紫式部日記 第6章
行幸の日
十月十六日、一条天皇が土御門殿に行幸する。龍頭鷁首の船楽が鳴り響くなか御輿が着き、内侍たちが剣璽を捧げて天女のように進み出る。作者は女房たちの装いをつぶさに描き、道長が若宮を抱いて帝に初めて対面させる場面を記す。
- 1そのそのその日日ひ新新あたらしくしくしく造造つくららられれれたるたるたる船船ふねどもどもどもさしさしさし寄寄よせせせさせさせさせててて御御ご覽覽らんずずず。。。龍龍りょう頭頭とう鷁鷁げきののの生生いけけけるるるかたちかたちかたち思思おもひひいやらやらやられれれてててあざやかあざやかあざやかにににうるはしうるはしうるわし。。。
- 2行行ぎょう幸幸こうははは辰辰たつののの時時ときととと、、、まだまだまだ曉曉あかつきよりよりより人人ひと々々びとけさうじけさうじけそうじ心心こころづかひづかひずかいすすす。。。上達部上達部かんだちめののの御御おおん座座ざははは西西にしののの對對たいなれなれなればばば、、、こなたこなたこなたははは例例れいのののやうやうようににに騷騷さわがしうがしうがしゅうもももあらあらあらずずず。。。
- 3內內ない侍侍しのののかんかんかんのののののの御御おおんかたかたかたににに、、、中中なか々々なか人人ひと々々びとのののさうぞくさうぞくそうぞくなどなどなどもももいみじういみじういみじゅうとゝのへとゝのへととのえ給給たまふふうととときこゆきこゆきこゆ。。。
- 4曉曉あかつきににに少少しょう將將しょうののの君君きみまゐりまゐりまいり給給たまへへえりりり。。。もろともにもろともにもろともに頭頭かしらけづりけづりけずりなどなどなどすすす。。。
- 5例例れいのののさささいふいふいうともともとも日日ひたけたけたけなななむむんととと、、、たゆきたゆきたゆき心心こころどもどもどもはははたゆたひたゆたひたゆたいててて、、、扇扇おうぎのののいといといとなほなほしきなほなほしきなおなおしきをををまだまだまだ人人ひとにににいひいひいいたるたるたる、、、もてもてもてこここなななむむんととと待待まちちち居居いたるたるたるににに、、、つゞみつゞみつづみののの音音おとををを聞聞ききききつけつけつけててて、、、急急いそぎぎぎまゐるまゐるまいるさまさまさまあしきあしきあしき。。。
- 6御御み輿輿こしむかへむかへむかえ奉奉たてまつるるるふなふなふないといといとおもしろしおもしろしおもしろし。。。寄寄よするするするををを見見みれれればばば、、、駕駕か輿輿よ丁丁ちょうのののさるさるさる身身みのののほどほどほどながらながらながら、、、はしはしはしよりよりよりのぼりのぼりのぼりててていといといと苦苦くるしげしげしげにににうつぶしうつぶしうつぶし臥臥ふせせせりりり。。。
- 7なになになにのののことことことことことことなるなるなる高高たかきききまじらひまじらひまじらいももも身身みのののほどほどほどかぎりかぎりかぎりあるあるあるににに、、、いといといと安安やすげげげなしなしなしかしかしかしととと見見みるるる。。。
- 8御御み帳帳ちょうののの西西にしおもておもておもてにににおましおましおましをををしつらひしつらひしつらいててて、、、南南みなみののの廂廂ひさしのののひんがしひんがしひんがしのののまままににに御御みいしいしいしをををたてたてたてたるたるたる、、、それそれそれよりよりより一一ひとままま隔隔へだてててゝゝて、、、ひんがしひんがしひんがしにににあれあれあれたるたるたるきはきはきわににに、、、北北きた南南みなみのののつまつまつまにににみすみすみすをををかけかけかけへだてへだてへだてゝゝて、、、
- 9女房女房にょうぼうののの居居いたるたるたる南南みなみののの柱柱はしらもともともとよりよりよりすだれすだれすだれををを少少すこしししひきひきひきあげあげあげててて、、、內內ない侍侍し二二ふた人人りいづいづいず。。。そのそのその日日ひのののかみかみかみあげあげあげうるはしきうるはしきうるわしきすがたすがたすがた、、、からからから繪繪えををををかしげをかしげおかしげににに書書かきききたるたるたるやうやうようなりなりなり。。。
