紫式部日記 第8章
五十日の祝い
十一月一日、若宮の五十日の祝い。倫子が若宮を抱いて餅を含ませる晴れの儀のあと、酔った公卿たちが女房の座に押しかける。公任は「若紫やさぶらふ」と作者を探し、作者は道長に捕まって歌を詠まされる。上機嫌の道長は自分を誉めて笑わせる。
- 1御御おおんははは霜霜しも月月つきのののついたちついたちついたちののの日日ひ、、、例例れいののの人人ひと々々びとのののしししたてたてたてゝゝてのぼりのぼりのぼりつどひつどひつどいたるたるたる御御お前前まえのののありさまありさまありさま、、、繪繪えににに書書かきききたるたるたるものものものあはせあはせあわせののの所所ところにににぞぞぞいといといとようようよう似似にててて侍侍はべりりりししし。。。
- 2御御み帳帳ちょうののの東東ひんがしのののおましおましおましのののきはきはきわににに、、、御御み几帳几帳きちょうををを奧奧おくのののみみみ曹曹ぞう司司しよりよりより廂廂ひさしののの柱柱はしらまでまでまで、、、ひまひまひまもももあらあらあらせせせずずず立立たてててきりきりきりててて、、、南南みなみ面面おもてにににおおおまへまへまえのののものものものはははまゐりまゐりまいりすゑすゑすえたりたりたり。。。
- 3西西にしににによりよりよりててて大大おお宮宮みやのののおものおものおもの、、、例例れいののの沈沈じんのののをしきをしきおしき、、、何何なにくれくれくれのののたいたいたいなりなりなりけむけむけんかしかしかし。。。そなたそなたそなたのののことことことははは見見みずずず。。。御御おおんまかなひまかなひまかない宰宰さい相相しょうののの君君きみ、、、讃讃さぬ岐岐きとりとりとりつぐつぐつぐ。。。女房女房にょうぼうももも、、、さいしさいしさいしもともともとゆひゆひゆいなどなどなどしししたりたりたり。。。
- 4若若わか宮宮みやののの御御おおんまかなひまかなひまかないははは大大だい納納な言言ごんののの君君きみ、、、ひんがしひんがしひんがしににによりよりよりててて參參まいりりりすゑすゑすえたりたりたり。。。ちひさきちひさきちいさき御御おおんだいだいだい、、、御御おおん皿皿さらどもどもども、、、御御おおん箸箸はしののの臺臺だい、、、洲洲す濱濱はまなどなどなどもももひゝなひゝなひいな遊遊あそびののの具具ぐととと見見みゆゆゆ。。。
- 5それそれそれよりよりよりひんがしひんがしひんがしのののまままののの廂廂ひさしのののみすみすみす少少すこしししあげあげあげててて、、、辨辨べんののの內內ない侍侍し、、、中中なか務務つかさののの命命みょう婦婦ぶ、、、小小こ中中ちゅう將將じょうののの君君きみなどなどなど、、、さべいさべいさべいかぎりかぎりかぎりぞぞぞとりとりとりつぎつぎつぎつゝつゝつつまゐるまゐるまいる。。。奧奧おくにににゐゐいててて委委くわしうしうしゅうははは見見み侍侍はべらららずずず。。。
- 6今宵今宵こよい少少しょう輔輔ふのののめのとめのとめのと色色いろゆるさゆるさゆるさるるる。。。こゝしきこゝしきここしきさまさまさまうちうちうちしししたりたりたり。。。宮宮みや抱抱いだききき奉奉たてまつれれれりりり。。。
- 7御御み帳帳ちょうののの內內うちにてにてにて殿殿とののののうへうへうえ、、、抱抱いだきききうつしうつしうつし奉奉たてまつりりり給給たまひひいててて、、、ゐざりゐざりいざりいでいでいでさせさせさせ給給たまへへえりりり。。。ほほほ影影かげののの御御おおんさまさまさま、、、けはひけはひけわい殊殊ことにににめでたしめでたしめでたし。。。
- 8赤赤あか色色いろのののからからからののの御御おおんぞぞぞ、、、地地じ摺摺ずりののの御御おおん裳裳もうるはしくうるはしくうるわしくさうぞきさうぞきそうぞき給給たまへへえるるるももも、、、かたじけなくかたじけなくかたじけなくもももあはれあはれあわれににに見見みゆゆゆ。。。大大おお宮宮みやはははえびえびえび染染ぞめののの五五いつへへえののの御御おおんぞぞぞ、、、蘇蘇す枋枋おうののの御御おおんこうちきこうちきこうちき奉奉たてまつれれれりりり。。。殿殿とのもちひもちひもちいはははまゐりまゐりまいり給給たまふふう。。。
