おくのほそ道 第41章
全昌寺
大聖寺の全昌寺に泊まる。前の夜、曾良も同じ寺に泊まり、「終宵秋風聞やうらの山」と書き残していた。一夜を隔てた別れは千里を隔てるのと同じ。翌朝、句を求めて追ってくる若い僧たちに、「庭掃て出るや寺に散柳」と書き捨てて旅立つ。

- 1のののといふといふという寺寺てらにとまるにとまるにとまる。。。猶猶なお加加か賀賀がののの地也地也ちなり。。。曾良曾良そらももも前前まえののの夜此寺夜此寺よこのてらににに泊泊とまりててて、、、
- 2やうらのやうらのようらの山山やま
- 3ととと殘殘のこすすす。。。一夜一夜いちやのののににに同同おなじじじ。。。吾吾われももも秋風秋風あきかぜををを聞聞ききてててににに臥臥ふせばばば、、、明明あぼのゝぼのゝぼのの空空そら近近ちこううう、、、讀經聲讀經聲どきょうごえすむまゝにすむまゝにすむままに、、、てててににに入入い。。。けふけふきょうははは越前越前えちぜんののの國國くにへへへととと、、、にしてにしてにして堂下堂下どうかににに下下くだるるるををを、、、若若わかききき僧僧そうどもどもども紙硯紙硯かみすずりをををかゝえかゝえかかえ階階きざわしのもとまでのもとまでのもとまで追來追來おいきたるるる。。。折節庭中折節庭中おりふしていちゅうののの柳柳やなぎ散散ちればればれば、、、
- 4庭掃庭掃にわはきててて出出いずるやるやるや寺寺てらににに散柳散柳ちるやなぎ
- 5とりあへぬさましてとりあへぬさましてとりあえぬさまして、、、草鞋草鞋わらじながらながらながら書書か捨捨すつつつ。。。
現代語訳
大聖寺の城下のはずれ、全昌寺という寺に泊まる。まだ加賀の国である。曾良も前の夜にこの寺に泊まって、
終宵秋風聞やうらの山(一晩じゅう眠れずに、裏山を吹く秋風の音を聞いていることだ)
と書き残していた。一夜を隔てただけでも、千里も離れているのと同じことだ。私も秋風の音を聞きながら修行僧の寮に寝ていると、明け方の空が近くなり、読経の声が澄んで聞こえてくるうちに、食事の合図の鐘板が鳴って、食堂に入る。今日は越前の国へと、心せかれる思いで堂の下に下りると、若い僧たちが紙や硯をかかえて、階段の下まで追いかけてくる。ちょうど庭の柳の葉が散っていたので、
庭掃て出るや寺に散柳(一夜の宿のお礼に庭を掃いて出たいところだが、その庭に柳の葉が散りしいている)
と、とりあえずの様子で、草鞋をはいたまま書き捨てた。
意訳
一日違いで同じ寺に泊まった曾良の句が残されている。その句の「終宵秋風聞や」には、病の身で眠れぬまま、芭蕉を思う寂しさがこもる。芭蕉は「一夜の隔千里に同じ」と、わずか一晩の差が、千里の隔たりのように感じられる心をつづる。
翌朝の禅寺の情景は、すがすがしく、きびきびとしている。読経・鐘板・食堂と、寺の朝の規律正しい時間が流れる中、旅を急ぐ芭蕉を若い僧たちが追いかけて句を求める。
寺に泊まった客は、礼として庭を掃いて出るのが禅寺の作法であった。芭蕉はそれを句にし、散る柳とともに一夜の宿への感謝を詠んで、草鞋をはいたまま書き捨てて去っていく。
語釈・文法注
- 大聖持
- 大聖寺。加賀藩の支藩、大聖寺藩の城下町。石川県加賀市。底本は「大聖持」と刷る。
- 全昌寺
- 大聖寺にある曹洞宗の寺。山中温泉の泉屋の菩提寺。
- 終宵
- 一晩じゅう。夜通し。
- 一夜の隔千里に同じ
- 一晩隔たっているだけでも、千里離れているのと同じ。
- 衆寮
- 修行僧の寮。
- 鐘板
- 禅寺で食事などの合図に打ち鳴らす雲版(板)。
- 食堂
- 禅寺の食事をする建物。
- 早卒
- あわただしいこと。
文法
- 泊て
- 「とまりて」。泊まって。
- 臥ば
- 「臥(ふせ)ば」は已然形+「ば」。寝ていると。
- 空近う
- 「近く」のウ音便。(明け方の)空が近くなって。
- 追來る
- 「追ひ来たる」。追いかけてくる。
- とりあへぬさまして
- とりあえずの様子で。あわただしく。
発句・和歌
終宵秋風聞やうらの山
- 作者
- 河合曾良
- 状況
- 芭蕉より一日早く全昌寺に泊まった曾良が、病の身で眠れぬ夜に、裏山を吹く秋風を聞いて詠み残した句。季語は「秋風」で秋。
修辞
- 季語
- 秋風。秋。
- 切れ字
- 「や」。
庭掃て出るや寺に散柳
- 作者
- 松尾芭蕉
- 状況
- 全昌寺を旅立つ朝、句を求める若い僧たちに書き与えた句。寺に泊まった者は庭を掃いて出るという作法と、散る柳の葉とを取り合わせる。季語は「散柳(柳散る)」で秋。
修辞
- 季語
- 散る柳(柳散る)。秋。
- 切れ字
- 「や」。
解説
曾良の『随行日記』によれば、曾良は八月五日に全昌寺に泊まり、芭蕉は翌六日に泊まっている。全昌寺には今も芭蕉と曾良の句碑があり、芭蕉が泊まった部屋が再現されている。
「庭掃て」の句は、実際には書きかけのまま渡したとも伝えられ、「とりあへぬさまして」はその様子を表しているとも言われる。旅を急ぐ芭蕉と、句を求める若い僧たちとの、ほほえましい一場面である。
関連
出典
- 底本
- 藤村作編『奥の細道』 至文堂、昭和5年(1930)、32頁(コマ25)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日