紫式部日記 第9章
御冊子作りと里居
内裏還啓を前に、中宮は『源氏物語』の清書本を冊子に仕立てさせ、作者は紙を選び清書を依頼して綴じる役に追われる。道長は作者の局から草稿を持ち出してしまう。束の間の里下がりでは、宮仕え前の日々を思い出して孤独をかみしめ、大納言の君と歌を交わす。
- 1入入いらららせせせ給給たまふふうべきべきべきことことことももも近近ちこうううなりなりなりぬれぬれぬれどどど、、、人人ひと々々びとはははうちうちうちつぎつぎつぎつゝつゝつつ心心こころのどかのどかのどかならならならぬぬぬににに、、、おおおまへまへまえにににははは御御おおん草草そう作作つくりりりいとなまいとなまいとなませせせ給給たまふふうとてとてとて、、、
- 2あけあけあけたてたてたてはははまづまづまず迎迎むかひひいさぶらひさぶらひさぶらいててていろいろいろいろいろいろののの紙紙かみえりえりえり調調ととのへへえててて、、、物物もの語語がたりののの本本ほんどもどもどもそへそへそえつゝつゝつつ所所ところ々々どころにににふみふみふみかきかきかきくばるくばるくばる。。。かつかつかつはははとぢとぢとじ集集あつめめめしたゝむるしたゝむるしたたむるををを役役やくにてにてにてあかしあかしあかしくらすくらすくらす。。。
- 3「「「何何なにのののこゝちこゝちここちかかかつめたきつめたきつめたきににに、、、かゝるかゝるかかるわざわざわざはははせせせさせさせさせ給給たまふふう」」」ととと聞聞きこえええ給給たまふふうものものものからからから、、、よきよきよき薄薄うす葉葉ようどもどもども筆筆ふで墨墨すみなどなどなどもてもてもて參參まいりりり給給たまひひいつゝつゝつつ、、、御御おおん硯硯すずりをををさへさへさへもてもてもてまゐりまゐりまいり給給たまへへえれれればばば、、、
- 4とらとらとらせせせ給給たまへへえるるるををををしみをしみおしみのゝしりのゝしりののしりててて、、、物物ものののの隈隈くまにににむかひむかひむかい侍侍さぶらひひいててて、、、「「「かゝるかゝるかかるわざわざわざしししいづいづいず」」」とととさいなむさいなむさいなむなれなれなれどどど、、、かくかくかくべきべきべき墨墨すみ筆筆ふでなどなどなどたまはせたまはせたまわせたりたりたり。。。
- 5局局つぼねににに物物もの語語がたりののの本本ほんどもどもどもとりとりとりにににやりやりやりてててかくしかくしかくしおきおきおきたるたるたるををを御御お前前まえにににあるあるあるほどほどほどにににやをらやをらやおらおはしましおはしましおわしましてててあさらあさらあさらせせせ給給たまひひいててて、、、皆皆みな內內ない侍侍しのののかんかんかんののの殿殿とのににに奉奉たてまつりりり給給たまひひいてててけりけりけり。。。
- 6よろしうよろしうよろしゅう書書かきききかへかへかえたりたりたりしししははは皆皆みなひきひきひき失失うしなひひいててて、、、心心こころもとなきもとなきもとなき名名なをををぞぞぞとりとりとり侍侍はべりりりけむけむけんかしかしかし。。。
- 7若若わか宮宮みやははは御御おおん物物もの語語がたりなどなどなどせせせさせさせさせたまふたまふたまううちうちうちににに心心こころもとなくもとなくもとなくおぼしめすおぼしめすおぼしめす。。。ことわりことわりことわりなりなりなりかしかしかし。。。
- 8御御お前前まえののの池池いけににに水水みず鳥鳥どりどもどもどもののの日日ひ々々びににに多多おおくくくなりなりなりゆくゆくゆくををを見見みつゝつゝつつ、、、いらいらいらせせせ給給たまははわぬぬぬさきさきさきににに雪雪ゆき降降ふらららなむなむなん、、、このこのこのおおお前前まえのののありさまありさまありさまいかにいかにいかにをかしからをかしからおかしからむむんととと思思おもふふうににに、、、
- 9あからさまあからさまあからさまにににまかでまかでまかでたるたるたるほどほどほど、、、二日二日ふつかばかりばかりばかりありありありてててしもしもしも雪雪ゆきははは降降ふるるるものものものかかか。。。
- 10見見み所所どころもももなきなきなきふるふるふる里里さとののの木木こだちだちだちををを見見みるるるにににももも、、、ものものものむつかしうむつかしうむつかしゅう思思おもひひい亂亂みだれれれててて、、、
