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おくのほそ道 第38章

多太神社

加賀の小松で、地名のやさしい響きを「しほらしき名や小松吹萩すゝき」と詠む。多太神社に参詣し、斎藤実盛の甲と錦の切れを拝する。白髪を染めて戦い討ち死にした老将実盛をしのび、「むざんやな甲の下のきり〴〵す」と詠む。

多太神社で、斎藤実盛の甲を拝する芭蕉(AI生成)
多太神社で、斎藤実盛の甲を拝する芭蕉
  1. 1ととと云い云いい所ところ所ところところにてにてにて
  2. 2名な名ななややや小松吹萩こまつふくはぎ小松吹萩こまつふくはぎこまつふくはぎすゝきすゝきすすき
  3. 3ののの神社じんじや神社じんじやじんじゃににに詣まう詣まうもう。。。がががのののありありあり。。。往昔そのかみ往昔そのかみそのかみ源氏げんじ源氏げんじげんじににに屬ぞく屬ぞくぞくせしせしせし時とき時ときとき、、、義朝公よしともこう義朝公よしともこうよしともこうよりよりより給たま給たまたまはははらせらせらせ給たま給たまたまとかやとかやとかや。。。げにもげにもげにものものにあらずのものにあらずのものにあらず。。。よりよりよりしまでしまでしまで、、、菊きく菊きくきくからからから草くさ草くさくさのののほりものほりものほりもの、、、金こがね金こがねこがねをををちりばめちりばめちりばめ、、、にににたりたりたり。。。
  4. 4眞盛討死さねもりうちじに眞盛討死さねもりうちじにさねもりうちじにののの後のち後のちのち、、、木曾義仲願狀きそよしなかぐわんじやう木曾義仲願狀きそよしなかぐわんじやうきそよしなかがんじょうにそへてにそへてにそえて、、、此こ此ここ社やしろ社やしろやしろにこめられにこめられにこめられ侍はべ侍はべはべよしよしよし、、、ののの次郎じらう次郎じらうじろうががが使つかひ使つかひつかいせしせしせし事共ことども事共ことどもことども、、、まのあたりまのあたりまのあたり緣記えんぎ緣記えんぎえんぎにみえたりにみえたりにみえたり。。。
  5. 5むざんやなむざんやなむざんやな甲かぶと甲かぶとかぶとののの下した下したしたののの

引用の仕方

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現代語訳

小松という所で、

しほらしき名や小松吹萩すゝき(小松とは、なんとかわいらしい名だろう。その小松に吹く風が、萩や芒をそよがせている)

ここの多太神社に参詣する。実盛の甲と錦の直垂の切れがある。その昔、実盛が源氏に属していたとき、源義朝公からいただいたものだとかいうことだ。なるほど、ふつうの侍の持ち物ではない。目庇から吹返しまで、菊唐草の彫り物に金をちりばめ、龍頭に鍬形を打ってある。実盛が討ち死にしたあと、木曾義仲が祈願状に添えて、この神社に奉納されたということや、樋口次郎兼光がその使いをしたことなどが、目の前に見るように神社の縁起に記されている。

むざんやな甲の下のきり〴〵す(なんと痛ましいことか。白髪を黒く染めて戦い、討たれた実盛の甲の下で、こおろぎがわびしく鳴いている)

意訳

小松の句は、地名「小松」のかわいらしい響きと、そこに吹く秋風になびく萩や芒とを重ね、土地への挨拶とした句である。

斎藤実盛は、はじめ源義朝に仕え、のちに平家に属した老武者である。木曾義仲との戦いで、七十歳を過ぎた身を若く見せようと白髪を黒く染めて出陣し、討ち死にした。首を洗うと白髪が現れ、幼いころ実盛に命を救われた義仲は、その首を見て涙を流したという(『平家物語』)。

「むざんやな」は、謡曲「実盛」の中で、樋口兼光が実盛の首を見て言う「あなむざんやな」をそのまま取り入れた言葉である。きらびやかな甲の下で鳴くこおろぎの声は、老将の無念と、時を越えて残る甲のわびしさとを一つに伝えている。

語釈・文法注

小松
加賀国の小松。石川県小松市。
しほらしき
かわいらしい。可憐な。
太田の神社
多太神社。小松市上本折町。底本は「太田」と刷る。
眞盛
斎藤別当実盛(?〜1183)。はじめ源氏、のちに平家に仕えた武将。篠原の戦いで、白髪を染めて奮戦し、木曾義仲の軍に討たれた。底本は「眞盛」と刷る。
甲
兜。底本の頭注に「甲は冑の誤」とある。
錦の切
錦の直垂(鎧の下に着る衣)の切れ端。
平士
ふつうの身分の侍。
目庇
兜の前のひさし。
吹返
兜の左右の、耳のあたりで外側に反り返った部分。
龍頭
兜の前立てについた、竜の頭の飾り。
鍬形
兜の前立ての、二本の角のような飾り。
樋口の次郎
樋口次郎兼光。木曾義仲の家臣。実盛の首を見て、実盛であると見分けた。
きり〴〵す
今のこおろぎ。

文法

給はらせ給とかや
「給はら」は「賜る(いただく)」、「せ給」は最高敬語。(義朝公から)いただかれたとかいうことだ。
げにも
なるほど。本当に。
こめられ侍よし
「こめ」は奉納する。「られ」は尊敬。奉納されたということ。
むざんやな
「むざん(無残)」に詠嘆の「や」「な」がついた形。なんと痛ましいことか。

発句・和歌

しほらしき名や小松吹萩すゝき

作者
松尾芭蕉
状況
加賀の小松で、地名のかわいらしい響きをとらえ、小松に吹く秋風になびく萩や芒を詠んだ挨拶の句。季語は「萩」「すゝき」で秋。

修辞

季語
萩・すゝき(芒)。秋。
切れ字
「や」。
掛詞
「小松」に、地名と小さな松を掛ける。

むざんやな甲の下のきり〴〵す

作者
松尾芭蕉
状況
多太神社で、斎藤実盛の甲を拝し、その最期をしのんで詠んだ句。謡曲「実盛」の「あなむざんやな」をふまえる。季語は「きりぎりす(今のこおろぎ)」で秋。

修辞

季語
きりぎりす。秋。
切れ字
「な」。
引用
謡曲「実盛」の「あなむざんやな」。

解説

曾良の『随行日記』によれば、七月二十四日に金沢を発って小松に入り、二十五日に多太神社に参詣している。実盛の甲は今も多太神社に伝わり、国の重要文化財に指定されている。

「むざんやな」の句は、はじめ「あなむざんや甲の下のきりぎりす」と詠まれ、謡曲の言葉をより直接に引いていた。のちに推敲されて、現在の形となった。実盛の最期は、『平家物語』巻七「実盛」や謡曲「実盛」によって広く知られていた。

関連

出典

底本
藤村作編『奥の細道』 至文堂、昭和5年(1930)、30〜31頁(コマ24)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日