紫式部日記 第3章
男御子誕生の喜び
物の怪の激しい抵抗の末、午の刻に生まれたのは男御子だった。邸じゅうが喜びに沸き、帝からは御佩刀が届く。臍の緒・乳付けの役が定まり、白一色の御湯殿の儀が、読書始めや弦打ちとともに盛大に行われる。女房たちの装いも書きとめる。
- 1今今いまとととせせせさせさせさせ給給たまふふう程程ほど御御おおんものものものゝゝのけけけのののねたみねたみねたみのゝしるのゝしるののしる聲聲こえなどなどなどのののむくつけさむくつけさむくつけさよよよ、、、
- 2げんげんげんののの藏藏くら人人うどにににははは心心しん譽譽よ阿阿あざざざ梨梨り、、、兵兵ひょう衞衞えののの藏藏くら人人うどにににはははそうそそうそそうそととといふいふいう人人ひと、、、右右う近近こんののの藏藏くら人人うどにににははは法法ほう住住じゅう寺寺じのののりしりしりし、、、宮宮みやののの內內ない侍侍しののの局局つぼねにににはははちそうちそうちそう阿阿あさささ梨梨りをををあづけあづけあずけたれたれたればばば、、、
- 3ものゝけものゝけもののけにににひきひきひきたふさたふさたおされれれててていといといといとほしかりいとほしかりいとおしかりけれけれければばば、、、ねんかくねんかくねんかく阿阿あざざざ梨梨りををを召召めししし加加くわへへえてててぞぞぞのゝしるのゝしるののしる。。。阿阿あざざざ梨梨りのののけんけんけんのののうすきうすきうすきにににあらあらあらずずず、、、御御おおん物物もののののけけけのののいみじういみじういみじゅうこはきこはきこわきなりなりなりけりけりけり。。。
- 4宰宰さい相相しょうののの君君きみ、、、をぎをぎおぎ人人びとにににゑいかうゑいかうえいこうをををそへそへそえたるたるたるににに、、、夜夜よ一一ひと夜夜よのゝしりのゝしりののしり明明あかしししててて聲聲こえもももかれかれかれにににけりけりけり。。。御御おおんものゝけものゝけもののけうつれうつれうつれととと召召めしししいでいでいでたるたるたる人人ひと々々びとももも、、、皆皆みなうつらうつらうつらでででさわがれさわがれさわがれけりけりけり。。。
- 5午午うまのののときときときににに空空そら晴晴はれれれててて、、、朝朝あさ日日ひさしさしさしいでいでいでたるたるたる心心ここちちちすすす。。。たひらかたひらかたいらかにににおはしますおはしますおわします嬉嬉うれしさしさしさのののたぐひたぐひたぐいもももなきなきなきににに、、、男男おとこにににさへさへさへおはしましおはしましおわしましけるけるけるよろこびよろこびよろこびいかゞいかゞいかがはははなのめなのめなのめならならならむむん。。。
- 6昨日昨日きのうしをれしをれしおれくらしくらしくらし、、、今朝今朝けさのののほどほどほど朝朝あさ霧霧ぎりにににおぼゝれおぼゝれおぼおれつるつるつる女房女房にょうぼうなどなどなど、、、皆皆みなたちたちたちあかれあかれあかれつゝつゝつつやすむやすむやすむ御御おまへまへまえにににはははうちうちうちねびねびねびたるたるたる人人ひと々々びとののの、、、かゝるかゝるかかる折節折節おりふしつきづきしきつきづきしきつきづきしきさぶらふさぶらふさぶらう。。。
- 7殿殿とのもももうへうへうえもももあなたあなたあなたににに渡渡わたらららせせせたまうたまうたもうててて、、、月月つきごろごろごろみずみずみず法法ほう讀讀ど經經きょうにににさぶらひさぶらひさぶらい、、、昨日昨日きのう今日今日きょうめしめしめしにてにてにてまゐりまゐりまいり集集つどひひいつるつるつる僧僧そうののの布布ふ施施せたまひたまひたまい、、、
