紫式部日記 第11章
五節の童女と左京の君
五節の寅の日、作者は気が進まないまま道長に連れ出されて御前の試を見る。卯の日の童女御覧では、白昼に人目にさらされる童女たちに自分の身を重ね、宮仕えに慣れてゆく心を恐れる。かつて宮中にいた左京の君が介添え役で出ているのを知った女房たちは、日陰の鬘に歌を添えてからかう。
- 1寅寅とらののの日日ひのののあしたあしたあした殿殿てん上上じょう人人びとまゐるまゐるまいる。。。常常つねのののことことことなれなれなれどどど、、、月月つき頃頃ごろにににさとびさとびさとびにににけるけるけるにににややや、、、わかわかわか人人うどたちたちたちののの珍珍めずらしししととと思思おもへへえるるるけしきけしきけしきなりなりなり。。。さるさるさるははは摺摺すれれれるるる衣衣きぬももも見見みえええずずずかしかしかし。。。
- 2そのそのその夜夜よさりさりさり春春とう宮宮ぐうのののすけすけすけ召召めしししてててたきたきたき物物ものたまふたまふたまう。。。大大おおきやかきやかきやかなるなるなる箱箱はこ一一ひとつつつににに高高たこううう入入いれれれさせさせさせ給給たまへへえりりり。。。尾尾お張張はりへへへははは殿殿とののののうへうへうえぞぞぞつかはしつかはしつかわしけるけるける。。。
- 3そのそのその夜夜よはははおおおまへまへまえのののとととかかか。。。うへうへうえににに渡渡わたらららせせせ給給たまひひいててて御御ご覽覽らんずずず。。。若若わか宮宮みやおはしませおはしませおわしませばばばうちまきうちまきうちまきしししのゝしるのゝしるののしる。。。常常つねにににことことことなるなるなる心心ここちちちすすす。。。
- 4物物ものうけれうけれうければばばしばししばししばしやすらひやすらひやすらい、、、ありさまありさまありさまににに從從したがひひいててて參參まいらららむむんととと思思おもひひいててて居居いたるたるたるににに、、、小小こ兵兵ひょう衞衞え、、、小小こ兵兵ひょう部部ぶなどなどなどもももすびつすびつすびつにににゐゐいててて「「「いといといとせばけれせばけれせばければばば、、、はかばかしうはかばかしうはかばかしゅう物物ものももも見見みえええ侍侍はべらららずずず」」」などなどなどいふいふいうほどほどほどににに、、、
- 5殿殿とのおはしましおはしましおわしましててて、、、「「「なとてなとてなとてかうかうこうてててすぐしすぐしすぐしてててははは居居いたるたるたる、、、いざいざいざもろともにもろともにもろともに」」」ととと責責せめめめたてたてたてさせさせさせ給給たまひひいててて、、、心心こころにににもももあらあらあらずずずまうまうもうのぼりのぼりのぼりたりたりたり。。。
- 6舞舞まい姫姫びめどもどもどものののいかにいかにいかに苦苦くるしからしからしからむむんととと見見みゆるゆるゆるににに、、、尾尾お張張はり守守のかみのののぞぞぞ心心ここちちち惡惡あしかりしかりしかりててていぬるいぬるいぬる、、、夢夢ゆめのののやうやうようににに見見みゆるゆるゆるものものものかなかなかな。。。事事ことはてはてはてゝゝておりおりおりさせさせさせ給給たまひひいぬぬぬ。。。
- 7このこのこの頃頃ころののの公公きん達達だちははは、、、唯唯ただ五五ご節節せち所所どころのののをかしきをかしきおかしきことことことをををかたるかたるかたる。。。「「「すだれすだれすだれのののはしはしはしもももかうかうこうさへさへさへ心心こころ々々ごころにににかはりかはりかわりててて、、、出出いででで居居いたるたるたる頭頭かしらつきつきつき、、、もてなしもてなしもてなしけはひけはひけわいなどなどなどさへさへさへ、、、更更さらににに通通かよははわずずずさまざまさまざまさまざまににになむなむなんあるあるある」」」ととと聞聞ききききにくゝにくゝにくくかたるかたるかたる。。。