- 10左左さ衞衞え門門もんののの內內ない侍侍し、、、みはかしみはかしみはかしとるとるとる。。。靑靑あお色色いろののの無無む紋紋もんのののからからからぎぬぎぬぎぬ、、、すそごすそごすそごののの裳裳も、、、領領ひ巾巾れくんくんくん帶帶たいははは浮浮ふ線線せん綾綾りょうをををはじたんはじたんはじたんににに染染そめめめたりたりたり。。。
- 11うはぎうはぎうわぎははは菊菊きくののの五五いつ重重え、、、かいねりかいねりかいねりははは紅紅くれない、、、姿姿すがたつきつきつきもてなしもてなしもてなし、、、いさゝかいさゝかいささかはづれはづれはずれててて見見みゆるゆるゆるかたはらかたはらかたわらめめめ、、、はなやかはなやかはなやかにににきよげきよげきよげなりなりなり。。。
- 12辨辨べんののの內內ない侍侍しはははしるししるししるしののの御御み、、、紅紅くれないにににえびぞめえびぞめえびぞめののの織織おり物物ものののの袿袿うちき、、、裳裳も、、、からからからぎぬぎぬぎぬはははさきさきさきのののにににおなじおなじおなじごとごとごと。。。いといといとさゝやかさゝやかささやかにににをかしげをかしげおかしげなるなるなる人人ひとののの、、、つゝましげつゝましげつつましげににに少少すこしししつゝみつゝみつつみたるたるたるぞぞぞ心心こころ苦苦ぐるしうしうしゅう見見みえええけるけるける。。。
- 13扇扇おうぎよりよりより始始はじめめめててて好好このみみみましましましたりたりたりととと見見みゆゆゆ。。。領領ひ巾巾れはははあふちあふちおうちだんだんだん。。。
- 14夢夢ゆめのののやうやうようにににもももこよひこよひこよいのののたつたつたつ程程ほどよそほひよそほひよそおい、、、むかしむかしむかし天天あま降降くだりりりけむけむけんをとめをとめおとめ子子ごのののすがたすがたすがたもももかくかくかくやややありありありけむけむけんとととまでまでまでおぼゆおぼゆおぼゆ。。。
- 15近近この衞衞え司司づかさいといといとつきづきしきつきづきしきつきづきしきすがたすがたすがたしししててて、、、御御み輿輿こしのののことことことゞゞどもももおこなふおこなふおこなう。。。いといといときらきらしきらきらしきらきらし。。。頭頭とうののの中將中將ちゅうじょう御御みはかしはかしはかしなどなどなどとりとりとりててて內內ない侍侍しにににつたふつたふつたう。。。
- 16みすみすみすののの中中うちををを見見みわたせわたせわたせばばば、、、色色いろゆるさゆるさゆるされれれたるたるたる人人ひと々々びとははは、、、例例れいののの靑靑あお色色いろ、、、赤赤あか色色いろのののからからからぎぬぎぬぎぬ地地じ摺摺ずりののの裳裳も、、、うはぎうはぎうわぎはははおしおしおしわたしわたしわたしててて蘇蘇す枋枋おうののの織織おり物物ものなりなりなり。。。たゞたゞただ右右う馬馬まののの中將中將ちゅうじょうぞぞぞえびえびえび染染ぞめををを着着きててて侍侍はべりりりししし。。。
- 17うちうちうちものものものどもどもどもははは濃濃こききき薄薄うすききき紅紅もみ葉葉じをををこきこきこきまぜまぜまぜたるたるたるやうやうようにてにてにて、、、中中なかなるなるなるきぬきぬきぬどもどもども、、、例例れいのののくちなしくちなしくちなしののの濃濃こききき薄薄うすききき、、、紫紫し苑苑おん色色いろ、、、裏裏うらあをきあをきあおき菊菊きくををを、、、もしはもしはもしは三三みへへえなどなどなどこゝろごゝろこゝろごゝろこころごころなりなりなり。。。
- 18綾綾あやゆるさゆるさゆるされれれぬぬぬははは、、、例例れいのののおとなおとなしきおとなおとなしきおとなおとなしきははは無無む紋紋もんののの靑靑あお色色いろ、、、もしはもしはもしは蘇蘇す枋枋おうなどなどなど皆皆みな五五いつへへえにてにてにて、、、かさねかさねかさねどもどもどもははは皆皆みな綾綾あやなりなりなり。。。