- 8くすしくすしくすし陰陰おん陽陽よう師師じなどなどなど、、、道道みち々々みちのののしるししるししるしあらはれあらはれあらわれたるたるたる、、、祿祿ろくたまはせたまはせたまわせ、、、うちうちうちにににははは御御おおん湯湯ゆののの儀儀ぎ式式しきなどなどなどかねてかねてかねてまうけまうけもうけさせさせさせ給給たまふふうべしべしべし。。。
- 9人人ひとののの局局つぼね々々つぼねにににははは、、、おほきやかおほきやかおおきやかなるなるなる袋袋ふくろ包包づつみどもどもどももてもてもてちかひちかひちかい、、、唐唐からぎぬぎぬぎぬぬひぬひぬい物物もののののももも、、、ひきひきひきむすびむすびむすび、、、螺螺ら鈿鈿でんぬひぬひぬい物物ものけしからけしからけしからぬぬぬまでまでまでしししてててひきひきひきかくしかくしかくし、、、「「「扇扇おうぎもてもてもてこここぬぬぬかなかなかな」」」などなどなどいひいひいいかはしかはしかわしつゝつゝつつ、、、けさうじけさうじけそうじつくろふつくろふつくろう。。。
- 10例例れいののの渡渡わた殿殿どのよりよりより見見みやれやれやればばば、、、妻妻つま戶戶どののの前前まえににに、、、宮宮みやののの大大だい夫夫ぶ春春とう宮宮ぐうののの大大だい夫夫ぶなどなどなど、、、さらさらさらぬぬぬ上達部上達部かんだちめももも侍侍さぶらひひいたまふたまふたまう。。。
- 11殿殿とのいでいでいでさせさせさせ給給たまひひいててて、、、日日ひ頃頃ごろうづもれうづもれうずもれつるつるつる遣遣やり水水みずつくろはつくろはつくろわせせせ給給たまひひい、、、人人ひと々々びとののの御御みけしきけしきけしきどもどもども心心ここちちちよげよげよげなりなりなり。。。
- 12心心こころののの中中うちににに思思おもふふうことことことあらあらあらむむん人人ひともももたゞたゞただ今今いまはははまぎれまぎれまぎれぬぬぬべきべきべき世世よのののけはひけはひけわいなるなるなるうちうちうちにににももも、、、宮宮みやののの大大だい夫夫ぶことさらことさらことさらにににもももゑみゑみえみほこりほこりほこり給給たまははわねねねどどど、、、人人ひとよりよりよりまさるまさるまさる嬉嬉うれしさしさしさののの、、、おのづからおのづからおのずから色色いろににに出出いづるづるずるぞぞぞことわりことわりことわりなるなるなる。。。
- 13右右みぎののの宰宰さい相相しょう中中ちゅう將將じょうははは、、、權權ごん中中ちゅう納納な言言ごんとととたはぶれたはぶれたわぶれしししててて、、、對對たいののの簀簀す子子のこににに居居いたまへたまへたまえりりり。。。
- 14內內うちよりよりより御御みもてもてもてまゐれまゐれまいれりりり。。。頭頭とうののの中將中將ちゅうじょう賴賴より定定さだ、、、今日今日きょう伊伊い勢勢せのののみてぐらみてぐらみてぐらつかひつかひつかいかへるかへるかえるほどほどほど、、、のぼるのぼるのぼるまじけれまじけれまじければばば、、、たちたちたちながらながらながらぞぞぞたひらかたひらかたいらかにににおはしますおはしますおわします御御おおん有樣有樣ありさま奏奏そうせせせさせさせさせ給給たまふふう。。。祿祿ろくなどなどなどもももたまひたまひたまいけるけるける。。。そのそのそのことことことははは見見みずずず。。。
