おくのほそ道 第9章
雲巌寺
芭蕉の禅の師、仏頂和尚がかつて山居した雲巌寺を訪ねる。若い人々とにぎやかに山道を登り、杉の古木の奥に、岩窟に結びかけた小さな庵の跡を見いだして、「木啄も庵はやぶらず夏木立」の句を柱に残す。

- 1のおくにのおくにのおくに、、、ありありあり。。。
- 2ののの五尺五尺ごしゃくにたらぬにたらぬにたらぬ草草くさののの庵庵いおむすぶもくやしむすぶもくやしむすぶもくやし雨雨あめなかりせばなかりせばなかりせば
- 3ととと松松まつののの炭炭すみしてしてして岩岩いわににに書書か付付つ侍侍はべりといつぞやりといつぞやりといつぞや聞聞きこえええ給給たまふふう。。。其其そ跡跡あとみんとみんとみんと雲岸寺雲岸寺うんがんじににに杖杖つえををを曳曳ひけばばば、、、人々人々ひとびとすゝんですゝんですすんで共共ともにいざなひにいざなひにいざない、、、若若わかききき人人ひとおほくおほくおおく道道みちのののほどほどほど打打うさささはははぎておぼえずぎておぼえずぎておぼえず彼梺彼梺かのふもとににに到到いたるるる。。。
- 4山山やまはははおくあるけしきにておくあるけしきにておくあるけしきにて、、、谷谷たに道道みち遙遙はるかににに、、、松松まつ杉杉すぎ黒黒くろくくく苔苔こけしたゝりてしたゝりてしたたりて、、、卯月卯月うづきののの天天てん今今いま猶猶なお寒寒さむししし。。。るるる所所ところ橋橋はしをををわたつてわたつてわたつて山門山門さんもんににに入入い。。。
- 5さてさてさて、、、かのかのかの跡跡あとはははいづくのいづくのいずくのほどにやとほどにやとほどにやと、、、後後のちののの山山やまによぢのぼればによぢのぼればによじのぼれば、、、石上石上せきじょうのののにむすびかけたりにむすびかけたりにむすびかけたり。。。ののの死關死關しかん、、、ののの石室石室せきしつをををみるがごとしみるがごとしみるがごとし。。。
- 6ももも庵庵いおはやはやはやぶらずぶらずぶらず夏夏なつ木立木立こだち
- 7ととと、、、とりあへぬとりあへぬとりあえぬ一句一句いっくををを柱柱はしらににに殘侍殘侍のこしはべりししし。。。
現代語訳
この国の雲巌寺の奥に、仏頂和尚が山ごもりをした跡がある。
竪横の五尺にたらぬ草の庵むすぶもくやし雨なかりせば(縦横五尺にも足りない小さな草の庵だが、それさえ結ぶのは残念なことだ。雨さえ降らなければ、庵もいらないのに)
と松の炭で岩に書きつけておいたと、いつだったかお話しになったことがある。その跡を見ようと雲巌寺へ向かうと、人々がすすんで一緒に行こうと誘い合い、若い人が多くて道中にぎやかに騒いでいるうちに、いつのまにかふもとに着いた。山は奥深い様子で、谷沿いの道ははるかに続き、松や杉が黒々と茂って苔からはしずくがしたたり、四月の空なのに今もなお寒い。十景の尽きる所で橋を渡って山門に入る。
さて、あの庵の跡はどのあたりかと、裏山によじ登ると、石の上の小さな庵が、岩窟に寄せかけて作ってある。妙禅師の死関や、法雲法師の石室を見るような思いがする。
木啄も庵はやぶらず夏木立(寺をつつくというきつつきも、この庵だけはつつき破らずにいる。夏木立の中に、庵はひっそりと残っている)
と、即興の一句を庵の柱に書き残した。
意訳
仏頂和尚は芭蕉が深川で禅を学んだ師である。師が若いころ修行した庵の跡を見ることは、芭蕉にとって、この旅の大切な目的の一つであった。
若者たちとにぎやかに歩いてきた道は、山門をくぐると、黒々とした杉木立と冷たい苔の世界に変わる。賑わいから静寂へ、その転換が、師の庵の厳しさをきわだたせる。
岩窟に寄りかかるように作られた小さな庵は、中国の名僧たちの修行の場にも比べられる。寺をつつき荒らすといわれるきつつきさえ、この庵には手を出さない――師への深い敬意を、ユーモアをまじえて表した句である。
語釈・文法注
- 雲岸寺
- 雲巌寺。黒羽の東方にある臨済宗の寺。底本は「雲岸寺」と刷る。
- 佛頂和尚
- 仏頂河南(1642〜1715)。常陸国鹿島の根本寺の住職で、江戸に出たとき芭蕉が禅を学んだ。若いころ雲巌寺で修行した。
- 竪横の五尺
- 縦横五尺(約1.5メートル)。きわめて狭いこと。
- 十景
- 雲巌寺の境内の十の名所。
- 小菴
- 小さな庵。
- 妙禪師の死關
- 南宋の禅僧、高峰原妙が天目山の岩窟に「死関」と額を掲げてこもり、十五年出なかったという故事。
- 法雲法師の石室
- 梁の法雲が石室にこもって経を講じた故事とされる。
- 木啄
- きつつき。寺の柱をつついて穴をあけるので、「寺つつき」とも呼ばれた。
文法
- 雨なかりせば
- 「せば」は過去の助動詞「き」の未然形+「ば」で、反実仮想。雨が降らなかったなら(庵などいらないのに)。
- 聞え給ふ
- 「聞ゆ」は「言ふ」の謙譲語、「給ふ」は尊敬語。仏頂和尚が芭蕉に話してくださった。
- 杖を曳ば
- 「曳(ひけ)ば」は已然形+「ば」。杖をついて行くと。
- 殘侍し
- 「し」は過去の助動詞「き」の連体形で、文を余情をこめて結ぶ。
発句・和歌
竪横の五尺にたらぬ草の庵むすぶもくやし雨なかりせば
- 作者
- 仏頂和尚
- 状況
- 仏頂和尚が雲巌寺で修行していたとき、山居の庵のかたわらの岩に、松の炭で書きつけた歌。わずかな庵にさえ執着することを恥じる禅僧の心を詠む。
修辞
- 反実仮想
- 「雨なかりせば」。雨が降らなければ庵さえ結ばないものを、という気持ち。
木啄も庵はやぶらず夏木立
- 作者
- 松尾芭蕉
- 状況
- 雲巌寺の裏山で、仏頂和尚の山居の跡に立ったときの句。庵の柱に書き残した。季語は「夏木立」。
修辞
- 季語
- 夏木立。夏。
- 切れ字
- 「ず」で軽く切れる。
解説
雲巌寺は栃木県大田原市雲岩寺にある臨済宗妙心寺派の寺で、筑前の聖福寺、越前の永平寺などと並ぶ禅の道場として知られた。曾良の『随行日記』によれば、四月五日に訪れている。
仏頂和尚と芭蕉の交わりは深く、芭蕉が深川に隠棲したころ、近くの臨川庵に滞在していた仏頂に禅を学んだ。この章は、師の修行の跡をたどる巡礼であると同時に、芭蕉自身の求道の姿勢を示すものとなっている。
関連
出典
- 底本
- 藤村作編『奥の細道』 至文堂、昭和5年(1930)、7頁(コマ12)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日