おくのほそ道 第22章
松島
舟で松島に渡る。扶桑第一の好風とたたえ、洞庭湖・西湖にも劣らない島々の姿を、人の姿や美人の顔にたとえて描く。雄島が磯に隠者の庵を訪ね、夜は海に面した二階の宿で月を眺めるが、あまりの絶景に句が詠めず、曾良の句を載せる。

- 1日既午日既午ひすでにうまにちかしにちかしにちかし。。。船船ふねをををかりてかりてかりて松松まつ嶋嶋じまにわたるにわたるにわたる。。。其間二里餘其間二里餘そのかんにりよ、、、ののの磯磯いそにつくにつくにつく。。。
- 2抑抑そもそもことことことふりにたれどふりにたれどふりにたれど、、、松松まつ嶋嶋じまはははののの好風好風こうふうにしてにしてにして、、、ををを恥恥はじずずず。。。東南東南たつみよりよりより海海うみををを入入いててて、、、江江えのののののの潮潮うしおをををたゝふたゝふたたう。。。嶋〳〵嶋〳〵しまじまののの數數かずををを盡盡つくしてしてして、、、ものものものははは天天てんををを指指ゆびさし、、、ふすものふすものふすものははは波波なみににに。。。
- 3あるあるあるははは二重二重ふたえにかさなりにかさなりにかさなり三重三重みえにたゝみてにたゝみてにたたみて、、、左左ひだりにわかれにわかれにわかれ、、、右右みぎにつらなるにつらなるにつらなる。。。負負おえるありるありるあり。。。抱抱いだけるありるありるあり。。。すがごとしすがごとしすがごとし。。。松松まつののの綠綠みどりこまやかにこまやかにこまやかに、、、枝葉汐風枝葉汐風しようしおかぜににに吹吹ふたたたはははめてめてめて、、、屈曲屈曲くっきょくをのづからをのづからおのずからためたるがごとしためたるがごとしためたるがごとし。。。
- 4としてとしてとして、、、美人美人びじんののの顏顏かおばせををを粧粧よそおふふふ。。。ちちちはやはやはや振神振神ふるかみのむかしのむかしのむかし、、、ずみのなせるわざにやずみのなせるわざにやずみのなせるわざにや、、、ののの天工天工てんこういづれのいづれのいずれの人人ひとかかか筆筆ふでをををふるひふるひふるい詞詞ことばををを盡盡つくさむさむさむ。。。
- 5雄嶋雄嶋おじまががが磯磯いそははは地地ちつゞきてつゞきてつづきて、、、海海うみににに出出でたるたるたる嶋也嶋也しまなり。。。ののの別室別室べつしつののの跡跡あと、、、坐禪石坐禪石ざぜんせきなどありなどありなどあり。。。將將しょう、、、松松まつののの木木き陰陰かげににに世世よをををいとふいとふいとう人人ひとももも稀〳〵稀〳〵まれまれ見見みえええ侍侍はべりてりてりて、、、落穗松笠落穗松笠おちぼまつかさなどなどなど打打うけぶりたるけぶりたるけぶりたる草草くさののの菴閑菴閑いおりしずかににに住住すなしなしなし、、、いかなるいかなるいかなる人人ひととととはははしられずながらしられずながらしられずながら、、、先先まずなつかしくなつかしくなつかしく立寄立寄たちよりほどにほどにほどに、、、月海月海つきうみにににうつりてうつりてうつりて晝晝ひるのながめのながめのながめ又又またあらたむあらたむあらたむ。。。
- 6江上江上こうしょうににに歸歸かえりてりてりて宿宿やどををを求求もとむればればれば、、、窓窓まどをををひらきひらきひらき二二に階階かいををを作作つくててて、、、風雲風雲ふううんののの中中なかににに旅寐旅寐たびねするこそするこそするこそ、、、あやしきまであやしきまであやしきまで妙妙みょうなるなるなる心地心地ここちはははせらるれせらるれせらるれ。。。
- 7松松まつ嶋嶋じまややや鶴鶴つるににに身身みをををかれほとゝぎすかれほとゝぎすかれおととぎす 曾良曾良そら
- 8予予よははは口口くちをををとぢてとぢてとじて眠眠ねむらんとしていねられずらんとしていねられずらんとしていねられず。。。旧庵旧庵きゅうあんをををわかるゝわかるゝわかるる時時とき、、、ののの詩詩しありありあり。。。がががうらしまのうらしまのうらしまの和哥和哥わかををを贈贈おくらるらるらる。。。袋袋ふくろををを解解とてこよひのてこよひのてこよいの友友ともとすとすとす。。。ががが發發はっ句句くありありあり。。。
現代語訳
日はもう正午に近い。舟を借りて松島に渡る。その間は二里あまりで、雄島の磯に着く。
そもそも、言い古されたことではあるが、松島は日本第一の美しい景色であって、およそ中国の洞庭湖や西湖にも恥じない。東南の方から海が入りこんで、湾の中は三里、浙江の潮のように満々と水をたたえている。島々の数は限りなく、高くそびえ立つものは天を指さすようであり、低く横たわるものは波の上に腹ばっているようである。あるものは二重に重なり、三重に畳みかさなって、左に分かれたり右に連なったりしている。小島を背負っているようなものもあり、抱いているようなものもある。まるで子や孫をいつくしんでいるようだ。松の緑は色濃く、枝や葉は潮風に吹きたわめられて、その曲がりぐあいは、自然にそうなったとは思えないほど、わざわざ曲げて整えたようである。その景色は奥深く静かで、美人が顔に化粧をしたようである。神代の昔、大山祇神がなしとげたわざであろうか。造物主の天のわざを、いったい誰が筆にふるい、言葉に尽くすことができようか。