- 11年年とし頃頃ごろつれづれつれづれつれづれにににながめながめながめあかしあかしあかしくらしくらしくらしつゝつゝつつ、、、花花はな鳥鳥とりののの色色いろをををももも音音ねをををももも、、、春春はる秋秋あきにににゆきゆきゆきかふかふかう空空そらののの氣氣け色色しき、、、月月つきのののかげかげかげ、、、霜霜しも雪雪ゆきをををみみみててて、、、そのそのその時時とき來來きにににけりけりけりとととばかりばかりばかり思思おもひひいわきわきわきつゝつゝつつ、、、
- 12いかにいかにいかにやややいかにいかにいかにとととばかりばかりばかり、、、行行ゆくくく末末すえののの心心こころぼそさぼそさぼそさはははやるやるやる方方かたなきなきなきものものものからからから、、、はかなきはかなきはかなき物物もの語語がたりなどなどなどにににつけつけつけてててうちうちうちかたらふかたらふかたらう人人ひと、、、おなじおなじおなじ心心こころなるなるなるはははあはれあはれあわれにににかきかきかきかはしかはしかわし、、、少少すこしししけどほきけどほきけどおきたよりたよりたよりどもどもどもををを尋尋たずねねねてててもももいひいひいいけるけるけるををを、、、
- 13唯唯ただこれこれこれをををさまざまさまざまさまざまにににあへしらひあへしらひあえしらいそゞろそゞろそぞろごとごとごとにににつれづれつれづれつれづれをををばばば慰慰なぐさめめめつゝつゝつつ、、、世世よにににあるあるあるべきべきべき人人ひと數數かずとととはははおもはおもはおもわずずずながらながらながらさしあたりさしあたりさしあたりてててはづかしはづかしはずかしいみじいみじいみじとととおもひおもひおもいしるしるしるかたかたかたばかりばかりばかりのがれのがれのがれたりたりたりしししををを、、、さささももも殘殘のこせせせるるることことことなくなくなく思思おもひひいしるしるしる身身みのののうさうさうさかなかなかな。。。
- 14試試こころみににに物物もの語語がたりをををとりとりとりててて見見みれれれどもどもども見見みしししやうやうようにににもももおぼえおぼえおぼえずずず。。。
- 15あさましくあさましくあさましくあはれあはれあわれなりなりなりししし人人ひとのののかたらひかたらひかたらいしししあたりあたりあたりももも、、、我我われをををいかにいかにいかにおもなくおもなくおもなく心心こころ淺淺あさきききものものものととと思思おもひひいおとすおとすおとすらむらむらんとととおしはかるおしはかるおしはかるににに、、、それそれそれさへさへさへいといといとはづかしくはづかしくはずかしくててて、、、えええおとづれおとづれおとずれやらやらやらずずず。。。
- 16心心こころにくからにくからにくからむむんととと思思おもひひいたるたるたる人人ひとははは、、、大大おお空空ぞらにてにてにてははは文文ふみやややちらすちらすちらすらむらむらんなどなどなど疑疑うたがははわるるるべかべかべかめれめれめればばば、、、いかでいかでいかでかかかははは我我わががが心心こころののの中中うちあるあるあるさまさまさまをををももも深深ふこううう推推おししし量量はからららむむんととと、、、ことわりことわりことわりにてにてにていといといとあいなけれあいなけれあいなければばば、、、
- 17中中なか絕絕たゆゆゆとととなけれなけれなけれどどどおのづからおのづからおのずからあまたあまたあまたかきかきかき絕絕たゆるゆるゆるももも、、、すみすみすみ定定さだらららずずずなりなりなりにににたりたりたりとととももも思思おもひひいやりやりやりつゝつゝつつ、、、音音おとなひなひないくるくるくる人人ひともももかたうかたうかとうなどなどなどしししつゝつゝつつ、、、
- 18すべてすべてすべてはかなきはかなきはかなき事事ことにににふれふれふれてててもももあらあらあらぬぬぬ世世よにににきたるきたるきたる心心ここちちちぞぞぞ、、、こゝこゝここにてにてにてしもしもしもうちうちうちまさりまさりまさり物物ものあはれあはれあわれなりなりなりけりけりけり。。。
