紫式部日記 第12章
臨時の祭と師走の参内
左京の君への贈り物は、中納言からの文と偽って届けられる。五節が過ぎた宮中のさびしさ、賀茂の臨時の祭で使となった教通の晴れ姿と、贈り物への思わぬ返礼。十二月二十九日、初出仕の日を思い出しながら宮中に戻った作者は、独り寝の夜に年の暮れを歌に詠む。
- 1おおおまへまへまえにににははは「「「おなじくおなじくおなじくばばばをかしきをかしきおかしきさまさまさまにににしししなしなしなしててて、、、扇扇おうぎなどなどなどもももあまたあまたあまたこそこそこそ」」」とととのたまはすれのたまはすれのたまわすれどどど、、、
- 2「「「おどろおどろしからおどろおどろしからおどろおどろしからむむんももも事事ことのののさまさまさまにににあはあはあわざるざるざるべしべしべし。。。わざとわざとわざとつかはすつかはすつかわすにににてててははは、、、しのびやかしのびやかしのびやかにににけしきばまけしきばまけしきばませせせ給給たまふふうべきべきべきにににももも侍侍はべらららずずず。。。これこれこれはははかゝるかゝるかかる私私わたくし事事ごとにににこそこそこそ」」」ととと聞聞きこえええさせさせさせててて、、、
- 3顏顏かおしるかるしるかるしるかるまじきまじきまじき局局つぼねののの人人ひとしししててて、、、「「「これこれこれ中中ちゅう納納な言言ごんののの御御おおんふみふみふみ、、、御御み殿殿とのよりよりより左左さ京京きょうののの君君きみににに奉奉たてまつらららむむん」」」とととたかやかたかやかたかやかにににさしさしさしおきおきおきつつつ。。。
- 4引引ひきききとゞめとゞめとどめられられられたらたらたらむむんこそこそこそ見見み苦苦ぐるしけれしけれしけれとととおもふおもふおもうににに、、、走走はしりりりきたりきたりきたり。。。女女おんなののの聲聲こえにてにてにて、、、「「「いづこいづこいずこよりよりより入入いりりり來來きつるつるつる」」」ととと問問とふふうなりなりなりつるつるつるははは、、、女女にょう御御ご殿殿どののののととと疑疑うたがひひいなくなくなく思思おもふふうなるなるなるべしべしべし。。。
- 5なになになにばかりばかりばかりののの耳耳みみとゞむるとゞむるとどむることことこともももなかりなかりなかりつるつるつる日日ひ頃頃ごろなれなれなれどどど、、、五五ご節節せちすきすきすきぬぬぬととと思思おもふふう內內うちわたりわたりわたりのののけはひけはひけわい、、、うちつけうちつけうちつけにににさうざうしきさうざうしきそうぞうしきをををみみみののの日日ひののの夜夜よののの調調ちょう樂樂がくははは、、、げにげにげにをかしかりをかしかりおかしかりけりけりけり。。。
- 6わかやかわかやかわかやかなるなるなる殿殿てん上上じょう人人びとなどなどなど、、、いかにいかにいかになごりなごりなごりつれづれつれづれつれづれならならならむむん。。。
- 7高高たか松松まつののの小小こ君君ぎみさへさへさへこたみこたみこたみ入入いらららせせせ給給たまひひいししし夜夜よよりよりよりははは女房女房にょうぼうゆるさゆるさゆるされれれててて、、、まままもももなくなくなくとほりとほりとおりありきありきありき給給たまへへえばばば、、、いといといとはしたなげはしたなげはしたなげなりなりなりややや。。。さださださだすぎすぎすぎぬるぬるぬるををを功功こうにてにてにてぞぞぞかくろふるかくろふるかくろうる。。。
- 8五五ご節節せちこひしこひしこいしなどなどなどもももことことことにににおもひおもひおもいたらたらたらずずず、、、やすらひやすらひやすらい、、、小小こ兵兵ひょう衞衞えなどなどなどややや、、、そのそのその裳裳もののの裾裾すそ、、、汗汗かざ衫衫みにににまつはれまつはれまつわれてててぞぞぞ小小こ鳥鳥とりのののやうやうようにににさへづりさへづりさえずり、、、ざれざれざれおはすおはすおわすめるめるめる。。。
- 9臨臨りん時時じのののののの使使つかいははは、、、殿殿とのののの權權ごん中中ちゅう將將じょうののの君君きみなりなりなり。。。そのそのその日日ひははは御御おおん物物もの忌忌いみなれなれなればばば、、、殿殿との、、、御御おおんとのゐとのゐとのいせせせさせさせさせ給給たまへへえりりり。。。