- 9上達部上達部かんだちめののの座座ざははは、、、例例れいののの東東ひんがしののの對對たいののの西西にしおもておもておもてなりなりなり。。。今今いま二二ふた所所ところののの大大おと臣臣どはははまゐりまゐりまいり給給たまへへえりりり。。。はしはしはしのののうへうへうえにににまゐりまゐりまいりててて、、、又又また醉醉えひひい亂亂みだれれれてててのゝしりのゝしりののしりたまふたまふたまう。。。
- 10折折おり櫃櫃びつ物物もの、、、こものこものこものどもどもどもなどなどなど、、、殿殿とのののの御御おおんかたかたかたよりよりよりまうちまうちもうち君君ぎみたちたちたちとりとりとりつゞきつゞきつづきてててまゐれまゐれまいれるるる、、、高高こう欄欄らんにににつゞけつゞけつづけてててすゑすゑすえわたしわたしわたしたりたりたり。。。たちたちたちあかしあかしあかしののの光光ひかりののの心心こころもとなけれもとなけれもとなければばば、、、四四し位位い少少しょう將將しょうなどなどなどををを呼呼よびびびよせよせよせててて、、、しそくしそくしそくさゝさゝささせせせててて人人ひと々々びとははは見見みるるる。。。
- 11うちうちうちののの臺臺だい盤盤ばん所所どころにににもてもてもてまゐるまゐるまいるべきべきべきににに、、、あすあすあすよりよりよりははは御御おおん物物もの忌忌いみとてとてとて今宵今宵こよい皆皆みな急急いそぎぎぎてててとりとりとりはらひはらひはらいつゝつゝつつ、、、
- 12宮宮みやののの大大だい夫夫ぶみすみすみすのののもともともとににに參參まいりりりててて、、、「「「上達部上達部かんだちめおおおまへまへまえににに召召めさささむむん」」」ととと啓啓けいししし給給たまふふう。。。「「「きこしめしきこしめしきこしめしつつつ」」」とととあれあれあればばば、、、殿殿とのよりよりより始始はじめめめ奉奉たてまつりりりててて皆皆みな參參まいりりり給給たまふふう。。。
- 13はしはしはしのののひんがしひんがしひんがしののの妻妻つま戶戶どののの前前まえまでまでまで居居い給給たまへへえりりり。。。女房女房にょうぼう二二ふたへへえ三三みへへえづゝづゝずつ居居い渡渡わたささされれれたりたりたり。。。みすみすみすどもどもどもをををそのそのそのまままにににあたりあたりあたりててて居居い給給たまへへえるるる人人ひと々々びとよりよりよりつゝつゝつつ卷卷まききき上上あげげげたまふたまふたまう。。。
- 14大大だい納納な言言ごんののの君君きみ、、、宰宰さい相相しょうののの君君きみ、、、小小こ少少しょう將將しょうののの君君きみ、、、宮宮みやののの內內ない侍侍しととと居居い給給たまへへえりりり。。。
- 15右右みぎのののおとゞおとゞおとどよりよりよりててて、、、御御み几帳几帳きちょうのののほころびほころびほころび引引ひききき斷斷たちちちみだれみだれみだれ給給たまふふう。。。さたさたさだすぎすぎすぎたりたりたりとととつきつきつきじろふじろふじろうもももしらしらしらずずず、、、扇扇おうぎをををとりとりとりたはぶれたはぶれたわぶれごとごとごとのののはしたなきはしたなきはしたなきももも多多おおかりかりかり。。。
- 16大大だい夫夫ぶかはらけかはらけかわらけとりとりとりててて、、、そなたそなたそなたににに出出いででで給給たまへへえりりり。。。簑簑みのうたひうたひうたいててて、、、御御おおんあそびあそびあそびさまさまさまばかりばかりばかりなれなれなれどどど、、、いといといとおもしろしおもしろしおもしろし。。。