- 19たゞたゞただえええさらさらさらずずずうちうちうちかたらひかたらひかたらい、、、すこしすこしすこしももも心心こころとめとめとめててて思思おもふふう、、、こまやかこまやかこまやかににに物物ものをををいひいひいいかよふかよふかよう、、、さしあたりさしあたりさしあたりててておのづからおのづからおのずからむつびむつびむつびかたらふかたらふかたらう人人ひとばかりばかりばかり、、、少少すこしししなつかしくなつかしくなつかしく思思おもふふうぞぞぞものものものはかなきはかなきはかなきややや。。。
- 20大大だい納納な言言ごんのののののの、、、よるよるよるよるよるよるははは御御おまへまへまえにににいといといと近近ちこうううふしふしふし給給たまひひいつゝつゝつつ、、、物物ものがたりがたりがたりししし給給たまひひいしししけはひけはひけわいののの戀戀こいしきしきしきももも、、、猶猶なお世世よにににしたがひしたがひしたがいぬるぬるぬるこゝろこゝろこころかかか。。。
- 21「「「うきうきうきねねねせせせししし水水みずのののうへうへうえのみのみのみこひしくこひしくこいしくてててかもかもかものののうはげうはげうわげにににさへさへさへぞぞぞおとらおとらおとらぬぬぬ」」」。。。
- 22かへしかへしかへし、、、
- 23「「「うちうちうちはらふはらふはらうともともともなきなきなきころころころのののねざめねざめねざめにににはははつがひつがひつがいしししをしをしをしぞぞぞよはよはよわににに戀戀こいしきしきしき」」」。。。
- 24かきかきかきざまざまざまなどなどなどさへさへさへいといといとをかしきをかしきおかしきををを、、、まほまほまほにににもももおはするおはするおわする人人ひとかなかなかなととと見見みるるる。。。
- 25雪雪ゆきををを御御ご覽覽らんじじじててて、、、「「「折折おりしもしもしも罷罷まかでででたるたるたる事事ことをををなむなむなんいみじくいみじくいみじくにくまにくまにくませせせ給給たまふふう」」」ととと人人ひと々々びとももものたまへのたまへのたまえりりり。。。
- 26殿殿とののののうへうへうえののの御御おおん消消しょうそこそこそこにににははは、、、「「「まろまろまろがががとゞめとゞめとどめしししたびたびたびなれなれなればばば、、、殊殊こと更更さらににに急急いそぎぎぎまかでまかでまかでゝゝて疾疾とくくく參參まいらららむむんとととありありありしししももも、、、そらそらそらごとごとごとにてにてにて程程ほど經經ふるるるなななめりめりめり」」」とととのたまはせのたまはせのたまわせたれたれたればばば、、、
- 27たはぶれたはぶれたわぶれにてにてにてもももさささきこえきこえきこえさせさせさせ給給たまははわせせせしししことことことなれなれなればばば、、、かたじけなくかたじけなくかたじけなくててて參參まいりりりぬぬぬ。。。
現代語訳
中宮さまが内裏にお帰りになる日も近くなったが、女房たちは次々と行事が続いて心の休まるときもないのに、中宮さまは御冊子作りをなさるというので、
夜が明けるとまず御前に参上して、色とりどりの紙を選び整えて、物語の原本を添えては、あちこちに清書を依頼する手紙を書いて配る。一方では、清書されたものを綴じ集めて整えるのを役目にして日を暮らす。
(殿は)「どこの子持ちが、寒い時節にこんなことをなさるのか」と申し上げなさるものの、上等の薄様の紙や筆・墨などを持って参上なさっては、御硯までお持ちになったので、
(中宮さまがそれを作者に)お与えになったのを、(殿は)惜しがって大げさに騒いで、「物陰で向かい合ってお仕えして、こんなことをしでかす」とお責めになるけれど、(中宮さまは)書くための墨や筆などをくださった。
局に物語の原本を取りにやって隠しておいたのを、わたしが御前にいるあいだに、殿がそっといらっしゃって探し出しなさって、みな尚侍の殿(妍子)に差し上げてしまわれた。
まずまずに書き直してあった本はみななくしてしまって(推敲前の本が広まって)、気がかりな評判をとったことでしょう。
若宮は(片言の)お話などをなさる。内裏ではお帰りを待ちかねていらっしゃる。もっともなことである。
御前の池に水鳥が日ごとに多くなってゆくのを見ながら、内裏にお帰りにならないうちに雪が降ってほしい、この御前の庭のようすはどんなに趣深いだろうと思っていたが、
ちょっと里に下がっているあいだ、ほんの二日ほどして、よりによって雪が降るものだ。
見るかいもない実家の木立を見るにつけても、なんとなく気がふさいで思い乱れて、