- 8かゝらかゝらかからぬぬぬ年年としだにだにだに、、、御御ご覽覽らんののののののわらはわらはわらわののの心心ここちちちどもどもどもはははおろかおろかおろかならならならざるざるざるものものものををを、、、ましてましてましていかならいかならいかならむむんなどなどなど心心こころもとなくもとなくもとなくゆかしきゆかしきゆかしきににに、、、歩歩あゆみみみ並並ならびびびつゝつゝつついでいでいできききたるたるたるはははあいなくあいなくあいなく胸胸むねつぶれつぶれつぶれててていとほしくいとほしくいとおしくこそこそこそあれあれあれ。。。
- 9さるさるさるはははとりわきとりわきとりわきててて深深ふこううう心心こころよすよすよすべきべきべきあたりあたりあたりもももなしなしなしかしかしかし。。。われわれわれもももわれわれわれもももとととさばかりさばかりさばかり人人ひとのののおもひおもひおもいててて、、、さしさしさし出出いでででたるたるたることことことなれなれなればばばにににややや、、、目目めうつりうつりうつりつゝつゝつつおとりおとりおとりまさりまさりまさりけざやかけざやかけざやかにににももも見見みえええわかわかわかずずず。。。今今いまめかしきめかしきめかしき人人ひとののの目目めにににこそこそこそふとふとふと物物もののののけぢめけぢめけじめももも見見みとるとるとるべかべかべかめれめれめれ。。。
- 10たゞたゞただかくかくかくくもりくもりくもりなきなきなき晝晝ひる中中なかににに、、、扇扇おうぎもももはかばかしくはかばかしくはかばかしくもたもたもたせせせずずず、、、そこらそこらそこらののの公公きん達達だちののの立立たちちちまじりまじりまじりたるたるたるににに、、、さてさてさてもももありありありぬぬぬべきべきべき身身みのののほどほどほど心心こころもちゐもちゐもちいととといひいひいいながらながらながら、、、人人ひとににに劣劣おとらららじじじととと爭爭あらそふふう心心ここちちちもももいかにいかにいかに臆臆おくすすすらむらむらんととと、、、あいなくあいなくあいなくかたはらかたはらかたわらいたきいたきいたきぞぞぞかたくなしきかたくなしきかたくなしきややや。。。
- 11たばたばたばののの守守かみのののわらはわらはわらわののの靑靑あおいいいしらしらしらつるばみつるばみつるばみのののかざみかざみかざみ、、、をかしをかしおかしとととおもひおもひおもいたるたるたるににに、、、藤藤とう宰宰さい相相しょうのののわらはわらはわらわははは赤赤あか色色いろををを着着きせせせててて、、、下下しも仕仕づかえのののからからからぎぬぎぬぎぬににに靑靑あお色色いろをををおしおしおしかへしかへしかえしきたるきたるきたるねたげねたげねたげなりなりなり。。。
- 12わらはわらはわらわのののかたちかたちかたちももも、、、一一ひと人人りはははいといといとまほまほまほにににははは見見みえええずずず。。。宰宰さい相相しょう中中ちゅう將將じょうはははわらはわらはわらわいといといとそびやかそびやかそびやかににに髪髪かみどもどもどもをかしをかしおかし。。。みなみなみな濃濃こきききあこめあこめあこめににに上上うわ着着ぎはははこゝろごころこゝろごころこころごころなりなりなり。。。
- 13汗汗かざ衫衫みははは五五いつへへえなるなるなる中中なかににに、、、をはりをはりおわりはははたゞたゞただえびえびえび染染ぞめをををきせきせきせたりたりたり。。。なかなかなかなかなかなかゆゑゆゑしくゆゑゆゑしくゆえゆえしくこゝろこゝろこころあるあるあるさまさまさましししててて、、、ものものものゝゝのいろいろいろあひあひあいつやつやつやなどなどなど下下しも仕仕づかえのののいといといとかほかほかおすぐれすぐれすぐれたるたるたる、、、
