おくのほそ道 第33章
象潟
酒田から象潟へ向かう。雨の中、蜑の苫屋で晴れを待ち、翌朝、舟で能因島や西行ゆかりの桜を訪ねる。干満珠寺の方丈から見わたす景色を松島と比べ、「松嶋は笑ふが如く、象潟はうらむがごとし」と言い、雨にぬれるねむの花に西施の面影を見る。

- 1江山水陸江山水陸こうざんすいりくののの風光數風光數ふうこうかずををを盡盡つくしてしてして、、、今今いま、、、にににををを責責せ。。。酒田酒田さかたののの湊湊みなとよりよりより、、、東北東北とうほくののの方方かた、、、山山やまををを越越こ、、、磯磯いそををを傳傳つたいひひい、、、いさごいさごいさごをををふみてふみてふみて、、、其際十里其際十里そのさかいじゅうり、、、日影日影ひかげやゝかたぶくやゝかたぶくややかたぶく比比ごろ、、、風風かぜ眞砂眞砂まさごををを吹上吹上ふきあげ、、、雨朦朧雨朦朧あめもうろうとしてとしてとして鳥海鳥海ちょうかいののの山山やまかくるかくるかくる。。。
- 2闇中闇中あんちゅうにににしてしてして、、、雨雨あめももも又又またとせばとせばとせば、、、雨後雨後うごののの晴色又賴母敷晴色又賴母敷せいしょくまたたのもしととと、、、蜑蜑あまのののににに膝膝ひざをををいれていれていれて、、、雨雨あめののの晴晴はををを待待ま。。。其朝天能霽其朝天能霽そのあさてんよくはれててて朝日朝日あさひやかにさしやかにさしやかにさし出出いずるるる程程ほどににに、、、象潟象潟きさかたににに舟舟ふねをををうかぶうかぶうかぶ。。。
- 3ににに舟舟ふねをををよせてよせてよせて、、、三年幽居三年幽居さんねんゆうきょののの跡跡あとをををとぶらひとぶらひとぶらい、、、むかふのむかふのむかうの岸岸きしににに舟舟ふねをををあがればあがればあがれば、、、花花はなののの上上うえこぐとよまれしこぐとよまれしこぐとよまれし櫻櫻さくらののの老木老木ろうぼく、、、西行法師西行法師さいぎょうほうしののの記念記念かたみをををのこすのこすのこす。。。
- 4江上江上こうしょうににに御陵御陵みささぎありありあり。。。ののの御墓御墓みはかととと云云い。。。寺寺てらをををととと云云い。。。此處此處このところににに行幸行幸ぎょうこうありしありしありし事事こといまだいまだいまだ聞聞きこずずず。。。いかなるいかなるいかなる事事ことにやにやにや。。。此此こ寺寺じののの方丈方丈ほうじょうににに座座ざしてしてして簾簾すだれををを捲捲まけばばば、、、風景一眼風景一眼ふうけいいちがんののの中中なかににに盡盡つくててて、、、南南みなみににに鳥海天鳥海天ちょうかいてんをををさゝえさゝえささえ、、、其陰其陰そのかげうつりてうつりてうつりて江江えにありにありにあり。。。
- 5西西にしははは關路關路せきじをををかぎりかぎりかぎり、、、東東ひがしににに堤堤つつみををを築築つててて、、、秋田秋田あきたにかよふにかよふにかよう道道みち遙遙はるかににに、、、海北海北うみきたにかまえてにかまえてにかまえて浪打入浪打入なみうちいるるるる所所ところををを汐汐しおごしとごしとごしと云云い。。。江江えののの縱横一里縱横一里じゅうおういちりばかりばかりばかり、、、俤俤おもかげ松松まつ嶋嶋じまにかよひてにかよひてにかよいて又又また異異ことなりなりなり。。。
- 6松松まつ嶋嶋じまははは笑笑わらふがふがうが如如ごとくくく、、、象潟象潟きさかたはははうらむがごとしうらむがごとしうらむがごとし。。。寂寂さびしさにしさにしさに悲悲かなしみしみしみをををくくくはははえてえてえて、、、地勢魂地勢魂ちせいたましいをををなやますになやますになやますに似似にたりたりたり。。。
- 7象潟象潟きさかたややや雨雨あめににに花花はな
- 8汐越汐越しおごしややや鶴鶴たずはははぎぬれてぎぬれてぎぬれて海海うみ涼涼すずししし
- 9祭禮祭禮さいれい
- 10象潟象潟きさかたややや料理何料理何りょうりなにくふくふくう神祭神祭かみまつり 曾良曾良そら