- 19大大おお海海うみののの摺摺すり裳裳もののの水水みずののの色色いろはなやかはなやかはなやかににに淺淺あさ々々あさとととしししててて、、、腰腰こしどもどもどもはははかたもんかたもんかたもんをををぞぞぞおほくおほくおおくはははしししたるたるたる。。。袿袿うちきははは菊菊きくののの三三みへへえ五五いつへへえにてにてにて、、、おりものおりものおりものはははせせせずずず。。。
- 20わかきわかきわかき人人ひとははは、、、菊菊きくののの五五いつへへえのののからからからぎぬぎぬぎぬををを心心こころ々々ごころにににしししたりたりたり。。。うへうへうえははは白白しろくくく、、、靑靑あおきききがががうへうへうえをををばばば蘇蘇す枋枋おう、、、一一ひとへへえははは靑靑あおきききもももありありあり。。。うへうへうえ薄薄うす蘇蘇す枋枋おう、、、つぎつぎつぎつぎつぎつぎ濃濃こききき蘇蘇す枋枋おう、、、中中なかににに白白しろきききまぜまぜまぜたるたるたるももも、、、すべてすべてすべてしししざまざまざまをかしきをかしきおかしきのみのみのみぞぞぞかどかどしくかどかどしくかどかどしく見見みゆるゆるゆる。。。
- 21いひいひいいしらしらしらずずずめづらしくめづらしくめずらしく、、、おどろおどろしきおどろおどろしきおどろおどろしき扇扇おうぎどもどもども見見みゆゆゆ。。。うちとけうちとけうちとけたるたるたる折折おりこそこそこそまほまほまほならならならぬぬぬかたちかたちかたちもももうちうちうち交交まじりりりててて見見みえええわかわかわかれれれけれけれけれ。。。
- 22心心こころををを盡盡つくしししてててつくろひつくろひつくろいけさうじけさうじけそうじ、、、劣劣おとらららじじじとととしししたてたてたてたるたるたる、、、女女おんな繪繪えのののをかしきをかしきおかしきにににいといといとようようよう似似にててて、、、年年としののの程程ほどのののおとなびおとなびおとなび、、、いといといとわかきわかきわかきけちめけちめけちめ、、、髪髪かみののの少少すこしししおとろへおとろへおとろえたるたるたるけしきけしきけしき、、、またまたまた盛盛さかりのののこちたきこちたきこちたきががが、、、我我わががが前前まえばかりばかりばかり見見みわたさわたさわたさるるる。。。
- 23さてさてさてははは扇扇おうぎよりよりよりかみかみかみののの額額ひたいつきつきつきぞぞぞあやしくあやしくあやしく、、、人人ひとのののかたちかたちかたちををを品品しな々々じなしくしくしくもももくだりくだりくだりてててもてなすもてなすもてなす所所ところなななんんんめるめるめる。。。かゝるかゝるかかる中中なかににに、、、すぐれすぐれすぐれたるたるたるととと見見みゆるゆるゆるこそこそこそかぎりかぎりかぎりなきなきなきならならならめめめ。。。
- 24かねてかねてかねてよりよりよりうへうへうえののの女房女房にょうぼう宮宮みやにににかけかけかけててて侍侍さぶらふふう五五ご人人にんははは、、、參參まいりりりつどひつどひつどいてててさぶらふさぶらふさぶらう。。。內內ない侍侍し二二ふた人人り、、、命命みょう婦婦ぶ二二ふた人人り、、、御御おおんまかなひまかなひまかないののの人人ひと一一ひと人人り。。。
- 25おものおものおものまゐるまゐるまいるとてとてとて、、、筑筑ちく前前ぜん左左さ京京きょうのののおもとおもとおもとののの髪髪かみあげあげあげててて內內ない侍侍しのののいでいでいでいるいるいるすみすみすみののの柱柱はしらもともともとよりよりよりいづいづいず。。。これこれこれはははよろしきよろしきよろしき天天てん女女にょなりなりなり。。。
- 26左左さ京京きょうははは靑靑あお色色いろににに柳柳やなぎののの無無む紋紋もんののの唐唐から衣衣ぎぬ、、、筑筑ちく前前ぜんははは菊菊きくののの五五いつ重重えののの唐唐から衣衣ぎぬ、、、裳裳もははは例例れいののの摺摺すり裳裳もなりなりなり。。。
