おくのほそ道 第31章
月山・湯殿山
六月八日、白い木綿注連と宝冠を身につけ、強力の案内で月山に登る。氷雪を踏んで八里、日月の通う雲の関に入るかと思われる山頂で一夜を明かし、湯殿山へ下る。鍛冶小屋の故事や、雪の下に咲く遅桜に心ひかれ、羽黒に戻って三山の句を短冊に書く。

- 1にのぼるにのぼるにのぼる。。。しめしめしめ身身みににに引引ひかけかけかけ、、、ににに頭頭かしらををを包包つつみ、、、ととと云云いものにものにものに道道みちびかれてびかれてびかれて、、、雲霧山氣雲霧山氣うんむさんきののの中中なかににに氷雪氷雪ひようせつををを踏踏ふてのぼるてのぼるてのぼる事八里事八里ことはちり、、、更更さらにににののの雲關雲關うんかんににに入入いかとあやしまれかとあやしまれかとあやしまれ、、、息絶身息絶身いきたえみこゞえてこゞえてこごえて、、、頂上頂上ちょうじょうににに臻臻いたればればれば、、、日沒日沒ひぼっしててて月顯月顯つきあらわるるる。。。
- 2笹笹ささををを舖舖しき、、、篠篠しのををを枕枕まくらとしてとしてとして、、、臥臥ふててて明明あかるるるををを待待ま。。。日日ひ出出でててて雲雲くも消消きればればれば殿殿どのににに下下くだるるる。。。
- 3谷谷たにののの傍傍かたわらにににととと云云い有有あり。。。此此こ國國くにののの鍛冶靈水鍛冶靈水かじれいすいををを撰撰えらててて、、、爰爰ここににに潔齋潔齋けっさいしてしてして劔劔つるぎををを打終打終うちおえ、、、月山月山がっさんととと銘銘めいををを切切きててて、、、世世よににに賞賞しょうせらるせらるせらる。。。ににに劔劔つるぎををを淬淬にらぐとかやとかやとかや。。。
- 4のむかしのむかしのむかしをををしたふしたふしたう。。。道道みちににに堪能堪能かんのうののの執執しゅうあさからぬあさからぬあさからぬ事事ことしられたりしられたりしられたり。。。岩岩いわににに腰腰こしかけてしばしやすらふかけてしばしやすらふかけてしばしやすらうほどほどほど、、、三尺三尺さんじゃくばかりなるばかりなるばかりなる櫻櫻さくらののの、、、つぼみつぼみつぼみ半半なかばばばひらけるありひらけるありひらけるあり。。。
- 5ふりふりふり積雪積雪つむゆきののの下下したににに埋埋うずててて、、、春春はるををを忘忘わすれぬれぬれぬ遲遲おそざくらのざくらのざくらの花花はなののの心心こころわりなしわりなしわりなし。。。ののの梅花爰梅花爰ばいかここにかほるがごとしにかほるがごとしにかおるがごとし。。。ののの哥哥うたののの哀哀あわれももも爰爰ここににに思思おもひひい出出でててて、、、猶猶なおまさりてまさりてまさりて覺覺おぼゆゆゆ。。。
- 6ののの微細微細みさい、、、行者行者ぎょうじゃののの法式法式ほうしきとしてとしてとして他言他言たごんするするする事事ことををを禁禁きんずずず。。。仍仍よっててて筆筆ふでをををとゞめてとゞめてとどめて記記しるさずさずさず。。。坊坊ぼうににに歸歸かえればればれば、、、阿闍梨阿闍梨あざりののの需需もとめににに依依よててて三山順禮三山順禮さんざんじゅんれいののの句々短冊句々短冊くくたんじゃくににに書書か。。。
- 7涼涼すずしさやしさやしさやほのほのほの三三みかかかか月月つきののの羽黒山羽黒山はぐろさん
- 8雲雲くもののの峯幾峯幾みねいくつつつ崩崩くずれててて月月つきののの山山やま