- 11蜑蜑あまののの家家いえややや戸板戸板といたををを敷敷しててて夕涼夕涼ゆうすずみ みのゝみのゝみのの國國くにののの
- 12岩上岩上がんしょうにににののの巣巣すをををみるみるみる
- 13波波なみこえぬこえぬこえぬ契契ちぎりありてやみさごのありてやみさごのありてやみさごの巣巣す 曾良曾良そら
現代語訳
川や山、海や陸の美しい景色を数多く見尽くしてきて、今は象潟に心をせきたてられる。酒田の港から東北の方へ、山を越え、磯伝いに砂浜を踏んで、その間十里、日もやや傾くころ、潮風が浜の砂を吹き上げ、雨がぼんやりとけぶって、鳥海山も隠れてしまった。暗闇の中を手さぐりで行き、雨もまた趣があるというのなら、雨の後の晴れた景色もまたたのもしいだろうと、漁師の苫屋に入れてもらって、雨の晴れるのを待つ。その翌朝、空はよく晴れて、朝日がはなやかに差し出るころ、象潟に舟を浮かべる。まず能因島に舟を寄せて、能因が三年ひっそりと住んだ跡を訪ね、向こう岸に舟をあがると、「花の上漕ぐ」と詠まれた桜の老木が、西行法師の形見を残している。入江のほとりに御陵がある。神功皇后のお墓だという。寺を干満珠寺という。ここに皇后がおいでになったということは、これまで聞いたことがない。どういうことなのだろうか。
この寺の方丈に座って簾を巻き上げると、景色が一目で見わたせて、南には鳥海山が天を支えるようにそびえ、その影が入江に映っている。西は有耶無耶の関が道をさえぎり、東には堤を築いて、秋田へ通う道がはるかに続き、北は海に面して、波が打ち寄せる所を汐越という。入江は縦も横も一里ほどで、そのおもかげは松島に似ているが、また違っている。松島は笑っているようで、象潟は恨んでいるようである。さびしさに悲しみを加えて、その土地のありさまは、人の心を悩ましているような趣がある。
象潟や雨に西施がねぶの花(象潟の雨にぬれて咲くねむの花は、憂いに目を閉じた美女西施の面影を思わせる)
汐越や鶴はぎぬれて海涼し(汐越の浅瀬で、鶴が長い脚を波にぬらしている。海はいかにも涼しげである)
祭礼
象潟や料理何くふ神祭 曾良(象潟の祭の日、人々はどんなごちそうを食べるのだろうか)
蜑の家や戸板を敷て夕涼 みのゝ國の商人低耳(漁師の家では、戸板を外に敷いて夕涼みをしている)
岩の上に雎鳩の巣を見る
波こえぬ契ありてやみさごの巣 曾良(波も越えないという固い契りがあるのだろうか、みさごは波の届かない岩の上に巣を作っている)
意訳
象潟は、松島と並ぶ景勝の地として旅の目的の一つであった。到着の日は雨で、鳥海山も見えない。しかし芭蕉は、蘇東坡の詩をふまえて、雨には雨の、晴れには晴れの趣があると、雨の象潟をも楽しもうとする。
翌朝は晴れ、能因・西行という歌人ゆかりの地を訪ねる。そして寺の方丈から、鳥海山・有耶無耶の関・汐越と、四方の景色を見わたし、松島と比べて「松嶋は笑ふが如く、象潟はうらむがごとし」と言う。明るく華やかな松島に対し、象潟には沈んだ悲しみの美しさがある。
「象潟や」の句は、蘇東坡が西湖を美女西施にたとえた詩をふまえ、雨にぬれて半ば閉じたねむの花に、憂いを含んだ西施の姿を重ねる。「ねぶ」は「眠る」に通じ、目を閉じた美女のイメージを呼び起こす。土地の祭や漁師の暮らしを詠んだ曾良・低耳の句を並べて、象潟の章は多くの句で閉じられる。
語釈・文法注
- 象潟
- 出羽国の景勝地。秋田県にかほ市。入江に九十九島・八十八潟が浮かび、松島と並び称された。文化元年(1804)の地震で隆起して陸地となり、今は田の中に島々が点在する。
- 方寸を責
- 心をせきたてる。「方寸」は心の意。
- 闇中に莫作して
- 暗闇の中で手さぐりして。
- 雨も又奇也
- 蘇東坡の「西湖に飲す初め晴れ後雨ふる」の「水光瀲灔として晴れて偏に好し、山色空濛として雨も亦奇なり」をふまえる。
- 蜑の笘屋
- 漁師の苫ぶきの小屋。
- 能因嶋
- 能因が三年間住んだと伝える島。