- 10上達部上達部かんだちめももも舞舞まい人人びとののの君君きん達達だちももも籠籠こもりりりててて、、、夜夜よ一一ひと夜夜よ細細ほそ殿殿どのわたりわたりわたり、、、いといといとものものもの騒騒さわがしきがしきがしきけはひけはひけわいしししたりたりたり。。。
- 11つとめてつとめてつとめてうちうちうちのののおほいとのおほいとのおおいとのののの御御み隨隨ずい身身じん、、、このこのこの殿殿とのののの御御み隨隨ずい身身じんにににさしさしさしとらせとらせとらせててていにいにいにけるけるける。。。ありありありししし箱箱はこののの蓋蓋ふたににに、、、しろがねしろがねしろがねのののさうしさうしそうし箱箱ばこをををすゑすゑすえたりたりたり。。。
- 12鏡鏡かがみおしおしおし入入いれれれててて、、、沉沉じんのののくしくしくし、、、白白しろがねがねがねのののかうがいかうがいこうがいなどなどなど、、、つかひつかひつかいののの君君きみののの髪髪かみかゝかゝかかせせせ給給たまふふうべきべきべきけしきけしきけしきをををしししたりたりたり。。。
- 13箱箱はこののの蓋蓋ふたににに葦葦あし手手でにににうちうちうちいでいでいでたるたるたるははは、、、日日ひかげかげかげののの返返かえ事事りごとなななめりめりめり。。。文文も字字じ二二ふたつつつ落落おちちちてててあやふしあやふしあやうし。。。
- 14ことことことののの心心こころ違違たがひひいてててもももあるあるあるかなかなかなととと見見みえええしししははは、、、かのかのかのおとゞおとゞおとどののの宮宮みやよりよりよりととと心心こころえええたまひたまひたまいててて、、、かうかうこうことごとしくことごとしくことごとしくしししなしなしなし給給たまへへえるるるなりなりなりけりけりけりとととぞぞぞ聞聞ききききはべりはべりはべりししし。。。はかなかりはかなかりはかなかりしししたはぶれたはぶれたわぶれわざわざわざををを、、、いとほしういとほしういとおしゅうことごとしうことごとしうことごとしゅうこそこそこそ。。。
- 15殿殿とのののの上上うえもももまうまうもうのぼりのぼりのぼりててて物物もの御御ごらんらんらんずずず。。。つかひつかひつかいののの君君きみののの藤藤ふじかざしかざしかざしててていといといとものものしくものものしくものものしくおとなびおとなびおとなび給給たまへへえるるるををを、、、くらくらくらののの命命みょう婦婦ぶははは舞舞まびびび人人びとにににははは目目めももも見見みやらやらやらずずずうちうちうちまもりまもりまもりうちうちうちまもりまもりまもりぞぞぞ泣泣なきききけるけるける。。。
- 16御御おおん物物もの忌忌いみなれなれなればばば、、、みみみ社社やしろよりよりより丑丑うしののの時時ときにににぞぞぞ歸歸かえりりり參參まいれれればばば、、、御御み神神か樂樂ぐらなどなどなどもももさまさまさまばかりばかりばかりなりなりなり。。。
- 17ががが去去こ年年ぞまでまでまではははいといといとつきづきしげつきづきしげつきづきしげなりなりなりしししををを、、、こよなくこよなくこよなく衰衰おとろへへえたるたるたるふるまひふるまひふるまいぞぞぞ、、、見見みしるしるしるまじきまじきまじき人人ひとのののうへうへうえなれなれなれどどど、、、あはれあはれあわれににに思思おもひひいよそへよそへよそえらるゝらるゝらるることことこと多多おおくくく侍侍はべるるる。。。
- 18しはすしはすしわすののの廿九日廿九日にじゅうくにちにににまゐるまゐるまいる。。。始始はじめめめてててまゐりまゐりまいりしししももも今宵今宵こよいのののことことことぞぞぞかしかしかし。。。いみじくいみじくいみじくももも夢夢ゆめ路路じにににまどはれまどはれまどわれしかしかしかなななととと思思おもひひい出出いづれづれずればばば、、、こよなくこよなくこよなくたちたちたちなれなれなれにににけるけるけるももも、、、うとましうとましうとましののの身身みののの程程ほどやややとととおぼゆおぼゆおぼゆ。。。
- 19夜夜よいたういたういとうふけふけふけにににけりけりけり。。。御御おおん物物もの忌忌いみにににおはしましおはしましおわしましけれけれければばば、、、おおお前前まえにににもももまゐらまゐらまいらずずず、、、心心こころぼそくぼそくぼそくてててうちうちうち臥臥ふしししたるたるたるににに、、、