- 14扇扇おうぎとるとるとるとてとてとて六六ろく位位いののの藏藏くら人人うどどもどもどもよるよるよるににに、、、心心こころをををなげなげなげやるやるやるこそこそこそやさしきやさしきやさしきものものものからからから、、、女女おんなにににはははあらあらあらぬぬぬかかかととと見見みゆれゆれゆれ。。。
- 15我我われ等等らををを彼彼かれがががやうやうようにてにてにていていていてゐよゐよいよとととあらあらあらばばば、、、又又またさてさてさてもももさまよひさまよひさまよいありくありくありくばかりばかりばかりにににぞぞぞかしかしかし。。。かうかうこうまでまでまで立立たちちち出出いでででむむんとととははは思思おもひひいかけかけかけきききやややははは。。。
- 16されどされどされど目目めににに見見みずずずあさましきあさましきあさましきものものものははは人人ひとののの心心こころなりなりなりけれけれければばば、、、今今いまよりよりより後後のちのののおもなさおもなさおもなさはははたゞたゞただなれなれなれににに馴馴なれれれ過過すぎぎぎ、、、ひたひたひたおもておもておもてにににならならならむむんももも事事こと安安やすしししかしかしかしととと、、、
- 17身身みのののありさまありさまありさまののの夢夢ゆめのののやうやうようににに思思おもひひいつゞけつゞけつづけられられられててて、、、あるあるあるまじきまじきまじきことことことにににさへさへさへ思思おもひひいかゝりかゝりかかりてててゆゝしくゆゝしくゆゆしくおぼゆれおぼゆれおぼゆればばば、、、めめめとまるとまるとまることことことももも例例れいのののなかりなかりなかりけりけりけり。。。
- 18侍侍じ從從じゅう宰宰さい相相しょうののの五五ご節節せちののの局局つぼね、、、宮宮みやのののおおおまへまへまえのののたゞたゞただ見見み渡渡わたすすすばかりばかりばかりなりなりなり。。。たてたてたて部部じとみのののかみかみかみよりよりより音音おとににに聞聞きくくくすだれすだれすだれのののはしはしはしももも見見みゆゆゆ。。。人人ひとののの物物ものいふいふいう聲聲こえもももほのほのほの聞聞きこゆゆゆ。。。
- 19「「「かのかのかの女女にょう御御ごののの御御おおんかたかたかたににに、、、左左さ京京きょううまうまうまととといふいふいう人人ひとなむなむなんいといといとなれなれなれてててまじりまじりまじりたるたるたる」」」ととと宰宰さい相相しょうののの中將中將ちゅうじょうむかしむかしむかし見見みしりしりしりててて語語かたりりり給給たまふふうををを、、、
- 20一一ひと夜夜よかのかのかのかいつくろひかいつくろひかいつくろいにてにてにてゐゐいたりたりたりしししひんがしひんがしひんがしなりなりなりしししなむなむなん、、、左左さ京京きょうととと源源げん少少しょう將將しょうももも見見みしりしりしりたりたりたりしししををを、、、物物もののののよすがよすがよすがありありありててて傳傳つたへへえ聞聞ききききたるたるたる人人ひと々々びと、、、「「「をかしうをかしうおかしゅうもももありありありけるけるけるかなかなかな」」」ととといひいひいいつゝつゝつつ、、、いざいざいざ知知しらららずずず顏顏がおにににはははあらあらあらじじじ。。。
- 21むかしむかしむかし心心こころにくにくにくだちだちだちててて見見みならしならしならしけむけむけんうちうちうちわたりわたりわたりををを、、、かゝるかゝるかかるさまさまさまにてにてにてやややははは出出いででで立立たつつつべきべきべき。。。しのぶしのぶしのぶととと思思おもふふうらむらむらんをををあらはさあらはさあらわさむむんののの心心こころにてにてにて、、、
