おくのほそ道 第13章
浅香山・信夫の里
須賀川を発ち、歌枕の浅香山で「花かつみ」がどの草かを尋ね歩くが、知る人はいない。黒塚の岩屋を見て福島に泊まり、翌日、信夫の里でしのぶもぢ摺の石を訪ねる。石は谷に落とされ、裏返しに伏していた。

- 1等窮等窮とうきゅうががが宅宅たくををを出出でててて五里計五里計ごりばかり、、、ののの宿宿やどををを離離はな山山やま有有あり。。。路路みちよりよりより近近ちかししし。。。此此こあたりあたりあたり沼沼ぬま多多おおししし。。。刈比刈比かるころもやゝもやゝもやや近近ちこうなればうなればうなれば、、、いづれのいづれのいずれの草草くさををを花花はなかつみとかつみとかつみとははは云云いぞとぞとぞと人々人々ひとびとににに尋尋たず侍侍はべれどもれどもれども、、、更知人更知人さらにしるひとなしなしなし。。。
- 2沼沼ぬまををを尋尋たず、、、人人ひとにとひにとひにとい、、、かつみ〳〵とかつみ〳〵とかつみかつみと尋尋たずありきてありきてありきて、、、日日ひははは山山やまののの端端はにかゝりぬにかゝりぬにかかりぬ。。。二本松二本松にほんまつよりよりより右右みぎにきれてにきれてにきれて、、、ののの岩屋一見岩屋一見いわやいっけんししし、、、福嶋福嶋ふくしまににに宿宿やどるるる。。。
- 3あくればあくればあくれば、、、しのぶもぢしのぶもぢしのぶもじ摺摺ずりののの石石いしををを尋尋たずててて、、、忍忍しのぶのさとにぶのさとにぶのさとに行行ゆ。。。遙山陰遙山陰はるかやまかげののの小小こ里里さとににに、、、石石いし半半はん土土つちににに埋埋うずてありてありてあり。。。里里さとのののののの來來きたりてりてりて敎敎おしえけるけるける。。。昔昔むかしははは此此こ山山やまののの上上うえににに侍侍はべりしししををを、、、往來往來ゆききののの人人ひとののの草草くさをををあらしてあらしてあらして、、、此此こ石石いしををを試侍試侍こころみはべるをををにくみてにくみてにくみて、、、此此こ谷谷たににつきにつきにつき落落おとせばせばせば、、、石石いしののの面下面下おもてしたざまにざまにざまにふしたりとふしたりとふしたりと云云い。。。さもあるべきさもあるべきさもあるべき事事ことにやにやにや。。。
- 4早苗早苗さなえとるとるとる手手てもとやもとやもとや昔昔むかし摺摺す
現代語訳
等躬の家を出て五里ほど、檜皮の宿を離れると浅香山がある。道から近い。このあたりは沼が多い。かつみを刈る季節も近くなったので、「どの草を花かつみというのですか」と人々に尋ねたが、まったく知る人がいない。沼を訪ね、人に聞き、「かつみ、かつみ」と尋ね歩いているうちに、日は山の端にかかってしまった。二本松から右に折れて、黒塚の岩屋をちょっと見て、福島に泊まる。
夜が明けると、しのぶもぢ摺の石を訪ねて、信夫の里に行く。はるか山かげの小さな村に、石が半ば土に埋もれていた。村の子どもが来て教えてくれた。「昔はこの山の上にあったのですが、通りがかりの人が麦の葉をむしり取ってこの石でためしに摺るのを、村人が憎んで、この谷に突き落としたので、石の表面が下向きに伏しているのです」と言う。そういうこともあるのだろうか。
早苗とる手もとや昔しのぶ摺(早苗を取る早乙女たちのしなやかな手つきに、昔ここでしのぶ摺りをした人の手もとがしのばれることだ)
意訳
浅香山の「花かつみ」は、古今集の「みちのくのあさかの沼の花かつみかつ見る人に恋ひやわたらむ」以来の歌枕である。けれども土地の人は誰もその草を知らない。古歌の名所が、いまはただの沼地にすぎないことに、芭蕉は「かつみかつみ」と尋ね歩いて一日を費やす。その姿には、歌枕に執着する自分自身へのおかしみもまじっている。
しのぶもぢ摺の石も、往来の人のいたずらを憎んだ村人に谷へ突き落とされ、裏返しになっていた。古歌の名所が、現実の生活の中で荒らされ、忘れられていく。「さもあるべき事にや」には、そうしたこともあろうかと半ば信じ、半ば疑う、複雑な思いがにじむ。
発句では、石に昔の面影を見ることはできないが、田植えの早乙女たちの手もとに、かつての「しのぶ摺」の手わざを重ね、「しのぶ」に地名と「偲ぶ」を掛けて、失われた古代をしのんでいる。
語釈・文法注
- あさか山
- 浅香山(安積山)。福島県郡山市にある小山。歌枕。
- 檜皮の宿
- 日和田。奥州街道の宿場。底本は「檜皮」と刷る。
- 花かつみ
- 浅香の沼に咲くと古歌に詠まれた花。どの草のことか不明で、まこもの一種、あやめ、ひめしゃがなど諸説ある。
- 黒塚の岩屋
- 安達が原の鬼女伝説の地。「みちのくの安達が原の黒塚に鬼こもれりといふはまことか」(平兼盛)。
- しのぶもぢ摺
- 信夫文知摺。信夫郡の名産で、もじれたような乱れ模様に布を摺り染めたもの。源融の「みちのくのしのぶもぢずり誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに」(百人一首)で名高い。その模様を摺ったという石が、福島市山口の文知摺観音に残る。
- 童部
- 子ども。
- 麥草をあらして
- 麦の葉をむしり取って。石の上で麦の葉を摺って、もぢ摺の模様が出るか試したのである。
文法
- 花かつみとは云ぞ
- 係助詞「ぞ」の結びは「云(いふ)」で、連体形。
- 尋侍れども
- 「侍れ」は丁寧の補助動詞「侍り」の已然形。
- 更知人なし
- 「更(さらに)」は打消と呼応して、まったく〜ない。
- さもあるべき事にや
- 「にや」の後に「あらむ」が略されている。そういうこともあるのであろうか。
発句・和歌
早苗とる手もとや昔しのぶ摺
- 作者
- 松尾芭蕉
- 状況
- 信夫の里で、しのぶもぢ摺の石が谷に落とされているのを見て、田植えをする早乙女の手つきに、昔のしのぶ摺りの手わざをしのんだ句。季語は「早苗とる」で夏。
修辞
- 季語
- 早苗とる。夏。
- 切れ字
- 「や」。
- 掛詞
- 「しのぶ」に、地名の信夫と「偲ぶ」を掛ける。
解説
曾良の『随行日記』によれば、四月二十九日に須賀川を発って郡山に泊まり、五月一日に浅香山・黒塚を見て福島に泊まり、二日に文知摺の石を訪ねている。本文では浅香山から福島までを一日のこととしている。
文知摺の石は、福島市山口の安洞院(文知摺観音)の境内に今も残り、芭蕉の句碑も立っている。花かつみは、のちに郡山市の花として「ひめしゃが」がこれにあてられた。
関連
出典
- 底本
- 藤村作編『奥の細道』 至文堂、昭和5年(1930)、9〜10頁(コマ13–14)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日