- 17そのそのその次次つぎのののまままのののひんがしひんがしひんがしののの柱柱はしらもともともとににに右右う大大だいよりよりよりててて、、、きぬきぬきぬのののつまつまつま袖袖そで口口ぐち數數かぞへへへ給給たまへへえるるるけしきけしきけしき人人ひとよりよりよりことことことなりなりなり。。。
- 18ゑひゑひえいのののまぎれまぎれまぎれをををあなづりあなづりあなずり聞聞きこえええ、、、又又またたれたれたれかかかとととはははなどなどなど思思おもひひい侍侍はべりりりててて、、、はかなきはかなきはかなきことことこともももいふいふいうににに、、、いみじくいみじくいみじくざれざれざれいまめくいまめくいまめくよりよりよりももも、、、けにけにけにこそこそこそおはすおはすおわすべかべかべかめれめれめれ。。。
- 19しかしかしか盃盃さかずきのののずんずんずんのののくるくるくるををを大大だい將將しょうはははおぢおぢおじ給給たまへへえどどど、、、例例れいのののことならひことならひことならいののの、、、千千ち年年とせ萬萬よろず代代よにてにてにてすぎすぎすぎぬぬぬ。。。
- 20左左さ衞衞え門門もんののの「「「あなあなあなかしこかしこかしこ、、、このこのこのわたりわたりわたりににに若若わか紫紫むらさきややや侍侍さぶらふふう」」」とととうかゞひうかゞひうかがい給給たまふふう。。。
- 21「「「源源げん氏氏じにににかゝるかゝるかかるべきべきべき人人ひと見見みえええ給給たまははわぬぬぬににに、、、かのかのかのうへうへうえはははまいてまいてまいていかでいかでいかでものしものしものし給給たまははわむむん」」」ととと聞聞ききききゐゐいたりたりたり。。。
- 22「「「三三さん位位みのののすけすけすけかはらけかはらけかわらけとれとれとれ」」」などなどなどあるあるあるににに、、、侍侍じ從從じゅうののの宰宰さい相相しょうたちたちたちててて、、、內內うちのののおとゞおとゞおとどのののおはすれおはすれおわすればばば、、、しもしもしもよりよりより出出いでででたるたるたるををを見見みててておとゞおとゞおとどゑひゑひえいなきなきなきしししたまふたまふたまう。。。
- 23權權ごん中中ちゅう納納な言言ごんすみすみすみのののまままののの柱柱はしらもともともとににによりよりよりててて、、、兵兵ひょう部部ぶのののおもとおもとおもとひこしろひひこしろひひこしろい、、、聞聞ききききにくきにくきにくき戯戯たわぶれぶれぶれ聲聲ごえももも殿殿とののたまはのたまはのたまわずずず。。。
- 24恐恐おそろしかるろしかるろしかるべきべきべき夜夜よののの御御おおんゑひゑひえいなななめりめりめりととと見見みててて、、、事事ことはつるはつるはつるまゝまゝままににに宰宰さい相相しょうののの君君きみにににいひいひいいあはせあはせあわせてててかくれかくれかくれなななむむんとととするするするににに、、、
- 25ひんがしひんがしひんがしおもておもておもてににに殿殿とのののの公公きん達達だち、、、宰宰さい相相しょうののの中將中將ちゅうじょうなどなどなど入入いりりりてててさわがしけれさわがしけれさわがしければばば、、、二二ふた人人り御御み帳帳ちょうのののうしろうしろうしろににに居居いかくれかくれかくれたるたるたるををを、、、とりとりとりはらははらははらわせせせ給給たまひひいててて、、、二二ふた人人りながらながらながらとらへとらへとらえすゑすゑすえさせさせさせ給給たまへへえりりり。。。
- 26「「「和和わ歌歌か一一ひとつつつづゝづゝずつつかうつかうつこうまつれまつれまつれ。。。さらさらさらばばばゆるさゆるさゆるさむむん」」」とととのたまはすのたまはすのたまわす。。。いといといとはぢはぢはじててておそろしけれおそろしけれおそろしければばばきこゆきこゆきこゆ、、、
- 27「「「いかにいかにいかにいかゞいかゞいかが數數かぞへへえやるやるやるべきべきべき八八や千千ちとせとせとせのののあまりあまりあまりひさしきひさしきひさしき君君きみがががみよみよみよをををばばば」」」。。。
