紫式部日記 第5章
月夜の舟遊びと水鳥の歌
翌夜は若い女房たちの舟遊び。七日は朝廷、九日は頼通の産養が続き、道長は若宮を抱いて喜ぶ。行幸を前に磨きあげられる邸で、作者は菊の美しさにもなじめぬわが身を嘆き、池の水鳥に自分を重ねて歌を詠む。小少将の君との時雨の贈答も記す。
- 1またまたまたののの夜夜よ月月つきいといといとおもしろくおもしろくおもしろくころころころさへさへさへをかしきをかしきおかしきににに、、、わかきわかきわかき人人ひとははは舟舟ふねににに乘乘のりりりてててあそぶあそぶあそぶ。。。いろいろいろいろいろいろなるなるなるをりをりおりよりよりよりももも、、、おなじおなじおなじさまさまさまにににさうぞきさうぞきそうぞきたるたるたるやうだいやうだいようだい、、、かみかみかみのののほどほどほどくもりくもりくもりなくなくなく見見みゆゆゆ。。。
- 2小小こ大大たい夫夫ふ、、、源源げん式式しき部部ぶ、、、宮宮みや木木ぎののの侍侍じ從從じゅう、、、五五ご節節せちののの辨辨べん、、、右右う近近こん、、、小小こ兵兵ひょう衞衞え、、、小小こ衞衞え門門もん、、、うまうまうま、、、やすらひやすらひやすらい、、、いせいせいせ人人びとなどなどなどはしはしはしちかくちかくちかく居居いたるたるたるををを、、、
- 3左左ひだりののの宰宰さい相相しょうののの中將中將ちゅうじょう、、、殿殿とのののの中將中將ちゅうじょうののの君君きみいざなひいざなひいざないいでいでいで給給たまひひいててて右右みぎののの宰宰さい相相しょうののの中將中將ちゅうじょう兼兼かね隆隆たかににに棹棹さおさゝさゝささせせせててて舟舟ふねにににのせのせのせたまふたまふたまう。。。かたへかたへかたえはははすべりすべりすべりとゞまりとゞまりとどまりててて、、、さすがさすがさすがにににうらやましくうらやましくうらやましくやややあらあらあらむむんととと見見み出出いだしししつゝつゝつつ居居いたりたりたり。。。
- 4いといといと白白しろききき庭庭にわににに月月つきののの光光ひかりりりあひあひあいたるたるたるやうだいやうだいようだいかたちかたちかたちもももをかしきをかしきおかしきやうやうようなるなるなる。。。
- 5「「「北北きたののの陣陣じんににに車車くるまあまたあまたあまたありありあり」」」ととといふいふいうははは、、、うへうへうえ人人びとどもどもどもなりなりなりけるけるける藤藤とう三三さん位位みをををはじめはじめはじめにてにてにて、、、侍侍じ從從じゅうののの命命みょう婦婦ぶ、、、藤藤とう少少しょう將將しょうののの命命みょう婦婦ぶ、、、うまうまうまののの命命みょう婦婦ぶ、、、左左さ近近こんののの命命みょう婦婦ぶ、、、筑筑ちく前前ぜんののの命命みょう婦婦ぶ、、、近近おう江江みののの命命みょう婦婦ぶなどなどなどぞぞぞきこえきこえきこえ侍侍はべりりりししし。。。
- 6委委くわしくしくしく見見み知知しらららぬぬぬ人人ひと々々びとなれなれなればばば、、、ひがことひがことひがことももも侍侍はべらららむむんかしかしかし。。。舟舟ふねののの人人ひと々々びともももまどひまどひまどい入入いりりりぬぬぬ。。。殿殿とのいでいでいで居居い給給たまひひいててて、、、おぼすおぼすおぼすことことことなきなきなき御御みけしきけしきけしきににに、、、もてもてもてはやしはやしはやしたはふれたはふれたわぶれたまふたまふたまう。。。贈贈おくり物物ものどもどもども品品しな々々じなにににたまふたまふたまう。。。