- 27御御おおんまかなひまかなひまかない橘橘たちばな三三さん位位み靑靑あお色色いろのののからからからぎぬぎぬぎぬからからからあやあやあやののの黄黄きなるなるなる菊菊きくののの袿袿うちきぞぞぞ上上うわ着着ぎなななんんんめるめるめる。。。一一ひともともともとあげあげあげたりたりたり。。。柱柱はしらがくれがくれがくれにてにてにてまほまほまほにににももも見見みえええずずず。。。
- 28殿殿との、、、若若わか宮宮みやいだきいだきいだき奉奉たてまつりりり給給たまひひいててて、、、おおおまへまへまえにににいでいでいで奉奉たてまつりりりたまふたまふたまう。。。うへうへうえ抱抱いだきききうつしうつしうつし奉奉たてまつらららせせせ給給たまふふう程程ほど、、、いさゝかいさゝかいささかなかなかなかせせせ給給たまふふう御御おおん聲聲こえいといといとわかしわかしわかし。。。
- 29辨辨べんののの宰宰さい相相しょうののの君君きみ御御みはかしはかしはかしりとてりとてりとて參參まいりりり給給たまへへえりりり。。。母母も屋屋やののの中中なかとととよりよりより西西にしににに、、、殿殿とののののうへうへうえおはするおはするおわするかたかたかたにににぞぞぞ若若わか宮宮みやはははおはしまさおはしまさおわしまさせせせ給給たまふふう。。。
- 30うへうへうえ、、、とととにににいでいでいでさせさせさせ給給たまひひいてててぞぞぞ、、、宰宰さい相相しょうののの君君きみはははこなたこなたこなたににに歸歸かえりりりててて、、、いといといとけそうけそうけそうににに、、、はしたなきはしたなきはしたなき心心ここちちちしししつるつるつるととと、、、けにけにけに面面おもてうちうちうち赤赤あかみみみててて居居いたまへたまへたまえるるる顏顏かおこまかこまかこまかにににをかしげをかしげおかしげなりなりなり。。。衣衣きぬののの色色いろももも、、、人人ひとよりよりよりけにけにけにきはやしきはやしきわやしたまへたまへたまえりりり。。。
現代語訳
その日(行幸の当日)、新しく造らせた船を岸に寄せさせてご覧になる。龍頭鷁首が生きている姿が思いやられるほど、鮮やかで見事である。
行幸は辰の刻(午前八時ごろ)だというので、まだ明け方から女房たちは化粧をして心づもりをする。上達部の御座所は西の対なので、こちら(東の対)はいつものように騒がしくもない。
内侍の督(尚侍妍子)の御方では、かえって女房たちの装束なども、たいそう念入りに整えていらっしゃると聞く。
明け方に小少将の君が参上なさった。いっしょに髪をくしけずったりする。
いつものように、そうはいっても(行幸は)日が高くなってからだろうと、ゆっくりした気持ちでぐずぐずして、扇のたいそう平凡なのをまだ人に頼んであったのを、持って来るだろうと待っているうちに、鼓の音を聞きつけて、あわてて参上するのはみっともない。
御輿をお迎え申し上げる船楽はたいそう趣深い。御輿を寄せるのを見ると、駕輿丁が、あのような身分ながら、階段から昇って、たいそう苦しそうにうつぶしている。
(わたしも)何の違いがあろう、高貴な方々との交わりも、身分には限りがあるのだから、まったく心安らかではないことだと見る。
御帳台の西面に(帝の)御座所をしつらえて、南の廂の東の間に御倚子を立ててあり、そこから一間へだてて、東の端の空いている所に、北と南の端に御簾を掛けて仕切り、
女房の座っている南の柱のもとから簾を少し引き上げて、内侍が二人出てくる。その日の髪上げをした端正な姿は、唐絵を美しく描いたようである。
左衛門の内侍が御剣を捧げ持つ。青色の無紋の唐衣に、裾濃の裳、領巾と裙帯は浮線綾を櫨緂に染めてある。
表着は菊の五重、掻練は紅で、姿かたちや身のこなし、少し(扇から)はずれて見える横顔は、華やかで美しい。