- 28「「「あはれあはれあわれ仕仕つこうううまつれまつれまつれるるるかなかなかな」」」ととと二二ふた度度たびばかりばかりばかりずせずせずせさせさせさせ給給たまひひいててて、、、いといといととうとうとうのたまはせのたまはせのたまわせたるたるたる、、、
- 29「「「あしたづあしたづあしたずのののよはひよはひよわいしししあれあれあればばば君君きみががが代代よののの千千ちとせとせとせのののかずかずかずもももかぞへかぞへかぞえとりとりとりてててむむん」」」。。。
- 30さばかりさばかりさばかり醉醉えひひい給給たまへへえるるる御御み心心ここちちちにににもももおぼしおぼしおぼしけるけるけることことことのののさまさまさまなれなれなればばば、、、いといといとあはれあはれあわれにににことわりことわりことわりなりなりなり。。。げにげにげにかくかくかくもてもてもてはやしはやしはやし聞聞きこえええ給給たまふふうにににこそこそこそははは、、、萬萬よろずのののかざりかざりかざりもももまさらまさらまさらせせせ給給たまふふうめれめれめれ。。。
- 31千千ち代代よもももあえあえあえましくましくましく、、、御御おおん行行ゆくくく末末すえののの數數かずならならならぬぬぬ心心ここちちちにににだにだにだに思思おもひひいつゞけつゞけつづけらるらるらる。。。
- 32宮宮みやのののおおおまへまへまえきこしめすきこしめすきこしめすややや、、、仕仕つこうううまつれまつれまつれりりりととと、、、我我われほめほめほめしししたまひたまひたまいててて、、、
- 33「「「宮宮みやののの御御おおんてゝてゝててにてにてにて、、、まろまろまろわろからわろからわろからずずず、、、まろまろまろがががむすめむすめむすめにてにてにて、、、宮宮みやわろくわろくわろく坐坐おわしまさしまさしまさずずず、、、母母ははもももまたまたまたさいはひさいはひさいわいありありありととと思思おもひひいててて笑笑わらひひい給給たまふふうめりめりめり。。。よいよいよい男男おとこはははもたりもたりもたりかしかしかしととと思思おもひひいたんたんたんめりめりめり」」」ととと戯戯たわぶれぶれぶれ聞聞きこえええ給給たまふふうももも、、、こよなきこよなきこよなき御御おおん醉醉えいのののまぎれまぎれまぎれなりなりなりととと見見みゆゆゆ。。。
- 34さるさるさることことこともももなけれなけれなければばば、、、さわがしきさわがしきさわがしき心心ここちちちはははしししながらながらながら、、、めでたくめでたくめでたくのみのみのみ聞聞きききき居居いさせさせさせたまふたまふたまう。。。
- 35殿殿とののののうへうへうえ聞聞ききききにくしにくしにくしとととおぼすおぼすおぼすにににややや、、、渡渡わたらららせせせ給給たまひひいぬるぬるぬるけしきけしきけしきなれなれなればばば「「「おくりおくりおくりせせせずずずとてとてとて母母ははうらみうらみうらみ給給たまははわむむんものものものぞぞぞ」」」とてとてとて急急いそぎぎぎててて御御み帳帳ちょうのののうちうちうちをををとほらとほらとおらせせせたまふたまふたまう。。。
- 36「「「宮宮みやなめしなめしなめしとととおぼすおぼすおぼすらむらむらん、、、親親おやのののあれあれあればばばこそこそこそ子子こもももかしこけれかしこけれかしこけれ」」」とととうちうちうちつぶやきつぶやきつぶやき給給たまふふうををを、、、人人ひと々々びとわらひわらひわらいきこゆきこゆきこゆ。。。
現代語訳
若宮の五十日の祝いは十一月一日で、例によって女房たちが装いたてて参上し集まっている御前のようすは、絵に描いた物合わせの場面にたいそうよく似ていました。
御帳台の東の御座所の端に、御几帳を奥の御障子から廂の柱まで、すきまなく立てて仕切って、南面に中宮さまのお膳を据えてある。
西に寄せて中宮さまのお食事は、例の沈の折敷や何やかやの台だったのだろう。そちらのことは見ていない。お給仕は宰相の君で、讃岐が取り次ぐ。女房も釵子や元結をつけている。