- 7七日七日なぬかののの夜夜よはははおほやけおほやけおおやけののの御御おおんうぶやしなひうぶやしなひうぶやしない、、、藏藏くら人人うどののの少少しょう將將しょう道道みち雅雅まさををを御御おおんつかひつかひつかいにてにてにて、、、物物ものののの數數かず々々かず書書かきききたるたるたる文文ふみ、、、やないばこやないばこやないばこににに入入いれれれてててまゐれまゐれまいれりりり。。。やがてやがてやがてかへしかへしかへしししし給給たまふふう。。。
- 8勸勸かん學學がくののの衆衆しゅどもどもどもあゆみあゆみあゆみしししてててまゐれまゐれまいれるるる。。。げざんげざんげざんののの文文ふみどもどもどもまたまたまた啓啓けいすすす。。。かへしかへしかへし給給たまふふう。。。祿祿ろくどもどもどもたまふたまふたまうべしべしべし。。。今宵今宵こよいののの儀儀ぎ式式しきはははことことことにににまさりまさりまさりててて、、、おどろおどろしくおどろおどろしくおどろおどろしくのゝしるのゝしるののしる。。。
- 9御御み帳帳ちょうののの內內うちをををのぞきのぞきのぞきまゐりまゐりまいりたれたれたればばば、、、かくかくかく國國くにののの親親おやととともてもてもてさわがさわがさわがれれれ給給たまひひい、、、うるはしきうるはしきうるわしき御御みけしきけしきけしきにににももも見見みえええさせさせさせ給給たまははわずずず、、、すこしすこしすこしうちうちうちなやみなやみなやみおもおもおもやせやせやせててておほとのごもれおほとのごもれおおとのごもれるるる御御おおんありさまありさまありさま、、、常常つねよりよりよりもももあえかあえかあえかにににわかくわかくわかく美美うつくくしげくしげくしげなりなりなり。。。
- 10ちひさきちひさきちいさきとうろとうろとうろををを御御み帳帳ちょうのののうちうちうちにににかけかけかけたれたれたればばば隈隈くまもももなきなきなきににに、、、いとゞしきいとゞしきいとどしき御御おおんいろいろいろあひあひあいのののそこひそこひそこいももも知知しらららずずずきよらきよらきよらなるなるなるににに、、、こちたきこちたきこちたき御御みぐしぐしぐしははは、、、ゆひゆひゆいてててまさらまさらまさらせせせ給給たまふふうわざわざわざなりなりなりけりけりけりとととおもふおもふおもう。。。かけまくかけまくかけまくもももいといといとさらさらさらなれなれなればばば、、、えええぞぞぞかきかきかきつゞけつゞけつづけ侍侍はべらららぬぬぬ。。。
- 11大大おおかたかたかたののの事事ことどもどもどもははは、、、一一ひと日日ひのののおなじおなじおなじことことこと。。。上達部上達部かんだちめののの祿祿ろくはははみすみすみすのののうちうちうちよりよりより、、、女女おんなさうさうそう束束ぞく宮宮みやののの御御おおんぞぞぞなどなどなどそへそへそえててていだすいだすいだす。。。殿殿てん上上じょう人人びと、、、頭頭とう二二ふた人人りををを始始はじめめめてててよりよりよりつゝつゝつつとるとるとる。。。
- 12おほやけおほやけおおやけののの祿祿ろくははは大大おお袿袿うちき、、、ふすまふすまふすま、、、腰腰こし差差さしなどなどなど、、、例例れいのののおほやけおほやけおおやけざまざまざまなるなるなるべしべしべし。。。
- 13御御おおんちつけちつけちつけつかうつかうつこうまつりまつりまつりししし橘橘たちばなののの三三さん位位みのののおくりおくりおくりものものもの、、、例例れいののの女女おんなのののさうぞくさうぞくそうぞくににに織織おり物物もののののほそながほそながほそながそへそへそえててて、、、しろがねしろがねしろがねののの衣衣きぬ、、、筥筥はこつゝみつゝみつつみなどなどなどももも、、、やがてやがてやがてしろきしろきしろきにににややや。。。又又また包包つつみみみたるたるたるものものものそへそへそえてててなどなどなどぞぞぞきゝきゝきき侍侍はべりりりししし。。。委委くわしくしくしくははは見見み侍侍はべらららずずず。。。
