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万葉集 巻第十六 3860〜3869番

王の 遣さなくに

作者未詳

神亀年間、対馬へ食糧を運ぶ船の楫取りを、年老いた宗像の津麻呂に代わって引き受けた志賀の海人荒雄が、肥前の美祢良久の崎から船出して嵐に遭い、海に沈んだのを、妻子が悲しんで詠んだ歌十首。命じられたわけでもないのに自ら進んで沖に出た荒雄、門に出て待っても帰らない、志賀の山の木は伐るな、荒雄の形見と見て偲ぼう、など。

志賀の浜で、妻子が沖を見つめて荒雄の帰りを待っている

題詞筑前國志賀の白水郎の歌十首

  1. 1王おほきみ王おほきみおおきみののの王之3860
  2. 2遣つかは遣つかはつかわさささなくなくなくににに不遣爾
  3. 3情さか情さかさかしらしらしらににに情進爾
  4. 4行ゆ行ゆゆきききししし荒雄あらを荒雄あらをあらおららら行之荒雄良
  5. 5沖おき沖おきおきににに袖そで袖そでそで振ふ振ふふるるる奧爾袖振
  6. 6荒雄あらを荒雄あらをあらおらららををを荒雄良乎3861
  7. 7來こ來ここむむむかかか來こ來ここじじじかかかととと將來可不來可等
  8. 8飯いひ飯いひいい盛も盛ももりりりててて飯盛而
  9. 9門かど門かどかどににに出い出いいででで立た立たたちちち門爾出立
  10. 10待ま待ままてててどどど來き來ききまさまさまさずずず雖待不來座
  11. 11志賀しか志賀しかしかののの山やま山やまやま志賀乃山3862
  12. 12いたくいたくいたくななな伐き伐ききりりりそそそ痛勿伐
  13. 13荒雄あらを荒雄あらをあらおらららががが荒雄良我
  14. 14所縁よすか所縁よすかよすかののの山やま山やまやまととと余須可乃山跡
  15. 15見み見みみつつつつつつ偲しぬ偲しぬしぬばばばむむん見管將偲
  16. 16荒雄あらを荒雄あらをあらおらららががが荒雄良我3863
  17. 17行ゆ行ゆゆきききにににししし日ひ日ひひよりよりより去爾之日從
  18. 18志賀しか志賀しかしかののの海人あま海人あまあまののの志賀乃安麻乃
  19. 19大おほ大おほおお浦うら浦うらうら田た田たた沼ぬ沼ぬぬははは大浦田沼者
  20. 20不樂さぶ不樂さぶさぶしくしくしくもももあるあるあるかかか不樂有哉
  21. 21官つかさ官つかさつかさこそこそこそ官許曾3864
  22. 22さしさしさしてててもももやらやらやらめめめ指弖毛遣米
  23. 23情さか情さかさか出しら出しらしらににに情出爾
  24. 24行ゆ行ゆゆきききししし荒雄あらを荒雄あらをあらおららら行之荒雄良
  25. 25波なみ波なみなみににに袖そで袖そでそで振ふ振ふふるるる波爾袖振
  26. 26荒雄あらを荒雄あらをあらおらららははは荒雄良者3865
  27. 27妻子めこ妻子めこめこののの產業なり產業なりなりをををばばば妻子之產業乎婆
  28. 28思おも思おもおもははわずずずろろろ不念呂
  29. 29年とし年としとしののの八や八やや歲とせ歲とせとせををを年之八歲乎
  30. 30待ま待ままてててどどど來き來ききまさまさまさずずず待騰來不座
  31. 31沖おき沖おきおきつつつ鳥とり鳥とりとり奧鳥3866
  32. 32鴨かも鴨かもかもとととふふふ船ふね船ふねふねののの鴨云船之
  33. 33還かへ還かへかえりりり來こ來ここばばば還來者
  34. 34也良やら也良やらやらののの埼さき埼さきさき守もり守もりもり也良乃埼守
  35. 35早はや早はやはやくくく告つ告つつげげげこそこそこそ早告許曾
  36. 36沖おき沖おきおきつつつ鳥とり鳥とりとり奧鳥3867
  37. 37鴨かも鴨かもかもとととふふふ船ふね船ふねふねははは鴨云舟者
  38. 38也良やら也良やらやらののの埼さき埼さきさき也良乃埼
  39. 39回た回たたみみみててて榜こ榜ここぎぎぎ來く來くくととと多未弖榜來跡
  40. 40聞きこ聞きこきこえええ來こ來ここぬぬぬかもかもかも所聞衣禮奴可聞
  41. 41沖おき沖おきおき行ゆ行ゆゆくくくややや奧去哉3868
  42. 42赤あか赤あかあか羅ら羅らら小を小をお船ぶね船ぶねぶねににに赤羅小船爾
  43. 43裹つと裹つとつと遣や遣ややらららばばば裹遣者
  44. 44若けだ若けだけだししし人ひと人ひとひと見み見みみててて若人見而
  45. 45解ひら解ひらひらききき披あ披ああけけけ見み見みみむむむかもかもかも解披見鴨
  46. 46大おほ大おほおお船ぶね船ぶねぶねににに大船爾3869
  47. 47小を小をお船ぶね船ぶねぶね引ひ引ひひききき副そ副そそへへえ小船引副
  48. 48潛かづ潛かづかずくくくともともとも可豆久登毛
  49. 49志賀しか志賀しかしかののの荒雄あらを荒雄あらをあらおににに志賀乃荒雄爾
  50. 50潛かづ潛かづかずききき遇あ遇ああははわめめめやもやもやも潛將相八方

