万葉集 巻第十三 3236〜3238番
空みつ 大和の國
大和から奈良山を越え、山城の管木の原、宇治の渡り、阿後尼の原を経て、山科の石田の森の神に幣を手向けて相坂山を越えて行く旅を詠む長歌と、或本の長歌、反歌。
場面イラスト(準備中)
題詞(雑歌)
- 1空空そらみつみつみつ大和大和やまとののの國國くに空見津 倭國長歌
- 2あをによしあをによしあおによし寧寧なら山山やま越越こえええててて青丹吉 寧山越而
- 3山城山城やましろののの管木管木つつきののの原原はら山代之 管木之原
- 4ちはやぶるちはやぶるちはやぶる宇治宇治うじののの渡渡わたり血速舊 于遲乃渡
- 5瀧瀧たぎののの屋屋やののの阿後尼阿後尼あごねののの原原はらををを瀧屋之 阿後尼之原尾
- 6千千ち歳歳とせににに闕闕かくるくるくる事事こと無無なくくく千歳爾 闕事無
- 7萬萬よろず歳歳よににに在在ありりり通通がよははわむむんととと萬歳爾 有通將得
- 8山科山科やましなののの石田石田いわたののの森森もりののの山科之 石田之森之
- 9皇皇すめ神神がみににに幣帛幣帛ぬさ取取とりりり向向むけけけててて須馬神爾 奴左取向而
- 10吾吾われははは越越こえええ往往ゆくくく相坂相坂おうさか山山やまををを吾者越往 相坂山遠
- 11綠青綠青あおによしよしよし奈良奈良なら山山やま過過すぎぎぎててて緑青吉 平山過而或本の歌
- 12もののふもののふもののふののの宇治宇治うじ川川がわ渡渡わたりりり物部之 氏川渡
- 13未通女未通女おとめ等等らににに相坂相坂おうさか山山やまににに未通女等爾 相坂山丹
- 14手手た向向むけ草草ぐさ絲絲いと取取とりりり置置おきききててて手向草 絲取置而
- 15我我わぎ妹妹も子子こににに淡海淡海おうみののの海海うみののの我妹子爾 相海之海之
- 16沖沖おきつつつ浪浪なみ來來き寄寄よすすす濱濱はま邊邊べををを奧浪 來因濱邊乎
- 17くれぐれくれぐれくれぐれととと獨獨ひとりぞぞぞ我我わががが來來こししし妹妹いもががが目目めををを欲欲ほりりり久禮久禮登 獨曾我來 妹之目乎欲
- 18相坂相坂おうさかををを相坂乎反歌
- 19うちうちうち出出いでででててて見見みれれればばば打出而見者
- 20淡海淡海おうみののの海海うみ淡海之海
- 21白白しら木綿木綿ゆう花花はなににに白木綿花爾
- 22浪浪なみ立立たちちち渡渡わたるるる浪立渡
現代語訳
〔3236〕(空みつ)大和の国から、(あをによし)奈良山を越えて、山城の管木の原、(ちはやぶる)宇治の渡し、滝の屋の阿後尼の原を、千年も欠けることなく、万年も通い続けようと、山科の石田の森の皇神に、幣を手向けて、私は越えて行く。相坂山を。
〔3237〕(綠青よし)奈良山を過ぎて、(もののふの)宇治川を渡り、娘たちに逢うという相坂山に手向けの草として糸を取って置いて、いとしい人に逢うという近江の海の沖の波が寄せる浜辺を、心暗く独り私はやって来た。いとしい人に逢いたくて。
〔3238〕相坂山を越えて出て見ると、近江の海に、白木綿の花のように白波が一面に立っている。
意訳
大和から奈良山、山城の管木の原、宇治の渡りを経て、山科の石田の森の神に幣を手向け、相坂山を越えて近江へ向かう旅の道行きを詠む長歌である。或本の長歌では、妻に逢いたい思いを抱いて独り旅を続ける心が詠まれ、反歌では相坂山を越えて眼前に広がる近江の海の白波をたたえる。
語釈・文法注
文法・本文
- 空みつ
- 「大和」にかかる枕詞。
- 管木の原
- 「つつきのはら」。山城の地名。
- 阿後尼の原
- 「あごねのはら」。宇治のあたりの地名。
- 皇神
- 「すめがみ」。その土地を治める神。
- 幣帛
- 「ぬさ」。神に手向ける供え物。
- くれぐれと
- 心暗く、悲しく。
- 白木綿花
- 「しらゆふばな」。白い木綿で作った花。白波のたとえ。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十三・雑歌・3236〜3238番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 雑歌。作者未詳。
修辞
- 道行き
- 大和から近江への地名を連ねる。
- 比喩
- 3238番は白波を白木綿花にたとえる。
解説
3238番の「白木綿花に浪立ち渡る」は、相坂山を越えて初めて見る近江の海の印象を鮮やかに描いた名句である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、500頁(コマ43)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、577頁(コマ52)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日