意訳
汐越の松は、海に向かって枝を差しのべる松の名所であった。芭蕉は、西行の歌とされる一首を掲げるだけで、自分の句を詠まない。
「無用の指」は、『荘子』の「駢拇枝指(べんぼしし)」、つまり足の親指と人差し指がくっついたものや、六本目の指のような、余分なものをいう。すでに完璧に詠まれた景色に、自分の句を加えるのは蛇足である――松島で句を詠まなかったのと同じく、沈黙によって景色と古歌をたたえている。
語釈・文法注
- 吉崎の入江
- 加賀と越前の国境にある入江。北潟湖。福井県あわら市。蓮如が吉崎御坊を開いた地としても知られる。
- 汐越の松
- 吉崎の入江に面した浜坂の岬にあった松。
- 西行
- 西行(1118〜1190)。平安末期の歌僧。この歌は西行の家集には見えず、蓮如の作ともいわれる。
- 一辨
- ひとこと。
- 無用の指
- 『荘子』騈拇篇の「駢拇枝指」による。余分な指のように、無用で余計なもののたとえ。
文法
- はこばせて
- 「せ」は使役。(嵐に)運ばせて。
- 月をたれたる
- 「たれ」は下二段動詞「垂る」の連用形で、したたらせる。月の光をしずくのようにしたたらせている。
- 盡たり
- 「たり」は完了。言い尽くしている。
発句・和歌
終宵嵐に波をはこばせて月をたれたる汐越の松
- 作者
- 西行(と伝える)
- 状況
- 吉崎の汐越の松を詠んだ歌。夜通しの嵐が運んだ波しぶきが松の枝にかかり、そこに月の光が宿ってしずくのように垂れるさまを詠む。西行の作と伝えるが、確かではない。
修辞
- 擬人法
- 松が嵐に波を「運ばせ」、月の光を「垂れる」と、松を主体として描く。
解説
曾良と別れた芭蕉は、金沢から同行してきた立花北枝とともに旅を続けている。吉崎の入江は北潟湖のことで、芭蕉は全昌寺を出た八月六日ごろに訪れたと考えられる。汐越の松は、のちに枯れ、現在は芦原ゴルフクラブの敷地内に跡がある。
この歌は西行の歌集には見えず、浄土真宗の蓮如の作とする説もある。芭蕉は西行の作と信じて、旅の中で慕い続けた西行への敬意を表している。
関連
出典
- 底本
- 藤村作編『奥の細道』 至文堂、昭和5年(1930)、32〜33頁(コマ25)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日