若宮のお給仕は大納言の君で、東に寄せてお膳を据えてある。小さなお膳、お皿、お箸の台、洲浜なども、雛遊びの道具のように見える。
そこから東の間の廂の御簾を少し上げて、弁の内侍、中務の命婦、小中将の君など、しかるべき人だけが取り次いで差し上げる。わたしは奥にいて詳しくは見ていません。
今宵、少輔の乳母が禁色を許される。きちんとしたようすをしている。若宮をお抱き申し上げている。
御帳台の中で殿の北の方(倫子)が(若宮を)お抱き取りになって、膝で進み出ていらっしゃる。灯火に照らされたお姿は、格別にすばらしい。
赤色の唐の御衣に地摺の御裳をきちんとお召しになっているのも、恐れ多くもしみじみと見える。中宮さまは葡萄染の五重の御衣に、蘇芳の御小袿をお召しになっていた。殿が(若宮に)お餅を差し上げなさる。
上達部の座はいつものように東の対の西面である。ほかの二人の大臣(右大臣・内大臣)も参上なさっていた。階段の上に来て、またもや酔い乱れて大声で騒いでいらっしゃる。
折櫃物や籠物などを、殿のほうから殿上人たちが次々に運んで来て、高欄に沿って並べ据えた。立明しの光が頼りないので、四位の少将などを呼び寄せて、紙燭をともさせて、人々は(それを)見る。
(これらは)内裏の台盤所に持って行くはずのものだが、明日から(帝の)御物忌だというので、今夜のうちにみな急いで片づけて、
中宮の大夫が御簾のもとに参上して、「上達部を御前にお召しになりますよう」と申し上げなさる。「お聞きとどけになった」とのお返事なので、殿をはじめとして、みな参上なさる。
階段の東の妻戸の前までお座りになっている。女房たちは二列三列に並んで座っている。御簾を、その間に当たって座っていた女房たちが、寄って巻き上げなさる。
大納言の君、宰相の君、小少将の君、宮の内侍の順に座っていらっしゃる。
右の大臣(顕光)が寄ってきて、御几帳のほころびを引きちぎって乱れていらっしゃる。「いい年をして」とつつきあっているのも知らずに、扇を取りあげ、きまりの悪くなるような冗談も多い。
中宮の大夫(斉信)が盃を取って、そちらにお出になった。催馬楽の「美濃山」を謡って、管絃の遊びは形ばかりだが、たいそう趣がある。
その次の間の東の柱のもとに右大将(実資)が寄りかかって、女房たちの衣の褄や袖口を数えていらっしゃるようすは、ほかの人とは違っている。
酔いにまぎれるのを(この方は)軽く見てはいないだろうし、またどうせだれだかわかるまいなどと思って、ちょっとした話をしたところ、ひどく当世風にくだけている人たちよりも、ずっと立派でいらっしゃるようだ。
盃の順番が回ってくるのを、大将は恐れていらっしゃったが、例のお決まりの「千年万代」の祝い言葉で済ませた。
左衛門の督(公任)が「失礼ながら、このあたりに若紫はおいでかな」と(几帳の中を)おのぞきになる。
「源氏の君に似ていそうな方もお見えにならないのに、ましてあの紫の上がどうしてここにいらっしゃるものですか」と思って、聞き流していた。
「三位の亮、盃を取れ」などと(殿が)おっしゃるので、侍従の宰相(実成)が立って、父の内大臣がいらっしゃるので、下座から出てきたのを見て、内大臣は酔い泣きをなさる。
権中納言(隆家)が隅の間の柱のもとに寄って、兵部のおもとの袖を引っぱったりして、聞くにたえない冗談の声がするが、殿は何もおっしゃらない。
恐ろしいことになりそうな今夜のご酔態だと見て、行事が終わるとすぐに、宰相の君と言い合わせて隠れてしまおうとしたが、
東面に殿のご子息がたや宰相の中将などが入ってきて騒がしいので、二人で御帳台の後ろに隠れていたところ、(殿は)几帳を取り払わせなさって、二人とも捕まえて座らせなさった。
「和歌を一首ずつ詠め。そうしたら許してやろう」とおっしゃる。たいそう気恥ずかしく恐ろしいので、申し上げる、
「五十日(いか)のお祝いの今日、いったいどうして数えつくすことができましょう。八千年にも余るほど久しい若宮の御代の年を」。
