万葉集 巻第十三 3330〜3332番
隱口の 長谷の川の
泊瀬川で鵜を使って鮎を捕らせるように大切にしていた妻と遠く離れ、衣も玉の緒も継げばまた逢えるのに、二度と逢えないのは妻であったと嘆く長歌、泊瀬の忍坂の山の荒れるのを惜しむ歌、山や海は変わらないのに人ははかないと詠む歌の三首。
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題詞(挽歌)
- 1隱口隱口こもりくののの長谷長谷はつせののの川川かはののの隱來之 長谷之川之3330
- 2上上かみつつつ瀨瀨せににに鵜鵜うををを八八や頭頭つ潜潜かずけけけ上瀨爾 鵜矣八頭漬
- 3下下しもつつつ瀨瀨せににに鵜鵜うををを八八や頭頭つ潜潜かずけけけ下瀨爾 鵜矣八頭漬
- 4上上かみつつつ瀨瀨せののの年魚年魚あゆををを咋咋くははわしめしめしめ上瀨之 年魚矣令咋
- 5下下しもつつつ瀨瀨せののの鮎鮎あゆををを咋咋くははわしめしめしめ下瀨之 鮎矣令咋
- 6麗麗くわししし妹妹いもにににあゆあゆあゆををを惜惜おしみしみしみ麗妹爾 鮎遠惜
- 7投投なぐるぐるぐる箭箭さののの遠遠とお離離ざかりりり居居いててて投左乃 遠離居而
- 8思思おもふふうそらそらそら安安やすからからからなくなくなくににに思空 不安國
- 9嘆嘆なげくくくそらそらそら安安やすからからからなくなくなくににに嘆空 不安國
- 10衣衣きぬこそこそこそははは其其それれれ破破やれれれぬれぬれぬればばば衣社薄 其破者
- 11つぎつぎつぎつつつつつつももも又又またももも逢逢あふふうととと言言いへへえ繼乍物 又母相登言
- 12玉玉たまこそこそこそははは緒緒をののの絕絕たえええぬれぬれぬればばば玉社者 緒之絕薄
- 13括括くくりりりつつつつつつまたまたまたももも逢逢あふふうととと曰曰いへへえ八十一里喚雞 又物逢登曰
- 14またまたまたももも逢逢あははわぬぬぬものものものははは嬬嬬つまにににしししありありありけりけりけり又毛 不相物者 孋爾志有來
- 15隱口隱口こもりくののの長谷長谷はつせののの山山やま隱來之 長谷之山3331
- 16青青あお幡幡はたののの忍坂忍坂おさかののの山山やまははは青幡之 忍坂山者
- 17走走はしり出出でののの宜宜よろしきしきしき山山やまののの走出之 宜山之
- 18出出いで立立たちののの妙妙くわしきしきしき山山やまぞぞぞ出立之 妙山叙
- 19惜惜あたらしきしきしき山山やまののの荒荒あれれれまくまくまく惜惜をしもしもしも惜 山之 荒卷惜毛
- 20高高たか山山やまととと海海うみこそこそこそははは高山與 海社者3332
- 21山山やまながらながらながら斯斯かくくくももも現現うつしくしくしく山隨 如此毛現
- 22海海うみながらながらながら然然しかももも直直ただならならならめめめ海隨 然直有目
- 23人人ひとははは花花はな物物ものぞぞぞうつせみうつせみうつせみ世世よ人人ひとははは人者花物曾 空蟬 與人
現代語訳
〔3330〕(隱口の)泊瀬の川の上流の瀬に鵜をたくさん潜らせ、下流の瀬に鵜をたくさん潜らせて、上流の瀬の鮎を食わせ、下流の瀬の鮎を食わせるように、大切にしていた美しい妻に、心惜しくも、(投ぐる箭の)遠く離れていて、思う心も安らかでなく、嘆く心も安らかでない。衣こそは破れてしまえば継ぎ合わせてまた合うというし、玉こそは緒が切れてしまえば括り合わせてまた合うというが、二度と逢えないものは妻であったのだ。
〔3331〕(隱口の)泊瀬の山、(青幡の)忍坂の山は、走り出たところの好ましい山、出で立つところの美しい山だ。その惜しい山が荒れていくのが惜しいことだ。
〔3332〕高い山と海こそは、山のままにこのように確かにあり、海のままにそのように変わらずにあるだろう。人は花のようにはかないものだ。この世の人は。
意訳
泊瀬に葬った妻を悼む挽歌三首である。3330番は鵜飼の情景を序に、大切にした妻と遠く隔たったことを嘆き、衣や玉の緒は継げばまた合うが、死んだ妻には二度と逢えないと詠む。3331番は、妻の眠る泊瀬・忍坂の山が荒れていくのを惜しみ、3332番は変わらない山や海に比べ、人の命は花のようにはかないと嘆く。
語釈・文法注
文法・本文
- 八頭潜け
- 「やつかづけ」。多くの鵜を水に潜らせ。
- 咋はしめ
- 「くはしめ」。食わせ。
- 麗し妹
- 「くはしいも」。美しい妻。
- 投ぐる箭の
- 「遠離り」にかかる枕詞。
- 八十一里喚雞
- 白文の戯書。「八十一」は九九で「くく」、「喚雞」は鶏を呼ぶ声で「つつ」と読む。
- 嬬
- 「つま」。妻。白文は「孋」と書く。
- 走出
- 「はしりで」。家から走り出たところ。
- 出立
- 「いでたち」。家を出て立つところ。
- 惜しき
- 「あたらしき」。惜しい。
- 花物
- 花のようにはかないもの。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十三・挽歌・3330〜3332番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 挽歌。作者未詳。泊瀬に葬った妻を悼む歌。
修辞
- 対句
- 「上つ瀨に鵜を八頭潜け」と「下つ瀨に鵜を八頭潜け」、「衣こそは」と「玉こそは」、「走出の宜しき山」と「出立の妙しき山」など。
- 対比
- 3332番は変わらない山・海と、はかない人とを対比する。
解説
3331番は、雄略天皇の歌と伝える古事記の歌謡と同じ発想で、泊瀬の山をたたえる古い歌謡を挽歌に用いたものと考えられる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、522頁(コマ54)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、602頁(コマ65)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日