- 15御御おおんほそほそほぞのののををおははは殿殿とののののうへうへうえ、、、御御おおんははは橘橘たちばなののの三三さん位位みつなつなつな子子こ、、、御御おおんめのとめのとめのともとよりもとよりもとよりさぶらひさぶらひさぶらいむつましうむつましうむつましゅう心心こころよいよいよいかたかたかたとてとてとて、、、大大おお左左さ衞衞え門門もんのののおもとおもとおもと仕仕つこうううまつるまつるまつる。。。備備びっ中中ちゅう守守のかみ宗宗むね時時ときののの朝朝あ臣臣そんのののむすめむすめむすめ、、、藏藏くら人人うどののの辨辨べんのののめのとめのとめのと。。。
- 16御御おおん湯湯ゆ殿殿どのははは酉酉とりのののときときときとととかかか、、、火火ひともしともしともしててて、、、宮宮みやののの下下しも部部べ、、、綠綠みどりのののきぬきぬきぬのののうへうへうえににに白白しろきききたうじきたうじきとうじき着着きててて御御おおん湯湯ゆまゐるまゐるまいる。。。そのそのその桶桶おけすゑすゑすえたるたるたる臺臺だいなどなどなど皆皆みな白白しろきききおほひおほひおおいしししたりたりたり。。。尾尾お張張はりののの守守かみ近近ちか光光みつ、、、宮宮みやのののさぶらひさぶらひさぶらいのののをさをさおさなるなるなる仲仲なか信信のぶ來來きてててみすみすみすのののもともともとにににまゐるまゐるまいる。。。
- 17みづしみづしみずし二二ふたつつつ、、、きよいこきよいこきよいこののの命命みょう婦婦ぶ、、、播播はり磨磨ま、、、とりとりとりつぎつぎつぎてててうめうめうめつゝつゝつつ、、、女房女房にょうぼう二二ふた人人り、、、おほもくおほもくおおもく、、、うまうまうま汲汲くみみみわたしわたしわたしててて、、、御御おおんほときほときほとき十六十六じゅうろくにににあまれあまれあまればばばわるわるわる。。。
- 18うすものうすものうすものゝゝの上上うわ着着ぎ、、、かとりかとりかとりののの裳裳も、、、からからからぎぬぎぬぎぬ、、、さいしさいしさいしさしさしさしててて、、、白白しろききき元元もとゆひゆひゆいしししたりたりたり。。。かしらかしらかしらつきつきつきはえはえはえてててをかしくをかしくおかしく見見みゆゆゆ。。。
- 19御御おおん湯湯ゆ殿殿どのははは宰宰さい相相しょうののの君君きみ、、、御御おおん迎迎むかへへえ湯湯ゆ大大だい納納な言言ごんののの君君きみ湯湯ゆ卷卷まきすかたすかたすがたどもどもどもののの例例れいならならならずずずさまさまさまことことことにににをかしげをかしげおかしげなりなりなり。。。
- 20宮宮みやははは殿殿とのいだきいだきいだき奉奉たてまつりりり給給たまひひいててて、、、御御みはかしはかしはかし小小こ少少しょう將將しょうののの君君きみ、、、虎虎とらののの宮宮みやののの內內ない侍侍しとりとりとりててて御御おおんさきさきさきにににまゐるまゐるまいる。。。
- 21からからからぎぬぎぬぎぬははは松松まつののの實實みののの紋紋もん、、、裳裳もはははかいぶかいぶかいぶをををおりおりおりててて、、、大大おお海海うみのののすりめすりめすりめにににかたどれかたどれかたどれりりり。。。腰腰こしはははうすものうすものうすもの、、、からからから草草くさをををぬひぬひぬいたりたりたり。。。
- 22少少しょう將將しょうののの君君きみははは秋秋あきののの草草くさ村村むら蝶蝶ちょう鳥鳥とりなどなどなどをををしろがねしろがねしろがねしししててて作作つくりりりかゞやかしかゞやかしかがやかしたりたりたり。。。織織おり物物ものはははかぎりかぎりかぎりありありありててて、、、人人ひとののの心心こころにににしくしくしくべいべいべいやうやうようなけれなけれなければばば、、、腰腰こしばかりばかりばかりををを例例れいにににたがへたがへたがえるるるなななめりめりめり。。。
