おくのほそ道 第26章
尿前の関
平泉から引き返し、鳴子の湯から尿前の関を越えて出羽へ向かう。関守にあやしまれ、山中の封人の家で三日間の風雨に閉じこめられて「蚤虱馬の尿する枕もと」と詠む。屈強な若者の案内で、昼なお暗い山刀伐峠を越え、ようやく最上の庄に出る。

- 1南部道遙南部道遙なんぶみちはるかにみやりてにみやりてにみやりて、、、ののの里里さとににに泊泊とまるるる。。。、、、みつのみつのみつの小嶋小嶋こじまををを過過すぎててて、、、湯湯ゆよりよりよりののの關關せきにかゝりてにかゝりてにかかりて、、、出羽出羽でわののの國國くにににに超超こんとすんとすんとす。。。此路此路このみち、、、旅人旅人たびびと稀稀まれなるなるなる所所ところなればなればなれば、、、關守關守せきもりにあやしめられてにあやしめられてにあやしめられて、、、漸漸ようようとしてとしてとして關關せきをををこすこすこす。。。
- 2大山大山おおやまをををのぼつてのぼつてのぼつて、、、日既暮日既暮ひすでにくれければければければ、、、ののの家家いえををを見見みかけてかけてかけて舍舍やどりををを求求もとむむむ。。。三日風雨三日風雨みっかふううあれてあれてあれて、、、よしなきよしなきよしなき山中山中やまなかににに逗留逗留とうりゅうすすす。。。
- 3蚤虱馬蚤虱馬のみしらみうまのののするするする枕枕まくらもともともと
- 4あるじのあるじのあるじの云云い、、、是是これよりよりより出羽出羽でわののの國國くにににに大山大山おおやまををを隔隔へだててて、、、道道みちさだかならざればさだかならざればさだかならざれば、、、道道みちしるべのしるべのしるべの人人ひとををを賴賴たのててて超超こべきよしべきよしべきよしををを申申もう。。。さらばとさらばとさらばと云云いててて人人ひとををを賴賴たの侍侍はべればればれば、、、ののの若者若者わかもの、、、をををよこたえよこたえよこたえ、、、樫樫かしののの杖杖つえををを携携たずさててて、、、我〳〵我〳〵われわれががが先先さきににに立立たててて行行ゆ。。。
- 5けふけふきょうこそこそこそ必必かならずあやうきめにもあふべきあやうきめにもあふべきあようきめにもあうべき日日ひなれとなれとなれと、、、辛辛からききき思思おもひひいをををなしてなしてなして、、、後後あとについてについてについて行行ゆ。。。あるじのあるじのあるじの云云いにたがはずにたがはずにたがわず。。。高山森々高山森々こうざんしんしんとしてとしてとしてきかずきかずきかず、、、木木こののの下闇茂下闇茂したやみしげりあひてりあひてりあいて夜夜よるるる行行ゆがごとしがごとしがごとし。。。
- 6雲端雲端うんたん心地心地ここちしてしてして、、、篠篠しのののの中中なか踏分〳〵踏分〳〵ふみわけふみわけ、、、水水みずをををわたりわたりわたり、、、岩岩いわににに蹶蹶つまずいててて、、、肌肌はだにつめたきにつめたきにつめたき汗汗あせををを流流ながしてしてして、、、ののの庄庄しょうににに出出いづづず。。。かのかのかの案内案内あんないせしおのこのせしおのこのせしおのこの云云いやうやうよう、、、此此こみちみちみち必不用必不用かならずぶようののの事事こと有有あり。。。
- 7恙恙つつがなうなうのうをををくりまいらせてくりまいらせてくりまいらせて仕合仕合しあわせしたりとよろこびてわかれぬしたりとよろこびてわかれぬしたりとよろこびてわかれぬ。。。跡跡あとににに聞聞ききてさへてさへてさえ胸胸むねとゞろくのみとゞろくのみとどろくのみ也也なり。。。
現代語訳
南部へ続く道をはるかに見やって、岩手の里に泊まる。小黒崎・美豆の小島を過ぎて、鳴子の湯から尿前の関にさしかかり、出羽の国へ越えようとする。この道は旅人のめったに通らない所なので、関守にあやしまれて、やっとのことで関を越えた。大きな山を登って、日もすっかり暮れたので、国境の番人の家を見つけて泊めてもらう。三日間、風雨が荒れて、何もないつまらない山の中に足止めされた。
蚤虱馬の尿する枕もと(蚤や虱に悩まされ、すぐ枕もとでは馬が小便をする音がする。なんともわびしい山中の宿りであることよ)