雄島が磯は陸から地続きで海に突き出た島である。雲居禅師の別室の跡や、座禅石などがある。また、松の木陰に、世を捨てて暮らす人もまれに見えて、落ち穂や松かさなどを焚く煙が立ちのぼる草の庵に、ひっそりと住んでいる。どんな人とはわからないながら、まず心ひかれて立ち寄るうちに、月が海に映って、昼の眺めとはまた趣が変わる。入江のほとりに戻って宿をとると、窓を開いた二階造りで、風と雲の中に旅寝をするような気持ちになるのは、不思議なほどすばらしい心地がする。
松嶋や鶴に身をかれほとゝぎす 曾良(ここは松島だ。ほととぎすよ、この景色にふさわしく、鶴の姿を借りて鳴きわたれ)
私は口を閉じて眠ろうとするが、眠れない。旧庵を出るとき、素堂が松島の詩を作ってくれ、原安適が松が浦島の和歌を贈ってくれた。袋の口を解いてそれを取り出し、今宵の友とする。また、杉風・濁子の発句もある。
意訳
冒頭で「松島の月先心にかゝりて」と旅の目的に掲げた松島に、芭蕉はついに着いた。中国の名勝にたとえ、島々の姿を「負るあり、抱るあり、兒孫愛すがごとし」と擬人化し、さらに「美人の顏を粧ふ」とたたえる。漢詩文の修辞を総動員した、作品中もっとも華麗な文章である。
しかし芭蕉は、ついに「造化の天工いづれの人か筆をふるひ詞を盡さむ」と、言葉の限界を告白する。夜、窓辺で月の松島を前にしても、「口をとぢて眠らんとしていねられず」。あまりの美しさに句が詠めなかったのである。代わりに曾良の句を掲げ、江戸の友人たちから贈られた詩歌を取り出して、今宵の友とする。
句を詠まないことによって、かえって松島の絶景の大きさを伝える――この沈黙は、『おくのほそ道』の中でも特に印象深い表現として知られている。
語釈・文法注
- 雄嶋
- 雄島。松島湾の小島。橋で陸とつながる。古くから修行僧の霊場で、歌枕。
- 扶桑第一の好風
- 日本一の美しい景色。「扶桑」は日本の異名。
- 洞庭西湖
- 中国の洞庭湖と西湖。どちらも景勝の地として名高い。
- 浙江の潮
- 中国の浙江(銭塘江)の満ち潮。大潮で知られる。
- 欹もの
- 高くそびえ立つもの。
- 匍匐
- 腹ばうこと。
- 兒孫愛す
- 子や孫をかわいがる。大きな島が小さな島を抱いたり背負ったりしているさまのたとえ。
- 窅然
- 奥深く遠いさま。
- 大山ずみ
- 大山祇神。山をつかさどる神。
- 造化の天工
- 天地を造った造物主のわざ。
- 雲居禪師
- 雲居希膺(1582〜1659)。瑞巌寺を中興した禅僧。
- 素堂
- 山口素堂。芭蕉の友人の俳人・漢詩人。
- 原安適
- 江戸の医者で歌人。
- 杉風濁子
- 杉山杉風と中川濁子。ともに芭蕉の門人。
文法
- ことふりにたれど
- 「ふり」は上二段動詞「ふる(古る)」の連用形、「に」は完了、「たれ」は存続。言い古されているけれども。
- 恥ず
- 「恥ぢず」の意。底本は「恥ず」と刷る。
- ためたるがごとし
- 「ためる」は曲げて形を整える。わざと曲げたかのようだ。
- 詞を盡さむ
- 「む」は推量。上の「いづれの人か」と呼応して反語。誰が言葉に尽くせようか、いや誰もできない。
- 身をかれ
- 「かれ」は四段動詞「借る」の命令形。借りよ。
- いねられず
- 「いね」は「寝(い)ぬ」の未然形、「られ」は可能、「ず」は打消。眠ることができない。
発句・和歌
松嶋や鶴に身をかれほとゝぎす
- 作者
- 河合曾良
- 状況
- 松島の夜、海に面した宿で詠んだ句。松島の景色には松に鶴がふさわしいとして、ほととぎすに鶴の姿を借りて鳴けと呼びかける。季語は「ほとゝぎす」で夏。
修辞
- 季語
- ほとゝぎす。夏。
- 切れ字
- 「や」。
- 取り合わせ
- 松と鶴(めでたいものの組み合わせ)を、松島とほととぎすに重ねる。
解説
曾良の『随行日記』によれば、五月九日に塩竈から舟で松島に渡り、雄島・瑞巌寺を見て、その夜は松島に泊まっている。
芭蕉は実際には松島で「島々や千々に砕けて夏の海」という句を詠んでいるが、『おくのほそ道』には載せなかった。絶景に句が詠めなかったという形をとることで、言葉を越えた感動を表現しようとしたのだと考えられている。
冒頭の章で「松島の月先心にかゝりて」と書いたことと、ここで月の松島を前に句を詠まないこととは対応している。旅の大きな目的地であった松島で、芭蕉はあえて沈黙を選んだのである。
関連
出典
- 底本
- 藤村作編『奥の細道』 至文堂、昭和5年(1930)、15〜17頁(コマ16–17)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日