紫式部日記 第10章
内裏への還啓と五節の始まり
十一月十七日夜、中宮は若宮とともに内裏へ還啓する。月明かりの下で車に乗る順にもめる女房たちを、作者は冷めた目で見る。局で小少将の君と身の憂さを語り、翌朝は道長から贈られた豪華な歌集の箱を拝見する。二十日には五節の舞姫が参入する。
- 1入入いらららせせせ給給たまふふうははは十七日十七日じゅうしちにちなりなりなり。。。戌戌いぬののの時時ときなどなどなどきゝきゝききつれつれつれどどど、、、やうやうやうやうようよう夜夜よふけふけふけぬぬぬ。。。皆皆みな髪髪かみあげあげあげつゝつゝつつ居居いたるたるたる人人ひと三三さん十十じゅうよよよ人人にん、、、そのそのその外外ほかにににももも見見みえええわかわかわかずずず。。。
- 2もやもやもやのののひんがしひんがしひんがしおもておもておもて東東ひんがしののの廂廂ひさしににに、、、うちうちうちののの女房女房にょうぼうももも十十じゅうよよよ人人にん、、、南南みなみののの廂廂ひさしののの妻妻つま戶戶ど隔隔へだてててゝゝて居居いたりたりたり。。。
- 3御御み輿輿こしにににははは宮宮みやののの宣宣せん旨旨じ乘乘のるるる。。。絲絲いと毛毛げののの御御み車車くるまににに殿殿とののののうへうへうえ、、、少少しょう輔輔ふののの乳乳めの母母と、、、若若わか宮宮みやいだきいだきいだき奉奉たてまつりりりててて乘乘のるるる。。。
- 4大大だい納納な言言ごん、、、宰宰さい相相しょうののの君君きみこがねこがねこがねづくりづくりづくりににに、、、次次つぎののの車車くるまににに小小こ少少しょう將將しょう、、、宮宮みやののの內內ない侍侍し、、、
- 5次次つぎにににうまうまうまののの中將中將ちゅうじょうととと乘乘のりりりたるたるたるをををわろきわろきわろき人人ひとととと乘乘のりりりたりたりたりととと思思おもひひいたりたりたりしししこそこそこそあなあなあなことごとしことごとしことごとしととと、、、いとゞいとゞいとどかゝるかゝるかかるありさまありさまありさまむつかしうむつかしうむつかしゅう思思おもひひい侍侍はべりりりしかしかしか。。。
- 6とのもりとのもりとのもりののの侍侍じ從從じゅうののの君君きみ、、、辨辨べんののの內內ない侍侍し、、、次次つぎににに左左さ衞衞え門門もんののの內內ない侍侍し、、、殿殿とのののの宣宣せん旨旨じ、、、式式しき部部ぶとととまでまでまでははは次次し第第だいしりしりしりててて、、、つぎつぎつぎつぎつぎつぎははは例例れいののの心心こころ々々ごころにににぞぞぞ乘乘のりりりけるけるける。。。
- 7月月つきののの隈隈くまなきなきなきにににいみじいみじいみじのののわざわざわざやややととと思思おもひひいつゝつゝつつ足足あしをををそらそらそらなりなりなり。。。うまうまうまののの中將中將ちゅうじょうののの君君きみををを先先さきにににたてたてたてたれたれたればばば、、、行行ゆくくくへへえももも知知しらららずずずたどたどしきたどたどしきたどたどしきさまさまさまこそこそこそ我我わがががうしろうしろうしろををを見見みるるる人人ひと耻耻はずかしくかしくかしくももも思思おもひひいしらしらしらるれるれるれ。。。
- 8細細ほそ殿殿どのののの三三さんののの口口くちににに入入いりりりててて臥臥ふしししたれたれたればばば、、、小小こ少少しょう將將しょうののの君君きみもももおはしおはしおわしててて、、、猶猶なおかゝるかゝるかかる有樣有樣ありさまのののうきうきうきことことことをををかたらひかたらひかたらいつゝつゝつつ、、、
