おくのほそ道 第3章
草加
旅立ちの日、草加の宿にたどり着いた芭蕉は、まだ見ぬ奥羽への期待と、生きて帰れるかという不安を語る。身軽な旅のつもりが、餞別などを捨てきれず、肩の荷が重くて苦しむ。

- 1ことしことしことし祿祿ろく二二ふたとせにやとせにやとせにや、、、奥羽長途奥羽長途あううちやうとののの行脚行脚あんぎゃ、、、只只ただかりそめにかりそめにかりそめに思思おもひたちてひたちていたちて、、、にににののの恨恨うらみををを重重かさぬといへぬといへぬといえ共共とも、、、耳耳みみにににふれていまだめにふれていまだめにふれていまだめに見見みぬさかひぬさかひぬさかい、、、若生若生もしいきててて歸歸かえらばとらばとらばと、、、定定さだめなきなきなき賴賴たのみののの末末すえをををかけかけかけ、、、ととと云云い宿宿やどにたどりにたどりにたどり著著つきにけりにけりにけり。。。
- 2ののの肩肩かたにかゝれるにかゝれるにかかれる物先物先ものまずくるしむくるしむくるしむ。。。只身只身ただみすがらにとすがらにとすがらにと出立侍出立侍いでたちはべるををを、、、ははは夜夜よののの防防ふせぎぎぎ、、、ゆかたゆかたゆかた雨具墨筆雨具墨筆あまぐすみふでのたぐひのたぐひのたぐい、、、あるあるあるはははさりがたきさりがたきさりがたきなどしたるなどしたるなどしたるははは、、、さすがにさすがにさすがに打捨打捨うちすてがたくてがたくてがたくて、、、ののの煩煩わずらいとなれるこそわりなけれとなれるこそわりなけれとなれるこそわりなけれ。。。
現代語訳
今年は元禄二年であったろうか、奥羽への長い旅を、ほんのかりそめに思い立って、遠い異郷の空の下で白髪になるような苦労を重ねることになるとはいっても、話に聞くばかりでまだ目に見たことのない土地を見て、もし生きて帰ることができたらと、あてにならない望みを将来にかけて、その日、ようやく草加という宿にたどりついた。やせ細った肩にかかる荷物が、まず何よりもつらい。ただ身ひとつでと思って出立したのに、紙子一枚は夜の寒さを防ぐため、浴衣・雨具・墨・筆のたぐい、あるいは断りきれない餞別などをもらったものは、やはり捨ててしまうこともできず、道中の厄介物になってしまったのは、どうしようもないことだ。
意訳
旅の苦労は覚悟の上である。それでもまだ見ぬ土地を見たいという願いが勝って、芭蕉は「もし生きて帰れたら」と、自分の命さえ賭けるような気持ちで旅に出た。
ところが初日から、肩の荷の重さに苦しむ。紙子・浴衣・雨具・筆墨、そして人々の餞別。身軽な旅を志しながら、生活の道具も人の情けも捨てきれない。「わりなけれ」には、旅の理想と現実の食い違いを苦笑する気持ちがある。
語釈・文法注
- 元祿二とせ
- 元禄二年(1689)。「とせ」は年の意。
- 吳天
- 呉の国の空。遠い異郷の空。漢詩の「笠は重し呉天の雪」をふまえる。
- 白髪の恨
- 旅の苦労で白髪になることの嘆き。
- 早加
- 草加。日光街道の宿場。実際には、この日は草加より先の粕壁(春日部)に泊まっている。
- 瘦骨
- やせ細った骨ばった体。
- 帋子
- 紙子。厚手の和紙に柿渋を塗って作った衣服。軽くて保温性があり、旅の防寒着として用いた。
- 餞
- 旅立つ人に贈る品。餞別。
- 路次
- 道中。旅の途中。
文法
- 元祿二とせにや
- 「にや」の後に「あらむ」が略されている。元禄二年であったろうか。年を忘れたふりをして、旅の思い立ちの軽さを表す。
- 重ぬといへ共
- 「重ぬ」は下二段動詞の終止形。重ねるとはいっても。
- 若生て歸らばと
- 「若」は「もし」。「歸らば」は未然形+「ば」で仮定。もし生きて帰ったら。
- わりなけれ
- 形容詞「わりなし」の已然形で、上の「こそ」の結び。どうしようもない、困ったことだ。
解説
曾良の『随行日記』では、旅立ちの日(三月二十七日)の泊まりは粕壁(春日部)であって、草加ではない。草加は千住からわずか二里ほどの所で、一日の行程としては短すぎる。芭蕉は、旅の初日の重い足どりを印象づけるために、近い草加を選んだのだと考えられている。
「只身すがらに」と言いながら荷物を捨てきれないという話は、旅の厳しさを伝えるとともに、門人たちの心のこもった餞別への感謝を、ひかえめに表してもいる。
関連
出典
- 底本
- 藤村作編『奥の細道』 至文堂、昭和5年(1930)、3頁(コマ10)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日