- 23殿殿とのののの公公きん達達だち二二ふたところところところ、、、源源げん少少しょう將將しょう雅雅まさ通通みちなどなどなど、、、うちまきうちまきうちまきをををなげなげなげのゝしりのゝしりののしり、、、われわれわれたかうたかうたこううちうちうちならさならさならさむむんととと爭爭あらそひひいさわぐさわぐさわぐ。。。へんちじへんちじへんちじののの僧僧そう都都ず護護ご身身しんににに侍侍さぶらひひいたまふたまふたまう。。。頭頭かしらにににももも目目めにににもももあたるあたるあたるべけれべけれべければばば、、、扇扇おうぎをををさゝげさゝげささげててて若若わかききき人人ひとにににわらはわらはわらわるるる。。。
- 24文文ふみよむよむよむ、、、藏藏くら人人うどののの辨辨べん廣廣ひろ業業なり高高こう欄欄らんのののもともともとにににたちたちたちててて史史し記記きののの一一いちくわんくわんかんををを讀讀よむむむ。。。つるつるつる廿人廿人にじゅうにん、、、五五ご位位い十人十人じゅうにん、、、六六ろく位位い十人十人じゅうにん、、、二二ふたなみなみなみににに立立たちちちわたれわたれわたれりりり。。。
- 25よさりよさりよさりののの御御おおん湯湯ゆ殿殿どのとてとてとてももも、、、さまさまさまばかりばかりばかりしきりしきりしきりてててまゐるまゐるまいる。。。ぎしきぎしきぎしきおなじおなじおなじ。。。御御おおん文文ふみののの博士博士はかせばかりばかりばかりやややかはりかはりかわりけむけむけん。。。伊伊い勢勢せ守守のかみ致致むね時時ときののの博士博士はかせとととかかか、、、例例れいののの孝孝こう經經きょうなるなるなるべしべしべし。。。またまたまた擧擧たか周周ちかははは史史し記記きののの文文ぶん帝帝ていののの卷卷まきをををぞぞぞ讀讀よむむむなるなるなるべしべしべし。。。
- 26七日七日なぬかのののほどほどほどかはるがはるかはるがはるかわるがわる萬萬よろずののの物物もののののくもりくもりくもりなくなくなくしろきしろきしろきおおおまへまへまえににに人人ひとのののやうだいやうだいようだい色色いろあひあひあいなどなどなどさへさへさへけちえんけちえんけちえんにににあらはれあらはれあらわれたるたるたるををを見見みわたすわたすわたすににによきよきよき墨墨すみ繪繪えににに髪髪かみどもどもどもをををおほしおほしおおしたるたるたるやうやうようににに見見みゆゆゆ。。。いとゞいとゞいとどものものものはしたなくはしたなくはしたなくてててかゞやかしきかゞやかしきかがやかしき心心ここちちちすれすれすればばば、、、晝晝ひるはははをさをさをさをさおさおささしさしさしいでいでいでずずず。。。
- 27のどやかのどやかのどやかにてにてにて、、、ひんがしひんがしひんがしののの對對たいののの局局つぼねよりよりよりまうまうもうのぼるのぼるのぼる人人ひと々々びとををを見見みれれればばば、、、色色いろゆるさゆるさゆるされれれははは織織おり物物もののののからからからぎぬぎぬぎぬ、、、おなじおなじおなじ袿袿うちきどもどもどもなれなれなればばば、、、なかなかなかなかなかなかうるはしくうるはしくうるわしくててて、、、こゝろごゝろこゝろごゝろこころごころももも見見みえええずずず。。。
