万葉集 巻第十三 3258〜3259番
あらたまの 年は來去きて
年が改まっても恋人の使いが来ないので、長い春の日を天地いっぱいに思いを満たし、繭にこもる蚕のように心晴れず嘆き続け、人に言えない恋心に、待つ日も遠く日が暮れると袖も涙で濡れ透ってしまった、と詠む長歌と反歌。
場面イラスト(準備中)
題詞(相聞)
- 1あらたまあらたまあらたまののの年年としははは來來き去去ゆきききててて荒玉之 年者來去而長歌
- 2玉玉たま梓梓ずさののの使使つかいののの來來こねねねばばば玉梓之 使之不來者
- 3霞霞かすみ立立たつつつ長長ながききき春春はる日日ひををを霞立 長春日乎
- 4天天あめ地地つちににに思思おもひひい足足たらはしらはしらわし天地丹 思足椅
- 5たらちねたらちねたらちねののの母母ははががが養養かふふう蠶蠶こののの帶乳根笑 母之養蠶之
- 6眉眉まよ隱隱ごもりりり氣氣いき衝衝づきききわたりわたりわたり眉隱 氣衝渡
- 7吾吾わががが戀戀こふるふるうる心心こころのののうちうちうちををを吾戀 心中少
- 8人人ひとににに言言いははわむむんものものものにににししし有有あらららねねねばばば人丹言 物西不有者
- 9松松まつががが根根ねののの待待まつつつことことこと遠遠とおみみみ松根 松事遠
- 10天天あま傳傳ずたふふう日日ひののの闇闇くれれれぬれぬれぬればばば天傳 日之闇者
- 11白白しろ木綿木綿たえののの吾吾わががが衣衣ころも手手でももも透透とおりりりてててぬれぬれぬれぬぬぬ白木綿之 吾衣袖裳 通手沾沼
- 12斯斯かくくくのみのみのみししし如是耳師反歌
- 13相相あい思思おもははわざらざらざらばばば相不思有者
- 14天天あま雲雲ぐもののの天雲之
- 15外外よそにににぞぞぞ君君きみははは外衣君者
- 16あるあるあるべくべくべくありありありけるけるける可有有來
現代語訳
〔3258〕(あらたまの)年は改まってしまって、(玉梓の)使いが来ないので、霞の立つ長い春の日を、天地いっぱいに思いを満たして、(たらちねの)母が飼う蚕が繭にこもるように心晴れずに、ため息をつき続けて、私が恋い慕う心の中を人に言えるものではないので、(松が根の)待つことも遠くて、(天傳ふ)日が暮れてしまうと、(白木綿の)私の衣の袖も、涙が透って濡れてしまった。
〔3259〕これほど思ってくれないのなら、天雲のようによそに、あなたはいるべきだったのだ。
意訳
年が改まっても恋人の使いが来ず、長い春の日を思いに満たされたまま、繭にこもる蚕のように心晴れずにため息をつき、人にも言えない恋心のまま日が暮れて、袖が涙で濡れ透ったという女の長歌である。反歌では、これほど思ってくれないなら初めから無縁の人であればよかったと恨む。
語釈・文法注
文法・本文
- 來去きて
- 「きゆきて」。年が来ては過ぎて。
- 思ひ足らはし
- 思いを満たして。
- 眉隱り
- 「まよごもり」。繭にこもって、心が晴れない。
- 氣衝き
- 「いきづき」。ため息をつく。
- 松が根の
- 「待つ」にかかる枕詞。
- 天傳ふ
- 「日」にかかる枕詞。
- 白木綿の
- 「しろたへの」。白文は「白木綿之」と書く。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十三・相聞・3258〜3259番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 相聞。作者未詳。
修辞
- 序詞
- 「たらちねの母が養ふ蠶の」が「眉隱り」を導く。
- 枕詞
- 「あらたまの」「玉梓の」「松が根の」「天傳ふ」。
解説
蚕が繭にこもるさまで晴れない心を表すのは、2991番などにも見える発想である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、505頁(コマ45)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、582頁(コマ55)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日