- 22おおおまへまへまえににに扇扇おうぎどもどもどもあまたあまたあまたさぶらふさぶらふさぶらう中中なかににに、、、蓬蓬ほう萊萊らいつくりつくりつくりたるたるたるをををしもしもしもえりえりえりたるたるたる心心こころばへばへばえあるあるあるべしべしべし。。。見見み知知しりりりけむけむけんやややははは。。。
- 23箱箱はこののの蓋蓋ふたにににひろげひろげひろげててて日日ひをををまろめまろめまろめててて、、、そらいそらいそらいたるたるたる櫛櫛くしどもどもども、、、白白しろきききものものもの、、、いみじくいみじくいみじくつまづまつまづまつまづまをををゆひゆひゆいそへそへそえたりたりたり。。。
- 24「「「少少すこしししさださださだすぎすぎすぎ給給たまひひいにににたるたるたるわたりわたりわたりにてにてにて、、、くしくしくしのののそりそりそりざまざまざまなむなむなんなほなほしきなほなほしきなおなおしき」」」ととと君君きんたちたちたちのののたまへたまへたまえばばば、、、今今いまやうやうようのののさまさまさまあしきあしきあしきまでまでまで、、、つまつまつまもももあはせあはせあわせたるたるたるそらしそらしそらしざまざまざましししててて、、、
- 25くろはうくろはうくろぼうをををおしおしおしまろがしまろがしまろがしてててふつゝかふつゝかふつつかにににしりしりしりさきさきさき切切きりりりててて、、、白白しろききき紙紙かみ一一ひとかさねかさねかさねにににたてたてたてぶみぶみぶみにににしししたりたりたり。。。大大たい輔輔ふのののおもとおもとおもとしししてててかきかきかきつけつけつけさすさすさす、、、
- 26「「「おほかりおほかりおおかりしししとよとよとよののの宮宮みや人人びとさしさしさしわきわきわきてててしるきしるきしるき日日ひかげかげかげをををあはれあはれあわれとととぞぞぞ見見みししし」」」。。。
現代語訳
寅の日の朝、殿上人が参上する。いつものことだが、この数か月里住まいのようになっていたからだろうか、若い女房たちはめずらしいと思っている様子である。とはいえ、まだ(臨時の祭の)摺り衣は見えない。
その夜、(中宮さまは)春宮の亮を召して薫物をお与えになる。大きな箱一つに高く盛って入れさせなさった。尾張守(の舞姫)へは殿の北の方がお贈りになった。
その夜は御前の試だとか。帝が(清涼殿に)お渡りになってご覧になる。若宮もいらっしゃるので、散米をまいて大声で騒ぐ。いつもと違う心地がする。
気が進まないので少し休んで、ようすを見てから参上しようと思って控えていると、小兵衛や小兵部なども炭櫃のそばにいて、「たいそう狭いので、ろくに見えません」などと言っているうちに、
殿がいらっしゃって、「どうしてこうして過ごしているのか。さあいっしょに」とせきたてなさるので、気の進まないまま参上した。
舞姫たちがどんなにつらいだろうと見ていると、尾張守の舞姫が気分が悪くなって退出していくのが、夢のように見えることよ。行事が終わって、帝はお下りになった。
このごろの公達は、ただ五節所の趣深いことばかり話題にする。「簾の端までが、それぞれ趣向が違っていて、そこに座っている女房の頭つきや身のこなしや雰囲気までも、まったく似ていなくてさまざまだ」と、聞き苦しく話す。
こうした(特別な)年でなくても、童女御覧の日の童女たちの気持ちはひととおりのものではないのに、まして(今年は)どんなだろうと気になって見たいと思っていると、歩み並んで出てきたのを見ると、わけもなく胸がつぶれる思いがして、気の毒でならない。
とはいえ、特に深く心を寄せるべき(舞姫の)家もないのだが。われもわれもとあれほど人々が思って差し出したことだからだろうか、目移りして、優劣もはっきりとは見分けられない。当世風の人の目なら、ちょっとした違いも見てとれるのだろう。