- 9すくみすくみすくみたるたるたる衣衣きぬどもどもどもおしおしおしやりやりやりあつあつあつこえこえこえたるたるたる着着き重重かさねねねててて火火ひ取取とりににに火火ひをををかきかきかき入入いれれれててて、、、身身みもももひえひえひえにににけるけるけるものものものゝゝのはしたなさはしたなさはしたなさをををいふいふいうににに、、、
- 10侍侍じ從從じゅうののの宰宰さい相相しょう、、、左左ひだりののの宰宰さい相相しょうののの中將中將ちゅうじょう、、、公公きん信信のぶののの中將中將ちゅうじょうなどなどなど、、、つぎつぎつぎつぎつぎつぎににによりよりよりきききつゝつゝつつ、、、とぶらふとぶらふとぶらうもももいといといとなかなかなかなかなかなかなりなりなり。。。
- 11今宵今宵こよいはははなきなきなきものものものととと思思おもははわれれれてててやみやみやみなななばやばやばやととと思思おもふふうををを、、、人人ひとににに問問とひひい聞聞きききき給給たまへへえるるるなるなるなるべしべしべし。。。
- 12「「「いといといとあしたあしたあしたにににまゐりまゐりまいり侍侍はべらららむむん、、、今宵今宵こよいははは堪堪たへへえがたくがたくがたく身身みもももすくみすくみすくみててて侍侍はべるるる」」」などなどなどことなくことなくことなくいひいひいいつゝつゝつつ、、、こなたこなたこなたののの陣陣じんのののかたかたかたよりよりより出出いづづず。。。
- 13おのがじゝおのがじゝおのがじし家家いえ路路じととと急急いそぐぐぐももも、、、なになになにばかりばかりばかりののの里里さと人人びとぞぞぞはははととと思思おもひひいおくらおくらおくらるるる。。。我我わががが身身みににによせよせよせてててははは侍侍はべらららずずず。。。
- 14大大おおかたかたかたののの世世よのののありさまありさまありさま、、、小小こ少少しょう將將しょうののの君君きみのののいといといとあてあてあてにににをかしげをかしげおかしげにてにてにて世世よをををうしうしうしととと思思おもひひいしみしみしみててて居居い給給たまへへえるるるををを見見み侍侍はべるるるなりなりなり。。。
- 15父父ちち君君ぎみよりよりより事事こと始始はじまりまりまりててて、、、人人ひとのののほどほどほどよりよりよりはははさいはひさいはひさいわいのののこよなくこよなくこよなく後後おくれれれ給給たまへへえるるるなななんんんめりめりめりかしかしかし。。。
- 16よべよべよべののの御御おおん贈贈おくり物物もの今朝今朝けさぞぞぞこまかこまかこまかににに御御ご覽覽らんずるずるずる。。。御御みぐしぐしぐしのののはこはこはこのののうちうちうちののの具具ぐどもどもどもいひいひいいつくしつくしつくし見見みやらやらやらむむん方方かたもももなしなしなし。。。
- 17手手て箱箱ばこひとひとひとよろひよろひよろい片片かたつかたつかたつかたにににははは白白しろききき色色しき紙紙し、、、作作つくりりりたるたるたる御御おおん草草そう紙紙しどもどもども、、、古古こ今今きん、、、後後ご撰撰せん集集しゅう、、、拾拾しゅう遺遺い抄抄しょう、、、
- 18そのそのその部部ぶどもどもどもははは五五ご帖帖じょうにににつくりつくりつくりつゝつゝつつ、、、侍侍じ從從じゅうののの中中ちゅう納納な言言ごんととと延延えん幹幹かんととと、、、おのおのおのおのおのおの草草そう紙紙し一一ひとつつつににに四四し卷卷かんをををあてあてあてつゝつゝつつ、、、かゝかゝかかせせせ給給たまへへえりりり。。。
- 19表表ひょう紙紙しははは、、、ららら、、、紐紐ひもおなじおなじおなじからからからのののくみくみくみ、、、かけこかけこかけごのののうへうへうえににに入入いれれれたりたりたり。。。
