紫式部日記 第15章
斎院の中将の君の文
作者は、斎院(選子内親王)方の女房中将の君が、風流を解するのは自分の斎院だけだと誇る手紙をこっそり見て、腹を立てる。斎院方は風雅に専念できる環境にあるだけで、女房の質で中宮方が劣るわけではないと反論し、中宮方の女房が引っ込み思案になった事情を、中宮の気性から説き明かす。
- 1齋齋さいににに中中ちゅう將將じょうののの君君きみととといふいふいう人人ひと侍侍はべるるるなりなりなり。。。聞聞ききききはべるはべるはべるたよりたよりたよりありありありててて、、、人人ひとのののもともともとににに書書かきききかはしかはしかわしたるたるたる文文ふみををを、、、みそかみそかみそかににに人人ひととりとりとりててて見見みせせせ侍侍はべりりりししし。。。
- 2いといといとこそこそこそえんえんえんににに、、、我我われのみのみのみ世世よにににははは物物もののののゆゑゆゑゆえしりしりしり、、、心心こころ深深ふかきききたぐひたぐひたぐいはははあらあらあらじじじ、、、すべてすべてすべて世世よののの人人ひとははは心心こころももも肝肝きももももなきなきなきやうやうようににに思思おもひひいててて侍侍はべるるるべかべかべかめるめるめる。。。
- 3見見み侍侍はべりりりしししにににすゞろすゞろすずろににに心心こころやましうやましうやましゅう、、、おほやけおほやけおおやけばらばらばらとととかかか、、、よからよからよからぬぬぬ人人ひとのののいふいふいうやうやうようににに、、、にくゝにくゝにくくこそこそこそ思思おもひひい給給たまへへえられられられしかしかしか。。。
- 4文文ふみかきかきかきにににもももあれあれあれ、、、歌歌うたなどなどなどのののをかしからをかしからおかしからむむんははは我我わががが院院いんよりよりよりほかほかほかににに誰誰たれかかか見見み知知しりりり給給たまふふう人人ひとのののあらあらあらむむん、、、世世よにににをかしきをかしきおかしき人人ひとのののおひおひおいいでいでいでばばば、、、わわわががが院院いんこそこそこそ御御ごらんらんらんじじじ知知しるるるべけれべけれべけれなどなどなどぞぞぞ侍侍はべるるる。。。
- 5げにげにげにことわりことわりことわりなれなれなれどどど、、、わわわががが方方かたざまざまざまのののことことことをををさしもさしもさしもいはいはいわゞゞば、、、齋齋さい院院いんよりよりよりいでいでいできききたるたるたる歌歌うたのののすぐれすぐれすぐれてててよしよしよしととと見見みゆるゆるゆるももも殊殊ことににに侍侍はべらららずずず、、、たゞたゞただいといといとをかしうをかしうおかしゅうよしよしゝうよしよしゝうよしよししゅうはははおはすおはすおわすべかべかべかめるめるめる所所ところのののやうやうようなりなりなり。。。
- 6さぶらふさぶらふさぶらう人人ひとををを比比くらべべべててていどまいどまいどまむむんにににははは、、、このこのこの見見みたまふるたまふるたまうるわたりわたりわたりののの人人ひとににに、、、かならずしもかならずしもかならずしもかれかれかれはははまさらまさらまさらじじじををを、、、つねつねつねににに入入いりりりたちたちたちててて見見みるるる人人ひともももなしなしなし。。。
- 7をかしきをかしきおかしき夕夕ゆう月月づく夜夜よゆゑゆゑゆえあるあるあるありあけありあけありあけ、、、花花はなのののたよりたよりたより郭郭ほと公公とぎすのののたづねたづねたずね所所どころにににまゐりまゐりまいりたれたれたればばば、、、院院いんはははいといといと御御み心心こころのののゆゑゆゑゆえおはしおはしおわしてててそのそのそのさまさまさまはははいといといと世世よばなればなればなれ神神かみさびさびさびたりたりたり。。。
- 8またまたまたまぎるゝまぎるゝまぎるることことこともももなしなしなし。。。うへうへうえにににまうまうもうのぼらのぼらのぼらせせせ給給たまふふう、、、もしはもしはもしは殿殿とのなむなむなんまゐりまゐりまいりたまふたまふたまう、、、御御おおんとのゐとのゐとのいなるなるなるなどなどなど、、、ものものものさわがしきさわがしきさわがしきをりをりおりもももまじらまじらまじらずずず、、、