ただこのように曇りもない昼の明るさの中で、扇もろくに持たせず、大勢の公達が立ちまじっているところに、それなりの身分や心づかいの者とはいえ、人に負けまいと競う気持ちも、どんなに気後れしていることだろうと、むやみに気の毒に思うのは、かたくななことだ。
丹波守の童女の青い白橡の汗衫を趣深いと思っていたところ、藤宰相の童女には赤色を着せて、下仕えの唐衣に青色を裏返して着せているのは、ねたましいほどである。
童女の容貌も、一人はあまり整っては見えない。宰相中将(兼隆)の童女はすらりとしていて、髪もみな美しい。みな濃い紅の衵に、表着は思い思いである。
汗衫はみな五重の中に、尾張守のはただ葡萄染を着せていた。かえって由緒ありげで心得のあるようすで、色の取り合わせや光沢など(も見事で)、下仕えのたいそう顔立ちのすぐれた者が、
扇を取ろうとして六位の蔵人たちが近寄ると、自分から扇を投げ出したのは、優美ではあるものの、女らしくないのではないかと見えた。
わたしたちを、あの童女たちのようにして(人前に)出ていよと言われたら、またそのようにうろうろとさまよい歩くばかりだろう。こんなにまで人前に出ようとは、思いもかけなかったことだ。
けれども、目に見えずあきれるものは人の心なので、これから先の厚かましさは、ただ慣れに慣れすぎて、平気で顔を人前にさらすようになるのもたやすいことだろうと、
わが身のありさまが夢のように思い続けられて、あってはならないことにまで思いが及んで縁起でもなく思われるので、目にとまることもいつものようになかった。
侍従の宰相(実成)の五節の局は、中宮さまの御前からちょうど見渡せるところにある。立蔀の上から、評判の簾の端も見える。人の話し声もかすかに聞こえる。
「あの弘徽殿の女御の御方に、左京の馬という人が、たいそうもの慣れたようすでまじっている」と、宰相の中将(兼隆)が昔の顔見知りで話しなさるのを、
「先夜、あの介添え役で座っていた、東の方の人がそうだった」と、左京とは源少将(雅通)も顔見知りだったのを、何かのつてで伝え聞いた女房たちは、「おもしろいこともあったものね」と言いながら、さあ、知らない顔はしていられまい(と言い出した)。
昔は奥ゆかしくすまして見慣れていた宮中に、こんな(介添えの)姿で出てくるものだろうか。隠しおおせていると思っているのを暴いてやろうという気持ちで、
御前に扇がたくさんある中から、蓬莱山を描いたものをわざわざ選んだのには、意味があるのだろう。(左京は)それに気づいたかしら。
箱の蓋に(扇を)広げて、日陰の鬘を丸めて載せ、反らせた櫛や白粉などを、端々に結びつけてある。
「少し年を取った方なので、櫛の反り方がふつうではいけない」と公達がおっしゃるので、当世風の見苦しいほどに、両端が合うほど反らせて、
黒方の薫物を押し丸めて無骨に両端を切り、白い紙一重ねに立て文にして添えた。大輔のおもとに頼んで(歌を)書きつけさせる、
「大勢いた豊明の節会の宮人の中でも、とりわけ目立っていた日陰の鬘のあなたを、しみじみと拝見しました」。
意訳
五節の寅の日。殿上人たちが参上し、久しぶりの宮中の行事に若い女房たちが目を輝かせる。
中宮は舞姫を出す人々に薫物を贈る。
夜は清涼殿で御前の試があり、帝が舞姫をご覧になる。
作者は気が進まず、局でぐずぐずしている。
道長に見つかり、無理やり連れて行かれる。作者がしばしば道長に引っぱり出されていたことがわかる。
尾張守の舞姫は気分が悪くなって退出した。作者はその姿を夢のようだと見る。
公達は五節所の女房たちの品定めに夢中である。作者はそれを聞き苦しいと感じる。
卯の日の童女御覧。白昼に人前に出る童女たちの心中を思って、作者は胸がつぶれる思いがする。
どの家の童女にも特別の縁故はないが、みな着飾っていて、優劣は見分けがたい。
扇で顔を隠すこともできず、公達の前にさらされる童女たち。作者は自分の同情を「かたくなしき(偏屈な)」と自嘲する。