- 14八日八日ようか、、、人人ひと々々びといろいろいろいろいろいろさうぞきさうぞきそうぞきかへかへかえたりたりたり。。。
- 15九日九日ここぬかののの夜夜よははは、、、春春とう宮宮ぐうののの權權ごんののの大大だいつかうつかうつこうまつりまつりまつり給給たまふふう。。。白白しろききき御御み厨厨ず子子しひとひとひとよろひよろひよろいにににまゐりまゐりまいりすゑすゑすえたりたりたり。。。儀儀ぎ式式しきいといといとさまさまさまことことことにににいまめかしいまめかしいまめかし。。。
- 16白白しろがねがねがねののの御御おおん衣衣ぞ筥筥ばこ、、、かいぶかいぶかいぶをををうちうちうち出出いでででゝゝて、、、蓬蓬ほう萊萊らいなどなどなど例例れいのののことことことなれなれなれどどど、、、いまめかしういまめかしういまめかしゅうこまかこまかこまかにににをかしきをかしきおかしきををを、、、とりとりとりはなちはなちはなちてててはははまねびまねびまねびつくすつくすつくすべきべきべきにににもももあらあらあらぬぬぬこそこそこそわろけれわろけれわろけれ。。。
- 17今宵今宵こよいはははおもておもておもて朽朽くち木木き形形がたののの几帳几帳きちょう例例れいのののさまさまさまにてにてにて、、、人人ひと々々びとははは濃濃こきききうちうちうちものものものをををうへうへうえににに着着きたりたりたり。。。めづらしくめづらしくめずらしく心心こころにくゝにくゝにくくなまめいなまめいなまめいててて見見みゆゆゆ。。。
- 18透透すきききたるたるたるからからからぎぬぎぬぎぬどもどもどもににに、、、つやつやつやつやつやつやとととおしおしおしわたしわたしわたしててて見見みえええたるたるたるををを、、、またまたまた人人ひとのののすがたすがたすがたもももさやかさやかさやかにににぞぞぞ見見みえええなさなさなされれれけるけるける。。。こまこまこまのののおもとおもとおもとゝゝといふいふいう人人ひとののの耻耻はじ見見み侍侍はべりりりししし夜夜よなりなりなり。。。
- 19十十じゅう月月がつ十十とおよよよ日日かまでまでまでももも御御み帳帳ちょういでいでいでさせさせさせ給給たまははわずずず。。。西西にしのののそばそばそばなるなるなるおましおましおましににに夜夜よももも晝晝ひるもももさぶらふさぶらふさぶらう。。。
- 20殿殿とのののの夜夜よ中中なかにににももも曉曉あかつきにににももも參參まいりりり給給たまひひいつゝつゝつつ、、、御御おおんめのとめのとめのとのののふところふところふところをををひきひきひきさがささがささがさせせせ給給たまふふうににに、、、うちとけうちとけうちとけててて寢寢ねたるたるたる時時ときなどなどなどははは、、、何何なに心心ごころもももなくなくなくおぼゝれおぼゝれおぼおれててておどろくおどろくおどろくもももいといといといといといとをかしくをかしくおかしく見見みゆゆゆ。。。
- 21心心こころもとなきもとなきもとなき御御おおんほどほどほどををを我我わががが心心こころをををやりやりやりててて、、、さゝげさゝげささげうつくしみうつくしみうつくしみ給給たまふふうもももことわりことわりことわりにににめでたしめでたしめでたし。。。
- 22あるあるある時時ときはははわりなきわりなきわりなきわざわざわざしししかけかけかけ奉奉たてまつりりり給給たまへへえるるるををを、、、御御おおん紐紐ひもひきひきひき解解ときききててて御御み几帳几帳きちょうののの後後うしろにてにてにてあぶらあぶらあぶらせせせ給給たまふふう。。。