- 9もてもてもてつけつけつけ、、、おのづからおのづからおのずから知知しりりり好好このむむむ所所ところとととなりなりなりぬれぬれぬればばば、、、えんえんえんなるなるなる事事ことどもどもどもをををつくさつくさつくさむむん中中なかににに、、、何何なにのののあうなきあうなきおうなきいひいひいいすぐしすぐしすぐしをををかかかはははししし侍侍はべらららむむん。。。
- 10かうかうこういといといとうもれうもれうもれ木木ぎををををりをりおりいれいれいれたるたるたる心心こころばせばせばせにてにてにてかのかのかの院院いんににに交交まじらひらひらい侍侍はべらららばばば、、、そこそこそこにてにてにてしらしらしらぬぬぬ男男おとこにににいでいでいであひあひあい物物ものいふいふいうともともとも、、、人人ひとのののあうなきあうなきおうなき名名なをををいひいひいいおほすおほすおおすべきべきべきならならならずずずなどなどなど、、、心心こころゆるがしゆるがしゆるがしててて、、、おのづからおのづからおのずからなまめきなまめきなまめきならひならひならい侍侍はべりりりなななむむんをををややや。。。
- 11ましてましてまして若若わかききき人人ひとのののかたちかたちかたちにににつけつけつけててて、、、年年としののの齡齡よわいにににつゝましきつゝましきつつましきことことことなきなきなきががが、、、おのがおのがおのが心心こころににに入入いれれれてててけさうけさうけそうだちだちだち、、、物物ものをををもももいはいはいわむむんととと好好このみみみたちたちたちたらたらたらむむんはははこよなうこよなうこよのう人人ひとににに劣劣おとるるるももも侍侍はべるるるまじまじまじ。。。
- 12されどされどされどうちうちうちわたりわたりわたりにてにてにて明明あけ暮暮くれ見見みならしならしならしきしろひきしろひきしろい給給たまふふう女女にょう御御ごきさいきさいきさいおはせおはせおわせずずず、、、そのそのその御御おおん方方かた、、、かのかのかのほそほそほそ殿殿どのととといひいひいいならぶるならぶるならぶる御御おおんあたりあたりあたりもももなくなくなく、、、男男おとこももも女女おんなもももいどましきいどましきいどましきことことこともももなきなきなきにににうちとけうちとけうちとけ、、、
- 13宮宮みやのののやうやうようとととしししててて色色いろめかしきめかしきめかしきをををばばば、、、いといといとあはあはしあはあはしあわあわしとととおぼしめいおぼしめいおぼしめいたれたれたればばば、、、少少すこしししよろしからよろしからよろしからむむんとととおもふおもふおもう人人ひとははは、、、おぼろげおぼろげおぼろげにてにてにていでいでいでゐゐい侍侍はべらららずずず。。。
- 14心心こころやすくやすくやすく物物もの耻耻はじせせせずずず、、、とあらとあらとあらむむんかゝらかゝらかからむむんののの名名なをををもももをしまをしまおしまぬぬぬ人人ひと、、、はたはたはた殊殊ことなるなるなる心心こころばせばせばせのののぶるぶるぶるもももなくなくなくやややははは。。。
- 15たゞたゞたださやうさやうさようののの人人ひとのののやすきやすきやすきまゝまゝままににに、、、立立たちちちよりよりよりてててうちうちうちかたらへかたらへかたらえばばば、、、中中ちゅう宮宮ぐうののの人人ひと、、、うもれうもれうもれたりたりたり、、、もしはもしはもしは用用よう意意いなしなしなしなどなどなどもももいひいひいい侍侍はべるるるなるなるなるべしべしべし。。。
- 16上上じょう臈臈ろう中中ちゅう臈臈ろうのののほどほどほどぞぞぞあまりあまりあまりひきひきひきいりいりいりそうそめきそうそめきそうそめきてててのみのみのみ侍侍はべるるるめりめりめり。。。さささのみのみのみにしてにしてにして、、、宮宮みやののの御御おおんためためため物物ものののの飾飾かざりにににはははあらあらあらずずず、、、見見みぐるしぐるしぐるしとととももも見見みはべりはべりはべり。。。
