古典ライブラリー

万葉集 巻第十三 3327〜3328番

百小竹の 三野の王

作者未詳

三野王が西の厩、東の厩に立てて飼っていた馬に、草も取って与え、水も汲んで与えているのに、どうして葦毛の馬がいななき立てるのか、と主人を失った馬の嘆きを詠む長歌と、反歌。

厩の前で、葦毛の馬が首を上げていなないている

題詞(挽歌)

  1. 1百もも百もももも小竹しぬ小竹しぬしぬののの三野みぬ三野みぬみぬののの王おほきみ王おほきみおおきみ百小竹之 三野王長歌
  2. 2西にし西にしにしののの厩うまや厩うまやうまや立た立たたてててててて飼か飼かかふふう駒こま駒こまこま金厩 立而飼駒
  3. 3東ひむかし東ひむかしひむかしののの厩うまや厩うまやうまや立た立たたてててててて飼か飼かかふふう駒こま駒こまこま角厩 立而飼駒
  4. 4草くさ草くさくさこそこそこそははは取と取ととりりりててて飼か飼かかふふうがにがにがに草社者 取而飼旱
  5. 5水みづ水みづみずこそこそこそははは掬く掬くくみみみててて飼か飼かかふふうがにがにがに水社者 挹而飼旱
  6. 6何なに何なになにしかしかしかももも葦毛あしげ葦毛あしげあしげののの馬うま馬うまうまののの嘶いば嘶いばいばえええ立た立たたちちちつるつるつる何然 大分青馬之 鳴立鶴
  7. 7衣手ころもで衣手ころもでころもでををを衣袖反歌
  8. 8葦毛あしげ葦毛あしげあしげののの馬うま馬うまうまののの大分青馬之
  9. 9嘶いば嘶いばいばゆゆゆ聲こゑ聲こゑこえ嘶音
  10. 10情こころ情こころこころあれあれあれかもかもかも情有鳧
  11. 11常つね常つねつねゆゆゆ異け異けけににに鳴な鳴ななくくく常從異鳴

引用の仕方

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現代語訳

〔3327〕(百小竹の)三野の王が、西の厩に立てて飼っておられる駒、東の厩に立てて飼っておられる駒。草こそは取って食べさせるのに、水こそは汲んで飲ませるのに、どうして葦毛の馬がいななき立てたのだろうか。

〔3328〕(衣手を)葦毛の馬のいななく声は、心があるからだろうか、いつもとは違って鳴くことだ。

意訳

三野王が亡くなった後、厩で大切に飼われていた葦毛の馬が、草も水も十分に与えられているのに、いつもと違う声でいななくのは、主人を失った悲しみを知っているからだろうかと詠む挽歌である。三野王は美努王のことで、和銅元年(708)に亡くなった。

語釈・文法注

文法・本文

百小竹の
「ももしぬの」。「三野」にかかる枕詞。
三野の王
美努王。橘諸兄の父。
西の厩・東の厩
白文は「金厩」「角厩」と書く。五行説で金は西、角(木)は東に当たる。
飼ふがに
飼うのに。
葦毛
「あしげ」。白に黒や茶の毛のまじる馬の毛色。白文は「大分青馬」と書く。
衣手を
「葦毛」にかかる枕詞か。
常ゆ異に
いつもとは違って。

和歌

作者
作者未詳
出典
『万葉集』巻第十三・挽歌・3327〜3328番
歌体
長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
時期
作者未詳(時代を問わない)
状況
挽歌。作者未詳。美努王の死を悼む。

修辞

対句
「西の厩立てて飼ふ駒」と「東の厩立てて飼ふ駒」、「草こそは取りて飼ふがに」と「水こそは掬みて飼ふがに」。
用字
「金厩」「角厩」「大分青馬」など、五行説や戯書による表記。

解説

3327番は、主人を失った馬の嘶きによって死の悲しみを表す、珍しい発想の挽歌である。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、521頁(コマ53)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、600頁(コマ64)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日