- 23「「「あはれあはれあわれこのこのこの宮宮みやののの御御おおんしとしとしとにににぬるゝぬるゝぬるるはははうれしきうれしきうれしきわざわざわざかなかなかな。。。このこのこのぬれぬれぬれたるたるたるあぶるあぶるあぶるこそこそこそ思思おもふふうやうやうようなるなるなる心心ここちちちすれすれすれ」」」とととよろこばよろこばよろこばせせせ給給たまふふう。。。
- 24中中なか務務つかさのののわたりわたりわたりののの御御おおん事事ことををを御御み心心こころににに入入いれれれててて、、、そなたそなたそなたののの心心こころよせよせよせあるあるある人人ひととととおぼしおぼしおぼしてててかたらはかたらはかたらわせせせ給給たまふふうももも、、、まことにまことにまことに心心こころののの中中うちははは思思おもひひい居居いたるたるたることことことおほかりおほかりおおかり。。。
- 25行行ぎょう近近ちかくくくなりなりなりぬぬぬとてとてとて、、、殿殿とのののの內內うちをををいよいよいよいよいよいよ造造つくりりりみがゝみがゝみがかせせせたまふたまふたまう。。。世世よにににおもしろきおもしろきおもしろき菊菊きくのののねねねををを尋尋たずねねねつゝつゝつつ堀堀ほりりりてててまゐるまゐるまいる。。。
- 26いろいろいろいろいろいろうつろひうつろひうつろいたるたるたるももも、、、黄黄きなるなるなるががが見見みどころどころどころあるあるあるももも、、、さまざまさまざまさまざまににに植植うゑゑえたてたてたてたるたるたるももも、、、朝朝あさ霧霧ぎりのののたえまたえまたえまににに見見み渡渡わたしししたるたるたるははは、、、げにげにげに老老おいもももしぞきしぞきしぞきぬぬぬべきべきべき心心ここちちちするするするににに、、、
- 27なぞなぞなぞやややましてましてまして思思おもふふうことことことののの少少すこしししもももなのめなのめなのめなるなるなる身身みならならならましかましかましかばばば、、、すきずきしくすきずきしくすきずきしくももももてもてもてなしなしなしわかやぎわかやぎわかやぎててて、、、常常つねなきなきなき世世よをををもももすぐしすぐしすぐしてててましましまし。。。
- 28めでたきめでたきめでたきことことことおもしろきおもしろきおもしろき事事ことををを見見み聞聞きくくくにににつけつけつけてててももも、、、たゞたゞただ思思おもひひいかけかけかけたりたりたりししし心心こころのののひくひくひくかたかたかたのみのみのみ强强つよくくくててて、、、ものものものうくうくうくおもはおもはおもわずずずににに、、、歎歎なげかしきかしきかしきことことことのののまさるまさるまさるぞぞぞいといといと苦苦くるしきしきしき。。。
- 29いかでいかでいかで今今いまはははなほなほなお物物もの忘忘わすれれれしししなむなむなん、、、思思おもひひいがひがひがいもももなしなしなし、、、罪罪つみもももふかゝりふかゝりふかかりなどなどなどあけあけあけたてたてたてはははうちうちうちながめながめながめててて、、、水水みず鳥鳥どりどもどもどもののの思思おもふふうことことことなげなげなげににに遊遊あそびびびあへあへあえるるるををを見見みるるる。。。
- 30「「「水水みず鳥鳥どりをををみづみづみずのののうへうへうえとととやややよそよそよそににに見見みむむむわれわれわれもももうきうきうきたるたるたる世世よをををすぐしすぐしすぐしつゝつゝつつ」」」。。。
