紫式部日記 第4章
三日・五日の産養
誕生三日目の夜は中宮職が、五日目の夜は道長が産養を催す。十五夜の月とかがり火に照らされた庭には喜びがあふれ、白一色に装った女房たちが御膳を運ぶ。女房たちの趣向をこらした装い、僧の喜び、公卿たちの攤や盃の歌までを書きとめる。
- 1三日三日みかにににならならならせせせたまふたまふたまう夜夜よははは、、、宮宮みやづかさづかさづかさののの大大だい夫夫ぶよりよりよりはじめはじめはじめててて御御おおんつかうつかうつこうまつるまつるまつる。。。
- 2右右う衞衞え門門もんののの督督かみははは御御お前前まえののの事事こと、、、沉沉じんのののかけかけかけ盤盤ばん、、、白白しろがねがねがねののの御御おおん皿皿さらなどなどなどくはしくくはしくくわしくははは見見みずずず。。。
- 3源源げん中中ちゅう納納な言言ごん、、、藤藤とう宰宰さい相相しょうははは御御おおんぞぞぞ、、、御御おおんむつきむつきむつき、、、衣衣ころも箱箱ばこのののをりたてをりたておりたて、、、入入いれれれかたびらかたびらかたびら、、、つゝみつゝみつつみおほひおほひおおい、、、したしたしたづくゑづくゑづくえなどなどなど、、、おなじおなじおなじことことことのののおなじおなじおなじしろきしろきしろきなれなれなれどもどもども、、、しししざまざまざま人人ひとのののこゝろごゝろこゝろごゝろこころごころ見見みえええつゝつゝつつししし盡盡つくしししたりたりたり。。。
- 4近近おう江江みののの守守かみたかまさたかまさたかまさははは、、、大大おおかたかたかたのののことことことゞゞどもももややや仕仕つこうううまつらまつらまつらむむん。。。
- 5ひんがしひんがしひんがしののの對對たいののの西西にしののの廂廂ひさしははは上達部上達部かんだちめののの座座ざ、、、北北きたをををかみかみかみにてにてにて二二ふた行行ぎょうににに南南みなみののの廂廂ひさしににに殿殿てん上上じょう人人びとののの座座ざははは西西にしををを上上かみなりなりなり。。。白白しろききき綾綾あやののの御御み屏屏びょう風風ぶどもどもどもをををもやもやもやのののみすみすみすにににそへそへそえててて、、、とざまとざまとざまににに立立たてててわたしわたしわたしたりたりたり。。。
- 6五日五日いつかののの夜夜よははは殿殿とのののの御御おおんうぶやしなひうぶやしなひうぶやしない、、、十五日十五日じゅうごにちののの月月つきくもりくもりくもりなくなくなくおもしろきおもしろきおもしろきににに、、、池池いけののの汀汀みぎわちかうちかうちこうかゞりかゞりかがり火火びどもどもどもををを木木こののの下下したにににともしともしともしつゝつゝつつ、、、どしきどしきどしきどもどもども立立たてててわたすわたすわたす。。。
- 7あやしきあやしきあやしきしづしづしずのののをををののの囀囀さえずりりりありくありくありくけしきけしきけしきどもどもどもまでまでまで、、、色色いろふしふしふしにににたちたちたちがほがほがおなりなりなり。。。とのもりとのもりとのもりがががたちたちたち渡渡わたれれれるるるけはひけはひけわいももも怠怠おこたらららずずず晝晝ひるのののやうやうようなるなるなるににに、、、
- 8こゝかしここゝかしこここかしこののの岩岩いわがくれがくれがくれ、、、木木このののもともともとごとごとごとにににうちうちうち群群むれれれてててをるをるおる、、、上達部上達部かんだちめののの隨隨ずい身身じんなどなどなどやうやうようのののものものものどもどもどもさへさへさへ、、、おのがじゝおのがじゝおのがじしかたらふかたらふかたらうべかべかべかめるめるめることことことははは、、、
- 9かゝるかゝるかかる世世よののの中中なかののの光光ひかりのののいでいでいでおはしましおはしましおわしましたるたるたることことことををを、、、かげかげかげにににいつしかいつしかいつしかととと思思おもひひいしししもももおよびおよびおよびがほがほがおにににこそこそこそ。。。そゞろそゞろそぞろにににうちうちうち笑笑えみみみ心心ここちちちよげよげよげなるなるなるややや。。。
