おくのほそ道 第36章
那古の浦
黒部の四十八が瀬を渡り、越中の那古の浦に出る。歌枕の担籠の藤波を見に行こうとするが、宿もない淋しい所だとおどされて断念し、加賀に入る。早稲の香の中を進む思いを「わせの香や分入右は有磯海」と詠む。

- 1四十八四十八しじゅうはちがかかか瀨瀨せとかやとかやとかや。。。數數かずしらぬしらぬしらぬ川川がわをををわたりてわたりてわたりて、、、ととと云云い浦浦うらににに出出い。。。ののの藤浪藤浪ふじなみははは、、、春春はるならずともならずともならずとも、、、初秋初秋はつあきののの哀哀あわれとふべきものとふべきものとうべきものをををととと人人ひとににに尋尋たずればればれば、、、是是これよりよりより五里五里ごりいそいそいそ傳傳つたいひしてひしていして、、、むかふのむかふのむかうの山山やま陰陰かげにいりにいりにいり、、、蜑蜑あまのののふきかすかなればふきかすかなればふきかすかなれば、、、ののの一夜一夜いちやののの宿宿やどかすものあるまじといひかすものあるまじといひかすものあるまじといいをををどされてかゞのどされてかゞのどされてかがの國國くにににに入入い。。。
- 2香香かややや分入右分入右わけいるみぎははは
現代語訳
黒部四十八が瀬とかいう、数えきれないほどの川を渡って、那古という浦に出た。担籠の藤波は、春でなくとも、初秋の情趣もまた訪ねるべきものだと、人に尋ねると、「ここから五里、磯伝いに行って、向こうの山陰に入った所で、漁師の苫屋もまばらなので、一夜の宿を貸してくれる者もあるまい」とおどかされて、加賀の国に入った。
わせの香や分入右は有磯海(早稲の香りがただよう田の中を分け入って進んでいくと、右手には有磯海が広がっている)
意訳
担籠の藤波は、大伴家持が越中守のときに詠んだ歌枕である。花の季節ではなくても、歌枕の地には訪ねるべき情趣があると考える芭蕉は、行こうとするが、宿もないとおどされてあきらめる。行けなかった名所が、ここでもまた語られる。
句では、実りかけた早稲の香りの中を分け入り、右手に海を望む。歌枕の有磯海を、実際の目で見る海として詠み込み、北陸の初秋の豊かな風景を一句にまとめた。加賀百万石の国に入る、晴れやかな気分もこもっている。
語釈・文法注
- くろべ四十八か瀨
- 黒部川の下流が多くの流れに分かれた所。四十八が瀬と呼ばれた。
- 那古と云浦
- 那古の浦(奈呉の浦)。富山県射水市の海岸。歌枕。
- 擔籠の藤浪
- 担籠(田子)の藤波。富山県氷見市の田子浦の藤。大伴家持の「藤波の影なす海の底清み沈く石をも珠とぞ我が見る」(万葉集)などで知られる。
- 蜑の苫ふき
- 漁師の苫ぶきの小屋。
- 蘆の一夜
- 蘆の一節(ひとよ)と一夜を掛ける和歌の言い方。
- わせ
- 早稲。早く実る稲。
- 有磯海
- 越中の海。歌枕。
文法
- 初秋の哀とふべきものを
- 「とふ」は訪う。「ものを」は逆接の接続助詞。初秋の情趣も訪ねるべきなのに。
- あるまじ
- 「まじ」は打消推量。ないだろう。
- いひをどされて
- 「をどさ」は四段動詞「おどす」の未然形、「れ」は受身。言っておどかされて。
発句・和歌
わせの香や分入右は有磯海
- 作者
- 松尾芭蕉
- 状況
- 越中から加賀へ入るとき、早稲の香る田の中を進み、右手に有磯海を望んで詠んだ句。季語は「わせ(早稲)」で秋。
修辞
- 季語
- わせ(早稲)。秋。
- 切れ字
- 「や」。
- 歌枕
- 有磯海。
解説
曾良の『随行日記』によれば、七月十三日に市振を発って滑川に泊まり、十四日に高岡、十五日に倶利伽羅峠を越えて金沢に着いている。担籠の藤を見に行けなかったのは、暑さと疲労のためとも考えられる。
那古の浦・担籠・有磯海は、いずれも大伴家持が越中守として赴任中に詠んだ歌によって知られる歌枕である。芭蕉は、みちのくの歌枕に続いて、北陸では万葉の歌枕をたずねようとしていた。
関連
出典
- 底本
- 藤村作編『奥の細道』 至文堂、昭和5年(1930)、29頁(コマ23)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日