万葉集 巻第十三 3318〜3322番
紀の國の 濱に寄るとふ
紀伊の浜の鰒珠を拾いに妹山・背山を越えて行った夫はいつ帰るかと、夕占を問うと、夫は沖の白珠を求めて来ないのだ、遅くて七日、早くて二日で帰ると言っていた、恋しがるな、と占いが告げる長歌と、反歌四首。
題詞(問答)
- 1紀紀きののの國國くにののの濱濱はまににに寄寄よるるるとととふふふ木國之 濱因云長歌
- 2鰒鰒あわび珠珠たま拾拾ひりははわむむんととと云云いひひいててて鰒珠 將拾跡云而
- 3妹妹いもののの山山やま勢勢せののの山山やま越越こえええててて妹乃山 勢能山越而
- 4行行ゆきききししし君君きみ何時何時いつ來來きまさまさまさむむんととと行之君 何時來座跡
- 5玉玉たま桙桙ほこののの道道みちににに出出いででで立立たちちち玉桙之 道爾出立
- 6夕夕ゆう卜卜うらををを吾吾わががが問問とひひいしかしかしかばばば夕卜乎 吾問之可婆
- 7夕夕ゆう卜卜うらののの吾吾われににに告告のらくらくらく夕卜之 吾爾告良久
- 8吾吾わぎ妹妹も子子こややや汝汝なががが待待まつつつ君君きみははは吾妹兒哉 汝待君者
- 9沖沖おきつつつ浪浪なみ來來き寄寄よすすす白白しら珠珠たま奧浪 來因白珠
- 10邊邊へつつつ浪浪なみののの寄寄よするするする白白しら珠珠たま邊浪之 緣流白珠
- 11求求もとむむむとととぞぞぞ君君きみががが來來きまさまさまさぬぬぬ求跡曾 君之不來益
- 12拾拾ひりふふうとととぞぞぞ君君きみははは來來きまさまさまさぬぬぬ拾登曾 公者不來益
- 13久久ひさならならならばばば今今いま七七なぬ日日かばかりばかりばかり久有 今七日許
- 14早早はやからからからばばば今今いま二二ふつ日日かばかりばかりばかり早有者 今二日許
- 15あらあらあらむむんとととぞぞぞ君君きみははは聞聞きこししししししななな戀戀こひひいそそそ吾吾わぎ妹妹も將有等曾 君者聞之二二 勿戀吾妹
- 16杖杖つえ衝衝つきききももも杖衝毛反歌
- 17衝衝つかかかずずずももも吾吾われははは不衝毛吾者
- 18行行ゆかかかめめめどもどもども行目友
- 19公公きみががが來來くらむらむらむ公之將來
- 20道道みちののの知知しらららなくなくなく道之不知苦
- 21直直ただににに往往ゆかかかずずず直不往反歌
- 22此此こゆゆゆ巨勢巨勢こせ道道じからからから此從巨勢道柄
- 23石石いわ瀨瀨せ踏踏ふみみみ石瀨踏
- 24求求もとめめめぞぞぞ吾吾わががが來來こししし求曾吾來
- 25戀戀こひひいててて術術すべなみなみなみ戀而爲便奈見
- 26さささ夜夜よふけふけふけててて左夜深而反歌
- 27今今いまははは明明あけけけぬぬぬととと今者明奴登
- 28戸戸とををを開開あけけけててて開戸手
- 29紀紀きへへへ行行ゆきききししし君君きみををを木部行君乎
- 30何時何時いつとととかかか待待またたたむむん何時可將待
- 31門門かどににに居居いししし門座反歌
- 32娘子娘子おとめははは內內うちににに娘子內爾
- 33至至いたるるるともともとも雖至
- 34甚甚いたくくくししし戀戀こひひいばばば痛之戀者
- 35今今いま還還かえりりり來來こむむむ今還金
現代語訳
〔3318〕紀伊の国の浜に寄るという鰒珠を拾おうと言って、妹の山、背の山を越えて行ったあなたは、いつお帰りになるかと、(玉桙の)道に出て立ち、夕占を私が問うたところ、夕占が私に告げることには、「いとしい人よ、お前が待つ君は、沖の波が寄せて来る白珠、岸の波が寄せる白珠を求めるというので、君はお帰りにならないのだ。拾うというので、君はお帰りにならないのだ。長くかかるなら今から七日ほど、早ければ今から二日ほどで帰るだろうと、君はおっしゃった。恋しがるな、いとしい人よ」と。
〔3319〕杖をついても、つかなくても、私は行こうと思うけれど、あなたがやって来る道がわからないことだ。
〔3320〕まっすぐには行かず、ここから巨勢道を通って、石の多い瀬を踏み、探し求めて私はやって来たのだ。恋しくてどうしようもないので。
〔3321〕夜が更けて、もう明けたと戸を開けて、紀伊へ行ったあなたを、いつと思って待てばよいのか。
〔3322〕門に立っていた娘子は、たとえ家の内に入っていても、ひどく恋しく思ったなら、すぐに帰って来るだろう。
意訳
紀伊の浜へ鰒珠を拾いに出かけた夫の帰りを待つ妻が、道に出て夕占を問うと、夫は白珠を求めて帰りが遅れているが、七日か二日で帰ると言っていたから恋しがるなと告げられる、という長歌である。反歌は、夫を迎えに行きたくても道がわからない妻、恋しさに巨勢道をたどって来た夫、戸を開けて夜明けを待つ妻などを詠み、問答のように響き合う。
語釈・文法注
文法・本文
- 寄るとふ
- 寄るという。
- 鰒珠
- 「あはびたま」。あわびの真珠。
- 妹の山・勢の山
- 紀ノ川をはさむ妹山と背山。
- 夕卜
- 「ゆふうら」。夕方、道に立って行き交う人の言葉で吉凶を占うこと。
- 告らく
- 「のらく」。告げることには。
- 久ならば
- 長くかかるなら。
- 聞しし
- 「きこしし」。おっしゃった。
- な戀ひそ
- 恋しがるな。
- 巨勢道
- 「こせぢ」。大和から紀伊へ向かう巨勢を通る道。
- 術なみ
- 「すべなみ」。どうしようもないので。
- 今還り來む
- すぐに帰って来るだろう。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十三・相聞・3318〜3322番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 問答。作者未詳。紀伊へ出かけた夫を待つ妻の長歌と反歌。
修辞
- 対句
- 「沖つ浪來寄す白珠」と「邊つ浪の寄する白珠」、「久ならば今七日ばかり」と「早からば今二日ばかり」。
- 引用
- 夕占の告げる言葉を長く引く。
解説
3318番は、夕方の道で人の言葉を聞いて占う「夕占」の習俗を伝える長歌で、占いの言葉をそのまま歌の後半に取り込む構成が珍しい。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、518頁(コマ52)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、597頁(コマ62)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日