おくのほそ道 第35章
市振
親不知・子不知の難所を越えて市振の宿に泊まると、隣の部屋から伊勢参りに向かう新潟の遊女たちの声が聞こえる。翌朝、遊女たちに同行を頼まれるが、断って別れる。その哀れさに「一家に遊女もねたり萩と月」と詠む。

- 1今日今日きょうははは、、、しらずしらずしらず、、、子子こしらずしらずしらず、、、もどりもどりもどり、、、駒駒こま返返かえしなどしなどしなど云云い北國一北國一ほっこくいちののの難所難所なんじょををを越越こてつかれてつかれてつかれ侍侍はべればればれば、、、枕枕まくら引引ひよせてよせてよせて寐寐ねたるにたるにたるに、、、一間一間ひとま隔隔へだててて西西にしののの方方かたににに、、、若若わかききき女女おんなののの聲二人斗聲二人斗こえふたりばかりときこゆときこゆときこゆ。。。
- 2年老年老としおたるおのこのたるおのこのたるおのこの聲聲こえももも交交まじててて物語物語ものがたりするするするをををきけばきけばきけば、、、越後越後えちごのののととと云云い所所ところのののししし。。。するとてするとてするとて此此こ關關せきまでおのこのまでおのこのまでおのこの送送おくりてりてりて、、、あすあすあすははは古郷古郷ふるさとにかへすにかへすにかえす文文ふみしたゝめてしたゝめてしたためて、、、はかなきはかなきはかなき言傳言傳ことずてなどしやるなどしやるなどしやる也也なり。。。
- 3白浪白浪しらなみのよするのよするのよする汀汀みぎわににに身身みをををはははふらかしふらかしふらかし、、、世世よをををあさましうあさましうあさましゅう下下くだりてりてりて、、、定定さだめなきめなきめなき契契ちぎ、、、日々日々ひびのののいかにつたなしといかにつたなしといかにつたなしと物物もの云云いをををきゝ〳〵きゝ〳〵きききき寢入寢入ねいりててて、、、あしたあしたあした旅立旅立たびだちににに、、、我〳〵我〳〵われわれにむかひてにむかひてにむかいて、、、行衞行衞ゆくえしらぬしらぬしらぬ旅旅たび路路みちのののうさうさうさ、、、あまりあまりあまり覺束覺束おぼつかなうなうのう悲悲かなしくしくしく侍侍はべればればれば、、、見見みえかくれにもえかくれにもえかくれにも御跡御跡おおんあとをををしたひしたひしたい侍侍はべんんん。。。
- 4衣衣ころもののの上上うえののの御情御情おんなさけににに、、、大慈大慈だいじのめぐみのめぐみのめぐみをををたれてたれてたれてせさせせさせせさせ給給たまへとへとえと泪泪なみだををを落落おとすすす。。。不便不便ふびんののの事事ことにににははは侍侍はべれどもれどもれども、、、我〳〵我〳〵われわれははは所々所々ところどころにてとゞまるにてとゞまるにてとどまる方方かたおほしおほしおおし。。。只只ただ人人ひとののの行行ゆくにまかせてにまかせてにまかせて行行ゆべしべしべし。。。
- 5ののの加加か護護ごかならずかならずかならず恙恙つつがなかるべしとなかるべしとなかるべしと云云い捨捨すててて出出いつゝつゝつつ、、、哀哀あわれさしばらくやまざりけらしさしばらくやまざりけらしさしばらくやまざりけらし。。。
- 6一家一家いっけににに遊女遊女ゆうじょもねたりもねたりもねたり萩萩はぎととと月月つき
- 7曾良曾良そらにかたればにかたればにかたれば書書かきとゞめとゞめとどめ侍侍はべるるる。。。
現代語訳