- 28ゆるさゆるさゆるされれれぬぬぬ人人ひとももも少少すこしししおとなびおとなびおとなびたるたるたるははは、、、かたはらかたはらかたわらいたかるいたかるいたかるべきべきべきことことことはははせせせででで、、、たゞたゞただえええならならならぬぬぬ三三み重重え五五いつ重重えののの袿袿うちきににに、、、うはぎうはぎうわぎははは織織おり物物もの、、、無無む紋紋もんのののからからからぎぬぎぬぎぬすくよかすくよかすくよかにににしししててて、、、かさねかさねかさねにににはははあやあやあやうすものうすものうすものをををしししたるたるたる人人ひともももありありあり。。。
- 29扇扇おうぎなどなどなど、、、みるみるみるにににはははおどろおどろしくおどろおどろしくおどろおどろしくかゞやかさかゞやかさかがやかさででで、、、よしよしよしなからなからなからぬぬぬさまさまさまにににしししたりたりたり。。。心心こころばへばへばえあるあるある本本ほん文文もんうちうちうちかきかきかきなどなどなどしししててて、、、いひいひいいあはせあはせあわせたるたるたるやうやうようなるなるなるももも、、、心心こころ々々ごころととと思思おもひひいしかしかしかどもどもども、、、齡齡よわいののの程程ほどおなじおなじおなじまちまちまちのののはははをかしをかしおかしととと見見みかはしかはしかわしたりたりたり。。。人人ひとののの心心こころののの思思おもひひいおくれおくれおくれぬぬぬけしきけしきけしきぞぞぞあらはあらはあらわににに見見みえええけるけるける。。。
- 30裳裳もからからからぎぬぎぬぎぬのののぬひぬひぬいものものものをををばばばさるさるさることことことにてにてにて、、、袖袖そで口口ぐちににに置置おき口口ぐちをををししし。。。裳裳もののの縫縫ぬい目目めにににしろがねしろがねしろがねののの糸糸いとをををふせふせふせてててくみくみくみのののやうやうようにににししし、、、箔箔はくををを飾飾かざりりりてててあやあやあやののの紋紋もんにににすゑすゑすえ、、、
- 31扇扇おうぎどもどもどものののさまさまさまなどなどなどははは、、、たゞたゞただ雪雪ゆきふかきふかきふかき山山やまををを月月つきのののあかきあかきあかきににに見見み渡渡わたしししたるたるたる心心ここちちちしししつゝつゝつつ、、、きらきらきらきらきらきらとととそこそこそこはかはかはかととと見見みわたさわたさわたされれれずずず。。。鏡鏡かがみをををかけかけかけたるたるたるやうやうようなりなりなり。。。
現代語訳
いよいよご出産というときに、御物の怪がくやしがってわめきたてる声などの気味の悪さといったら。
源の蔵人には心誉阿闍梨、兵衛の蔵人にはそうそという人、右近の蔵人には法住寺の律師、宮の内侍の局にはちそう阿闍梨を(憑坐の)担当にあてたところ、
(ちそう阿闍梨が)物の怪に引き倒されて、たいそう気の毒なありさまだったので、念覚阿闍梨を召し加えて大声で祈る。阿闍梨の験力が弱いのではなく、御物の怪がひどく強いのだった。
宰相の君の招き人(憑坐)には叡効をつけたが、一晩じゅう大声で祈り明かして、声もかれてしまった。御物の怪よ移れと召し出した人々も、みな移らずに騒がれた。
午の刻に、空が晴れて朝日がさし出たような気持ちがする。ご無事でいらっしゃるうれしさはたとえようもないのに、そのうえ男御子でいらっしゃった喜びは、どうしてひととおりのものであろうか。
昨日はしおれて過ごし、今朝のうちは秋の朝霧に包まれたように泣きぬれていた女房たちも、みなそれぞれ下がって休む。御前には年配の女房たちで、こういう折にふさわしい人々がお仕えする。
殿も北の方もあちらにお移りになって、この数か月、御修法や読経に仕えた僧や、昨日今日召されて参り集まった僧に布施をお与えになり、