- 9語語かたられぬられぬられぬ湯湯ゆ殿殿どのにぬらすにぬらすにぬらす袂袂たもとかなかなかな
- 10湯殿山錢湯殿山錢ゆどのさんぜにふむふむふむ道道みちののの泪泪なみだかなかなかな 曾良曾良そら
現代語訳
八日、月山に登る。木綿注連を首にかけ、白い布の宝冠で頭を包み、強力という者に案内されて、雲や霧の立ちこめる山の気の中を、氷や雪を踏んで登ること八里、さらに日や月の通り道にある雲の関所に入るのではないかと思われるほどで、息も絶え絶えに体も凍えて、ようやく頂上にたどりつくと、日が沈んで月が現れた。笹を敷き、篠竹を枕として横になり、夜の明けるのを待つ。日が出て雲が消えたので、湯殿山へ下る。
谷のかたわらに鍛冶小屋というものがある。この国の刀鍛冶が霊水を選んで、ここで身を清めて剣を打ち、「月山」と銘を刻んで、世にもてはやされている。中国でかの竜泉の水で剣を鍛えたというのと同じであろうか。干将・莫耶の昔を慕っているのである。道に通じた者の、その道への執心の深さが知られる。岩に腰かけてしばらく休んでいると、三尺ほどの桜が、つぼみを半ばひらいているのがある。降り積もった雪の下に埋もれていながら、春を忘れずに咲く遅桜の花の心は、まことに健気である。炎天に梅の花がここで香っているようだ。行尊僧正の歌のあわれも、ここで思い出されて、いっそう心にしみる。そもそもこの山中のこまかなことは、修験者のおきてとして他人に話すことを禁じている。それで筆をおいて書きしるさない。宿坊に帰ると、会覚阿闍梨の求めに応じて、三山巡礼の句々を短冊に書いた。
涼しさやほの三か月の羽黒山(なんと涼しいことか。羽黒山の上に、三日月がほのかにかかっている)
雲の峯幾つ崩て月の山(昼間そびえていた雲の峰がいくつ崩れて、この月山となったのだろう。今は月光に照らされた月の山がある)
語られぬ湯殿にぬらす袂かな(湯殿山のことは人に語ってはならない。その尊さに、ただ涙で袂をぬらすばかりだ)
湯殿山錢ふむ道の泪かな 曾良(湯殿山では地に落ちた賽銭を拾ってはならず、踏んで歩く。そのありがたさに涙がこぼれる)
意訳
月山登山は、修験者の装束をまとって行う、命がけの修行の道であった。「日月行道の雲關に入かとあやしまれ」――天に近づくような高みで、息も絶え、体は凍え、山頂で日が沈み月が昇る。文字どおり「月の山」での一夜である。
湯殿山への下り道で、芭蕉は二つのものに心をひかれる。一つは、霊水で刀を鍛える鍛冶の、道に打ちこむ執念。もう一つは、雪の下で春を忘れずに咲く小さな遅桜である。「炎天の梅花」は禅の言葉で、ありえないところに咲く花の奇跡をいう。行尊の「もろともにあはれと思へ山桜花よりほかに知る人もなし」を思い出し、人知れず咲く花への共感はいっそう深まる。
湯殿山の神秘は語ってはならないとされていた。芭蕉は「筆をとゞめて記さず」とその禁を守り、句でも「語られぬ」と詠んで、その沈黙によって霊山の尊さを表した。
語釈・文法注
- 月山
- 出羽三山の主峰。標高1984メートル。山頂に月山神社がある。
- 木綿しめ
- 木綿注連。修験者が首にかける、紙や木綿の注連。
- 寶冠
- 白い布で頭を包むもの。修験者の装束。
- 强力
- 登山者の荷物を背負い、案内をする人。
- 雲關
- 雲の中にある関所。天上界への入り口。
- 湯殿