童女たちの装束の品定め。
童女の容姿や髪。
尾張守の童女の装束は、控えめながら心得がある。
扇を取りに来た蔵人に自分から扇を投げ出した下仕えは、優美だが女らしくないと見る。
自分も同じように人前に出ろと言われたら、うろうろするだけだろう。宮仕えに出てここまで人前に立つとは思わなかった。
しかし人の心は変わるものだから、これからは慣れきって、人前に顔をさらすのも平気になってしまうだろう。
作者はそんな自分の行く末を思って、恐ろしくなる。宮仕えに慣れてゆくことへの不安と嫌悪が、率直に語られる一節である。
話は変わって、実成の五節の局が中宮の御前から見える。
かつて弘徽殿の女御に仕えていた左京の君が、今は五節の介添えとして来ていると、兼隆が話す。
左京の君の素性を知った女房たちは、黙ってはいられないと言いだす。
昔は奥ゆかしく宮中にいた人が、介添え役で出てくるとは、と女房たちは面白がる。
蓬莱山の扇をわざわざ選んだのは、長寿の象徴で年配であることをからかう意図だろう。
日陰の鬘、櫛、白粉などを贈り物に仕立てる。
年配の人だから櫛は大げさに反らせよ、と公達も悪ふざけに加わる。
薫物も無骨に切り、立て文に仕立てる。
添えた歌は、大勢の宮人の中でも目立っていたあなたを見た、と言う。「しるき(目立つ)」で、昔を知っているぞとほのめかしている。
語釈・文法注
- おまへのこゝろみ
- 御前の試。五節の寅の日に、天皇が清涼殿で舞姫の舞をご覧になる儀。
- 御覽の日
- 童女御覧(わらわごらん)。五節の卯の日に、舞姫に付き添う童女を天皇がご覧になる儀。
- 日かげ
- 日陰の鬘(ひかげのかずら)。神事の際、冠に掛けて垂らす飾り。五節の舞姫や介添えも用いた。
文法
- 「すびつ」
- 炭櫃(すびつ)。いろりのように据えつけた火鉢。
- 「なとてかうてすぐしては居たる」
- 「なとて」は「などて」に同じ。どうしてこうして過ごしているのか。
- 「たばの守」
- 丹波守。底本は「たばの守」と書く。
- 「我等を彼がやうにていてゐよとあらば」
- 底本のまま。わたしたちをあの童女のようにして人前に出ていよと言われたら、の意。
- 「思ひかけきやは」
- 「やは」は反語。思いもかけただろうか、いや思いもしなかった。
- 「くろはう」
- 黒方(くろぼう)。薫物の一種。
和歌
おほかりしとよの宮人さしわきてしるき日かげをあはれとぞ見し
- 詠者
- 中宮方の女房たち(紫式部が詠んだとされる)
- 状況
- 五節の介添え役で出てきたかつての宮仕えの女房、左京の君に、日陰の鬘などとともに贈った歌。
修辞
- 掛詞
- 「日かげ」に「日陰の鬘」と「日の光」を掛ける。
- 皮肉
- 「しるき(目立つ)」と言って、昔の宮仕えを知っていることをほのめかす。
解説
五節の寅の日の御前の試から、卯の日の童女御覧までを描く。白昼に人前にさらされる童女たちに、作者は宮仕えで人目にさらされる自分の姿を重ねる。そして、人の心は慣れてゆくもので、いずれ自分も平気で顔をさらすようになるだろうと恐れる。この自己省察は、日記の中でも特に印象深い部分である。
後半の左京の君への贈り物は、女房たちのいたずらである。かつて宮中に仕えた女房が、介添え役として再び宮中に出てきたことをからかったもので、宮廷の女房社会の一面を伝える。作者はこのいたずらに加わりながらも、どこか距離をおいて書いている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(紫式部日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、395–398頁(コマ209–211)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日