- 10ましてましてまして殿殿とののののうちうちうちののの人人ひとははは、、、なになになにばかりばかりばかり數數かずにににしもしもしもあらあらあらぬぬぬ五五ご位位いどもどもどもなどなどなどももも、、、そこはかとなくそこはかとなくそこはかとなく、、、腰腰こしもももうちうちうち屈屈かがめめめてててゆきゆきゆきちがひちがひちがい、、、いそがしげいそがしげいそがしげなるなるなるさまさまさましししててて時時ときににに逢逢あひひいがほがほがおなりなりなり。。。
- 11おものおものおものまゐるまゐるまいるとてとてとて、、、女房女房にょうぼう八八はち人人にん一一ひとつつつ色色いろにににさうぞきさうぞきそうぞきててて、、、髪髪かみあげあげあげ白白しろきききもともともとゆひゆひゆいしししててて、、、白白しろききき御御おおん盤盤ばんもてもてもてつゞきつゞきつづきまゐるまゐるまいる。。。
- 12今宵今宵こよいののの御御おおんまかなひまかなひまかないははは宮宮みやののの內內ない侍侍し、、、いといといとものものしくものものしくものものしくあざやかあざやかあざやかなるなるなるやうだいやうだいようだいににに、、、元元もと結結ゆいばにえばにえばえしししたるたるたる髪髪かみのののさがりばさがりばさがりば、、、常常つねよりよりよりもももあらまほしきあらまほしきあらまほしきさまさまさましししててて、、、扇扇おうぎにににはづれはづれはずれたるたるたるかたはらかたはらかたわらめめめなどなどなど、、、いといといと淸淸きよらららににに侍侍はべりりりしかしかしかななな。。。
- 13髪髪かみあげあげあげたるたるたる女房女房にょうぼうははは、、、源源げん式式しき部部ぶ、、、小小こ左左さ衞衞え門門もん、、、小小こ兵兵ひょう衞衞え、、、大大たい輔輔ふ、、、大大おおうまうまうま、、、小小こうまうまうま、、、小小こ兵兵ひょう衞衞え、、、小小こ木木む工工く、、、かたちかたちかたちなどなどなどをかしきをかしきおかしきわかわかわか人人うどのののかぎりかぎりかぎりにてにてにて、、、さしさしさしむかひむかひむかいつゝつゝつつ居居い渡渡わたりりりたりたりたりしししははは、、、いといといと見見みるるるかひかひかいこそこそこそ侍侍はべりりりしかしかしか。。。
- 14例例れいはははおものおものおものまゐるまゐるまいるとてとてとて、、、髮髮かみあぐるあぐるあぐることことことをををぞぞぞするするするををを、、、かゝるかゝるかかるをりをりおりとてとてとてさりさりさりぬぬぬべきべきべき人人ひと々々びとをををえらえらえらせせせ給給たまへへえりりりしししををを「「「心心こころうしうしうし。。。いみじいみじいみじ」」」ととと愁愁うれへへえ泣泣なきききなどなどなどゆゝしきゆゝしきゆゆしきまでまでまでぞぞぞ見見み侍侍はべりりりししし。。。
- 15御御み帳帳ちょうのののひんがしひんがしひんがしおもておもておもて二二ふたまままばかりばかりばかりににに、、、三三さん十十じゅうよよよ人人にん居居いなみなみなみたりたりたりししし人人ひと々々びとのののけはひけはひけわいこそこそこそ見見みものものものなりなりなりしかしかしか。。。
- 16つぎつぎつぎのののおものおものおものはははうねめうねめうねめどもどもどもまゐるまゐるまいる。。。戶戶と口口ぐちのののかたかたかたににに御御おおん湯湯ゆ殿殿どののののへだてへだてへだてののの御御み屏屏びょう風風ぶににに重重かさねねねててて、、、またまたまた南南みなみむきむきむきにににたてたてたてゝゝて、、、白白しろきききみづしみづしみずし一一ひとよろひよろひよろいににに參參まいりりりすゑすゑすえたりたりたり。。。
- 17夜夜よふくるふくるふくるまゝまゝままににに月月つきののの隈隈くまなきなきなきににに、、、釆釆うね女女め、、、もひもひもいとりとりとり、、、みくしみくしみくしあげあげあげどもどもども、、、とのもりとのもりとのもり、、、かんもりかんもりかんもりののの女女にょう官官かん、、、顏顏かおもももしらしらしらぬぬぬをりをりおり。。。