「ああ、うまく詠んだものだな」と二度ばかり口ずさみなさって、たいそう早くおっしゃった歌、
「千年の寿命を持つという鶴の齢がわたしにあったならば、若宮の御代の千年の数も、数えとることができるだろうに」。
あれほど酔っていらっしゃるお気持ちにも、(若宮のことを)思いつめていらっしゃることのさまなので、たいそうしみじみと胸を打ち、もっともなことである。本当に、このように大切にお世話申し上げなさるからこそ、何事の栄えもまさってゆかれるのだろう。
千年の寿命にもあやかりたいほどで、若宮のご将来が、数にも入らないわたしの心にさえ、次々と思い浮かべられる。
「中宮さま、お聞きになりましたか。うまく詠みましたよ」と、ご自分をおほめになって、
「わたしは中宮の父親として悪くはないし、わたしの娘として中宮も悪くはいらっしゃらない。母もまた幸せだと思って笑っていらっしゃるようだ。よい夫を持ったものだと思っているらしい」と冗談を申し上げなさるのも、この上ないご酔態のせいだと見える。
(中宮さまは)そういう(気にさわる)こともないので、騒がしいとはお思いになりながらも、ただめでたいことと聞いていらっしゃる。
殿の北の方は聞いていられないとお思いになったのか、ご自分の部屋へお移りになるようすなので、「お見送りをしないと、母上がお恨みになるぞ」と言って、急いで御帳台の中をお通りになる。
「中宮さまは失礼だとお思いだろう。でも親がいてこそ子も立派になるのだ」とつぶやきなさるのを、女房たちは笑い申し上げる。
意訳
若宮の生後五十日の祝い。着飾った女房たちが集まった光景は、物合わせの絵のようだったという。
御帳台の東の御座所を几帳で仕切り、中宮の膳を整える。
中宮の膳の器を書きとめる。作者は自分の見ていないところは推量で書き、見ていないとことわっている。
若宮の小さなお膳や洲浜は、まるで雛遊びの道具のようである。
作者は奥にいて、詳しくは見ていない。
乳母の少輔が禁色を許され、若宮を抱いている。
倫子が若宮を抱いて進み出る。灯火の中の姿が美しい。
倫子と中宮の装束。道長が若宮の口に餅を含ませる。これが五十日の祝いの中心となる儀式である。
公卿たちは早くも酔い乱れている。
道長からの祝いの品々が高欄に並べられ、紙燭の明かりで照らして見る。
翌日から帝の物忌なので、品々は急いで片づけられる。
中宮大夫斉信のとりなしで、公卿たちが御前に招き入れられる。
女房たちは列をなして座り、御簾が巻き上げられる。
作者たちの座っていた位置。
右大臣顕光は几帳を引きちぎって乱れ、扇を取り上げるなど見苦しい。作者は年配の大臣の醜態を容赦なく書く。
斉信は催馬楽を謡う。
右大将実資は女房たちの衣の重ねを数えている。ほかの酔った公卿たちとは違う、落ち着いた様子である。
作者は実資と少し言葉を交わし、当世風に浮かれた人よりずっと立派だと感じる。
実資は盃の順番を恐れていたが、お決まりの祝い言葉で切り抜けた。
公任が「若紫はいらっしゃいますか」と几帳の中をのぞく。『源氏物語』の登場人物の名で作者を呼んだのである。
作者は、光源氏のような人もいないのに紫の上がいるはずがない、と心の中で思って取り合わない。この記事は『源氏物語』が当時すでに宮廷で読まれていたことを示す、もっとも古い記録として知られる。
道長に盃を取れと言われた実成を見て、父の内大臣公季が感激して酔い泣きする。
隆家は女房の袖を引いて冗談を言うが、道長も止めない。
今夜はひどいことになりそうだと、作者は宰相の君と隠れようとする。
しかし道長に見つかり、二人とも捕まってしまう。
道長は歌を一首ずつ詠めば許すと言う。
作者の歌は、「いか(五十日)」に「いかに」を響かせて、若宮の千年をも超える御代を祝う。即興の歌である。
道長はその歌を二度口ずさみ、すぐに返歌する。
道長の歌は、鶴の千年の寿命が自分にあれば、若宮の千年の御代を見届けられるのに、と応える。