医師や陰陽師など、それぞれの道で効験のあった者に禄をお与えになり、内々では御湯殿の儀式などを前もって準備させていらっしゃるのだろう。
女房たちの局では、大きな袋や包みを運びこんだり持ち出したりし、唐衣の縫い物や裳の飾りを結び、螺鈿や縫い物を度を越すほどにほどこして隠し、「扇を持って来ないわね」などと言い交わしながら、化粧をして身づくろいをする。
いつもの渡殿から見やると、妻戸の前に、中宮の大夫、東宮の大夫など、そのほかの上達部もお控えになっている。
殿がお出ましになって、この数日土砂に埋もれていた遣水の手入れをおさせになり、人々のご様子はみな心地よさそうである。
心の中に悩みのある人も、今ばかりはまぎれてしまいそうな邸の気配である中でも、中宮の大夫(斉信)は、ことさらに笑みをたたえて得意げになさるわけではないが、人にまさるうれしさが、自然と顔色に出るのはもっともなことである。
右の宰相中将(兼隆)は、権中納言(隆家)とふざけあって、対の簀子に座っていらっしゃる。
内裏から御佩刀を持って参上した。頭の中将頼定は、今日伊勢への奉幣使が帰る日で、(御産の穢れのため)殿上に上がれないので、立ったまま、中宮がご無事でいらっしゃるご様子を(帝に)奏上させなさる。禄なども賜ったという。そのことは見ていない。
御臍の緒(を切る役)は殿の北の方、御乳付けは橘の三位徳子、御乳母はもとからお仕えしていて親しみやすく気立てのよい者として、大左衛門のおもとがお仕え申し上げる。備中守宗時の朝臣の娘で、蔵人の弁の妻である。
御湯殿の儀は酉の刻とか、灯をともして、中宮職の下部が緑の衣の上に白い当色を着て御湯を運ぶ。その桶を据えた台などは、みな白い覆いをしてある。尾張の守近光と、中宮の侍の長である仲信が来て、御簾のもとに参る。
御水を入れた厨子二つを、清子の命婦と播磨とが取り次いで湯をうめ、女房二人、大木工と馬とが汲みわたして、御瓮十六に余れば(湯を)捨てる。
(女房たちは)薄物の表着、固織の裳、唐衣を着て、釵子を挿し、白い元結をしている。頭のかっこうが引き立って趣深く見える。
御湯殿の役は宰相の君、御迎え湯は大納言の君で、湯巻姿がいつもと違ってめずらしく趣がある。
若宮は殿がお抱き申し上げなさって、御佩刀を小少将の君が、虎の頭を宮の内侍が持って、御先に立って参る。
(宮の内侍の)唐衣は松毬の紋、裳は海賦を織りだして、大海の摺り模様に似せている。裳の腰は薄物に唐草を縫いとってある。
小少将の君は(裳の腰に)秋の草むら、蝶や鳥などを銀で作って輝かせている。織物は身分によって制限があって、心のままに着るわけにいかないので、腰だけをいつもと変えたのだろう。
殿のご子息がた二人や源少将雅通などが、散米を大声をあげて投げ、自分こそ高く鳴らそうと争って騒ぐ。浄土寺の僧都が護身の役でお控えになっている。(散米が)頭にも目にも当たりそうなので、扇をかざして(防ぐので)若い女房たちに笑われる。
漢籍を読む博士として、蔵人の弁広業が高欄のもとに立って『史記』の一巻を読む。弦打ちは二十人、五位が十人、六位が十人で、二列に並んで立っている。
夜の御湯殿も、形式どおりにくり返して行う。儀式は同じである。読書の博士だけが代わったのだろうか。伊勢守致時の博士とか、例によって『孝経』だったのだろう。また挙周は『史記』の文帝の巻を読んだようだ。
七日のあいだ、交互に(儀式が続き)、あらゆる物が曇りなく白い御前で、人の姿かたちや顔色までがくっきりと見えるのを見わたすと、よく描いた墨絵に髪をたくさん描き加えたように見える。いっそう気後れしてまぶしい心地がするので、昼はめったに人前に出ない。