- 20したしたしたにににははは能能よし宣宣のぶ、、、元元もと輔輔すけやうやうようのののいにしへいにしへいにしえいまいまいまののの歌歌うたよみよみよみどもどもどもののの家家いえ々々いえののの集集しゅう書書かきききたりたりたり。。。
- 21延延えん幹幹かんととと近近ちか澄澄ずみののの君君きみとととかきかきかきたるたるたるははは、、、さるさるさるものものものにてにてにて、、、これこれこれはははたゞたゞただけぢかうけぢかうけぢこうもてもてもてつかはつかはつかわせせせ給給たまふふうべきべきべき、、、見見み知知しらららぬぬぬものものものともともともにににしなさしなさしなさせせせ給給たまへへえるるる。。。今今いまめかしうめかしうめかしゅうさまさまさまことことことなりなりなり。。。
- 22五五ごははは廿日廿日はつかにににまゐるまゐるまいる。。。侍侍じ從從じゅうののの宰宰さい相相しょうににに舞舞まい姫姫びめのののさうさうそう束束ぞくなどなどなどつかはすつかはすつかわす。。。
- 23右右みぎののの宰宰さい相相しょうののの中將中將ちゅうじょうののの五五ご節節せちにににかづらかづらかずら申申もうささされれれたるたるたるつかはすつかはすつかわすついでついでついでににに、、、箱箱はこ一一ひとよろひよろひよろいにににたきたきたきものものもの入入いれれれててて心心こころ葉葉ば、、、梅梅うめののの枝枝えだをををしししててていどみいどみいどみ聞聞きこえええたりたりたり。。。
- 24俄俄にわかににに營營いとなむむむ常常つねののの年年としよりよりよりもももいといといと見見みましましましたるたるたるきこえきこえきこえあれあれあればばば、、、ひんがしひんがしひんがしのののおおおまへまへまえのののむかひむかひむかいなるなるなるたてたてたて部部じとみにににひまひまひまもももなくなくなくうちうちうちわたしわたしわたしつゝつゝつつ、、、ともしともしともしたるたるたる火火ひののの光光ひかり晝晝ひるよりよりよりもももはしたなげはしたなげはしたなげなるなるなるににに、、、
- 25歩歩あゆみみみ入入いるるるさまさまさまどもどもどもあさましうあさましうあさましゅうつれなつれなつれなのののわざわざわざやややとととのみのみのみ思思おもへへえどどど、、、人人ひとのののうへうへうえとととのみのみのみおぼえおぼえおぼえずずず。。。たゞたゞただかうかうこう殿殿てん上上じょう人人びとのののひたひたひたおもておもておもてにににさしさしさしむかひむかひむかい、、、しそくしそくしそくさゝさゝささぬぬぬばかりばかりばかりぞぞぞかしかしかし。。。
- 26へいまんへいまんへいまんひきひきひきおひおひおいやるやるやるとととすれすれすれどどど、、、大大おおかたかたかたのののけしきけしきけしきははは同同おなじじじことことことぞぞぞ見見みるるるらむらむらんととと思思おもひひいいづるいづるいずるももも、、、まづまづまず胸胸むねふたがるふたがるふたがる。。。
- 27業業なり遠遠とおののの朝朝あ臣臣そんのののかしづきかしづきかしずき錦錦にしきののの唐唐から衣衣ぎぬ、、、暗暗やみののの夜夜よにににもももものものものににに紛紛まぎれれれずずずめづらしうめづらしうめずらしゅう見見みゆゆゆ。。。きぬきぬきぬかちかちかちにににみじろきみじろきみじろきもももせせせでででたをやかたをやかたおやかならならならずずずぞぞぞ見見みゆるゆるゆる。。。殿殿てん上上じょう人人びとこゝろこゝろこころことことことにににもてもてもてかしづくかしづくかしずく。。。