- 31かれかれかれもももさささこそこそこそ心心こころをををやりやりやりててて遊遊あそぶぶぶととと見見みゆれゆれゆれどどど、、、身身みはははいといといと苦苦くるしかしかしかんんんなりなりなりととと思思おもひひいよそへよそへよそえらるらるらる。。。
- 32小小こ少少しょう將將しょうのののののの文文ふみおこせおこせおこせたるたるたる返返かえどどどかくかくかくににに、、、時時し雨雨ぐれのののさとさとさとかきかきかきくらせくらせくらせばばば、、、使使つかいもももいそぐいそぐいそぐ。。。又又また「「「空空そらののの景景け色色しきもももうちうちうちさわぎさわぎさわぎてててなむなむなん」」」とてとてとてこしこしこしをれをれおれたるたるたることことことやややかきかきかきまぜまぜまぜたりたりたりけむけむけん。。。
- 33暗暗くろうううなりなりなりにににたるたるたるににに、、、立立たちちちかへりかへりかえりいたういたういとう霞霞かすめめめたるたるたるこせんしこせんしこせんしににに、、、
- 34「「「雲雲くも間間まなくなくなくながむるながむるながむる空空そらもももかきかきかきくらしくらしくらしいかにいかにいかにしのぶるしのぶるしのぶるしぐれしぐれしぐれなるなるなるらむらむらん」」」。。。
- 35書書かきききつつつらむらむらんことことこともももおぼえおぼえおぼえずずず。。。
- 36「「「ことわりことわりことわりののの時時し雨雨ぐれのののそらそらそらははは雲雲くも間間まあれあれあれどどどながむるながむるながむる袖袖そでぞぞぞかわくかわくかわくまままもももなきなきなき」」」。。。
現代語訳
次の夜は、月がたいそう美しく、季節もちょうど趣深いので、若い女房たちは舟に乗って遊ぶ。色とりどりの装いのときよりも、同じ白一色に装った姿や髪のぐあいが、くっきりと見える。
小大輔、源式部、宮木の侍従、五節の弁、右近、小兵衛、小衛門、馬、やすらい、伊勢人などが端近くに座っているのを、
左の宰相の中将(経房)と殿の中将の君(教通)が誘い出しなさって、右の宰相の中将兼隆に棹をささせて舟にお乗せになる。残りの人々は(奥へ)すべりこんで、やはりうらやましいのだろうかと、外をのぞきながら座っている。
たいそう白い庭に月の光が照り映えて、人々の姿かたちも趣深く見える。
「北の陣に車がたくさん来ている」というのは、帝付きの女房たちであった。藤三位をはじめとして、侍従の命婦、藤少将の命婦、馬の命婦、左近の命婦、筑前の命婦、近江の命婦などだと聞きました。
よく見知らない人々なので、間違いもありましょう。舟の人々もあわてて中へ入った。殿がお出ましになって、何の心配もないご様子で、(客の女房たちを)もてなし、冗談をおっしゃる。贈り物を身分に応じてお与えになる。
七日の夜は朝廷主催の御産養で、蔵人の少将道雅をお使いとして、贈り物の品目を書いた目録を柳筥に入れて参上した。(中宮は)すぐにお返しになる。
勧学院の学生たちが行列を作って参上した。名簿をまた啓上する。(これも)お返しになる。禄なども賜ったのだろう。今宵の儀式はひときわ盛大で、たいそうにぎやかに取りしきる。
御帳台の中をのぞき申し上げると、このように国母としてもてはやされていらっしゃるのに、晴れやかなご様子にもお見えにならず、少しお疲れでおやつれになり、お休みになっているご様子は、いつもよりはかなげで若く、かわいらしい。
小さな灯籠を御帳台の中に掛けてあるので隅々まで明るいところに、いっそう美しい御肌の色が底知れぬほど清らかで、たっぷりとした御髪は、結ってかえって引き立つものだったのだと思う。言葉にするのも恐れ多いので、これ以上は書き続けられません。
だいたいの事柄は、先日(五日の夜)と同じである。上達部への禄は御簾の内から、女装束に中宮さまの御衣などを添えて差し出す。殿上人は、蔵人頭の二人をはじめとして、次々に寄って受け取る。