弁の内侍は神璽の御箱を持つ。紅に葡萄染の織物の袿、裳と唐衣は先の人と同じである。たいそう小柄でかわいらしい人が、気恥ずかしそうに少し緊張しているのが、気の毒に見えた。
扇をはじめとして、(左衛門の内侍より)趣向がまさっていると見える。領巾は楝緂である。
夢のように見える今宵の(二人の)立ち姿や装いは、昔天から降りてきたという天女の姿もこのようであったのかと思われるほどである。
近衛府の役人たちがたいそうふさわしい姿で、御輿のことを取り行う。たいそうきらびやかである。頭の中将が御剣などを受け取って内侍に伝える。
御簾の中を見わたすと、禁色を許された女房たちは、例の青色や赤色の唐衣に地摺の裳、表着はおしなべて蘇芳の織物である。ただ馬の中将だけが葡萄染を着ていました。
打衣は濃いのや薄い紅葉をとりまぜたようで、中に着ている衣は、いつものくちなしの濃い薄い、紫苑色、裏の青い菊の襲を、あるいは三重などそれぞれ思い思いである。
綾を許されていない女房は、例の年配の人は無紋の青色、あるいは蘇芳などで、みな五重で、襲はみな綾である。
大海の摺裳の水の色は華やかに浅く、裳の腰は固紋にした人が多い。袿は菊の三重・五重で、織物は用いていない。
若い女房は菊の五重の唐衣を思い思いに仕立てている。表は白く、青の上を蘇芳にして、一重は青のものもある。表は薄蘇芳、次々に濃い蘇芳にして、中に白を混ぜたのも、すべて仕立て方の趣深いものばかりが、気がきいて見える。
言いようもなくめずらしく、おおげさな扇が見える。くつろいでいるときにこそ、整わない容貌の人も混じっているのが見分けられるのだが(今日はそうではない)。
心を尽くして身づくろいし化粧をして、負けまいと装いたてた姿は、女絵の美しいものによく似ていて、年かさの人、たいそう若い人の違いや、髪の少し衰えたようす、また盛りの豊かな髪などが、自分の前の人ばかり見わたされる。
それにしても、扇から上の額のあたりは不思議なもので、人の容貌を上品にも下品にも見せるところのようだ。こうした中で、すぐれていると見える人こそ、この上なく美しいのだろう。
かねてから帝付きの女房で中宮さまにも兼ねてお仕えしている五人は、参り集まって控えている。内侍が二人、命婦が二人、お給仕の人が一人である。
(帝の)御膳を差し上げるというので、筑前と左京のおもとが髪を上げて、内侍が出入りする隅の柱のもとから出てくる。これはまあまあの天女である。
左京は青色に柳の無紋の唐衣、筑前は菊の五重の唐衣で、裳は例の摺裳である。
お給仕役の橘の三位は青色の唐衣に、唐綾の黄色の菊の袿が表着のようだ。髪は一本に結い上げていた。柱に隠れてはっきりとも見えない。
殿が若宮を抱き申し上げなさって、帝の御前にお連れになる。帝が若宮をお抱き取りになるとき、少しお泣きになるお声がたいそうかわいらしい。
弁の宰相の君が御剣を持って参上なさった。母屋の中戸から西の、殿の北の方がいらっしゃる方へ、若宮はお移りになる。
帝が外にお出ましになってから、宰相の君はこちらに戻ってきて、「たいそうはれがましくて、きまりの悪い気持ちがしたわ」と、ひときわ顔を赤らめて座っていらっしゃる顔が、こまやかに美しい。衣の色も、ほかの人よりひときわ引き立っていらっしゃった。
意訳
行幸当日の朝。龍頭鷁首の船が池に浮かべられる。生きているような彫刻の見事さに目を見張る。
作者たちは早朝から身支度に追われる。
道長の次女で尚侍の妍子の方では、女房の装束にいっそう力を入れていると噂に聞く。
作者は親しい小少将の君と髪を整え合う。
行幸は遅れるだろうと油断していたら、鼓の音が聞こえて大あわてで参上する。作者は自分たちの失敗も隠さずに書く。
船楽の中、御輿が到着する。重い御輿をかついできた駕輿丁は、階段を上ってぐったりとうつぶしている。
作者は駕輿丁の姿に自分を重ねる。高貴な人々の中にまじって暮らす自分も、身分の差を越えられず心安まらない、と思う。華やかな場面の中で、ふと自分の境遇を見つめなおす名高い一節である。
