おくのほそ道 第24章
石巻
平泉をめざして歌枕を聞きながら進むが、道に迷って石巻の港に出る。金華山を望み、数百の廻船と立ち並ぶ家々の煙に驚くが、宿を貸す人もなく、ようやく貧しい家に泊まる。翌日も知らない道をさまよい、戸伊麻に一泊して平泉に着く。

- 1十二日十二日じゅうににち、、、ととと心心こころざしざしざし、、、はははののの松松まつ、、、だえのだえのだえの橋橋はしなどなどなど聞傳聞傳ききつたえててて、、、人跡稀人跡稀じんせきまれににに、、、ののの往往ゆかふかふかう道道みちそこともわかずそこともわかずそこともわかず。。。終終ついににに路路じふみたがえてふみたがえてふみたがえてののの巻巻まきといふといふという湊湊みなとににに出出い。。。
- 2こがねこがねこがね花花はな咲咲さとよみてとよみてとよみて奉奉たてまつたるたるたるににに見見みわたしわたしわたし、、、數百數百すひゃくのののにつどひにつどひにつどい、、、人家地人家地じんかちをををあらそひてあらそひてあらそいて竈竈かまどののの煙立煙立けぶりたちつゞけたりつゞけたりつづけたり。。。思思おもひかけずひかけずいかけず斯斯かかるるる所所ところにもにもにも來來きたれるれるれる哉哉かなととと、、、宿宿やどからんとすれどからんとすれどからんとすれど、、、更更さらににに宿宿やどかすかすかす人人ひとなしなしなし。。。
- 3漸漸ようようまどしきまどしきまどしき小家小家こいえににに一夜一夜ひとよをををあかしてあかしてあかして、、、明明あればればれば又又またしらぬしらぬしらぬ道道どうまよひまよひまよい行行ゆ。。。のわたりのわたりのわたり、、、ぶちのぶちのぶちの牧牧まき、、、萱萱かやはははらなどよそめにみてらなどよそめにみてらなどよそめにみて、、、遙遙はるかなるなるなる堤堤つつみををを行行ゆ。。。
- 4心細心細こころぼそききき長長なが沼沼ぬまにそふてにそふてにそうて、、、ととと云云い所所ところににに一宿一宿いっしゅくしてしてして、、、平泉平泉ひらいずみににに到到いたるるる。。。其間廿余里其間廿余里そのかんにじゅうよりほどゝおぼゆほどゝおぼゆほどとおぼゆ。。。
現代語訳
十二日、平泉をめざそうと思い立って、姉歯の松・緒絶えの橋などがあると聞き伝えて、人の通った跡もまれで、雉や兎をとる猟師やきこりなどが行き来する細道を、どこがどこともわからずに行く。とうとう道を間違えて、石巻という港に出た。「こがね花咲く」と詠んで帝に献上した金華山が海上に見わたされ、数百の廻船が入り江に集まり、人家が土地を奪い合うように建て込んで、かまどの煙がさかんに立ちのぼっている。思いがけずこのような所にも来たものだと思い、宿を借りようとしたが、まったく宿を貸してくれる人はいない。ようやく貧しい小さな家に一夜を明かして、夜が明けるとまた知らない道を迷いながら行く。袖の渡り・尾駮の牧・真野の萱原などを、よそ目に見ながら、はるかに続く堤を行く。心細い長沼に沿って進み、戸伊麻という所に一泊して、平泉に着いた。その間、二十里あまりであったと思う。
意訳
歌枕を求めて人跡まれな山道を進むうち、思いがけず、繁栄する港町の石巻に出てしまう。数百の船、ひしめく家々、立ちのぼる煙。古歌の世界から、いきなり現実のにぎわいの中に放り出された驚きが「思ひかけず斯る所にも來れる哉」にこもる。
しかし、そのにぎわいの町で、旅の僧に宿を貸す人はいない。都会の冷たさが、山里の人々の温かさと対照的に描かれている。翌日もさまよい、歌枕は「よそめにみて」通り過ぎるばかり。心細い旅路の果てに、芭蕉はようやく平泉にたどり着く。次の章の平泉の感動を高めるための、長い前ぶれとなっている。
語釈・文法注
- 平和泉
- 平泉。底本どおり「平和泉」。藤原氏三代が栄えた地。
- あねはの松
- 姉歯の松。宮城県栗原市にあった松。歌枕。
- 緒だえの橋
- 緒絶の橋。宮城県大崎市古川にあった橋。歌枕。
- 雉兎蒭蕘
- 雉や兎をとる猟師と、草を刈る人・きこり。『孟子』による語。
- 石の巻
- 石巻。北上川の河口の港町。仙台藩の米の積み出し港としてにぎわった。
- 金花山
- 金華山。牡鹿半島の先の島。大伴家持の「すめろぎの御代栄えむと東なる陸奥山に金花咲く」(万葉集)をふまえるが、この歌の陸奥山は実際には涌谷の黄金山をさす。
- 廻船
- 各地の港をめぐって荷物を運ぶ船。
- 袖のわたり
- 北上川の渡し場。歌枕。
- 尾ぶちの牧
- 尾駮の牧。歌枕。
- まのゝ萱はら
- 真野の萱原。歌枕。
- 戸伊麻
- 登米(とよま)。宮城県登米市。
文法
- 道そこともわかず
- どこがどの道とも区別がつかない。
- よみて奉たる
- 「奉(たてまつり)」は謙譲語。(帝に)献上した。
- 來れる哉
- 「來(きた)れ」は四段動詞「来たる」の已然形、「る」は完了・存続の「り」。来たことだなあ。
- ほどゝおぼゆ
- 「ほどと」の「と」が、くり返し記号「ゝ」で刷られている。
解説
曾良の『随行日記』によれば、五月十日に松島を発って石巻に泊まり、十一日に登米、十二日に一関に泊まって、十三日に平泉を訪れている。石巻では、実際には宿を紹介してもらって泊まっており、「宿かす人なし」は、旅の心細さを強調するための脚色と考えられる。
本文の「十二日」は、瑞巌寺の章の「十一日」から続けた日付である。また、道に迷って石巻に出たとあるが、実際には石巻を経由するのが予定の道筋であったとする見方もある。歌枕をめざす旅人が、迷い込んだ繁華な港町で冷たくあしらわれるという構成は、文学的な効果をねらったものであろう。
関連
出典
- 底本
- 藤村作編『奥の細道』 至文堂、昭和5年(1930)、18頁(コマ18)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日