のんびりと、東の対の局から参上する人々を見ると、禁色を許された女房は織物の唐衣、同じ(白の)袿ばかりなので、かえってきちんとしていて、それぞれの趣向も見えない。
禁色を許されていない女房も、少し年配の人は、見苦しいようなことはしないで、ただ見事な三重・五重の袿に、表着は織物、無紋の唐衣をすっきりと着て、襲には綾や薄物を用いている人もいる。
扇なども、見た目にぎょうぎょうしく輝かせはせず、由緒ありげなさまにしている。趣のある漢詩文の一節を書きつけたりして、示し合わせたように見えるのも、それぞれの好みと思ったけれど、年ごろが同じくらいの人どうしは、それを趣深いと見交わしていた。人々の心が、互いに負けまいとしている様子がはっきり見えた。
裳や唐衣の縫い物はいうまでもなく、袖口に置口をつけ、裳の縫い目に銀の糸を伏せて組紐のようにし、箔を飾って綾の紋のようにすえ、
扇などのさまは、まるで雪深い山を明るい月の光のもとで見わたしたような心地がして、きらきらとして、どこがどうとも見分けられない。鏡を掛けたようである。
意訳
出産の瞬間を、物の怪の側から語りなおす。くやしがる物の怪の声の不気味さが、出産の激しさを伝える。
物の怪を移すための憑坐(よりまし)は女房たちがつとめ、それぞれに担当の阿闍梨がついた。
物の怪の力が強く、ちそう阿闍梨は引き倒されてしまい、念覚阿闍梨が助けに加わった。作者は、僧の力が弱いのではなく物の怪が強いのだと言う。
一晩じゅう祈り続けて声もかれた。それでも物の怪はなかなか憑坐に移らなかった。
昼ごろ、晴れ晴れとした気持ちになる。無事の出産に加えて男子であったことが、道長家にとっては何よりの喜びだった。男子は将来の天皇になりうるからである。
泣き疲れた女房たちは休み、年配の女房が交代して中宮のそばに仕える。
道長夫妻は、祈祷に携わった僧たちに布施を配る。
医師や陰陽師にも褒美を与え、御湯殿の儀式の準備も進められる。
女房たちは次の儀式に向けて衣装の準備に追われる。豪華な装飾を「けしからぬまで」と書くところに、作者の少し冷めた目もうかがえる。
渡殿から見ると、公卿たちが妻戸の前に集まっている。
道長は庭に出て遣水の手入れをさせる。邸全体が晴れやかな気分に包まれている。
作者は、悩みのある人も今は忘れてしまいそうだと言う。そこには、自分自身の悩みが消えないことへの思いもにじんでいる。斉信の喜びは控えめだが、顔に表れていた。
兼隆と隆家がふざけ合う姿にも、くつろいだ雰囲気が見える。
一条天皇から、皇子誕生を祝う守り刀が届く。使いの頼定は伊勢奉幣使の帰りで、穢れを避けて殿上に上らず、立ったまま報告を受けた。
誕生直後の儀式の役が決まる。乳付けは最初に乳を含ませる役で、儀礼的なものである。
夕方、御湯殿の儀が始まる。湯を運ぶ下部も白い当色を着て、桶や台もすべて白で覆われている。
湯の温度を整え、多すぎる分は捨てるという、細かな手順まで書きとめる。記録としての性格がよく表れている。
湯殿に奉仕する女房たちの装い。釵子と白い元結で髪を整えた姿が引き立つ。
湯を使わせる役は宰相の君、受け取る役は大納言の君。湯巻をつけた姿がめずらしい。
道長が若宮を抱き、守り刀と虎の頭を持った女房が先導する。虎の頭は魔よけのために湯に映した。
宮の内侍の装束を、紋様まで詳しく書く。
小少将の君は、許された範囲で腰の飾りに工夫をこらしている。身分による衣装の制限の中での工夫を、作者はよく見ている。