今日は親不知・子不知・犬戻り・駒返しなどという、北国一の難所を越えて疲れたので、枕を引き寄せて寝ていると、ふすま一つ隔てた西の部屋で、若い女の声が二人ほど聞こえる。年老いた男の声もまじって話しているのを聞くと、越後の国の新潟という所の遊女であった。伊勢参りをするといって、この関まで男が送ってきて、明日は故郷に帰す男に手紙を書いて、ちょっとした言づてなどをしているのである。「白波の寄せる浜辺に身を落とし、漁師の子のように卑しい境遇に落ちぶれて、定めない契りを結ぶ日々、前世の因縁がなんとつたないことか」と話しているのを、聞きながら寝入ってしまって、翌朝出発するとき、私たちに向かって、「行き先もわからない旅路のつらさ、あまりに心細く悲しいので、見え隠れにもあなたがたの後をついて行かせてください。僧衣をお召しのお情けで、仏のお慈悲をおかけになって、仏縁を結ばせてください」と涙を流す。気の毒なことではあるが、「私たちはあちこちで滞在することが多い。ただ、ほかの人の行くのについて行きなさい。伊勢の神のご加護で、きっと無事に着くでしょう」と言い捨てて出てきたものの、哀れな思いがしばらくやまなかった。
一家に遊女もねたり萩と月(同じ宿に、遊女も泊まり合わせていた。萩の花に月の光がさすように、思いがけない取り合わせであることよ)
曾良に話すと、書きとめた。
意訳
親不知・子不知は、断崖が海に迫り、波の引いたすきに走り抜けなければならない北国街道一の難所である。その疲れの中で、ふすま越しに聞こえる遊女たちの身の上話は、物語の一場面のようにしみじみとした響きをもつ。
遊女たちは、芭蕉たちを僧と思い、ついて行かせてほしいと頼む。しかし旅の身では面倒を見ることはできない。「神明の加護かならず恙なかるべし」と言い捨てて別れるが、その冷たさを悔やむような思いが、「哀さしばらくやまざりけらし」に残る。
句の「萩と月」は、遊女と自分たち(僧)とを、萩の花と月とに見立てたものとされる。俗世に生きる者と世を捨てた者とが、たまたま一つ屋根の下に泊まり合わせた――人生の不思議なめぐり合わせを、萩と月の美しい取り合わせに託している。
語釈・文法注
- 親しらず、子しらず
- 親不知・子不知。越後と越中の境の、断崖が海に迫る難所。親は子を、子は親を顧みる余裕がないことからこの名がある。
- 犬もどり、駒返し
- 親不知付近の難所の名。犬も引き返し、馬も通れないほどの険しさをいう。
- 新潟
- 越後の港町。
- 遊女
- 宴席で歌や舞をし、客をもてなす女性。
- 伊勢參宮
- 伊勢神宮への参詣。江戸時代には庶民の間で盛んであった。
- あまのこの世
- 『和漢朗詠集』の「白波の寄する渚に世をすぐす海人の子なれば宿も定めず」による。遊女の境遇をいう。
- 業因
- 前世の行いによる因縁。
- 結緣
- 仏と縁を結ぶこと。
- 神明の加護
- 伊勢の神のご加護。
文法
- ときこゆ
- 「と聞こゆ」。(二人ほど)と聞こえる。
- 遊女成し
- 「成(なり)」は断定、「し」は過去の「き」の連体形。遊女であった。
- したひ侍ん
- 「ん」は意志。慕ってついて行きましょう。
- 結緣せさせ給へ
- 「させ」は使役、「給へ」は尊敬の命令形。仏縁を結ばせてください。
- やまざりけらし
- 「けらし」は「けるらし」の約で、過去の推定。やまなかったようだ。
発句・和歌
一家に遊女もねたり萩と月
- 作者
- 松尾芭蕉
- 状況
- 市振の宿で、伊勢参りの新潟の遊女たちと泊まり合わせたことを詠んだ句。遊女を萩、自分たちを月にたとえるとされる。季語は「萩」「月」で秋。
修辞
- 季語
- 萩・月。秋。
- 取り合わせ
- 萩と月(遊女と僧形の旅人)。
解説
曾良の『随行日記』には、市振の宿で遊女と泊まり合わせたという記事はない。そのため、この話は芭蕉の創作であると考えられている。旅の途中に、物語的な一場面を織り込むことで、作品に変化と深みを与えている。
「一家に」の章は、謡曲や浄瑠璃に見られるような、遊女の哀れな境遇を描く伝統をふまえている。俳諧の連句の中でも、遊女を詠む「恋の句」は重要な位置を占めていた。この章は、旅の記録を、恋の座のある連句のように構成しようとした芭蕉の工夫の一つとも言われる。
関連
出典
- 底本
- 藤村作編『奥の細道』 至文堂、昭和5年(1930)、27〜29頁(コマ22–23)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日