おくのほそ道 第5章
仏五左衛門
日光山のふもとに泊まると、宿の主人は自ら「仏五左衛門」と名のる。正直一途で飾り気のない主人の人柄に、芭蕉は論語の「剛毅木訥、仁に近し」を思い、その生まれつきの清らかさを尊ぶ。

- 1ののの梺梺ふもとににに泊泊とまるるる。。。あるじのあるじのあるじの云云いけるやうけるやうけるよう、、、我我わ名名なををを五五ご左衞門左衞門さえもんととと云云い。。。萬萬よろず正直正直しょうじきををを旨旨むねとするとするとする故故ゆえににに、、、人人ひとかくかくかくははは申申もう侍侍はべまゝまゝまま、、、一夜一夜いちやののの草草くさののの枕枕まくらももも打解打解うちとけててて休休やすみみみ給給たまへとへとえと云云い。。。
- 2いかなるいかなるいかなる佛佛ほとけのののにににしてしてして、、、かゝるかゝるかかるののの乞食順禮乞食順禮こつじきじゅんれいごときのごときのごときの人人ひとをををたすけたすけたすけ給給たまふにやとふにやとうにやと、、、あるじのなすあるじのなすあるじのなす事事ことににに心心こころをををとゞめてみるにとゞめてみるにとどめてみるに、、、唯無智無分別唯無智無分別ただむちむふんべつにしてにしてにして、、、正直偏固正直偏固しょうじきへんこののの者也者也ものなり。。。ののの仁仁じんににに近近ちかきたぐひきたぐひきたぐい、、、ののの清質尤尊清質尤尊せいしつもっともとうとぶべしぶべしぶべし。。。
現代語訳
三月三十日、日光山のふもとに泊まる。宿の主人が言うには、「私の名は仏五左衛門と申します。何事も正直を第一にしておりますので、人がそのように呼ぶのです。今夜一晩、旅の宿でゆっくりおくつろぎください」と言う。どんな仏が、この濁った俗世に姿をあらわして、このような僧形の乞食巡礼のような者を助けてくださるのだろうかと、主人のすることに注意して見ていると、ただもう知恵も分別もなく、ひたすら正直一点張りの者である。論語にいう「剛毅木訥は仁に近し」というたぐいの人で、生まれつきの清らかな気質は、まことに尊ぶべきである。
意訳
自分から「仏五左衛門」と名のる主人は、こっけいにも見える。だが芭蕉は、その愚直なまでの正直さに、作りものでない人間の美しさを見いだした。
「無智無分別」はけなし言葉ではなく、小賢しさのないことをほめている。日光という聖地に入る直前に、仏のような人に出会うという配置が、次の章の日光参詣への前ぶれになっている。
語釈・文法注
- 卅日
- 三月三十日。元禄二年の三月は小の月で二十九日までしかなく、実際には四月一日のことかとされる。
- 佛五左衞門
- 宿の主人の通称。正直なので「仏」と呼ばれていたという。
- 濁世塵土
- 濁りけがれた俗世。
- 示現
- 仏や菩薩が人を救うため、仮の姿をとってこの世にあらわれること。
- 桑門
- 出家した人。僧。芭蕉は僧形で旅をしていた。
- 剛毅木訥
- 『論語』子路篇「剛毅木訥は仁に近し」による。意志が強く、飾り気がなく口べたな者は、仁の徳に近い。
- 氣稟
- 生まれつきの気質。
文法
- 申侍まゝ
- 「まゝ」は、〜ので。人がそう申しますので。
- 休み給へと云
- 「給へ」は尊敬の補助動詞「給ふ」の命令形。お休みなさいと言う。
- たすけ給ふにや
- 「にや」の後に「あらむ」が略されている。お助けになるのであろうか。
- 尊ぶべし
- 「べし」は当然・適当。尊ぶべきである。
解説
本文には「卅日」とあるが、元禄二年三月は二十九日までの小の月であった。曾良の『随行日記』では、三月二十九日に室の八島から鹿沼に泊まり、四月一日に日光に入っている。芭蕉は月末から月初めへと日付を整え、次の章の「卯月朔日」の参詣につないだと考えられる。
仏五左衛門の章は、名所や歌枕ではなく、旅で出会った市井の人物を描いた最初の章である。『おくのほそ道』には、こうした人との出会いが数多く記され、旅の記録に人間的な温かみを与えている。
関連
出典
- 底本
- 藤村作編『奥の細道』 至文堂、昭和5年(1930)、4頁(コマ11)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日