この数年、所在なく物思いにふけって明かし暮らしながら、花の色や鳥の声、春秋に移りゆく空のようす、月の光、霜や雪を見ては、その季節が来たのだなと思い知るくらいで、
いったいどうなるのだろうとばかり、将来の心細さはどうしようもなかったけれど、ちょっとした物語などについて語り合う人で、気の合う人とはしみじみと手紙を書き交わし、少し疎遠な人にもつてを求めて便りをしたものだが、
ただこうしたことをあれこれとやりとりして、とりとめのないことで所在なさを慰めながら、自分を世間並みに数えられる身とは思わないものの、さしあたって恥ずかしい、つらいと思い知ることだけは免れていたのに、(宮仕えに出てからは)残すところなく思い知らされる、わが身のつらさよ。
試しに物語を取り出して見ても、以前見たようには感じられない。
あれほど心を通わせて語り合った人々も、わたしをどんなに厚かましく浅はかな者と軽蔑しているだろうと推し量ると、それさえたいそう恥ずかしくて、便りもできない。
奥ゆかしくありたいと思っている人は、(わたしが)いいかげんに手紙を人に見せて散らかすだろうなどと疑っているにちがいないので、どうしてわたしの心の中のありようを深く推し量ってくれようか、と思うのももっともで、たいそうつまらないので、
仲が絶えるというわけではないが自然と多くの人と便りが絶えてしまうのも、(わたしの)住まいが定まらなくなったと思いやってのことだろうか、訪れてくる人もまれになったりして、
何かにつけて、まるで別の世界に来たような心地が、この実家にいるとかえってまさって、しみじみと悲しいのだった。
ただ、どうしても離れられずに語り合い、少しでも心にとめて思い、こまやかに言葉を交わす人や、さしあたって自然と親しく語り合う(宮仕えの)人だけを、少し慕わしく思うのは、なんとはかないことだろう。
大納言の君が、夜ごと中宮さまの御前のすぐ近くに横になりながら話をなさった気配が恋しいのも、やはり(宮仕えの)世に従ってしまった心なのだろうか。
「水の上で浮き寝をした(御前での)夜ばかりが恋しくて、(独り寝のわたしは)鴨の上毛に置く霜の冷たさにも劣らないほどです」。
(大納言の君の)返歌、
「上毛の霜を払い合う相手もいないこのごろの寝覚めには、つがいの鴛鴦のように寄り添っていたあなたが、夜中に恋しく思われます」。
書きぶりなどまでたいそう趣深いので、どこから見ても申し分のない人だなあと思う。
(中宮さまが)雪をご覧になって、「ちょうどこんなときに里に下がったことを、たいそう憎らしく思っていらっしゃる」と、女房たちも手紙で言ってきた。
殿の北の方のお手紙には、「わたしが(里下がりを)引き止めた(あとの)里下がりだから、とくに急いで退出して早く帰参しますと言ったのも、うそで、日数がたつようですね」とおっしゃっていたので、
冗談にでもそう申し上げてしまったことなので、恐れ多くて参上した。
意訳
内裏への還啓を前にした慌ただしい中で、中宮は「御冊子作り」を始める。『源氏物語』の清書本を作る作業と考えられている。
作者は毎朝、紙を選び、原本を添えて能書の人々に清書を依頼し、仕上がったものを綴じる。作者がその中心となって働いていたことがわかる。
道長は、子を産んだばかりの身で寒い中を、と中宮をからかいながらも、高価な紙や筆墨を差し入れ、硯まで贈る。
中宮がその硯を作者に与えると、道長は惜しがって大げさに騒ぐ。それでも中宮は作者に筆墨を与える。主人と作者の信頼関係がうかがえる。
道長は作者の局に忍びこんで物語の原本を探し出し、次女の妍子に与えてしまう。
推敲前の原稿が人の手に渡ったことを、作者は「心もとなき名」をとっただろうと悔やむ。物語が書き直されながら流布していたことを伝える貴重な記述である。
若宮の帰りを待つ帝の気持ちも書き添える。
作者は、還啓前に雪の積もった土御門殿の庭を見たいと思っていた。
ところが、少し里に下がったとたんに雪が降る。めぐり合わせの悪さを嘆く。
ここから、実家での作者の心境が語られる。見慣れた実家の木立も気を晴らしてはくれない。
宮仕え前、夫に先立たれた作者は、季節の移ろいをただ眺めて暮らしていた。
将来は心細かったが、物語を語り合う友と手紙を交わして心を慰めていた。
そのころは、少なくとも恥ずかしいつらい思いはせずにすんでいた。宮仕えに出てから、わが身のつらさを思い知らされたのである。