帝の御座所のしつらいを、方角と間取りに沿って記録する。
剣と璽を捧げる内侍二人が進み出る。その姿は唐絵のようだという。
左衛門の内侍の装束。色や染め方まで細かく書く。
左衛門の内侍の横顔は華やかで美しい。
弁の内侍は小柄で、緊張している様子が気の毒に見える。作者は、晴れ舞台に立つ人の心の内にも目を向けている。
弁の内侍の扇などは趣向にすぐれていた。
二人の姿は、天から降りてきた天女のようだという。
近衛府の役人が御輿を扱い、頭中将が剣を内侍に渡す。
御簾の中の女房たちの装束を、身分による色の違いに沿って描く。
打衣や中に着る衣の色の取り合わせ。
禁色を許されていない年配の女房たちの装い。
裳の摺り模様や袿の重ね方。
若い女房たちの唐衣の配色の工夫。
ふだんは容貌の劣る人も見分けられるが、今日は皆が着飾っていて区別がつかない。
着飾った女房たちは女絵のようで、作者には年齢の違いや髪の衰えまで見えてしまう。
額の形が人の印象を左右するという観察。物語作者らしい人を見る目が感じられる。
帝付きで中宮にも仕える五人の女房がそろう。
帝の御膳を運ぶ二人の女房を「まあまあの天女」と評する。先の内侍たちと比べた、少し意地悪なユーモアがある。
二人の唐衣の色。
給仕役の橘の三位は柱に隠れて、よく見えなかった。
道長が若宮を帝の御前に連れて行き、帝は初めて若宮を抱く。若宮の泣き声がかわいらしい。
宰相の君が若宮の守り刀を持って従う。
大役を終えた宰相の君は、晴れがましくて恥ずかしかったと頬を赤らめる。作者は親しい同僚の姿を、ここでも愛情をこめて描いている。
語釈・文法注
- 龍頭鷁首
- 船首に龍の頭と鷁(想像上の水鳥)の首を彫った一対の船。貴人の遊宴で楽人を乗せて奏楽した。
- 內侍のかんの殿
- 尚侍(ないしのかみ)。ここでは道長の次女、藤原妍子(994〜1027)。のち三条天皇の中宮となる。
- ふながく
- 船楽。龍頭鷁首の船に楽人を乗せて奏する音楽。
- しるしの御箱
- 神璽を納めた箱。天皇の行幸には剣と璽が随行し、内侍が捧げ持った。
文法
- 「急ぎまゐるさまあしき」
- 「さまあしき」は連体形止め。あわてて参上するのはみっともないことよ、と詠嘆をこめる。
- 「なにのことことなる」
- 「こと」を重ねた形。何の違いがあろうか、の意と解した。
- 「はじたん」「あふちだん」
- 「はじたん」は櫨緂(はじだん)、「あふちだん」は楝緂(おうちだん)。いずれも色を段々にぼかして染めたもの。
- 「近衞司」
- 近衛府の役人。「このゑづかさ」と読む。
- 「御はかしりとて」
- 底本のまま。「御佩刀とりて」の誤植と思われる。
- 「けに面うち赤みて」
- 「けに」は「異に」で、ひときわ、いっそうの意。あとの「人よりけに」も同じ。
解説
寛弘五年十月十六日、一条天皇は土御門殿に行幸し、生後一か月あまりの敦成親王と初めて対面した。この章は、その当日の朝から帝と若宮の対面までを描く。龍頭鷁首の船楽、剣璽を捧げる内侍、着飾った女房たちと、晴れの儀式の華やかさが細やかに記録される。
その中で、御輿をかついで苦しげにうつぶす駕輿丁の姿に、作者が自分を重ねる一節はよく知られている。高貴な人々に囲まれて暮らしながら、身分の限界を感じて心安らがない作者の思いが、短い言葉に凝縮されている。
女房たちの装束は、禁色の許しの有無や年齢によって色や織りが異なる。作者はそれを一人ずつ描き分けるとともに、晴れの役をつとめる内侍の緊張や、大役を終えて頬を赤らめる宰相の君の姿をとらえている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(紫式部日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、383–386頁(コマ203–205)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日