- 28こなたこなたこなたにににうへうへうえももも渡渡わたらららせせせ給給たまひひいててて御御ご覽覽らんずずず。。。殿殿とのももも忍忍しのびびびててて遣遣やり戶戶どよりよりよりとととにににおはしませおはしませおわしませばばば、、、心心こころにににまかせまかせまかせたらたらたらずずずうるさしうるさしうるさし。。。
- 29ながきよながきよながきよのののははは、、、たけたけたけどもどもどもひとしくひとしくひとしく整整ととのひひい、、、いといといとみやびかみやびかみやびかににに心心こころにくきにくきにくきけはひけはひけわい、、、人人ひとににに劣劣おとらららずずずととと定定さだめめめらるらるらる。。。右右みぎののの宰宰さい相相しょうののの中將中將ちゅうじょうのののあるあるあるべきべきべきかぎりかぎりかぎりははは見見みなしなしなしたりたりたり。。。
- 30ひすましひすましひすましのののふとりふとりふとりとゝのひとゝのひととのいたるたるたるさまさまさまぞぞぞさとびさとびさとびたりたりたりととと人人ひとほゝゑむほゝゑむほほえむなりなりなりししし。。。はてはてはてににに藤藤とう宰宰さい相相しょうののの思思おもひひいなしなしなしににに、、、いまめかしくいまめかしくいまめかしく心心こころことことことなりなりなり。。。かしづきかしづきかしずき十十じゅう人人にんありありあり。。。
- 31またまたまた廂廂ひさしのののみすみすみすおろしおろしおろしててて、、、こぼれこぼれこぼれ出出いでででたるたるたるきぬきぬきぬのののつまつまつまどもどもどもしたりしたりしたりがほがほがおににに思思おもへへえるるるさまさまさまどもどもどもよりよりよりははは、、、見見み所所どころまさりまさりまさりてててほかげほかげほかげににに見見みえええわたさわたさわたさるるる。。。
現代語訳
中宮さまが内裏にお入りになるのは十七日である。戌の刻(午後八時ごろ)などと聞いていたが、しだいに夜も更けてしまった。みな髪を上げて控えている女房は三十人余り、そのほかの人は(暗くて)見分けもつかない。
母屋の東面と東の廂には、帝付きの女房も十人余り、南の廂の妻戸を隔てて控えている。
御輿には宮の宣旨が乗る。糸毛の御車には殿の北の方と少輔の乳母が、若宮をお抱き申し上げて乗る。
大納言の君と宰相の君は黄金作りの車に、次の車に小少将の君と宮の内侍、
次に(わたしが)馬の中将と乗ったのを、(馬の中将が)劣った人と乗ったと思っていたのは、なんと大げさなと思われて、いっそうこうした宮仕えのありさまがわずらわしく思われました。
主殿の侍従の君と弁の内侍、次に左衛門の内侍と殿の宣旨の式部まではきちんと順序が決まっていて、そのあとの人々はいつものように思い思いに乗った。
月が隈なく照らすので、ひどいことだと思いながら、足も地につかないありさまである。馬の中将の君を先に立てたので、(彼女が)行く先もわからずおぼつかないようすであるのを見るにつけ、わたしの後ろ姿を見る人がいると思うと、恥ずかしくも思い知られる。
細殿の三の口の局に入って横になっていると、小少将の君もいらっしゃって、やはりこうした宮仕えのつらさを語り合いながら、
こわばった衣を押しやって厚い綿入れを重ね着し、火取に火をかき入れて、体まで冷えてしまったみっともなさを話していると、
侍従の宰相(実成)、左の宰相の中将(経房)、公信の中将などが次々に立ち寄って、見舞ってくださるのも、かえってわずらわしい。
今夜はいないものと思われて済ませたいと思っていたのに、人に尋ねてお聞きになったのだろう。
「明朝早く参上しましょう。今夜は寒さに堪えがたく、体もこわばっております」などと無難に言いながら、こちらの陣の方から出てゆく。