- 20前前まえなるなるなる人人ひと々々びとののの、、、うちうちうちわたりわたりわたりははは猶猶なおいといといとけはひけはひけわいことことことなりなりなりけりけりけり。。。「「「里里さとにてにてにてははは今今いまはははねねねなななましましましものものものををを、、、さもさもさもいざときいざときいざとき沓沓くつのののしげさしげさしげさかなかなかな」」」ととと色色いろめかしくめかしくめかしくいひいひいい居居いたるたるたるををを聞聞ききききててて、、、
- 21「「「年年としくれくれくれてててわわわががが世世よふけふけふけゆくゆくゆく風風かぜののの音音おとにににこゝろこゝろこころのののうちうちうちのののすさまじきすさまじきすさまじきかなかなかな」」」
現代語訳
中宮さまは「同じことなら趣深く仕立てて、扇などもたくさん添えたら」とおっしゃったけれど、
「大げさにするのも事の次第にそぐわないでしょう。中宮さまが正式にお贈りになるのでしたら、こっそりそれらしくなさるべきことでもございません。これはこうした私ごとでございますので」と申し上げて、
顔を知られていないはずの局の女房を使いにして、「これは中納言さまのお手紙です。女御さまから左京の君にお届けします」と高らかに言って置いてこさせた。
引き止められたらみっともないと思っていたが、(使いは)走って帰って来た。女の声で「どこから入って来たの」と尋ねていたのは、女御殿からのものだと疑いなく思ったからだろう。
たいして耳をとめることもなかったこのごろだが、五節が過ぎたと思う宮中の気配が急にさびしくなったところに、巳の日の夜の調楽は、本当に趣があった。
若々しい殿上人たちは、どんなに名残惜しく所在ないことだろう。
高松殿の若君たちまでが、今回中宮さまが内裏にお入りになった夜から、女房の部屋への出入りを許されて、ひっきりなしに通り歩きなさるので、たいそうきまりの悪いことだ。(わたしは)年を取ったのをよいことにして隠れている。
(若い女房たちは)五節が恋しいなどとも特に思っておらず、やすらいや小兵衛などは、裳の裾や汗衫にまつわりついて、小鳥のようにさえずり、ふざけていらっしゃるようだ。
賀茂の臨時の祭の使いは、殿の権中将の君(教通)である。その日は(帝の)御物忌なので、殿は宮中に宿直なさった。
上達部も舞人の君達も籠もって、一晩中、細殿のあたりはたいそう騒がしいようすだった。
翌朝、内の大臣(公季)の御随身が、この殿の御随身に(贈り物を)手渡して帰っていった。先日の(左京の君に贈った)箱の蓋に、銀の冊子箱を据えてある。
鏡を入れて、沈の櫛、銀の笄など、使いの君(教通)の髪を整えなさるための品というようすにしてあった。
箱の蓋に葦手で浮き出させて書いてあるのは、日陰の鬘の歌への返事なのだろう。文字が二つ落ちていて、意味がおぼつかない。
事の次第を取り違えているようだと見えたのは、あの大臣(公季)が中宮さまからのものと思いこまれて、こうして大げさになさったのだと聞きました。ちょっとしたいたずらだったのに、気の毒にも大げさなことになってしまった。
殿の北の方も(清涼殿に)参上して祭のようすをご覧になる。使いの君が藤の花をかざして、たいそう堂々と大人びていらっしゃるのを、内蔵の命婦は舞人には目も向けずに、じっと見つめては泣いていた。
御物忌なので、(使いが)賀茂社から丑の刻に帰参したので、御神楽なども形ばかりである。
(人長の)兼時が、去年まではたいそう似つかわしかったのに、ひどく衰えたふるまいであるのは、わたしにはかかわりのない人のことだけれど、しみじみとわが身に引き比べて思われることが多くございます。
十二月二十九日に参上する。初めて出仕したのも今夜のことだった。ひどく夢路をたどるように戸惑ったものだと思い出すと、すっかり宮仕えに慣れてしまったのも、いとわしいわが身のほどよと思われる。
夜がたいそう更けてしまった。(中宮さまが)御物忌でいらっしゃったので、御前にも参上せず、心細く横になっていると、
前にいる女房たちが「宮中はやはりたいそうようすが違うわね。里ではもう寝てしまうころなのに、まあ目がさめるほど頻繁な沓の音ね」と、色っぽく言っているのを聞いて、
「年が暮れて、わたしの齢も夜も更けてゆく。吹きすさぶ風の音を聞くと、心の中まで荒涼としてくることよ」
意訳
左京の君への贈り物を、中宮はもっと立派にしてはと言う。