- 花の上こぐ
- 西行作と伝える「象潟の桜は波に埋もれて花の上漕ぐ海士の釣舟」。
- 神功后宮
- 神功皇后。底本は「神功后宮」と刷る。
- 干滿珠寺
- 蚶満寺。象潟にある寺。神功皇后が三韓遠征の帰りにこの地に立ち寄ったという伝説がある。
- むや〳〵の關
- 有耶無耶の関。象潟の南、三崎峠にあったとされる関。
- 汐ごし
- 汐越。象潟の入江が海に通じる所。
- 西施
- 春秋時代の越の美女。胸を病んで眉をひそめた姿も美しかったという。蘇東坡は西湖を西施にたとえた。
- ねぶの花
- ねむの木の花。夏の夕方に紅色の花を開き、夜は葉を閉じて眠るように見える。
- 低耳
- 宮部弥三郎。美濃の商人で俳人。象潟で芭蕉と出会った。
- 雎鳩
- みさご。タカの一種で、海岸の岩の上などに巣を作る。
文法
- 雨も又奇也とせば
- 「とせば」は、〜とするならば。
- 賴母敷と
- 「たのもし」の当て字。期待できる。
- 行幸ありし事いまだ聞ず
- 「行幸」は本来天皇のお出ましだが、ここでは神功皇后のおいで。
- うらむがごとし
- 「ごとし」は比況。恨んでいるようである。
- 契ありてや
- 「や」は疑問の係助詞。契りがあるのだろうか。
発句・和歌
象潟や雨に西施がねぶの花
- 作者
- 松尾芭蕉
- 状況
- 雨の象潟で、ぬれて咲くねむの花に、憂いを含んだ美女西施の姿を重ねた句。蘇東坡が西湖を西施にたとえた詩をふまえる。季語は「ねぶの花」で夏。
修辞
- 季語
- ねぶの花(合歓の花)。夏。
- 切れ字
- 「や」。
- 掛詞的表現
- 「ねぶ」に「眠る」を響かせ、目を閉じた西施のイメージを重ねる。
汐越や鶴はぎぬれて海涼し
- 作者
- 松尾芭蕉
- 状況
- 象潟の汐越で、浅瀬に立つ鶴の長い脚が波にぬれるさまを詠んだ句。季語は「涼し」で夏。
修辞
- 季語
- 涼し。夏。
- 切れ字
- 「や」。
- 掛詞
- 「鶴はぎ」は鶴の脛と、着物の裾が短く脛が出ている姿(鶴脛)とを重ねる。
象潟や料理何くふ神祭
- 作者
- 河合曾良
- 状況
- 象潟の熊野権現の祭礼の日に、土地の人々の祭のごちそうを思いやった句。季語は「神祭」で夏。
修辞
- 季語
- 神祭(祭)。夏。
- 切れ字
- 「や」。
蜑の家や戸板を敷て夕涼
- 作者
- 低耳
- 状況
- 美濃の商人低耳が、象潟の漁師の家で、戸板を外に敷いて夕涼みをするさまを詠んだ句。季語は「夕涼」で夏。
修辞
- 季語
- 夕涼。夏。
- 切れ字
- 「や」。
波こえぬ契ありてやみさごの巣
- 作者
- 河合曾良
- 状況
- 岩の上のみさごの巣を見て、末の松山の「波も越えなむ」の歌をふまえ、波も越えないほど固い夫婦の契りがあるのかと詠んだ句。季語は「みさごの巣」で夏。
修辞
- 季語
- みさごの巣。夏。
- 本歌
- 「君をおきてあだし心をわが持たば末の松山波も越えなむ」(古今集)。
解説
曾良の『随行日記』によれば、六月十五日に酒田を発ち、雨の中を吹浦・女鹿を経て象潟に着き、十六日・十七日に象潟を見物して、十八日に酒田に戻っている。蚶満寺では、神功皇后の伝説や、西行の桜とされる老木などを見た。
「松嶋は笑ふが如く、象潟はうらむがごとし」という対比は、松島の章と対をなすものとして名高い。芭蕉は松島で句を詠まず、象潟では多くの句を並べた。明るい美と、悲しみをおびた美という、二つの景勝の対照的な性格が、句の数の違いにも表れている。
象潟は、芭蕉の訪問から百十五年後の文化元年(1804)、象潟地震で土地が隆起し、入江は陸地になった。今は水田の中に、かつての島々が小山となって点在し、国の天然記念物に指定されている。
関連
出典
- 底本
- 藤村作編『奥の細道』 至文堂、昭和5年(1930)、25〜27頁(コマ21–22)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日