めいめい家路を急ぐのも、どれほどの妻が里で待っているというのかと思って見送られる。わが身に引きつけて言うのではありません。
世間一般のありさまや、小少将の君がたいそう上品で美しいのに、世の中をつらいものと思いこんでいらっしゃるのを見てのことです。
父君(源時通の出家)から始まって、人柄のわりには幸せにひどく恵まれない方のようです。
昨夜の(道長からの)御贈り物を、今朝(中宮さまが)くわしくご覧になる。御櫛箱の中の道具類は、言葉では言いつくせず、見ても見きれないほど見事である。
手箱一対の片方には、白い色紙で作った御冊子が入っていて、『古今集』『後撰集』『拾遺抄』で、
それぞれの部立を五帖に仕立てて、侍従の中納言(行成)と延幹とに、それぞれ冊子一つに四巻ずつ割り当てて書かせていらっしゃる。
表紙は羅で、紐も同じ唐の組紐で、掛子の上に入れてある。
下の段には、能宣・元輔のような昔や今の歌人たちの家集が書いてある。
延幹と近澄の君が書いたものはもちろん立派だが、これはただ身近にお使いになるためのもので、見知らぬ人たち(の筆)に書かせなさったものである。当世風で格別のものである。
五節の舞姫は二十日に参入する。(中宮さまは)侍従の宰相(実成)に舞姫の装束などをお贈りになる。
右の宰相の中将(兼隆)が五節のために鬘飾りをご所望になったので、それを贈るついでに、箱一対に薫物を入れ、心葉には梅の枝をつけて、(ほかの舞姫と)張り合うように差し上げた。
急に準備したのに例年よりたいそう見事だという評判なので、東の御前の向かいの立蔀にすきまもなく灯をともし渡して、その光が昼よりもきまり悪いほど明るいところに、
(舞姫たちが)歩み入るようすは、なんと平然としていることかと思うばかりだが、人ごととばかりは思われない。ただ、このように殿上人と真正面に向かい合って、紙燭をかざされないというだけのことなのだ。
屏幔を引きめぐらして(人目を)避けようとはしても、だいたいのようすは(舞姫と)同じように見られているだろうと思い出すにつけても、まず胸がふさがる。
業遠の朝臣の介添えの女房は、錦の唐衣が暗い夜でも目立ってめずらしく見える。衣を重ね着して身動きもせず、しなやかではないように見える。殿上人たちは格別に大事に世話をしている。
こちらに帝もお渡りになってご覧になる。殿も忍んで遣戸からおいでになっているので、気ままにふるまえず窮屈である。
中清の舞姫の介添えたちは、背丈がみなそろっていて、たいそう優雅で奥ゆかしい雰囲気で、ほかに劣らないと評判である。右の宰相の中将(兼隆)の舞姫は、できるかぎりのことをしていた。
樋洗し(の童女)の太って整ったようすが田舎びていると、人々が笑っていた。最後に藤宰相(実成)の舞姫は、思いなしか当世風で格別である。介添えは十人いる。
また廂の御簾を下ろして、そこからこぼれ出た衣の褄を得意げに思っている人々のようすよりは、(こちらのほうが)見ごたえがまさって、灯影に見わたされる。
意訳
十一月十七日夜、中宮は内裏に還啓する。予定の時刻を過ぎて夜も更けた。
帝付きの女房たちも迎えに来ている。
中宮は御輿に、若宮は倫子に抱かれて糸毛の車に乗る。
女房たちの乗る車の順。
作者と同乗した馬の中将は、作者と乗ったのを不満に思っていた。作者は大げさなと感じ、宮仕えのわずらわしさを思う。女房どうしの序列争いが垣間見える。
身分の高い女房までは順序が決まっていたが、あとは思い思いに乗った。
月の明るい中、人目にさらされて歩くのはつらい。前を行く馬の中将のおぼつかない姿を見て、自分の後ろ姿も人に見られているのだと恥ずかしく思う。
内裏の局で、小少将の君と宮仕えのつらさを語り合う。