- 湯殿山。出羽三山の一つ。湯の湧き出る巨岩を御神体とする。古来、その様子を人に語ることを禁じた。
- 鍛冶小屋
- 月山の中腹にあった刀鍛冶の小屋。鎌倉時代の刀工、月山派がここで刀を鍛えたと伝える。
- 龍泉
- 中国の竜泉。その水で鍛えた剣は名剣になるという。
- 干將莫耶
- 春秋時代の呉の刀工干将とその妻莫耶。二振りの名剣を作った。
- 炎天の梅花
- 炎天に梅の花が香る。ありえないことが起こる奇跡のたとえ。禅の語。
- 行尊僧正の哥
- 行尊の「もろともにあはれと思へ山桜花よりほかに知る人もなし」(金葉集・百人一首)。大峰山で修行中に、人知れず咲く山桜を見て詠んだ歌。
- 惣而
- 総じて。すべて。
文法
- 入かとあやしまれ
- 「れ」は自発。入るのかと不思議に思われ。
- 臻れば
- 「臻(いた)れ」は四段動詞「いたる」の已然形。到着すると。
- 打終
- 「うちをへ(打ち終へ)」。打ち上げて。
- 淬とかや
- 「にらぐ」は焼き入れをする。焼き入れをしたというのか。
- ひらけるあり
- 「る」は存続の助動詞「り」の連体形。開いているものがある。
- わりなし
- 健気である。ひどく心を打つ。
発句・和歌
涼しさやほの三か月の羽黒山
- 作者
- 松尾芭蕉
- 状況
- 羽黒山で、夕空にかかる三日月をのぞんで詠んだ句。季語は「涼しさ」で夏。
修辞
- 季語
- 涼しさ。夏。
- 切れ字
- 「や」。
- 掛詞
- 「ほの(仄)三か月」に「ほのみか(仄見か)」を響かせる。
雲の峯幾つ崩て月の山
- 作者
- 松尾芭蕉
- 状況
- 月山で、昼にそびえていた入道雲が崩れ去り、月光の中に山がそびえるのを見て詠んだ句。季語は「雲の峯(入道雲)」で夏。
修辞
- 季語
- 雲の峯。夏。
- 掛詞
- 「月の山」に、月光に照らされた山と、山の名の月山を掛ける。
語られぬ湯殿にぬらす袂かな
- 作者
- 松尾芭蕉
- 状況
- 湯殿山の神秘を語ることを禁じられ、ただその尊さに感涙する思いを詠んだ句。季語は「湯殿詣」で夏。
修辞
- 季語
- 湯殿(湯殿詣)。夏。
- 切れ字
- 「かな」。
湯殿山錢ふむ道の泪かな
- 作者
- 河合曾良
- 状況
- 湯殿山では参詣者が地面に賽銭を投げ、それを拾ってはならないとされた。銭を踏んで歩く参道の尊さに涙する句。季語は「湯殿山」(湯殿詣)で夏。
修辞
- 季語
- 湯殿詣。夏。
- 切れ字
- 「かな」。
解説
曾良の『随行日記』によれば、六月六日に羽黒山を出て月山に登り、山頂の小屋に泊まって、七日に湯殿山に参詣し、羽黒山の南谷に戻っている。本文の「八日」は実際より遅い日付で、芭蕉の記憶違いか、意図的な変更と考えられる。
出羽三山は、羽黒山(現世)・月山(死後の世界)・湯殿山(再生)の三つの山をめぐることで、生まれ変わりを体験する修験の道とされている。湯殿山の御神体は、熱い湯が湧き出る赤い巨岩で、今も撮影や口外が禁じられている。
月山の刀工、月山派は鎌倉時代から室町時代にかけて栄えた。刀身に綾杉肌という独特の波のような模様が現れるのが特徴である。
関連
出典
- 底本
- 藤村作編『奥の細道』 至文堂、昭和5年(1930)、24〜25頁(コマ21)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日