ひどく酔っていても若宮のことを思う道長の心に、作者は深く心を動かされる。
作者自身も若宮の将来を思い描く。
道長は自分の歌をほめ、中宮に聞いたかと尋ねる。
道長は「わたしは中宮の父として悪くない、中宮もわたしの娘として悪くない、妻も幸せだろう」と自慢し、冗談を言う。栄華を極めた道長の、上機嫌な素顔である。
中宮はそれを騒がしく思いながらも、めでたいこととして聞いている。
倫子があきれて自室に戻ろうとすると、道長はあわてて後を追う。
「親があってこそ子も立派になる」とつぶやく道長を、女房たちは笑う。威厳ある権力者の、ほほえましい一面である。
語釈・文法注
- 御いか
- 御五十日(おんいか)の祝い。子の誕生後五十日目に、父または祖父が餅を子の口に含ませて祝う儀式。
- 簑山
- 催馬楽「美濃山(みのやま)」。「美濃山にしじに生ひたる玉柏、豊明に会ふが楽しさや」と祝宴をことほぐ歌。
- 右大將
- 右大将藤原実資(957〜1046)。儀式や故実に通じ、道長にも遠慮なく意見した硬骨の人。日記『小右記』を残した。
- 左衞門の督
- 藤原公任。四条大納言と同じ人。
文法
- 「さべいかぎり」
- 「さるべきかぎり」の音便。しかるべき人だけ。
- 「こゝしきさま」
- 底本のまま。きちんとした、生まじめなさまと解した。
- 「さだすぎたり」
- 「さだ」は年ごろ。盛りの年を過ぎている。
- 「しか盃のずんのくるを」
- 底本のまま。「ずん」は順番。通行本文は「盃の順の来るを」。
- 「けにこそおはすべかめれ」
- 「けに」は「異に」で、格段に、ずっと。
- 「ひこしろひ」
- 底本のまま。「引こじろふ(引っぱる)」の意と解した。
- 「あえましく」
- 「あゆ(肖ゆ)」の未然形に「まほし」の古い形「ましく」が付いた形と解した。あやかりたい。
和歌
いかにいかゞ數へやるべき八千とせのあまりひさしき君がみよをば
- 詠者
- 紫式部
- 状況
- 五十日の祝いの夜、道長に捕まって歌を詠めと命じられたときの歌。
修辞
- 掛詞
- 「いか」に「五十日(いか)」と「如何に」を掛ける。
- 誇張
- 八千年にも余る御代と、若宮の長寿を祝う。
あしたづのよはひしあれば君が代の千とせのかずもかぞへとりてむ
- 詠者
- 藤原道長
- 状況
- 紫式部の歌を受けて、道長がすぐに詠んだ返歌。
修辞
- 見立て
- 「あしたづ(鶴)」の千年の齢を自分に重ねる。
- 言葉の受け
- 式部の「數へやるべき」を受けて「かぞへとりてむ」と返す。
解説
寛弘五年十一月一日、敦成親王の五十日の祝いが土御門殿で行われた。倫子が若宮を抱き、道長が餅を含ませる儀式のあと、公卿たちの酒宴となる。右大臣顕光の乱れぶり、右大将実資の落ち着き、内大臣公季の酔い泣きと、作者は公卿一人ひとりのふるまいを描き分けている。
公任の「あなかしこ、このわたりに若紫やさぶらふ」という言葉は、『源氏物語』が寛弘五年にはすでに宮廷で読まれていたことを示す確実な記録である。このため、この日の十一月一日は、現在「古典の日」とされている。作者が心の中でその呼びかけを退けたことも、作者の誇りと慎み深さを伝える。
道長が作者と宰相の君を捕まえて歌を詠ませる場面や、自分で自分の歌をほめ、妻のあとを追う場面には、権勢の頂点にある道長の無邪気な喜びがあふれている。
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出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(紫式部日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、388–391頁(コマ206–207)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日