- 17これらこれらこれらをををかくかくかくえりえりえりててて侍侍はべるるるやうやうようなれなれなれどどど、、、人人ひとははは皆皆みなとりどりとりどりとりどりにてにてにて、、、こよなうこよなうこよのうおとりおとりおとりまさるまさるまさることことことももも侍侍はべらららずずず、、、そのそのその事事ことよだけれよだけれよだければばばかのかのかの事事ことおくれおくれおくれなななとととぞぞぞ侍侍はべるるるめるめるめるかしかしかし。。。
- 18されどされどされどわかわかわかうどうどうどだにだにだにおもりかおもりかおもりかならならならむむんととと、、、まめだちまめだちまめだち侍侍はべるるるめるめるめる世世よににに、、、見見み苦苦ぐるしうしうしゅう、、、ざれざれざれ侍侍はべらららむむんもももいといといとかたはかたはかたわならならならむむん。。。たゞたゞただ大大おおかたかたかたをををいといといとかくかくかくなさけなさけなさけなからなからなからずずずもがなもがなもがなととと見見み侍侍はべるるる。。。
- 19さればさればされば宮宮みやののの御御み心心こころあかあかあかぬぬぬ所所ところなくなくなく、、、らうらうしくらうらうしくろうろうしく心心こころにくゝにくゝにくくおはしますおはしますおわしますものものものををを、、、あまりあまりあまりものものものづゝみづゝみずつみせせせさせさせさせ給給たまへへえるるる御御み心心こころににに、、、
- 20なになになにととともももいひいひいいいでいでいでじじじ、、、いひいひいいいでいでいでたらたらたらむむんもももうしろやすくうしろやすくうしろやすくはぢはぢはじなきなきなき人人ひとははは、、、世世よにににかたはかたはかたわものものものとととおぼしおぼしおぼしならひならひならいたりたりたり。。。
- 21げにげにげに物物もののののをりをりおりなどなどなどなかなかなかなかなかなかなるなるなることことことしししいでいでいでたるたるたる、、、後後おくれれれたるたるたるにににははは劣劣おとりりりたるたるたるわざわざわざなりなりなりかしかしかし。。。
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- 23まだまだまだいといといとをさなきをさなきおさなき程程ほどにににおはしましおはしましおわしましててて、、、世世よににになうなうのうかたはかたはかたわなりなりなりととと聞聞きこしめししめししめしおぼしおぼしおぼししみしみしみにににけれけれければばば、、、たゞたゞただことことことなるなるなる咎咎とがなくなくなくてててすぐすすぐすすぐすををを、、、たゞたゞただめやすきめやすきめやすき事事ことにににおぼしおぼしおぼしたるたるたる御御みけしきけしきけしきににに、、、
- 24うちうちうちこめいこめいこめいたるたるたる人人ひとのののむすめむすめむすめどもどもどもははは、、、皆皆みないといといとようようようかなひかなひかない聞聞きこえええさせさせさせたるたるたる程程ほどににに、、、かくかくかくならひならひならいにににけるけるけるとととぞぞぞ心心こころえええててて侍侍はべるるる。。。
現代語訳
斎院に、中将の君という人がいるそうです。(その人のことを)聞くつてがあって、その人がある人のもとに書き送った手紙を、こっそり人が手に入れて見せてくれました。
たいそう気どって、自分だけが世の中で物の情趣をわきまえ、思慮深い者はほかにいるまい、世の人はみな心も分別もないように思っているらしいのです。
見たとたんにわけもなく不愉快になって、公憤とかいって、たちの悪い人が言うように、憎らしく思われたことでした。
「手紙の書き方にしても、歌などの趣深いものは、わたしたちの斎院のほかに、だれが見分けられる方がいらっしゃるでしょう。世の中にすぐれた人が現れるとしたら、わたしたちの斎院こそご覧になってお見分けになるはず」などと書いてあります。
