おくのほそ道 第37章
金沢
倶利伽羅峠を越えて七月十五日に金沢に着く。会うのを楽しみにしていた門人の小杉一笑が前年の冬に亡くなっていたと知り、追善の会で「塚も動け我泣聲は秋の風」と慟哭する。草庵での句、道中の句と、秋の句が続く。

- 1卯卯うののの花山花山はなやま、、、谷谷たにをををこえてこえてこえて、、、ははは七月中七月中しちがつなかののの五日也五日也いつかなり。。。爰爰ここににに大坂大坂おおざかよりかよふよりかよふよりかようととと云者有云者有いうものあり。。。それがそれがそれが旅宿旅宿りょしゅくをををともにすともにすともにす。。。
- 2ととと云云いものものものははは、、、此此こ道道みちにすけるにすけるにすける名名なのののほの〴〵ほの〴〵ほのぼの聞聞きこえてえてえて、、、世世よににに知人知人しるひとももも侍侍はべりしにしにしに、、、去年去年こぞののの冬早世冬早世ふゆそうせいしたりとてしたりとてしたりとてををを催催もよおすにすにすに、、、
- 3ももも動動うごけけけ我泣聲我泣聲わがなくこえははは秋秋あきののの風風かぜ
- 4あるあるある草庵草庵そうあんにいざなはれてにいざなはれてにいざなわれて
- 5秋秋あき涼涼すずししし手毎手毎てごとにむけやにむけやにむけや瓜茄子瓜茄子うりなすび
- 6
- 7あか〳〵あか〳〵あかあかととと日日ひはははもあきのもあきのもあきの風風かぜ
現代語訳
卯の花山・倶利伽羅が谷を越えて、金沢に着いたのは七月十五日である。ここで、大坂から行き来している商人の何処という者がいて、その人と宿を同じくする。
一笑という者は、俳諧の道に打ち込んでいるとの評判がしだいに伝わって、世間でも名を知る人がいたのに、去年の冬に若くして亡くなったということで、その兄が追善の句会を催したので、
塚も動け我泣聲は秋の風(塚よ、動いてくれ。私の泣く声は、秋の風となってこの塚を吹きめぐっている)
ある草庵に招かれて、
秋涼し手毎にむけや瓜茄子(秋の涼しさが感じられる。皆それぞれ手に手に瓜や茄子の皮をむいて、もてなしの心を味わおう)
道中で詠んだ句
あか〳〵と日は難面もあきの風(夕日は素知らぬ顔で赤々と照りつけて暑いが、吹く風にはもう秋の気配がある)
意訳
金沢には、芭蕉を慕う若い俳人、小杉一笑がいて、会えるのを楽しみにしていた。しかし一笑は前年の冬、三十六歳で亡くなっていた。その知らせを聞いた芭蕉の悲しみは、「塚も動け」という激しい呼びかけとなって噴き出す。『おくのほそ道』の中でも、もっとも激しい感情を表した句である。
追善の句のあとに、草庵でのくつろいだ句、道中の句が続く。瓜や茄子をむいて秋の涼しさを楽しむ句、残暑の夕日と秋風を対比させる句。深い悲しみのあとにも、旅は続き、季節はめぐっていく。
「あか〳〵と」の句は、「日はつれなくも」と、照りつける夕日を擬人化している。暦の上では秋になっても、日差しはまだ夏のように強い。それでも風には確かに秋が来ている――季節の移り変わりを、目と肌の感覚で鋭くとらえた句である。
語釈・文法注
- くりからが谷
- 倶利伽羅峠。越中と加賀の境の峠。木曾義仲が平家の大軍を破った古戦場(倶利伽羅峠の戦い)。
- 金澤
- 金沢。加賀百万石、前田家の城下町。
- 何處
- 大坂の商人で俳人の何処(かしょ)。
- 一笑
- 小杉一笑(1653〜1688)。金沢の茶商で、俳人。芭蕉を慕っていたが、芭蕉の来訪を待たず、前年の冬に三十六歳で亡くなった。
- 追善
- 死者の冥福を祈って供養すること。ここでは追善の句会。
- 塚
- 墓。一笑の墓は金沢の願念寺にある。
- 途中唫
- 旅の途中で詠んだ句。「唫」は「吟」と同じ。
- 難面
- つれなく。素知らぬ顔で。無情にも。
文法
- ほの〴〵聞えて
- ほのかに評判が伝わって。
- 侍しに
- 「し」は過去の助動詞「き」の連体形、「に」は逆接。いたのに。
- 塚も動け
- 「動け」は四段動詞「動く」の命令形。
- むけや
- 「むけ」は下二段動詞「むく」の命令形、「や」は呼びかけ。
発句・和歌
塚も動け我泣聲は秋の風
- 作者
- 松尾芭蕉
- 状況
- 金沢で、門人の小杉一笑の死を知り、その兄が催した追善の句会で詠んだ句。季語は「秋の風」で秋。
修辞
- 季語
- 秋の風。秋。
- 命令形
- 「塚も動け」。墓に呼びかけて激しい悲しみを表す。
- 見立て
- 自分の泣き声を秋風と一体のものとする。
秋涼し手毎にむけや瓜茄子
- 作者
- 松尾芭蕉
- 状況
- 金沢の門人の草庵に招かれ、もてなしの瓜や茄子を前に、秋の涼しさを楽しんで詠んだ挨拶の句。季語は「秋涼し」で秋。
修辞
- 季語
- 秋涼し。秋。
あか〳〵と日は難面もあきの風
- 作者
- 松尾芭蕉
- 状況
- 金沢から小松へ向かう途中で詠んだとされる句。照りつける夕日の暑さの中に、秋風の気配を感じとる。季語は「あきの風(秋の風)」で秋。
修辞
- 季語
- あきの風。秋。
- 擬人法
- 日(夕日)を「つれなく」と人のように表す。
- 対比
- 夏のような日差しと秋の風。
解説
曾良の『随行日記』によれば、七月十五日に金沢に着き、二十四日まで滞在している。一笑の追善の句会は二十二日に願念寺で行われた。一笑は芭蕉に会うことを楽しみにしていたが、元禄元年十二月六日に亡くなっていた。芭蕉はその死を、金沢に着いて初めて知ったという。
「あか〳〵と」の句は、金沢の犀川のほとりで詠まれたともいわれ、金沢市内に句碑が残る。この章から、句の季語は秋のものになり、旅が秋に入ったことが示されている。
関連
出典
- 底本
- 藤村作編『奥の細道』 至文堂、昭和5年(1930)、29〜30頁(コマ23–24)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日