宿の主人が言うには、「ここから出羽の国へは大きな山を隔てていて、道もはっきりしないので、道案内の人を頼んで越えるのがよいでしょう」と言う。それならばと人を頼むと、屈強な若者が、反りの強い脇差を腰に差し、樫の杖を手にして、私たちの先に立って行く。今日こそきっと危ない目にあう日にちがいないと、つらい思いをしながら、あとについて行く。主人の言ったとおりであった。高い山は木々が茂って鳥の声ひとつ聞こえず、木の下は暗く茂りあって、夜道を行くようである。雲の端から土砂が降ってくるような心地がして、篠竹の中を踏み分け踏み分け、川を渡り、岩につまずいて、肌に冷や汗を流しながら、ようやく最上の庄に出た。あの案内の男が言うには、「この道ではいつも必ず物騒なことが起こります。無事にお送りできて幸いでした」と喜んで帰っていった。あとで聞いてさえ、胸がどきどきするばかりである。
意訳
平泉から出羽へ抜ける道は、奥羽山脈を越える険しい山道であった。関所ではあやしまれ、国境の番小屋では三日も雨に閉じこめられる。宿のわびしさを詠んだ句は、馬と同じ屋根の下で寝る山村の生活をそのまま写し、少しのおかしみを漂わせる。
山越えの場面は、緊迫した冒険物語のように描かれる。刀を差した屈強な若者、昼でも暗い原生林、雲の端から土が降るような心地――「一鳥聲きかず」は、王安石の詩句をふまえた表現である。最後に案内人が「必ず物騒なことが起こる道です、無事でよかった」と言い、あとから聞いてぞっとする結びは、読者にも安堵とおかしみをもたらす。
語釈・文法注
- 岩手の里
- 岩出山。宮城県大崎市。底本は「岩手」と刷る。
- 小黒崎、みつの小嶋
- 小黒崎と美豆の小島。どちらも鳴子付近の歌枕。
- なるごの湯
- 鳴子温泉。宮城県大崎市。
- 尿前の關
- 鳴子温泉の西にあった仙台藩の関所。
- 封人の家
- 国境を守る役人の家。堺田の庄屋、有路家の住宅とされる。
- 尿
- 小便。「ばり」と読む。「しと」と読む説もある。
- 究竟の若者
- たくましく屈強な若者。
- 反脇指
- 反りの強い脇差(短い刀)。
- 一鳥聲きかず
- 鳥の声ひとつ聞こえない。王安石の「一鳥鳴かず山更に幽なり」をふまえる。
- つちふる
- 霾る。土砂が風に巻き上げられて降ること。
- 最上の庄
- 出羽国の最上地方。尾花沢のあたり。
文法
- 超べきよしを申
- 「べき」は適当。越えるのがよいということを申す。
- あふべき日なれ
- 「なれ」は断定「なり」の已然形で、上の「こそ」の結び。
- 云にたがはず
- 言ったことと違わない。言ったとおりである。
- をくりまいらせて
- 「をくり」「まいらせ」は底本のまま(歴史的仮名遣いでは「おくりまゐらせ」)。お送り申し上げて。
発句・和歌
蚤虱馬の尿する枕もと
- 作者
- 松尾芭蕉
- 状況
- 尿前の関を越えた山中、国境の番人の家で風雨のため三日間足止めされたときの句。人と馬が同じ屋根の下に住む山村の家で、蚤や虱に悩まされ、枕もとで馬が小便をするわびしさを詠む。季語は「蚤」で夏。
修辞
- 季語
- 蚤(虱)。夏。
- 体言止め
- 「枕もと」。
解説
曾良の『随行日記』によれば、五月十四日に一関を発って岩出山に泊まり、十五日に尿前の関を越えて堺田に泊まり、十六日・十七日は雨で堺田に滞在している。十七日に山刀伐峠を越えて尾花沢に着いた。本文の「三日風雨あれて」は、少し誇張した表現である。
「封人の家」とされる有路家住宅は、山形県最上町堺田に残り、国の重要文化財に指定されている。人の住む部屋と馬屋とが一つ屋根の下にある「曲り屋」の造りで、句の情景をしのぶことができる。
本文に「關守にあやしめられて」とあるのは、仙台藩の関所が出入りの取り締まりに厳しかったことを反映している。芭蕉と曾良は通行手形を持っていたが、それでも手間取ったらしい。
関連
出典
- 底本
- 藤村作編『奥の細道』 至文堂、昭和5年(1930)、19〜21頁(コマ18–19)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日