- 18みかどみかどみかどつかさつかさつかさなどなどなどやうやうようのののものものものにににやややあらあらあらむむん、、、おろそかおろそかおろそかにににさうぞきさうぞきそうぞきけさうじけさうじけそうじつゝつゝつつ、、、おどろおどろおどろのののかんざしかんざしかんざしおほやけおほやけしきおほやけおほやけしきおおやけおおやけしきさまさまさましししててて、、、寢寢しん殿殿でんのののひんがしひんがしひんがしののの廊廊ろう渡渡わた殿殿どのののの戶戶と口口ぐちまでまでまでひまひまひまもももなくなくなくおしおしおしこみこみこみててて居居いたれたれたればばば、、、人人ひともももえええとほりとほりとおりかよはかよはかよわずずず。。。
- 19おものおものおものまゐりまゐりまいりはてはてはてゝゝて女房女房にょうぼうみすみすみすのののもともともとにににいでいでいで居居いたりたりたり。。。ほかげほかげほかげにににきらきらきらきらきらきらととと見見みえええわたるわたるわたる中中なかにににももも、、、大大おお式式しき部部ぶのののおもとおもとおもとののの、、、裳裳も、、、からからからぎぬぎぬぎぬ、、、ををお鹽鹽しお山山やまののの小小こ松松まつ原原ばらをををぬひぬひぬいたるたるたるさまさまさまいといといとをかしをかしおかし。。。大大おお式式しき部部ぶはははみちのくみちのくみちのくのののかみかみかみのののめめめ、、、殿殿とのののの宣宣せん旨旨じよよよ。。。
- 20大大たい夫夫ふののの命命みょう婦婦ぶはははからからからぎぬぎぬぎぬははは手手てもももふれふれふれずずず、、、裳裳もをををしろがねしろがねしろがねのののでいでいでいしししててて、、、いといといとあざやかあざやかあざやかににに大大おお海海うみにににすりすりすりたるたるたるこそこそこそ、、、けちえんけちえんけちえんならならならぬぬぬものものものからからからめやすけれめやすけれめやすけれ。。。
- 21辨辨べんののの內內ない侍侍しののの裳裳もにににしろがねしろがねしろがねののの洲洲す濱濱はま、、、鶴鶴つるをををたてたてたてたるたるたるしししざまざまざまめづらしめづらしめずらし。。。ぬひぬひぬいものものものももも松松まつががが枝枝えののの齡齡よわいをををあらそはあらそはあらそわせせせたるたるたる、、、心心こころばへばへばえかどかどしかどかどしかどかどし。。。
- 22少少しょう將將しょうのののおもとおもとおもとのののこれらこれらこれらにににははは劣劣おとりりりなるなるなる、、、しろがねしろがねしろがねののの箔箔はくををを人人ひと々々びとつきつきつきしろふしろふしろう。。。少少しょう將將しょうのののおもとおもとおもとゝゝといふいふいうははは、、、信信しな濃濃のののの守守かみすけみつすけみつすけみつががが妹妹いもうと、、、殿殿とののののふるふるふる人人びとなりなりなり。。。
- 23そのそのその夜夜よののの御御お前前まえのののありさまありさまありさまのののいといといと人人ひとににに見見みせせせまほしけれまほしけれまほしければばば、、、よゐよゐよいののの僧僧そうのののさぶらふさぶらふさぶらう御御み屏屏びょう風風ぶをををおしおしおしあけあけあけててて、、、「「「このこのこの世世よにににはははかうかうこうめでたきめでたきめでたきことことことまたまたまたえええ見見み給給たまははわじじじ」」」ととといひいひいい侍侍はべりりりしかしかしかばばば、、、
- 24「「「あなあなあなかしこかしこかしこあなあなあなかしこかしこかしこ」」」ととと本本ほん尊尊ぞんをををばばばおきおきおきててて手手てををを押押おしししすりすりすりてててぞぞぞ喜喜よろこびびび侍侍はべりりりししし。。。
- 25上達部上達部かんだちめ座座ざをををたちたちたちててて、、、御御みはしはしはしのののうへうへうえににに參參まいりりりたまふたまふたまう。。。殿殿とのをををはじめはじめはじめ奉奉たてまつりりりてててうちうちうちたまふたまふたまう、、、紙紙かみのののあらそひあらそひあらそいいといといとまさなしまさなしまさなし。。。