作者は、中宮からの正式な贈り物にするのは筋違いで、これは私的ないたずらだからと控えめにすることを勧める。
作者たちは、顔の知られていない女房を使いに立て、中納言から女御経由の手紙だと偽って届けさせる。
使いはうまく逃げ帰る。受け取った側は、女御からのものだと信じこんだらしい。
五節が終わって宮中はさびしくなったが、巳の日の調楽はよかった。
若い殿上人たちは五節の名残を惜しんでいるだろう。
道長の高松殿腹の若君たちが女房の局に出入りを許され、作者はきまりが悪く、年配であるのを口実に隠れている。
一方、若い女房たちは無邪気にはしゃいでいる。年齢による心の違いを、作者は冷静に見ている。
賀茂の臨時の祭。道長の次男教通が勅使をつとめる。
公卿たちも宮中に籠もり、夜通し騒がしい。
翌朝、教通のもとに内大臣公季から贈り物が届く。それは先日左京の君に贈った箱の蓋を使ったものだった。
中には鏡や櫛など、教通の髪を整えるための品が入っている。
箱の蓋には日陰の鬘の歌への返歌が書かれていた。
公季は左京の君への贈り物を中宮からの正式なものと誤解して、大げさな返礼をしたのだった。軽いいたずらが思わぬ大事になったことを、作者は気の毒がる。
教通の晴れ姿を、乳母の内蔵の命婦は涙ながらに見つめる。
御物忌のため、神楽も簡略だった。
人長の兼時が老い衰えたのを見て、作者は他人ごとながら自分の身に引き比べてしみじみとする。
十二月二十九日、作者は再び宮中に参上する。この日はちょうど初出仕の日だった。夢見心地だったあのころに比べ、すっかり宮仕えに慣れてしまった自分をいとわしく思う。
夜更け、中宮は物忌で、作者はひとり局で横になる。
同僚たちは、宮中は夜も沓の音が絶えないと、男たちの訪れをほのめかして色めいた話をしている。
作者の歌は、年の暮れと自分の年齢の深まりを重ね、心の中の荒涼とした思いを詠む。同僚たちの華やいだ会話と対照的な孤独が浮かびあがる。
語釈・文法注
- 高松の小君だち
- 道長のもう一人の妻、源明子(高松殿)が産んだ若君たち。頼宗・顕信など。
- 臨時の祭
- 賀茂の臨時の祭。十一月下の酉の日に行われ、勅使が賀茂社に参向して東遊を奉納した。
- かねとき
- 尾張兼時。近衛の舎人で、神楽の人長(にんじょう)として名高かった。
文法
- 「五節すきぬ」
- 底本のまま清音で書く。「過ぎぬ」の意。
- 「さうざうしきを、みの日の夜の調樂は」
- 底本は「さうざうしきをみの日」と続けて書く。さびしかったところに、巳(み)の日の夜の調楽は、と解した。
- 「さだすぎぬるを功にてぞかくろふる」
- 年を取ったのを手柄のようにして、隠れている。
- 「舞び人」
- 底本のまま。「舞人」と同じ。
- 「さもいざとき沓のしげさかな」
- 「いざとし」は目ざとい、寝つけない。寝つけないほど頻繁に聞こえる沓の音、と解した。
和歌
年くれてわが世ふけゆく風の音にこゝろのうちのすさまじきかな
- 詠者
- 紫式部
- 状況
- 十二月二十九日、宮中に戻った夜、同僚たちの色めいた会話を聞きながら独り詠んだ歌。
修辞
- 掛詞
- 「世」に「齢」と「夜」を、「ふけゆく」に「(年齢が)老けゆく」と「(夜が)更けゆく」を掛ける。
- 対比
- 外の風の音と、心の中のすさまじさを重ねる。
解説
左京の君へのいたずらは、内大臣公季の思わぬ返礼によって大事になって終わる。作者はこの顛末を、どこか後味の悪さとともに記している。
十二月二十九日は、作者が初めて宮仕えに出た日でもあった(寛弘二年または三年とされる)。初出仕のときの戸惑いと、宮仕えに慣れきった今の自分とを比べて、作者は「うとましの身の程」と自分をいとう。
「年くれて」の歌は、年の暮れ、夜の更けゆく音、そして老いてゆく自分を重ね合わせ、宮廷の華やぎの中での深い孤独を詠んでいる。『玉葉和歌集』にも採られ、紫式部の心境を表す一首として知られる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(紫式部日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、398–399頁(コマ211)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日