朝廷からの禄は、大袿、衾、腰差など、例の公式どおりの品だったのだろう。
御乳付けを奉仕した橘の三位への贈り物は、例の女装束に織物の細長を添え、銀の衣や筥、包みなども、やはり白かったのだろうか。また包んだものを添えてなどと聞きました。詳しくは見ていません。
八日、女房たちは色とりどりの装いに着替えた。
九日の夜は、春宮権大夫(頼通)が産養を奉仕なさる。白い御厨子一対に(品々を)載せて差し上げた。儀式はたいそう趣向が違っていて当世風である。
銀の御衣筥に海賦の模様を打ち出し、蓬莱山など例の趣向だけれど、当世風で細やかで趣深いのを、一つ一つ取りあげて書きつくすことができないのが残念だ。
今宵は、表に朽木形を描いた几帳がいつものとおり立てられて、女房たちは濃い紅の打衣を上に着ている。(白一色の日々のあとで)めずらしく、奥ゆかしく優美に見える。
透けた唐衣を通して、(打衣の)つややかな色が一面に見えていて、また人の姿もくっきりと見えるのだった。こまのおもとという人が恥をかいた夜である。
十月十日過ぎまでも、中宮さまは御帳台からお出にならない。(わたしたちは)西のそばの御座所に、夜も昼もお仕えしている。
殿は夜中にも明け方にもおいでになっては、乳母の懐(に抱かれた若宮)を探しなさるので、(乳母が)うちとけて寝ているときなどは、何もわからずに寝ぼけて目を覚ますのも、たいそう気の毒に見える。
まだ頼りないお年ごろの若宮を、ご自分の心のままに高く抱き上げてかわいがりなさるのも、もっともなことで、すばらしい。
あるときは、(若宮が殿に)困ったこと(おしっこ)をおかけ申し上げなさったので、殿は御紐を解いて、御几帳の後ろで(衣を)火にあぶって乾かしなさる。
「ああ、この宮のおしっこにぬれるのはうれしいことだなあ。このぬれたのをあぶって乾かすのこそ、願いがかなった心地がする」とお喜びになる。
(殿は)中務の宮(具平親王)家に関わることにご熱心で、わたしをそちらに縁故のある者とお思いになって相談なさるにつけても、本当に心の中では思い悩むことが多い。
行幸が近くなったというので、殿は邸の中をいよいよ手入れして磨きあげさせなさる。世にすばらしい菊の株を探し求めては、掘って持ってくる。
色とりどりに色変わりしたのも、黄色で見どころがあるのも、さまざまに植えこんであるのを、朝霧の切れ間に見わたしたときは、本当に老いも退いてしまいそうな心地がするが、
どうしてだろう、まして思い悩むことが少しでも人並みの身であったなら、風流ごとにも積極的になって若々しくふるまい、無常の世をも過ごせるだろうに。
めでたいことや趣深いことを見聞きするにつけても、ただ思いつめていた心の引かれる方向ばかりが強くて、気が晴れず、思いのほかに嘆かわしいことがまさってゆくのがたいそう苦しい。
なんとかして今はもう忘れてしまおう、思い悩んでもかいがない、罪も深いことだなどと、夜が明けると物思いにふけって、水鳥たちが何の悩みもなさそうに遊びあっているのを見る。
「水鳥を、水の上に浮かぶ気楽なものと、よそごとに見ることができようか。わたしも浮いた(憂いに満ちた)世を過ごしているのだから」。
あの水鳥も、あのように心のままに遊んでいるように見えるけれど、身の上はたいそう苦しいのだろうと、わが身になぞらえて思われる。
小少将の君が手紙をよこしたその返事を書いていると、時雨がさっと降ってきてあたりが暗くなったので、使いも急ぐ。また「空のようすも騒がしくて(わたしの心も)」と書いて、下手な腰折れ歌を書きまぜたのだったか。