なるほどもっともなことですが、自分の側のことをそんなに言うのなら、斎院から出てきた歌で、特にすぐれていると見えるものもございません。ただたいそう趣深く由緒ありげにはしていらっしゃるところのようです。
お仕えしている女房を比べて張り合うとしたら、わたしが拝見しているこちら(中宮方)の人に、かならずしもあちらがまさってはいないでしょうに、(あちらは)いつも出入りして見ている人もいない(から、比べられもしない)。
趣深い夕月夜や風情のある有明、花の折やほととぎすを訪ねる所として(人々が)参上すると、斎院はたいそうお心に風情がおありで、そのようすはたいそう俗世を離れて神々しい。
また、気をまぎらわすこともない。帝のもとへ参上なさる、あるいは殿がおいでになる、御宿直だなどといった、騒がしいときもまじらず、
自然とそのように仕向け、自分から風流を知り好む所となっているので、風雅なことを尽くそうとする中で、どうして思慮のない言いすぎなどをいたしましょうか(失敗のしようもないのです)。
わたしのように、たいそう埋もれ木を折り入れたような引っ込み思案な心でも、あの斎院にお仕えしたなら、そこで見知らぬ男に出会って話をしても、人が軽はずみだという評判を立てるはずもないなどと、心をゆるめて、自然と風流なふるまいに慣れてしまうでしょう。
まして、若い人が容貌にも自信があり、年齢にも遠慮することがないのが、自分から心をこめて恋めいたふるまいをし、歌を詠みかけたりしようと好んでいたら、ずいぶん人に劣ることもないでしょう。
けれども、宮中では、朝夕顔を合わせて張り合いなさる女御や后もいらっしゃらず、その御方、あの細殿などと並び称されるような御方もなく、男も女も競い合うこともないので気がゆるみ、
中宮さまのご方針として、色めいたふるまいをたいそう軽薄だとお思いになっているので、少しましな人だと思われたい人は、めったなことでは人前に出ません。
気楽で恥ずかしがらず、ああだこうだという評判も気にしない人は、これまた格別な心ばえを示すこともないではありませんか。
ただそういう人が気安いのにまかせて(男たちが)立ち寄って語り合うので、「中宮方の女房は引っ込み思案だ」とか「心づかいがない」などと言うのでございましょう。
上臈・中臈の女房たちは、あまりにも引きこもって気どってばかりいるようです。そうしてばかりでは、中宮さまのための飾りにはならず、見苦しいとも見ております。
こうして人を選り分けたようですが、人はみなそれぞれで、ひどく劣ったりまさったりすることもございません。あることがまさっていれば、別のことが劣っているというものでございましょう。
けれども、若い人でさえ重々しくあろうとまじめぶっているような世の中で、見苦しくふざけたりするのも、たいそう見苦しいことでしょう。ただ、全体として、こんなに無風流でなければよいのにと見ております。
そもそも中宮さまのお心は、何一つ不足のないほど洗練されていて奥ゆかしくていらっしゃるのに、あまりにも控えめでいらっしゃるお心から、
何も言い出すまい、言い出したとしても安心できて恥ずかしくないような人は、世の中にめったにいないものと、思いこんでいらっしゃる。
本当に、何かの折に、なまじっかなことをしでかすのは、何もしないのより劣ったことです。
特に深い思慮もない人が、場所がらに乗じて得意顔をしていて、なんとも見当はずれのことを、何かの折に言い出したことがあったのを、
(中宮さまは)まだたいそう幼くていらっしゃったころに、この上なく見苦しいことだとお聞きになって、心にしみてそうお思いになったので、ただ取り立てて欠点もなく過ごすのを、ただ無難でよいこととお思いになっているご様子に、
子どもっぽい良家の娘たちは、みなたいそうよくお心にかなうように仕えているうちに、こんなふうになってしまったのだと、わたしは理解しております。
意訳
作者は、斎院方の女房中将の君が書いた手紙を、人を介してこっそり見た。
その手紙には、自分たちだけが風流を解するという自負が書かれていた。
作者は思わず腹が立つ。「公憤」などと大げさに言ってみせるところに、自分の感情を冷静に見る余裕もある。