- 26歌歌うたどもどもどもありありあり。。。女房女房にょうぼう盃盃さかずきなどなどなどあるあるあるをりをりおり、、、いかゞいかゞいかがはははいふいふいうべきべきべきなどなどなど口口くち々々ぐちおもひおもひおもいこゝろみるこゝろみるこころみる。。。
- 27「「「めづらしきめづらしきめずらしき光光ひかりさしさしさしそふそふそうさかづきさかづきさかずきはははもちもちもちながらながらながらこそこそこそ千千ち代代よもももめぐらめぐらめぐらめめめ」」」。。。
- 28四四し條條じょう大大だい納納なにににさしさしさしいでいでいでむむんほどほどほど、、、歌歌うたをををばばばさるさるさるものものものにてにてにて、、、こわづかひこわづかひこわづかいようようよういひいひいいのべのべのべしししなどなどなどさゝめきさゝめきささめき爭爭あらそふふうほどほどほどににに、、、ことことこと多多おおくくくててて夜夜よいたういたういとう更更ふけけけぬれぬれぬればばばにににややや、、、とりわきとりわきとりわき手手てもももさゝさゝささでででまかでまかでまかでたまふたまふたまう。。。
- 29祿祿ろくどもどもども上達部上達部かんだちめにににははは女女おんなのののさうさうそう束束ぞくににに御御おおんぞぞぞ御御おおんむつきむつきむつきやややそひそひそいたらたらたらむむん。。。殿殿てん上上じょうののの四四し位位いはははあはせあはせあわせ一一ひとかさねかさねかさね、、、六六ろく位位いははは袴袴はかま一一ひと具具ぐぞぞぞ見見みえええししし。。。
現代語訳
誕生三日目におなりになる夜は、中宮職の大夫(斉信)をはじめとして、御産養を奉仕申し上げる。
右衛門の督(斉信)は中宮さまの御膳のこと、沈香の懸盤や銀の御皿などを担当したが、詳しくは見ていない。
源中納言(俊賢)と藤宰相(実成)は、御衣、御むつき、衣箱の折立、入れ帷子、包みや覆い、下机など、同じ白一色の品ではあるけれど、作り方に人それぞれの趣向が見えて、心を尽くしている。
近江の守高雅は、全般的な雑事をお世話申し上げたのだろうか。
東の対の西の廂は上達部の座で、北を上座にして二列に並び、南の廂の殿上人の座は西を上座とする。白い綾の御屏風を母屋の御簾に添えて、外向きに立て並べてある。
五日目の夜は殿(道長)の御産養で、十五夜の月が曇りなく美しいところに、池の水際近くにかがり火を木の下にともして、屯食をいくつも並べ立てる。
身分の低い者たちがしゃべり歩くようすまで、晴れがましげに得意顔である。主殿寮の役人が立ち並ぶようすも怠りなく、昼のように明るいので、
あちらこちらの岩陰や木の下ごとに群れ集まっている上達部の随身などのような者までが、めいめい語り合っているらしいことは、
このような世の光(若宮)がお生まれになったことを、陰ながら早くと思っていたのが(かなった)と言わんばかりの顔つきである。わけもなく笑みを浮かべ、心地よさそうである。
まして殿のお邸の人々は、数にも入らないような五位の者たちまで、どこということもなく腰をかがめて行き交い、忙しそうにしてうまく時世に逢った顔つきである。
中宮さまのお食事を差し上げるというので、女房八人が同じ白一色の装いで、髪を上げ、白い元結をして、白い御盤を持って次々と参上する。
今宵のお給仕役は宮の内侍で、たいそう堂々として華やかな姿に、元結がよく映えた髪の下がり端がいつもより申し分ないさまで、扇からはずれて見える横顔などは、たいそうきれいでございました。
髪を上げた女房は、源式部、小左衛門、小兵衛、大輔、大馬、小馬、小兵衛、小木工で、容貌の美しい若い人ばかりで、向かい合って並んで座っていたのは、たいそう見ごたえがありました。
ふだんはお食事を差し上げるときに髪を上げることになっているが、このような晴れの折だからと、しかるべき人々を選びなさったのを、「情けない。ひどい」と嘆いて泣いたりするのを、縁起でもないほどに見ました。