暗くなってから、(小少将の君から)すぐにまた、濃く紫に染めた紙に、
「雲の切れ間もなく物思いにふけって眺める空も一面に暗くなって、(あなたを恋しく)しのぶ時雨(涙)は、どのような時雨なのでしょう」。
自分が何と書いたかも覚えていない。
「時節がら降るのは当然の時雨の空には、それでも雲の切れ間がありますが、物思いにふけって眺めるわたしの袖は、(涙で)乾く間もありません」。
意訳
産養の翌夜、月明かりのもとで若い女房たちが舟遊びに出る。白一色の装いが月光に映える。
舟遊びに加わった若い女房たちの名を挙げる。
公卿たちが女房を誘って舟に乗せる。残された女房たちは、やはりうらやましそうに外を見ている。作者もその一人だったのだろう。
月光に白く照らされた庭と人の姿。
帝付きの女房たちが祝いに訪れる。作者は、よく知らない人なので名前の間違いもあるだろうとことわる。記録の正確さへの配慮である。
道長は上機嫌で客をもてなす。「おぼすことなき」の一言に、道長の満ち足りた心境が表れる。
七日は朝廷主催の産養。天皇の使いが目録を届ける。
藤原氏の学問所である勧学院の学生たちも、行列を作って祝いに来る。
作者は御帳台の中の中宮をのぞき見る。国母として祝われながら、中宮自身は疲れて休んでいる。その姿はかえってはかなげで若々しい。
灯籠に照らされた中宮の美しさを讃えるが、恐れ多くて書き続けられないと筆をおさめる。
禄の配り方を記録する。
朝廷からの禄の品目も書き添える。
乳付けの役の橘の三位への贈り物。作者は伝聞であることを明記している。
八日、ようやく白装束を脱いで色物に着替える。
九日は頼通主催の産養。趣向が新しく当世風である。
贈り物の細工の見事さは、書きつくせないのが残念だという。
白一色の日々のあと、濃い紅の打衣が目に新鮮に映る。
こまのおもとが恥をかいた夜だとだけ記して、詳しくは書かない。
十月になっても中宮は産後の床にいる。
道長は夜中も明け方も若宮を見に来て、乳母の懐を探る。寝ぼけて驚く乳母の姿はおかしく、気の毒でもある。
道長は若宮を高く抱き上げてかわいがる。孫を溺愛する祖父の姿である。
若宮におしっこをかけられた道長が、几帳の後ろで衣をあぶって乾かす。
「この宮のおしっこにぬれるのはうれしい」と喜ぶ道長の言葉が、そのまま書きとめられている。権力者の素顔をとらえた、日記の中でも名高い場面である。
道長は作者を、具平親王家と縁のある者として頼りにしていた。この件は作者にとって気の重いことだったらしく、心の中で思うことが多いと記す。
一条天皇の行幸を迎えるため、邸が磨きあげられ、各地から名菊が集められる。
朝霧の中に見る菊の美しさは、老いも退くほどだという。菊は不老長寿の花とされた。
作者は、悩みが人並みの身であったなら、もっと若々しく風流を楽しめたのにと思う。
すばらしいものを見聞きしても、心は自分の悩みのほうへ引かれ、嘆きがつのるばかりである。
作者は、悩みを忘れようとしても忘れられない。池の水鳥が無心に遊ぶのを見つめる。
水鳥の歌は、水に浮く水鳥と「憂き」世を過ごす自分とを重ねる。華やかな邸の中での孤独が凝縮された一首である。
のどかに見える水鳥も、実は苦しいのだろうと思いなおす。表面の華やかさと内面の苦しさは、作者自身の姿でもある。
親しい同僚の小少将の君と手紙をやりとりする。時雨が降りだし、使いも急ぐ。
小少将の君からすぐに返事が届く。
小少将の君の歌は、時雨を涙にたとえ、作者を恋しくしのぶ心を詠む。
作者は自分がどんな歌を書いたかも覚えていないという。
作者の返歌は、時雨の空にも晴れ間はあるが、自分の袖は涙で乾く間もないと応える。小少将の君とのあいだでは、作者は素直に悲しみを打ち明けている。
