万葉集 巻第十三 3242番
百岐年 美濃の國の
美濃の国の高北の泳宮に行こうとして通う道の於吉蘇山、美濃の山よ。靡けと人は踏むけれど、寄れと人は突くけれど、心ない山であることよ、於吉蘇山、美濃の山は、と嘆く長歌。
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題詞(雑歌)
- 1百岐年百岐年ももきね美濃美濃みぬののの國國くにののの百岐年 三野之國之
- 2高北高北たかきたののの八十一隣八十一隣くくりののの宮宮みやににに高北之 八十一隣之宮爾
- 3日日ひ向向むかひひいににに行行ゆきききなむなむなん宮宮みやををを日向爾 行靡闕矣
- 4ありありありとととききききききててて吾吾わががが通通かよい道道じののの有登聞而 吾通道之
- 5於吉蘇於吉蘇おきそ山山やま美濃美濃みぬののの山山やま奧十山 三野之山
- 6靡靡なびけけけととと人人ひとははは踏踏ふめめめどもどもども靡得 人雖跡
- 7斯斯かくくく依依よれれれととと人人ひとははは衝衝つけけけどもどもども如此依等 人雖衝
- 8意意こころ無無なききき山山やまののの於吉蘇於吉蘇おきそ山山やま美濃美濃みぬののの山山やま無意山之 奧礒山 三野之山
現代語訳
(百岐年)美濃の国の高北の泳宮に、日に向かって行こうとする宮があると聞いて、私が通う道の於吉蘇山、美濃の山よ。靡けと人は踏むけれど、こちらへ寄れと人は突くけれど、心ない山であることよ。於吉蘇山、美濃の山は。
意訳
美濃の泳宮へ通う道の険しい於吉蘇山を詠む長歌である。人が踏みならし突き崩そうとしても動じない、心ない山だと嘆く。恋人のもとへ通う道を阻む山への恨みとも読める。
語釈・文法注
文法・本文
- 百岐年
- 「ももきね」。「美濃」にかかる枕詞。
- 八十一隣の宮
- 「くくりのみや」。泳宮。美濃にあった景行天皇の宮。
- 日向ひに
- 日に向かう方に。
- 於吉蘇山
- 「おきそやま」。美濃の山。
- 意無き
- 「こころなき」。思いやりのない。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十三・雑歌・3242番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 雑歌。作者未詳。
修辞
- 対句
- 「靡けと人は踏めども」と「斯く依れと人は衝けども」。
- 反復
- 「於吉蘇山美濃の山」をくり返す。
- 戯書
- 白文は「くくり」を「八十一隣」(九九=八十一)と書く。
解説
人麻呂の「妹が門見む靡けこの山」(131番)と同じく、山に靡けと命じる発想の歌である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、501頁(コマ43)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、578頁(コマ53)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日