御帳台の東面の二間ばかりに、三十人余りが居並んでいた人々のようすこそは見ものだった。
次のお食事は采女たちが差し上げる。戸口のほうに、御湯殿の仕切りの御屏風に重ねて、また南向きに屏風を立て、白い御厨子一対に(料理を)据えて差し上げた。
夜が更けるにつれて月が隈なく照らす中、采女、水取り、御髪上げの女官、主殿司、掃司の女官など、顔も知らない者たちがいる。
御門司などの者だろうか、粗末な装束に化粧をして、髪を乱したような簪をおおげさに挿して、寝殿の東の廊や渡殿の戸口まですきまもなく押しかけて座っているので、人も通り抜けられない。
お食事を差し上げ終わって、女房たちは御簾のもとに出て座っている。灯火の光にきらきらと見わたされる中でも、大式部のおもとの裳と唐衣に、小塩山の小松原を刺繍したさまはたいそう趣がある。大式部は陸奥守の妻で、殿の宣旨である。
大輔の命婦は唐衣には手を加えず、裳に銀泥で鮮やかに大海の模様を摺り出しているのが、目立ちはしないものの感じがよい。
弁の内侍の裳に銀の洲浜を作り、鶴を立てた趣向はめずらしい。刺繍も松の枝で鶴と長寿を競わせていて、工夫が気がきいている。
少将のおもとの、これらには劣っている銀箔の飾りを、人々がつつきあって笑う。少将のおもとというのは、信濃の守佐光の妹で、殿に古くから仕える人である。
その夜の御前のようすを、たいそう人に見せたかったので、夜居の僧が控えている御屏風を押し開けて、「この世ではこんなにすばらしいことは二度とご覧になれますまい」と言いましたところ、
「ああ、ありがたい、ありがたい」と、本尊はそっちのけにして、手をすり合わせて喜んでおりました。
上達部たちは座を立って、御階の上に参上なさる。殿をはじめとして攤をお打ちになるが、賭け物の紙の取り合いがたいそう見苦しい。
歌が詠まれた。女房たちは、盃が回ってきたときにどう詠めばよいかなどと、口々に試みる。
「めずらしい光(若宮)が加わった盃は、望月のように欠けることなく、人々の手から手へと千代まで巡ってゆくでしょう」。
四条大納言(公任)に盃を差し出すときには、歌はもちろん、声の調子もうまく詠みあげなければなどと、ささやき合っていると、行事が多くて夜もたいそう更けたからだろうか、特に女房を指名して盃を回すこともなく、退出なさった。
禄は、上達部には女装束に、御衣や御むつきが添えられていたのだろう。殿上人の四位には袷一襲、六位には袴一具が見えた。
意訳
産養は誕生後の三・五・七・九日の夜に開かれる祝宴で、日ごとに主催者が替わる。三日目は中宮職が担当した。
作者は「詳しくは見ず」とことわる。自分が実際に見たものと見ていないものを区別して書くのが、この日記の特色である。
贈り物は白一色だが、作り方には担当者それぞれの工夫が見える。白の中の差異を見分ける目が細やかである。
雑事を引き受けた人物の名も推測で書き添える。
公卿・殿上人の座席の配置を記録する。儀式の記録としての性格がよく表れる。
五日目は道長主催の産養。十五夜の満月とかがり火が、池の水面を照らし出す。
身分の低い者たちまでが得意げに歩きまわっている。邸全体が喜びに包まれている様子を、作者は下々の姿から描く。
随身たちも岩陰や木の下に群れて、語り合っている。
彼らは、若宮の誕生を待ち望んでいたのがかなったと言わんばかりの顔をしている。若宮を「世の中の光」と呼ぶ。
道長家に仕える取るに足らない五位の者たちまでが、時めく主家の喜びに浮き立っている。「時に逢ひがほ」には、かすかな皮肉もまじる。
白装束の女房八人が髪を上げて御膳を運ぶ。晴れの儀式の給仕である。
給仕役の宮の内侍の美しさを、髪や横顔に焦点を当てて描く。
選ばれた八人の女房の名を挙げる。容姿の美しい若い女房ばかりだった。
ところが選ばれた女房の中には、人目にさらされるのを嫌がって泣く者もいた。晴れの役も、女房にとっては必ずしも名誉ではなかったのである。
三十人余りの女房が並んだ光景は壮観だった。
采女たちが次の膳を運ぶ。
月明かりの中、ふだん見かけない下級の女官たちが大勢集まっている。