語釈・文法注
- 勸學院
- 藤原冬嗣が建てた藤原氏の子弟のための学問所。藤原氏の慶事には学生が行列して祝いに参った。
- 春宮の權の大夫
- 春宮権大夫。このときは道長の長男頼通が任じられていた。
- 中務の宮
- 具平親王(964〜1009)。村上天皇の皇子で、学問・和歌にすぐれた。道長は長男頼通と親王の娘との縁談を進めていた。紫式部の家は親王家と縁があった。
- 行幸
- 天皇のお出まし。ここでは一条天皇が、中宮と若宮に会うために土御門殿を訪れること。
- 小少將の君
- 中宮付きの女房で、作者のもっとも親しい同僚。源時通の娘とされ、倫子の姪にあたる。
文法
- 「小大夫」
- 底本は「小大夫」と書き、ここでは「こたいふ」と読んだ。
- 「たはふれたまふ」
- 底本のまま清音で書く。「たはぶれ」に同じ。
- 「老もしぞきぬべき」
- 「しぞく(退く)」は、退く、去るの意。老いも退いてしまいそうな。
- 「なぞや」
- 疑問の副詞「なぞ」に係助詞「や」。どうしてだろうか。
- 「苦しかんなり」
- 「苦しかるなり」の撥音便。「なり」は推定の助動詞。苦しいのであるらしい。
- 「返どかくに」
- 底本のまま。「返りごと書くに」の意。
- 「こせんし」
- 濃染紙(こぞめがみ)。濃い紫などに染めた紙と解した。
和歌
水鳥をみづのうへとやよそに見むわれもうきたる世をすぐしつゝ
- 詠者
- 紫式部
- 状況
- 行幸を前に飾りたてられる土御門殿で、池の水鳥を眺めて、わが身を重ねて詠んだ歌。
修辞
- 掛詞
- 「うき」に「浮き」と「憂き」を掛ける。
- 縁語
- 「水鳥」「みづ」「うき」と、水にちなむ語を重ねる。
- 擬人
- 水鳥を自分と同じく苦しむ者として見る。
雲間なくながむる空もかきくらしいかにしのぶるしぐれなるらむ
- 詠者
- 小少将の君
- 状況
- 時雨の日、作者の手紙への返事として、濃く染めた紙に書いて送ってきた歌。
修辞
- 掛詞
- 「ながむる」に「眺むる」と「長雨」を響かせる。
- 見立て
- 時雨を、作者をしのぶ涙に見立てる。
ことわりの時雨のそらは雲間あれどながむる袖ぞかわくまもなき
- 詠者
- 紫式部
- 状況
- 小少将の君の歌への返歌。
修辞
- 対比
- 晴れ間のある時雨の空と、乾く間のない自分の袖を対比する。
- 言葉の受け
- 小少将の君の「雲間なく」「ながむる」を受けて返す。
解説
七日の朝廷、九日の頼通と産養が続き、若宮誕生の祝いは頂点を迎える。若宮のおしっこにぬれて喜ぶ道長の姿は、権力者の人間味あふれる一面を伝える場面として名高い。
一方、行幸を前に飾りたてられる邸の中で、作者は「思ひかけたりし心のひくかた」に引かれて苦しむ。華やかな晴れの世界になじめない自分を見つめる文章は、この日記を単なる宮廷の記録以上のものにしている。水鳥の歌は、その孤独を象徴する一首として知られる。
心を許した小少将の君との時雨の贈答では、作者は涙に濡れる袖を詠んで悲しみを素直に打ち明ける。宮仕えの中で、心の通う友がいたことがわかる。
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出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(紫式部日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、380–383頁(コマ202–203)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日