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

〔3860〕大君がお遣わしになったわけでもないのに、自ら進んで出て行った荒雄が、沖で袖を振っている。

〔3861〕荒雄が帰って来るか来ないかと、飯を盛って門に出て立って待っているけれど、帰っていらっしゃらない。

〔3862〕志賀の山の木をひどく伐らないでおくれ。荒雄のゆかりの山として、見ながら偲ぼう。

〔3863〕荒雄が出て行った日から、志賀の海人の大浦田沼はさびしいことだ。

〔3864〕役所こそが指名して遣わしもしたろうが、自ら進んで出て行った荒雄が、波間で袖を振っている。

〔3865〕荒雄は妻子の暮らしのことは思わなかったのか。八年も待っているけれど、帰っていらっしゃらない。

〔3866〕(沖つ鳥)鴨という名の船が帰って来たら、也良の崎の番人よ、早く知らせてくれ。

〔3867〕(沖つ鳥)鴨という名の船は、也良の崎をめぐって漕いで来ると、聞こえて来ないものか。

〔3868〕沖を行く赤い小船に包みを託してやったならば、もしかしてあの人が見て、開いて見るだろうか。

〔3869〕大船に小船を引き添えて潜ってみても、志賀の荒雄に、潜って逢うことができようか。

意訳

神亀年間、大宰府の命で対馬へ食糧を運ぶ船の楫取りに指名された宗像の津麻呂が、老いて航海に堪えないため、志賀の海人荒雄に代わりを頼んだ。荒雄は引き受けて肥前の美祢良久の崎から船出したが、嵐に遭って海に沈んだ。残された妻子が荒雄を悲しんで詠んだ歌十首で、山上憶良の作とする説もある。

語釈・文法注

文法・本文

情進に
「さかしらに」。自ら進んで。
飯盛りて
「いひもりて」。陰膳を据えて。
所縁
「よすか」。ゆかり。
大浦田沼
「おほうらたぬ」。志賀島の地名。
產業
「なり」。生業、暮らし。
也良の埼
「やらのさき」。博多湾の能古島の崎。
埼守
「さきもり」。崎の番人。
裹
「つと」。包み、贈り物。

和歌

作者
作者未詳
出典
『万葉集』巻第十六・雑歌・3860〜3869番
歌体
短歌(五七五七七)
時期
作者未詳(時代を問わない)
状況
志賀の海人荒雄の妻子が、海で死んだ荒雄を悼んで詠んだ歌。山上憶良の作とする説がある。

修辞

反復
「荒雄ら」「沖つ鳥鴨とふ船」をくり返す。

解説

3860〜3869番は、筑前守山上憶良が荒雄の妻子の立場に立って詠んだとする説が有力である。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、598頁(コマ92)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、700頁(コマ114)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日