おくのほそ道 第10章
殺生石・遊行柳
黒羽の城代の馬で殺生石へ向かう途中、口取りの男に短冊をせがまれ、「野を横に馬牽むけよほとゝぎす」と詠む。殺生石の毒気の名残を見たあと、芦野で西行ゆかりの遊行柳の陰に立ち、「田一枚植て立去る柳かな」と詠む。

- 1是是これよりよりよりににに行行ゆ。。。館代館代かんだいよりよりより馬馬うまにてにてにて送送おくらるらるらる。。。此此このおのこのおのこのおのこ、、、させよとさせよとさせよと乞乞こう。。。事事ことををを望侍望侍のぞみはべるものかなとるものかなとるものかなと、、、
- 2野野のををを横横よこににに馬牽馬牽うまひきむけよほとゝぎすむけよほとゝぎすむけよおととぎす
- 3殺生石殺生石せっしょうせきははは溫泉溫泉いでゆののの出出いずるるる山山やま陰陰かげにありにありにあり。。。石石いしののの毒氣毒氣どくきいまだほろびずいまだほろびずいまだおろびず。。。蜂蝶蜂蝶ほうちょうのたぐひのたぐひのたぐい、、、眞砂眞砂まさごののの色色いろののの見見みえぬえぬえぬほどかさなりほどかさなりほどかさなり死死しすすす。。。
- 4ながるゝのながるゝのながるるの柳柳やなぎははは、、、野野のののの里里さとにありてにありてにありて田田だののの畔畔くろににに殘殘のこるるる。。。此所此所このところのののののの、、、此此こ柳柳やなぎみせばやなどみせばやなどみせばやなど、、、折々折々おりおりにのにのにの給給たまひひい聞聞きこえええ給給たまふふうををを、、、いづくのいづくのいずくのほどにやとほどにやとほどにやと思思おもひしひしいしををを、、、今日今日きょう此此こ柳柳やなぎのかげにこそのかげにこそのかげにこそ立立たちよりよりより侍侍はべつれつれつれ。。。
- 5田一枚植田一枚植たいちまいうえててて立去立去たちさるるる柳柳やなぎかなかなかな
現代語訳
ここから殺生石へ行く。城代家老の配慮で馬で送ってもらう。この馬の口取りの男が、「短冊を書いてください」と頼む。風流なことを望むものだと感心して、
野を横に馬牽むけよほとゝぎす(ほととぎすが野を横切って鳴いていった。その声のほうへ馬の首を向けてくれ)
殺生石は温泉の湧き出る山陰にある。石の毒気はまだ消えておらず、蜂や蝶などが、地面の砂の色が見えないほど重なって死んでいる。
また、西行が「清水流るる」と詠んだ柳は、芦野の里の田のあぜに残っている。この土地の領主の戸部某が、「この柳をお見せしたい」などと、折にふれておっしゃっていたのを、どのあたりにあるのかと思っていたが、今日、ついにこの柳の陰に立ち寄ったのだった。
田一枚植て立去る柳かな(柳の陰でしばらく思いにふけっていると、早乙女たちが田を一枚植え終えてしまった。私もようやくこの柳の下を立ち去ることだ)
意訳
馬子が短冊をせがむという、思いがけない風流に芭蕉は喜び、即興で一句を与える。ほととぎすの声に馬の首を向けよという命令形の句は、野を行く旅の明るさと、馬子との心の通い合いを伝えている。
殺生石は、九尾の狐の化身という伝説の石である。虫が重なって死んでいるという描写は、伝説の生々しさを今に伝える。
遊行柳は、西行が「道の辺に清水流るる柳かげしばしとてこそ立ちどまりつれ」と詠んだ柳である。芭蕉は西行が「しばし」立ち止まったその場所に、自分もまた立ちつくし、気がつけば田植えが一枚分すんでいた。西行の歌の「しばし」に、自分の時間を重ねている。
語釈・文法注
- 殺生石
- 那須湯本の温泉神社の近くにある石。玉藻の前(九尾の狐)が退治されて石になったといい、有毒の火山ガスが出て、近づく鳥や獣を殺すとされた。
- 口付のおのこ
- 馬の口取り。馬を引く男。
- 短冊
- 和歌や俳句を書くための細長い紙。
- やさしき事
- 風流なこと。優雅なこと。
- 清水ながるゝの柳
- 遊行柳。西行の歌「道の辺に清水流るる柳かげしばしとてこそ立ちどまりつれ」の柳と伝える。謡曲「遊行柳」でも知られる。
- 蘆野
- 芦野。下野国那須郡の宿場。現在の栃木県那須町。
- 郡守戸部某
- 芦野の領主、芦野民部資俊。俳号は桃酔で、江戸で芭蕉と交わりがあった。「戸部」は民部の唐名。
文法
- 送らる
- 「らる」は受身の助動詞。送られる。
- 得させよと乞
- 「得させよ」は「得さす(与える)」の命令形。書いてくださいと頼む。
- 馬牽むけよ
- 「牽きむけよ」は命令形。馬を引いて向けよ。
- 立より侍つれ
- 「つれ」は完了の助動詞「つ」の已然形で、上の「こそ」の結び。
発句・和歌
野を横に馬牽むけよほとゝぎす
- 作者
- 松尾芭蕉
- 状況
- 黒羽から殺生石へ馬で送られる途中、口取りの男に短冊を求められて詠んだ句。季語は「ほとゝぎす」で夏。
修辞
- 季語
- ほとゝぎす。夏。
- 命令形
- 「牽むけよ」で切れる。口取りの男に呼びかける形。
田一枚植て立去る柳かな
- 作者
- 松尾芭蕉
- 状況
- 芦野の遊行柳の陰で、西行をしのんで詠んだ句。西行の歌の「しばしとてこそ立ちどまりつれ」をふまえる。季語は「田植う(植て)」で夏。
修辞
- 季語
- 田植え(田一枚植て)。夏。
- 本歌取り
- 西行の「道の辺に清水流るる柳かげしばしとてこそ立ちどまりつれ」(新古今和歌集)をふまえる。
- 切れ字
- 「かな」。
解説
殺生石は今も那須湯本温泉の近くにあり、硫化水素などの火山ガスが出ている。2022年には石が二つに割れているのが見つかり、話題になった。曾良の『随行日記』によれば、殺生石を訪ねたのは四月十九日、芦野の遊行柳は二十日である。
「田一枚」の句は、植えたのが誰かについて解釈が分かれる。早乙女が植えたとする説が一般的だが、芭蕉自身が(心の中で)田を植えたとする説、早乙女が植え終わって立ち去ったとする説などもある。いずれにせよ、西行の「しばし」を自分の時間として生き直す、『おくのほそ道』の歌枕めぐりの姿勢がよく表れた句である。
関連
出典
- 底本
- 藤村作編『奥の細道』 至文堂、昭和5年(1930)、7〜8頁(コマ12–13)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日