以前は心慰めた物語も、今は同じようには楽しめない。
かつての友人たちは、宮仕えに出た自分を軽薄な者と見ているだろうと思うと、便りもできない。
奥ゆかしい人ほど、宮仕えの女房は手紙を人に見せるだろうと警戒する。作者はそれももっともだと思う。
こうして旧友とのつきあいは自然に途絶えていった。
実家にいながら、別の世界に来たような疎外感を感じる。宮仕えの世界にも、もとの世界にも居場所がないという思いである。
今親しく思えるのは、宮仕えの中で語り合う人々だけになってしまった。作者はそのことを「はかない」と言う。
同僚の大納言の君と夜ごと語り合ったことが恋しい。それもまた、宮仕えに染まってしまった心なのだろうかと自問する。
作者の歌は、御前で寄り添って寝た夜を「浮き寝」の水鳥にたとえ、独り寝の冷たさを鴨の上毛の霜にたとえる。
大納言の君からの返歌。
返歌は、つがいの鴛鴦のように寄り添っていた作者が夜中に恋しいと応える。
作者は大納言の君の筆跡まで讃える。
中宮が雪を見て、作者の不在を残念がっていると、同僚たちが知らせてくる。
倫子からも、すぐ帰ると言ったのに、と催促の手紙が届く。
作者は恐縮して、急いで参上する。
語釈・文法注
- 御草紙作り
- 冊子の形に綴じた本を作ること。ここでは『源氏物語』の清書本を作り、内裏への土産としたものと考えられている。
- 大納言の君
- 中宮付きの女房で、倫子の姪にあたる源廉子とされる。作者の親しい同僚。
文法
- 「何のこゝちかつめたきに」
- 「子持ち」を響かせて、子を産んだばかりの身で寒い時節に、と道長がからかう言葉と解した。
- 「若宮は御物語などせさせたまふうちに心もとなくおぼしめす」
- 底本のまま。通行本文も同じで、若宮が片言を話しなさる、内裏(帝)では待ちかねていらっしゃる、の意に解した。
- 「雪は降るものか」
- 「ものか」は詠嘆。よりによって雪が降るとは。
- 「大空にては文やちらすらむ」
- 底本のまま。通行本文は「おほぞうにては(いいかげんには)」で、それに従って解した。
- 「あらぬ世にきたる心ち」
- まるで別の世界に来たような気持ち。
和歌
うきねせし水のうへのみこひしくてかものうはげにさへぞおとらぬ
- 詠者
- 紫式部
- 状況
- 里下がり中、宮中で夜ごと語り合った大納言の君を恋しく思って贈った歌。
修辞
- 掛詞
- 「うきね」に「浮き寝」と「憂き寝」を掛ける。
- 見立て
- 御前で寄り添って寝た二人を、水に浮き寝する鴨にたとえる。
- 省略
- 「うはげ(上毛)」の霜の冷たさを言外に含ませる。
うちはらふともなきころのねざめにはつがひしをしぞよはに戀しき
- 詠者
- 大納言の君
- 状況
- 紫式部の歌への返歌。
修辞
- 掛詞
- 「とも」に「友」と「共」を響かせる。
- 見立て
- 作者を、つがいの鴛鴦(をし)にたとえる。
- 言葉の受け
- 作者の「かものうはげ」を受けて、上毛の霜を「うちはらふ」と返す。
解説
「御冊子作り」は、中宮彰子が内裏に還啓する際の土産として、『源氏物語』の清書本を作らせたものと考えられている。作者が紙を選び、能書の人々に清書を依頼し、綴じる作業の中心にいたこと、道長が作者の局から草稿を持ち出して次女の妍子に与えたことなど、『源氏物語』の成立と流布を伝える貴重な記録である。
後半の里居の場面では、宮仕え前の寡婦生活をふり返り、宮仕えによって旧友との交わりも失い、実家にも居場所がなくなった孤独が語られる。「あらぬ世にきたる心ち」という言葉は、宮廷と私生活のどちらにもなじめない作者の心を端的に表している。
大納言の君との贈答は、宮仕えの中で生まれた女房どうしの親しさを伝える。作者はそれさえ「世にしたがひぬるこころ」かと自問し、宮仕えに染まってゆく自分を見つめている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(紫式部日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、391–393頁(コマ207–208)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日