下級の女官たちの装いは粗末で、簪だけがおおげさである。作者の描写には、身分の低い者への少し冷ややかな目がある。
女房たちの装いの品評が始まる。大式部のおもとは小塩山の小松原を刺繍していた。
大輔の命婦は唐衣はそのままで、裳に銀泥で大海の模様を描いた。控えめだが感じがよいと評価する。
弁の内侍は洲浜と鶴、松の枝の刺繍で長寿を祝う趣向。気がきいていると評する。
少将のおもとの銀箔は見劣りがして、人々につつかれ笑われる。作者は少将のおもとの素性も書き添える。
この盛儀を人に見せたくて、作者は夜居の僧に屏風を開けて見せる。
僧は本尊そっちのけで手をすり合わせて喜ぶ。ほほえましい場面である。
公卿たちは攤(さいころ遊び)に興じるが、賭けの紙の取り合いは見苦しい。
盃が回ってきたときのための歌を、女房たちが準備する。
作者の歌は「望月(満月)」と「持ちながら」を掛け、十五夜の満月に若宮の誕生を重ねて祝う。
歌の名手として名高い公任に盃を差すときのことまで気にして、女房たちはささやき合う。しかし公任は盃を受けずに退出してしまい、歌は詠まれずに終わった。
最後に、身分ごとの禄を記録して場面を閉じる。
語釈・文法注
- 御うぶやしなひ
- 御産養。子の誕生後、三日・五日・七日・九日の夜に開く祝宴。親族や関係者が衣服・食物・調度などを贈った。
- 攤
- 攤(だ)。さいころを振って勝負を争う遊び。紙などを賭け物にした。
- 四條大納言
- 藤原公任(966〜1041)。和歌・漢詩・管絃にすぐれ、当代随一の文化人とされた。このときは中納言で、「大納言」は後の官職による呼び名。
文法
- 「元結ばにえしたる」
- 底本のまま。「元結ばえ(元結映え)」の誤植と思われ、元結がよく映えた、と解した。
- 「をりたて」「したづくゑ」
- 「をりたて」は折立(衣箱の中の仕切り)、「したづくゑ」は下机(品物を載せる台)。
- 「どしき」
- 屯食(とんじき)。強飯を卵形に握り固めたもの。祝宴で下仕えの者たちにふるまった。
- 「を鹽山の小松原」
- 「小塩山」は京都の西、大原野にある山。大原野神社は藤原氏の氏神。
- 「もちながらこそ」
- 「もち」に「望(もち)」と「持ち」を掛ける。
- 「こわづかひよういひのべし」
- 「よう」は「よく」の音便。声の出し方もうまく詠みあげなければ、の意。
和歌
めづらしき光さしそふさかづきはもちながらこそ千代もめぐらめ
- 詠者
- 紫式部
- 状況
- 五日の産養の夜、盃が回ってきたときのために用意した歌。公任が盃を受けずに退出したので、詠みあげられずに終わった。
修辞
- 掛詞
- 「もち」に「望月(満月)」と「持ち」を掛ける。
- 縁語
- 「光」「さし」「もち」「めぐら」と、月にちなむ語を重ねる。
- 見立て
- 若宮を、満月の盃に加わった新しい光にたとえる。
解説
産養は誕生後の奇数日の夜に開かれる祝宴で、三日は中宮職、五日は道長、七日は朝廷、九日は東宮権大夫頼通が主催した。この章は三日と五日の産養を描く。とくに五日の夜は十五夜にあたり、満月とかがり火のもとで繰り広げられた祝宴の光景が印象的に描かれている。
作者は女房たちの装束を一人ずつ品評し、身分の低い者たちの浮かれたようすまで観察している。晴れの給仕役に選ばれて泣く女房の話は、人前に出ることを嫌う作者自身の気持ちとも通じている。
「めづらしき光」の歌は、のちに『後拾遺和歌集』にも採られた。宮廷の宴で、盃が回ってきたときに即座に歌を詠むことは女房の大切な教養であり、名手の公任の前で詠む緊張がよく伝わる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(紫式部日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、377–380頁(コマ200–202)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日