散米をまく若い公達が、高い音を立てようと競い合う。護身の僧が散米をよけるのを、若い女房たちが笑う。にぎやかな場面である。
読書始めの儀では、博士が『史記』を読み、弦打ちの人々が弓の弦を鳴らして魔を払う。
夜の御湯殿も同じように行われ、博士は交代した。読まれる書名まで書きとめる。
白一色の産所では、人の姿や顔色がくっきり見える。作者はそれを墨絵にたとえ、目立つのがいやで昼は人前に出ないと言う。目立つことを避けようとする作者の性格がうかがえる。
禁色を許された女房たちは皆同じ白の装いなので、かえって個性が見えない。
許されていない女房たちも、上品な工夫をこらしている。
扇の趣向に、互いに負けまいとする女房たちの心が見えるという。作者の人間観察は鋭い。
銀や箔を用いた装飾が、白一色の中で光を放つ。
雪の山を月光で見るようにきらきらとして、まぶしくて見分けもつかない。白一色の世界の美しさを、雪と月と鏡のたとえで描く。
語釈・文法注
- 御湯殿
- 御湯殿の儀。誕生した皇子に初めて湯を使わせる儀式で、七日間、朝夕に行われた。
- 御はかし
- 御佩刀。皇子誕生のとき、天皇から守り刀として贈られる剣。
- 御ちつけ
- 御乳付け。誕生した子に初めて乳を含ませる役。儀礼的なもので、身分の高い女性がつとめた。
- 虎のかしら
- 虎の頭の作り物。御湯殿の儀で湯に影を映し、魔よけとした。
- 文よむ博士
- 読書始めの儀で、漢籍のめでたい一節を読みあげる学者。
- つるうち
- 弦打ち。弓の弦を鳴らして魔を払うこと。
- 色ゆるされたる
- 禁色を許された女房。赤・青などの特定の色や織物は、身分の高い者や許しを得た者しか着られなかった。
文法
- 「をぎ人にゑいかうをそへたる」
- 底本のまま。「をぎ人」は招き人(物の怪を招き移す憑坐)、「ゑいかう」は僧の叡効と解した。
- 「午のとき」
- 正午ごろ。若宮(敦成親王)はこの日、寛弘五年九月十一日の午の刻に誕生した。
- 「いかゞはなのめならむ」
- 「なのめなり」は、ひととおりだ、平凡だ。反語で、どうしてひととおりのものだろうか、いや格別だ。
- 「へんちじの僧都」
- 底本のまま。冒頭の「遍ち寺」と同じく、通行本文の「浄土寺の僧都」にあたる。
- 「しくべいやうなければ」
- 底本のまま。「しく」は及ぶ、思いのままにするの意と解した。
解説
敦成親王(のちの後一条天皇)は、寛弘五年九月十一日の正午ごろに誕生した。道長の娘彰子が一条天皇に入内して九年目の初めての皇子で、道長はこれによって天皇の外祖父となる道が開けた。日記にあふれる喜びは、道長家の権勢の確立を祝うものでもあった。
誕生後の儀式は、臍の緒を切る、乳付け、御湯殿、読書始め、弦打ちと続く。作者はその手順や役の担い手、装束の細部までを書きとめており、この部分は後世、宮廷儀礼の記録としても重んじられた。
一方で、白一色の中で目立つのを避けて昼は人前に出ないという記述や、女房たちの競い合う心を見抜く観察には、作者自身の内向的な性格がうかがえる。華やかな記録の中に、作者の目と心が見え隠れしている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(紫式部日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、374–377頁(コマ199–200)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日