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おくのほそ道 第32章

酒田

羽黒を発ち、鶴岡の城下で長山重行の家に招かれて俳諧を巻く。図司左吉に見送られ、川舟で最上川を下って酒田の港に着き、医師の淵庵不玉の家に泊まる。日本海の夕涼みと、夕日を沈める最上川の河口を詠む。

酒田の港で、最上川の河口から日本海に沈む夕日を眺める芭蕉(AI生成)
酒田の港で、最上川の河口から日本海に沈む夕日を眺める芭蕉
  1. 1羽黒はぐろ羽黒はぐろはぐろををを立た立たたててて、、、ががが岡をか岡をかおかののの城下じやうか城下じやうかじょうか、、、ととと云い云いいのののふのふのふの家いへ家いへいえにむかへられてにむかへられてにむかえられて、、、誹諧一巻有はいかいひとまきあり誹諧一巻有はいかいひとまきありはいかいひとまきあり。。。左吉さきち左吉さきちさきちももも共とも共ともともににに送おく送おくおくりぬりぬりぬ。。。川舟かはぶね川舟かはぶねかわぶねににに乘の乘ののてててののの湊みなと湊みなとみなとににに下くだ下くだくだるるる。。。ととと云い云いい醫師くすし醫師くすしくすしののの許もと許もともとををを宿やど宿やどやどとすとすとす。。。
  2. 2山やま山やまやまやややかけてかけてかけて夕ゆふ夕ゆふゆうすゞみすゞみすずみ
  3. 3暑あつ暑あつあつききき日ひ日ひひををを海うみ海うみうみにいれたりにいれたりにいれたり最上川もがみがは最上川もがみがはもがみがわ

引用の仕方

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現代語訳

羽黒を発って、鶴岡の城下で、長山重行という武士の家に迎えられて、俳諧を一巻巻いた。図司左吉もいっしょに送ってくれた。川舟に乗って酒田の港に下る。淵庵不玉という医者の家を宿とする。

あつみ山や吹浦かけて夕すゞみ(南の温海山から北の吹浦まで、見わたす限りの海辺で、夕涼みをすることだ)

暑き日を海にいれたり最上川(一日の暑さをもたらした太陽を、最上川が日本海に流しこんでしまった。夕日が沈み、涼しさがおとずれる)

意訳

山の霊場から、海の港町へ。酒田は最上川の河口にある日本海側有数の港で、北前船の寄港地として栄えていた。

二句とも、日本海の夕景を雄大にとらえた句である。「あつみ山や」の句は、南北に広がる海岸線を一望する広がりを、「暑き日を」の句は、最上川が太陽を海に押し流すような大胆な見立てを詠む。最上川で始まる旅は、ここで最上川の河口に至る。

語釈・文法注

鶴が岡
鶴岡。庄内藩酒井家の城下町。山形県鶴岡市。
長山氏重行
長山五郎右衛門重行。庄内藩士で俳人。
物のふ
武士。
酒田の湊
酒田港。最上川の河口の港。北前船の寄港地として栄えた。
淵庵不玉
伊東玄順。酒田の医者で俳人。俳号は不玉、号は淵庵。
あつみ山
温海岳。山形県鶴岡市の南西、日本海に近い山。
吹浦
酒田の北、鳥海山のふもとの海辺。

文法

むかへられて
「られ」は受身。迎えられて。
送りぬ
「ぬ」は完了。送ってくれた。
海にいれたり
「たり」は完了。(太陽を)海に入れてしまった。

発句・和歌

あつみ山や吹浦かけて夕すゞみ

作者
松尾芭蕉
状況
酒田で、南の温海山から北の吹浦まで、日本海の海岸線を一望しての夕涼みを詠んだ句。季語は「夕すゞみ」で夏。

修辞

季語
夕すゞみ(夕涼み)。夏。
掛詞
「あつみ(温海)」に「暑み」、「吹浦」に「吹く」を響かせ、涼しさを引き立てる。
切れ字
「や」。

暑き日を海にいれたり最上川

作者
松尾芭蕉
状況
酒田で、最上川の河口に夕日が沈むのを見て詠んだ句。暑い一日の太陽を、最上川が海に流し入れたと見る。季語は「暑き日」で夏。

修辞

季語
暑き日。夏。
見立て
夕日が海に沈む光景を、最上川が太陽を海に運び入れたと見る。

解説

曾良の『随行日記』によれば、六月十日に羽黒山を発って鶴岡の重行宅に入り、十三日に川舟で酒田に下っている。酒田には象潟への往復を含めて二十五日まで滞在した。

「暑き日を」の句は、はじめ「涼しさや海に入れたる最上川」と詠まれたが、のちに「暑き日を」と改められた。「暑き日」は、暑い一日と、暑い太陽の両方の意味を含んでいる。

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出典

底本
藤村作編『奥の細道』 至文堂、昭和5年(1930)、25頁(コマ21)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日