中将の君は、自分の仕える斎院こそ世の風流の目利きだと書いていた。
作者は反論する。斎院方から出た歌に、特にすぐれたものはない。ただ由緒ありげにしているだけだ、と。
女房の質なら、中宮方がかならずしも劣ってはいない。ただ比べる人がいないだけだ。
斎院の御所は、月や花やほととぎすを楽しむ人々が訪れる、俗世を離れた神々しい場所である。
帝や道長が出入りする宮中のような騒がしさもない。
風雅に専念できる環境なのだから、失敗のしようがない。
自分のような引っ込み思案の者でも、あの環境なら風流になじんでしまうだろう。
まして若く美しい女房なら、なおさら人に劣ることはないだろう。
一方、宮中では、中宮と張り合う女御や后がいないため、女房たちも気がゆるんでいる。
中宮は色めいたふるまいを嫌うので、思慮のある女房はなかなか人前に出ない。
気軽に人前に出る女房は、特別な心ばえを示すわけでもない。
男たちはそういう女房とばかり話すので、中宮方は引っ込み思案だと評判されるのだろう。
とはいえ、上臈・中臈の女房たちが引きこもってばかりいるのは、中宮のためにならないと作者も認めている。
人にはそれぞれ長所と短所がある。
ふざけるのは見苦しいが、もう少し情趣があってもよいのではないか、と作者は思う。
話は中宮の性格に移る。中宮は洗練された方だが、控えめすぎる。
中宮は、安心して物を言わせられる人はめったにいないと思っている。
なまじっかなことをするのは、何もしないより悪い。
かつて思慮の浅い女房が見当はずれのことを言ったことがあった。
幼い中宮はそれを見苦しく思い、無難であることを良しとするようになった。
良家の娘である女房たちは中宮の意向に従ううちに、皆控えめになってしまったのだ、と作者は分析する。
語釈・文法注
- 齋院
- 賀茂の斎院。賀茂神社に奉仕する未婚の皇女。ここでは村上天皇の皇女、選子内親王(964〜1035)。五代の天皇にわたって斎院をつとめ、「大斎院」と呼ばれた。その御所は風雅な文化サロンとして知られた。
文法
- 「おほやけばら」
- 公腹(おおやけばら)。自分に直接関係のないことに腹を立てること。
- 「よしよしゝう」
- 底本のまま。「よしよししう(由々しう)」で、由緒ありげに、の意。
- 「あうなき」
- 「奥なし」の転。思慮が浅い、軽はずみだ。
- 「うもれ木ををりいれたる心ばせ」
- 埋もれ木を折り入れたような、陰気で引っ込み思案な心の比喩。
- 「そうそめきて」
- 底本のまま。気どって、とりすまして、の意と解した。
- 「よだければ」「おくれなと」
- 底本のまま。「よだけし」は大げさだ、まさっている、と解した。あることが勝れば別のことが劣る、の意。
解説
消息文の中で、作者は斎院方と中宮方の女房を比較する。きっかけは、斎院方の中将の君が書いた、自分たちの風雅を誇る手紙だった。作者は腹を立てながらも、斎院方の環境の違いを冷静に分析し、中宮方の女房の質が劣るわけではないと反論している。
選子内親王の斎院は、俗世を離れた風雅の場として名高く、多くの貴族や女房が歌の交流のために訪れた。一方、中宮彰子の後宮は、張り合う相手のいない落ち着いた場で、中宮の控えめな性格もあって、女房たちも引っ込み思案になっていた。作者はその事情を、中宮が幼いころに見た女房の失敗にまでさかのぼって説明する。
作者は中宮方の欠点も認めつつ、その原因を中宮のまじめな性格に求めている。主人への敬愛と、宮仕えの世界を冷静に見る目とが、ともに表れた文章である。
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出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(紫式部日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、404–406頁(コマ214–215)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日