万葉集 巻第十三 3266〜3267番
春されば 花咲きををり
春は花が咲き、秋は紅葉する神名火山の帯のように流れる明日香川の早瀬の玉藻のように心が寄り添い、朝露のように消えそうなほど恋い慕った、そのかいあってはっきりと逢えた隠れ妻よ、と詠む長歌と反歌。
場面イラスト(準備中)
題詞(相聞)
- 1春春はるささされれればばば花花はな咲咲さきききををりををりおおり春去者 花咲乎呼里長歌
- 2秋秋あきづけづけづけばばば丹丹にののの穂穂ほににに黃黃もみづづず秋付者 丹之穗爾黃色
- 3味酒味酒うまさけををを神名火神名火かむなび山山やまののの味酒乎 神名火山之
- 4帶帶おびにににせせせるるる明日香明日香あすかののの河河かはののの帶丹爲留 明日香之河乃
- 5速速はやききき瀨瀨せににに生生おふるふるうる玉玉たま藻藻もののの速瀬爾 生玉藻之
- 6うちうちうち靡靡なびききき情情こころははは依依よりりりててて打靡 情者因而
- 7朝朝あさ露露つゆののの消消けなななばばば消消けぬぬぬべくべくべく朝露之 消者可消
- 8戀戀こふふうらくらくらくもももしるくしるくしるくももも逢逢あへへえるるる隱隱こもり妻妻づまかもかもかも戀久毛 知久毛相 隱都麻鴨
- 9明日香明日香あすか河河がわ明日香河反歌
- 10瀨瀨せ瀨瀨ぜののの珠珠たま藻藻もののの瀬湍之珠藻之
- 11うちうちうち靡靡なびききき打靡
- 12情情こころははは妹妹いもににに情者妹爾
- 13依依よりりりにににけるけるけるかもかもかも因來鴨
現代語訳
〔3266〕春になると花がたわわに咲き、秋になると赤く色づいて紅葉する、(味酒を)神名火山が帯にしている明日香川の流れの速い瀬に生える玉藻のように、なびいて心は寄り添い、朝露のように消えるなら消えてしまいそうなほど恋い慕ったかいもあって、はっきりと逢えた隠れ妻であることよ。
〔3267〕明日香川の瀬ごとの玉藻がなびくように、心はいとしい人に寄り添ってしまったことだ。
意訳
春は花、秋は紅葉に彩られる神名火山の麓を流れる明日香川の早瀬の玉藻のように心をなびかせ、命も消えそうなほど恋い慕ったかいあって、ついに逢えた隠れ妻を喜ぶ長歌である。反歌は、玉藻がなびくように心が恋人に寄ってしまったと詠む。
語釈・文法注
文法・本文
- 咲きををり
- 花がたわわに咲いて。
- 黃づ
- 「もみづ」。紅葉する。
- 味酒を
- 「うまさけを」。「神名火」にかかる枕詞。
- しるくも
- はっきりと、そのかいあって。
- 隱妻
- 「こもりづま」。人目を忍ぶ妻。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十三・相聞・3266〜3267番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 相聞。作者未詳。
修辞
- 対句
- 「春されば花咲きををり」と「秋づけば丹の穂に黃づ」。
- 序詞
- 長歌の前半が「うち靡き」を導く。
解説
3266番は神名火山と明日香川の四季の美しさを序として、ついに逢えた恋の喜びを詠んでいる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、507頁(コマ46)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、584頁(コマ56)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日