冷えきった体を厚着と火で温めながら、ため息をつく。
公卿たちが見舞いに来るが、今の作者にはかえってわずらわしい。
今夜は誰とも会いたくなかったのに。
作者は寒さを理由に体よく断り、公卿たちは帰ってゆく。
家路を急ぐ公卿たちを見て、どれほどの人が待っているのかと思う。作者は自分のことではないとことわる。
むしろ、美しく上品な小少将の君が世をつらいと思っているのを見て、そう思うのだという。
小少将の君は父の出家に始まり、幸せに恵まれない人だった。作者の同情がこもる。
翌朝、道長から中宮への贈り物を拝見する。
贈り物の中には、勅撰和歌集を書写した冊子があった。
能書の藤原行成と延幹に書かせた豪華な歌集である。
表紙や紐の素材まで記録する。
下の段には歌人たちの家集が入っていた。
身近に使う用の冊子は、あまり名の知られていない人に書かせていたという。
五節の舞姫が参入する。中宮は舞姫を出す実成に装束を贈る。
兼隆の舞姫にも薫物を贈る。
五節の舞姫は、明々と灯をともした中を歩み入る。
作者は、人前にさらされる舞姫を人ごととは思えない。女房である自分も、殿上人に顔を見られる点では同じだと気づく。
幕で隠れたつもりでも、人からは同じように見られているのだと思うと胸がふさがる。舞姫に、宮仕えをする自分の姿を重ねている。
各舞姫の介添えの女房たちの装いを品評する。
帝や道長もそっと見物に来ていて、作者たちは気ままにふるまえない。
中清の舞姫の介添えは優雅だと評判だった。
樋洗し童女の太り具合が田舎びていると笑われる。実成の舞姫は当世風だった。
御簾から衣の褄を出して得意げな人々より、こちらのほうが見ごたえがあったと結ぶ。
語釈・文法注
- 五節
- 十一月の新嘗祭・大嘗祭に行われる五節の舞。公卿・受領から選ばれた舞姫が、丑の日の帳台の試、寅の日の御前の試、卯の日の童女御覧、辰の日の豊明節会と、四日間にわたって舞を披露した。
文法
- 「わろき人と乘りたりと思ひたりしこそ」
- 同乗した馬の中将が、作者を劣った人と見て不満に思った、と解した。
- 「あつこえたる」
- 底本のまま。「厚肥えたる」で、綿の厚く入った衣と解した。
- 「なにばかりの里人ぞは」
- 家路を急ぐ公卿たちに、どれほどの妻が里で待っているのか、と皮肉をまじえて思う。
- 「表紙は、ら」
- 「ら」は羅(うすもの)。底本は「、」で区切る。
- 「へいまん」
- 屏幔(へいまん)。幕を張りめぐらして人目を隠すもの。
- 「ながきよのは」
- 底本のまま。舞姫を出した尾張守藤原中清の名と解した。
解説
寛弘五年十一月十七日、中宮彰子は敦成親王とともに内裏に還啓した。華やかな行列の陰で、作者は同乗者に見下され、月明かりの中で人目にさらされるつらさを味わう。局で小少将の君と身の憂さを語り合う場面には、晴れの行事のあとの虚しさがにじむ。
道長が中宮に贈った歌集の箱は、藤原行成ら当代の能書に書かせた豪華なもので、道長家の文化的な権威を示している。作者はその仕様を細かく書き残している。
五節の舞姫を見て、人前にさらされる舞姫を他人ごととは思えないと書く一節は、宮仕えの女房として人目にさらされる作者自身の痛みを伝える。この思いは、次の章でさらに深められる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(紫式部日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、393–395頁(コマ208–209)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日